表示設定
表示設定
目次 目次




第二百四十一話

ー/ー



 アジトに向け、千尋にナビゲートされるままバイクを走らせる中、音楽の一つもないためただ内部機械(エンジン)の駆動音がするばかり。お世辞にも、空気感はそこまでよろしいわけではない。灰崎はなんてことない表情をしていたものの、問題は千尋であった。
 よくよく考えてみれば、今この状況は少々奇妙と言わざるを得なかった。『反社会的勢力が』『無免許』『二尻で』運転するバイクに乗っているのだから。それに、未だ灰崎のバックボーンを知らないため、心根が一切知れていない。命を預ける上で、少々信頼材料として足らないと思えたのだ。
 だが、仮にも千尋は、彼が敵対する教会の元信者であった。期間としては実に短いものであったが、おおらかな人間であれば、一切気にしないであろう期間であったが、それでも自分自身が気になっていたのだ。まるで喉に小骨がつっかえたかのよう。
「――灰崎……さん。アタシ……貴方を全く知らない。普通に考えればそりゃあそうだよね、ただあそこに来るから、って……クスリ入り煙草数本だけ渡されて、どうにか戦闘不能状態にしろとか言われただしさ」
「……俺の過去なんて、正直聞いて気持ちのいいもんじゃあねえよ。ましてや堅気のアンタが聞いたら……作り話かって疑われそうなくらい、運命の悪戯ばかりだしよ」
「それでも……アタシは知りたい。アタシなんかが……救われた理由にも繋がってくるだろうし」
「――女の勘と言うものは末恐ろしいな、勘付いて欲しくないところまで、何も語らずでもほんのちょっぴり理解してやがる」
 ドライブのお供であるラジオ、その代わりになれればと、灰崎は自分の身の上を語り始めた。主なことは、全て語って聞かせる予定で。

 結衣との経緯、それらの『運命』を経験する前のこと。
 灰崎は、山梨県のとある家庭に生まれ育つ。しかし、その家庭は悲惨であった。両親がとんでもないろくでなしであったのだ。父親はアルコール中毒者であり、暴力ばかりを振るっていた。母親はしっかり産んだくせに、親としての責務を果たすだなんてことはせず、暴力には見て見ぬふりかつ、金勘定のこと以外一切目になかった。
 灰崎はそんな親を幼少期の頃から心底恨んでおり、いつかこの家を出ていこうと、齢五歳にして、そこまで大人びた思考を持っていたのだ。
 結果、何も先立つものも持たず、単身家出を決行。学生時代にいくらバイトを重ね、満足な金を稼ごうと、両親に全て毟られ養分となるため、何も持たざるを得なかった、と言った方が正しい。
 今思うと、家に開かずの間が存在したのだが、そこに結衣がいたのだろう。高校生活など経験することは無く、十五歳で家出したため、その間一切出会うことの無い妹の存在など知る由もなかった。
 しかし、どれほど計画性を持って家出しようと、十五歳の少年を住み込みで働かせてくれるところは、無情にも少なかった。暴力による地獄を抜け出したと思ったら、他人に無関心な地獄へ移り住んだ、と言うだけであった。
 山梨都市部へ移ろうと、それはあまり変わることなく、ただ最低限の防寒具を着たままで、道行くチンピラに喧嘩を売って、ストリートファイトで路銀を稼ぐ以外に道は無かった。お世辞にも、灰崎はそこまで頭がいいわけではない。そのため真っ当に生きる選択肢は、非常に少なかったのだ。
 しかし、ある日のこと。次第に灰崎の噂が街中に広がっていく中で、灰崎に喧嘩を売ろうだなんて存在はおらず、徐々に暴力行為で稼げる金が少なくなっていった。血の気の多い輩、と言うものは現実そこまで多いわけではないのだ。
 焦りを覚えた灰崎は、辻斬りの感覚で暴力に走るようになった。警察の厄介になる前に逃げ果せるなど、だんだんと悪の道へ逸れるようになった。
 そして、灰崎の運はそこで尽きた。いちヤクザに暴力を振るったのだ。ヤクザに見劣りしないような力を持っていたものの、銃などの対抗策が存在しないという甘い考えは存在しなかったのだ。現代において、暴力団に対しての縛りが強くなっている中で、おいそれとちょっと力のある一般人相手如きに、銃やドスなど出さないだろうと。
 しかし、灰崎は激情にかられたヤクザに撃たれたのだ。堅気を傷つけないだの、そんな綺麗事を語る以前に、『裏』の世界は面子(メンツ)をとにかく大事にする。辻斬り同然の存在に傷つけられたのなら、それを堅気として見るのではなく、よその組の鉄砲玉として見るのは当然のこと。抗争だのなんだの、そんなもの考えずの短絡的な行動であったが、灰崎は至極真っ当な報いを受けたのだ。
 暴力でしかどうにかすることの出来なかったのは、自分も同じ。あれだけ憎たらしかった親と同じ生き方でしか、自分はこの世にあれない。学の無さを痛感したのだ。
 そこから暴力による拷問で、「自分はどこから来たか」「どこの組からの回し者か」などを事細かに聞かれた。しかし、どれほど聞かれようと、「どこの組から来たか」だなんて喋ることはできない。何せ、当然ではあるがどこの組のものでもないからだ。何者にもなれない存在が、所在を聞かれるだなんて。灰崎はその時、家出をしたことを心底後悔した。
 暴力に服従するか、暴力によって殺されるか。選択肢が非常に不自由な中で、そして次第に大して内容の無い走馬灯が見えてきた中で、灰崎は一筋の光を見たのだ。
 その場に現れた存在は、当時の彼は理解できなかった。しかし、その場の全員がうろたえていたのだ。それほどに権威ある存在、すなわち、山梨の『裏』を当時事実上収めていた、王漣組の組長たる存在、『王漣治馬(オウレン ハルマ)』その人であったのだ。年相応に老けてはいたが、十年前と言うことで当時七十歳。まだ現役として、王漣組の前線に立つ存在であった。
 当時の山梨において、王漣組以上の存在はいなかったために、彼の姿を見た瞬間に灰崎を拷問していた存在は恐れ戦いていたのだ。その理由こそ、彼らに冷ややかな銃口が向けられているからこそ。
 雑多な『処理』を辺りの付き人に任せ、王漣は満身創痍状態の灰崎に手を差し伸べる。
『よお、ガキンチョ。お前さん大分根性あるじゃアねえか』
『――俺は……ただの身の程知らずッスよ』
 その時の灰崎は、眼前に立つ存在は知らなかった。それでも、これほど一瞬で危機的状況を覆しただけに、心の底で戦慄していた。表情にはおくびにも出さなかったものの、初めて触れる『裏』の世界、その片鱗に、どこか自分の居場所を感じ取っていたのだ。
 拘束から解かれると、灰崎は王漣の前に土下座をし、王漣組への門戸を叩く。
『……俺を、どうか王漣さんのところで飼ってくれないか。何だってやる、暴力だって、金稼ぎだって。ただ……俺に……生きる場所を、生きる理由をくれ』
 普通だったら、そんな申し出は蹴るだろう。何せ、受ける理由が無い。何かしらの得を彼に対して為したわけでもない。ただ、その辺で生きることしかできない、しがないチンピラ同然の彼を受け入れるだなんて、ボランティアのような行為をする訳が無かった。それを馬鹿正直に毎度受け取っては、道行くごろつき全てを組に入れなければならない。
 荒唐無稽な申し出であることは、灰崎も重々理解していた。だが、ただその地域の安寧のためにとはいえ、灰崎は救われた。王漣治馬と言う男に尽くしたいと、心から考えたのだ。事実上親のいない灰崎が、親と認めるべき存在こそ、眼前の存在であると心で理解したのだ。
 王漣は、ただ静かに笑って、灰崎に背を向ける。その後、独り言のように呟き始めた。

『――俺はよ。お前さんと似たような環境で……この世界に入った。お前さんの過去にどんなことがあったかは、この場では深くは聞きやしねェ。だから……付いてくるなら勝手にしな。ウチもそこそこ名のある事務所だが、若ェ番犬を増やしたいと――ふと、思ったところだ』

 灰崎は、拷問による体中の痛みを堪えながら、王漣の後ろについていくのだった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第二百四十二話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 アジトに向け、千尋にナビゲートされるままバイクを走らせる中、音楽の一つもないためただ内部機械《エンジン》の駆動音がするばかり。お世辞にも、空気感はそこまでよろしいわけではない。灰崎はなんてことない表情をしていたものの、問題は千尋であった。
 よくよく考えてみれば、今この状況は少々奇妙と言わざるを得なかった。『反社会的勢力が』『無免許』『二尻で』運転するバイクに乗っているのだから。それに、未だ灰崎のバックボーンを知らないため、心根が一切知れていない。命を預ける上で、少々信頼材料として足らないと思えたのだ。
 だが、仮にも千尋は、彼が敵対する教会の元信者であった。期間としては実に短いものであったが、おおらかな人間であれば、一切気にしないであろう期間であったが、それでも自分自身が気になっていたのだ。まるで喉に小骨がつっかえたかのよう。
「――灰崎……さん。アタシ……貴方を全く知らない。普通に考えればそりゃあそうだよね、ただあそこに来るから、って……クスリ入り煙草数本だけ渡されて、どうにか戦闘不能状態にしろとか言われただしさ」
「……俺の過去なんて、正直聞いて気持ちのいいもんじゃあねえよ。ましてや堅気のアンタが聞いたら……作り話かって疑われそうなくらい、運命の悪戯ばかりだしよ」
「それでも……アタシは知りたい。アタシなんかが……救われた理由にも繋がってくるだろうし」
「――女の勘と言うものは末恐ろしいな、勘付いて欲しくないところまで、何も語らずでもほんのちょっぴり理解してやがる」
 ドライブのお供であるラジオ、その代わりになれればと、灰崎は自分の身の上を語り始めた。主なことは、全て語って聞かせる予定で。
 結衣との経緯、それらの『運命』を経験する前のこと。
 灰崎は、山梨県のとある家庭に生まれ育つ。しかし、その家庭は悲惨であった。両親がとんでもないろくでなしであったのだ。父親はアルコール中毒者であり、暴力ばかりを振るっていた。母親はしっかり産んだくせに、親としての責務を果たすだなんてことはせず、暴力には見て見ぬふりかつ、金勘定のこと以外一切目になかった。
 灰崎はそんな親を幼少期の頃から心底恨んでおり、いつかこの家を出ていこうと、齢五歳にして、そこまで大人びた思考を持っていたのだ。
 結果、何も先立つものも持たず、単身家出を決行。学生時代にいくらバイトを重ね、満足な金を稼ごうと、両親に全て毟られ養分となるため、何も持たざるを得なかった、と言った方が正しい。
 今思うと、家に開かずの間が存在したのだが、そこに結衣がいたのだろう。高校生活など経験することは無く、十五歳で家出したため、その間一切出会うことの無い妹の存在など知る由もなかった。
 しかし、どれほど計画性を持って家出しようと、十五歳の少年を住み込みで働かせてくれるところは、無情にも少なかった。暴力による地獄を抜け出したと思ったら、他人に無関心な地獄へ移り住んだ、と言うだけであった。
 山梨都市部へ移ろうと、それはあまり変わることなく、ただ最低限の防寒具を着たままで、道行くチンピラに喧嘩を売って、ストリートファイトで路銀を稼ぐ以外に道は無かった。お世辞にも、灰崎はそこまで頭がいいわけではない。そのため真っ当に生きる選択肢は、非常に少なかったのだ。
 しかし、ある日のこと。次第に灰崎の噂が街中に広がっていく中で、灰崎に喧嘩を売ろうだなんて存在はおらず、徐々に暴力行為で稼げる金が少なくなっていった。血の気の多い輩、と言うものは現実そこまで多いわけではないのだ。
 焦りを覚えた灰崎は、辻斬りの感覚で暴力に走るようになった。警察の厄介になる前に逃げ果せるなど、だんだんと悪の道へ逸れるようになった。
 そして、灰崎の運はそこで尽きた。いちヤクザに暴力を振るったのだ。ヤクザに見劣りしないような力を持っていたものの、銃などの対抗策が存在しないという甘い考えは存在しなかったのだ。現代において、暴力団に対しての縛りが強くなっている中で、おいそれとちょっと力のある一般人相手如きに、銃やドスなど出さないだろうと。
 しかし、灰崎は激情にかられたヤクザに撃たれたのだ。堅気を傷つけないだの、そんな綺麗事を語る以前に、『裏』の世界は面子《メンツ》をとにかく大事にする。辻斬り同然の存在に傷つけられたのなら、それを堅気として見るのではなく、よその組の鉄砲玉として見るのは当然のこと。抗争だのなんだの、そんなもの考えずの短絡的な行動であったが、灰崎は至極真っ当な報いを受けたのだ。
 暴力でしかどうにかすることの出来なかったのは、自分も同じ。あれだけ憎たらしかった親と同じ生き方でしか、自分はこの世にあれない。学の無さを痛感したのだ。
 そこから暴力による拷問で、「自分はどこから来たか」「どこの組からの回し者か」などを事細かに聞かれた。しかし、どれほど聞かれようと、「どこの組から来たか」だなんて喋ることはできない。何せ、当然ではあるがどこの組のものでもないからだ。何者にもなれない存在が、所在を聞かれるだなんて。灰崎はその時、家出をしたことを心底後悔した。
 暴力に服従するか、暴力によって殺されるか。選択肢が非常に不自由な中で、そして次第に大して内容の無い走馬灯が見えてきた中で、灰崎は一筋の光を見たのだ。
 その場に現れた存在は、当時の彼は理解できなかった。しかし、その場の全員がうろたえていたのだ。それほどに権威ある存在、すなわち、山梨の『裏』を当時事実上収めていた、王漣組の組長たる存在、『王漣治馬《オウレン ハルマ》』その人であったのだ。年相応に老けてはいたが、十年前と言うことで当時七十歳。まだ現役として、王漣組の前線に立つ存在であった。
 当時の山梨において、王漣組以上の存在はいなかったために、彼の姿を見た瞬間に灰崎を拷問していた存在は恐れ戦いていたのだ。その理由こそ、彼らに冷ややかな銃口が向けられているからこそ。
 雑多な『処理』を辺りの付き人に任せ、王漣は満身創痍状態の灰崎に手を差し伸べる。
『よお、ガキンチョ。お前さん大分根性あるじゃアねえか』
『――俺は……ただの身の程知らずッスよ』
 その時の灰崎は、眼前に立つ存在は知らなかった。それでも、これほど一瞬で危機的状況を覆しただけに、心の底で戦慄していた。表情にはおくびにも出さなかったものの、初めて触れる『裏』の世界、その片鱗に、どこか自分の居場所を感じ取っていたのだ。
 拘束から解かれると、灰崎は王漣の前に土下座をし、王漣組への門戸を叩く。
『……俺を、どうか王漣さんのところで飼ってくれないか。何だってやる、暴力だって、金稼ぎだって。ただ……俺に……生きる場所を、生きる理由をくれ』
 普通だったら、そんな申し出は蹴るだろう。何せ、受ける理由が無い。何かしらの得を彼に対して為したわけでもない。ただ、その辺で生きることしかできない、しがないチンピラ同然の彼を受け入れるだなんて、ボランティアのような行為をする訳が無かった。それを馬鹿正直に毎度受け取っては、道行くごろつき全てを組に入れなければならない。
 荒唐無稽な申し出であることは、灰崎も重々理解していた。だが、ただその地域の安寧のためにとはいえ、灰崎は救われた。王漣治馬と言う男に尽くしたいと、心から考えたのだ。事実上親のいない灰崎が、親と認めるべき存在こそ、眼前の存在であると心で理解したのだ。
 王漣は、ただ静かに笑って、灰崎に背を向ける。その後、独り言のように呟き始めた。
『――俺はよ。お前さんと似たような環境で……この世界に入った。お前さんの過去にどんなことがあったかは、この場では深くは聞きやしねェ。だから……付いてくるなら勝手にしな。ウチもそこそこ名のある事務所だが、若ェ番犬を増やしたいと――ふと、思ったところだ』
 灰崎は、拷問による体中の痛みを堪えながら、王漣の後ろについていくのだった。