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第二百四十話

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 フロントガラスが壊れた車を近くの修理屋に出し、徒歩で上総湊(かずさみなと)駅に辿り着く二人。そんな二人の前に現れたのは、宣言通り学園長の秘書たる明石であったが、その表情は重たいものであった。これは灰崎を憂うものではなく、急な命によってこの場にやってきた苦労によるものであった。
「……明石さん、とか言ったか。本当になんか……悪いな」
「――まあ、今日この受け渡し役をこなしたら仕事上がりでいいよ、と言われましたので、それと割増賃金でチャラです」
「……ゆっくり体休めてくれよな、明石さん」
 手渡されたのは、代替品の連絡用デバイスと、謎の漆黒のアタッシュケースであった。
「――このアタッシュケースは、二人用のバイクにもなり、ある程度緊急時の戦闘手段にも、そして潜入捜査時の監視カメラ内臓など、有用なガジェットになりうる、8タイプ変形型超高機能アタッシュケースとなっております。現状この作戦人員の中で、唯一一般人に近しい存在でありますので、カスタマイズされた自動短銃以外の戦闘手段を、と学園長から遣わされました」
「へえ……そんな男の子の夢の集合体みたいな奴も、きっちりしっかり開発してんのな。学園長さんって奴はアラフィフの大人(オッサン)ながら、子供心も内包した可愛げのあるオッサン、ってこったぁ」
 別に灰崎は『彼』を貶めて言ったわけではなかったが、どうも明石の反応が分かりやすく鈍くなる。そんな彼女を見やった結果、灰崎はばつが悪そうにしていた。
「あ、学園長の前でアラフィフの大人(オッサン)、と言う発言はしないことをお勧めします」
「――単純に悪口に聞こえるだろうし……殺されるか? 俺一応反社の部外者だし」
「いえ「本気(マジ)真剣(ガチ)、大人の全力(フルパワー)を見せてやる」とかギャン泣きし出して拗ねます」
「いやガキかよ!?」
 困ったように肩を竦める明石であったが、事態はそこまでのんびりしていられない。ファザー牧場で鉄砲玉が始末をしくじった情報が伝播していけば、その周辺からじわりじわりと包囲網が出来上がっていくだろう。結局人海戦術によってやられてしまっては、元も子もない。
「――今回、学園長から指令としていただいた内容は、そちらのアタッシュケースを用いて……その流浪の獣による邪魔を掻い潜りながら、組織の鎮静化……それが出来なくとも、どこかで気を失っているであろう礼安さんたちと無事合流を果たしてくれ、とのことでした」
「簡単に言ってくれるぜ、全くよ。こちとら元極道の一般人(パンピー)だってのに」
 どうも居場所が無いように、存在感を消していた千尋であったが、アタッシュケースを即座に展開しバイクを顕現。ご丁寧に、法令順守のためのヘルメットが二つ。バイクと同じメタリックブラックが鈍く光る。
「――という訳で。私はこれにて。これから千葉県の日本酒である、電照菊を五本ほど買いに行こうと思いまして」
「……本当酒好きなんスね」
 仕事が完全に終わり、スキップしながら人ごみに消えていく明石。そんな明石に対し、気怠そうに無表情で手をひらひらと振る灰崎。何とも奇妙なやり取りに、この世に起こっていることとは思ってなかった千尋。三者三様である。
「――じゃあさ、アタシ……ここまでかな」
「? 何言ってんだ、こっからだろ」
 黒光りしている高機能ヘルメットを千尋に投げる、大型バイクに軽くまたがっている灰崎。既にヘルメットは着用済みである。
「俺は流浪の獣(リウラン・ショウ)根城(アジト)、あるいは仮拠点(ベース)に向かう。でも言語は分かんねえし、勝手は分からねえ。カーナビ役と通訳役として、俺について来てくれねェか?」
 千尋は、ホームレスを撥ね飛ばした時以外大して彼の力になれていないと考えていた。ましてや、脅されていたとはいえ、彼を教会に売ろうとしていたのだから。それでも、灰崎は一切気にする様子は無く、ただ純粋に協力を要請したのだ。
 「一般人だから」だとか、そんな雑念はそこに存在せず、戦う以外の重要な戦力だからこそ、恨むことなど一切せずに千尋を受け入れたのだ。
「――いいの? アタシなんかが……」
「いや、アンタじゃあないとダメだろ。現状信じられる奴は現地だとそう居ない。ただでさえ基本的に頼りの綱だった千葉県民が、あろうことか来栖善吉(クソヤロウ)に恐らく大規模洗脳済み。戦力云々だなんて気にすんなよ、何より堅気の人間に戦わせるだなんて、よほどじゃあない限り普通無理だろ」
 至極真っ当な意見。普通そうである。何のつながりもない一般人が、教会や今回のようなマフィアに真っ向勝負するだなんて、普通は出来ない話である。誰もが特別な存在ではないのだから、戦闘に秀でた存在がいれば頭が秀でた存在もいる。
「それぞれの人間には得手不得手がある中でよ、誰もが何でもできるだなんて訳じゃあねえんだ。千尋はもちろん、普通女子供が戦わなくていいんだぜ」
 まるで、常識を語っているかのような当然の表情。真面目な話をしている訳でもないのに、千尋は心打たれていたのだ。一つ息をつくと、灰崎の差し出したヘルメットを諦めたように笑って受け取る。
「――びっくり。仮にも、一度教会に売ろうとした(ヤツ)を連れていくだなんてさ。それにその態度……勘違いしちゃう人いるかもよ?」
「? 何だ勘違いって?」
「……何でもない。行こうよ、流浪の獣の拠点にさ」
 二人、しっかりとバイクに跨って、エンジンを始動。敵にやられる以外で事故って死ぬだなんてことは笑えないため、しっかり安全運転で、道を行くのだった。

「――アレ、そう言えば免許って今無い財布に……」
「……悪いな、今俺ピンポイントで耳遠くなっちまった」

 都合の悪いことが聞こえなくなった、昨今の政治家のようなことを呟いて、二人は法令違反のまま上総湊(かずさみなと)を後にするのだった。



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 フロントガラスが壊れた車を近くの修理屋に出し、徒歩で上総湊《かずさみなと》駅に辿り着く二人。そんな二人の前に現れたのは、宣言通り学園長の秘書たる明石であったが、その表情は重たいものであった。これは灰崎を憂うものではなく、急な命によってこの場にやってきた苦労によるものであった。
「……明石さん、とか言ったか。本当になんか……悪いな」
「――まあ、今日この受け渡し役をこなしたら仕事上がりでいいよ、と言われましたので、それと割増賃金でチャラです」
「……ゆっくり体休めてくれよな、明石さん」
 手渡されたのは、代替品の連絡用デバイスと、謎の漆黒のアタッシュケースであった。
「――このアタッシュケースは、二人用のバイクにもなり、ある程度緊急時の戦闘手段にも、そして潜入捜査時の監視カメラ内臓など、有用なガジェットになりうる、8タイプ変形型超高機能アタッシュケースとなっております。現状この作戦人員の中で、唯一一般人に近しい存在でありますので、カスタマイズされた自動短銃以外の戦闘手段を、と学園長から遣わされました」
「へえ……そんな男の子の夢の集合体みたいな奴も、きっちりしっかり開発してんのな。学園長さんって奴はアラフィフの大人《オッサン》ながら、子供心も内包した可愛げのあるオッサン、ってこったぁ」
 別に灰崎は『彼』を貶めて言ったわけではなかったが、どうも明石の反応が分かりやすく鈍くなる。そんな彼女を見やった結果、灰崎はばつが悪そうにしていた。
「あ、学園長の前でアラフィフの大人《オッサン》、と言う発言はしないことをお勧めします」
「――単純に悪口に聞こえるだろうし……殺されるか? 俺一応反社の部外者だし」
「いえ「本気《マジ》の真剣《ガチ》、大人の全力《フルパワー》を見せてやる」とかギャン泣きし出して拗ねます」
「いやガキかよ!?」
 困ったように肩を竦める明石であったが、事態はそこまでのんびりしていられない。ファザー牧場で鉄砲玉が始末をしくじった情報が伝播していけば、その周辺からじわりじわりと包囲網が出来上がっていくだろう。結局人海戦術によってやられてしまっては、元も子もない。
「――今回、学園長から指令としていただいた内容は、そちらのアタッシュケースを用いて……その流浪の獣による邪魔を掻い潜りながら、組織の鎮静化……それが出来なくとも、どこかで気を失っているであろう礼安さんたちと無事合流を果たしてくれ、とのことでした」
「簡単に言ってくれるぜ、全くよ。こちとら元極道の一般人《パンピー》だってのに」
 どうも居場所が無いように、存在感を消していた千尋であったが、アタッシュケースを即座に展開しバイクを顕現。ご丁寧に、法令順守のためのヘルメットが二つ。バイクと同じメタリックブラックが鈍く光る。
「――という訳で。私はこれにて。これから千葉県の日本酒である、電照菊を五本ほど買いに行こうと思いまして」
「……本当酒好きなんスね」
 仕事が完全に終わり、スキップしながら人ごみに消えていく明石。そんな明石に対し、気怠そうに無表情で手をひらひらと振る灰崎。何とも奇妙なやり取りに、この世に起こっていることとは思ってなかった千尋。三者三様である。
「――じゃあさ、アタシ……ここまでかな」
「? 何言ってんだ、こっからだろ」
 黒光りしている高機能ヘルメットを千尋に投げる、大型バイクに軽くまたがっている灰崎。既にヘルメットは着用済みである。
「俺は|流浪の獣《リウラン・ショウ》の根城《アジト》、あるいは仮拠点《ベース》に向かう。でも言語は分かんねえし、勝手は分からねえ。カーナビ役と通訳役として、俺について来てくれねェか?」
 千尋は、ホームレスを撥ね飛ばした時以外大して彼の力になれていないと考えていた。ましてや、脅されていたとはいえ、彼を教会に売ろうとしていたのだから。それでも、灰崎は一切気にする様子は無く、ただ純粋に協力を要請したのだ。
 「一般人だから」だとか、そんな雑念はそこに存在せず、戦う以外の重要な戦力だからこそ、恨むことなど一切せずに千尋を受け入れたのだ。
「――いいの? アタシなんかが……」
「いや、アンタじゃあないとダメだろ。現状信じられる奴は現地だとそう居ない。ただでさえ基本的に頼りの綱だった千葉県民が、あろうことか来栖善吉《クソヤロウ》に恐らく大規模洗脳済み。戦力云々だなんて気にすんなよ、何より堅気の人間に戦わせるだなんて、よほどじゃあない限り普通無理だろ」
 至極真っ当な意見。普通そうである。何のつながりもない一般人が、教会や今回のようなマフィアに真っ向勝負するだなんて、普通は出来ない話である。誰もが特別な存在ではないのだから、戦闘に秀でた存在がいれば頭が秀でた存在もいる。
「それぞれの人間には得手不得手がある中でよ、誰もが何でもできるだなんて訳じゃあねえんだ。千尋はもちろん、普通女子供が戦わなくていいんだぜ」
 まるで、常識を語っているかのような当然の表情。真面目な話をしている訳でもないのに、千尋は心打たれていたのだ。一つ息をつくと、灰崎の差し出したヘルメットを諦めたように笑って受け取る。
「――びっくり。仮にも、一度教会に売ろうとした女《ヤツ》を連れていくだなんてさ。それにその態度……勘違いしちゃう人いるかもよ?」
「? 何だ勘違いって?」
「……何でもない。行こうよ、流浪の獣の拠点にさ」
 二人、しっかりとバイクに跨って、エンジンを始動。敵にやられる以外で事故って死ぬだなんてことは笑えないため、しっかり安全運転で、道を行くのだった。
「――アレ、そう言えば免許って今無い財布に……」
「……悪いな、今俺ピンポイントで耳遠くなっちまった」
 都合の悪いことが聞こえなくなった、昨今の政治家のようなことを呟いて、二人は法令違反のまま上総湊《かずさみなと》を後にするのだった。