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第二百三十九話

ー/ー



 木更津方面に向かう道、その道中のコンビニエンスストアにて運転手交代。近くにドラッグストアもあったため、灰崎はある程度の包帯と消毒液、大きめの絆創膏を購入して帰ってきた。
「……治療の、心得はあるの?」
「ある。伊達にヤクザやってきてないからな、医師免許も医師ほどの精密性も無いが、荒療治でいいなら銃弾も取り出せる」
 ほんの少しの逡巡の後、黙って彼に身をゆだねることにした千尋。ゴム手袋を慣れた手つきで着けた灰崎は、右肩口に深く入り込んだ銃弾を、指をねじ込んで取り出しにかかる。
 叫びそうになるのを、歯を食いしばることで何とか八割ほど抑えるも、痛々しい声は漏れ出る。痛みに慣れていない真人間だからこそ、これまで感じたことの無い痛みはダイレクトに伝わる。慣れと言うものは悪く言われることもあるが、ある程度の痛みも軽減しうる材料になるのだ。
 銃弾に手がかかり、痛みにより何度も彼女から声が漏れ出るたびに「すまない」とだけ呟く。痛覚が全力で主張する中、すぐに終わらせるべく肉と銃弾の間に指を入り込ませ、全力で持ち上げる。
 何度もその荒い治療を行った結果、その甲斐あり、多くの副次出血があったものの、何とか摘出完了。
 すぐさま消毒液を患部にかけ、綿を詰めてその上から絆創膏を付着。慣れた手つきで、包帯を巻いていき、動かす上でも一切支障のないレベルまで完全固定。しばらく安静にすることは必須事項である。
 滝のような汗を掻いたお互い。それぞれがそれぞれのタオルで汗を拭っていた。
「……とりあえず、これで応急処置は完了だ。ある程度動けはするだろうが……事が済んだら迷わず病院に行けよ。千尋は俺のような人種じゃあないんだ、痛みに慣れてるわけでもないだろ」
 肩を庇うように座っていたものの、開口一番に出た言葉は、礼であった。
「あの……ありがとう。ここまでしてくれて……」
「――それ、こっちの台詞なんだが。基本的に……当初の目的がアレとはいえ、お前さんただの被害者だろ。それも……俺なんかを助けた影響で、教会に目を付けられることになるだろうし」
 ある程度肝の据わった女である千尋は、あの時頭で考えるよりも先に体が動いていた。自分の目の前で、酷いことをされる……そんな現場を目の当たりにすることは寝覚めの悪いことである、だから助ける――という、常人ではそこまで簡単に行えないことをやってのけた、勇気ある存在である。
「しっかし……俺はあんな奴本当に見たこと無くてな。ヤクザの集会とかでも一切見たことがねえ。分からねえのを承知で聞くが……アイツみたいな奴、知ってるか」
 半ば諦めで聞いた灰崎。知っているはずがないと高を括っていた。
 だが、千尋はどうやら、思い当たる節があるようであった。あからさまに、反応が悪くなったのだ。
「――アイツらは、今教会に(くみ)してる…中華マフィアの一人。最初は心の拠り所を探して教会に入信したけれど……あんな奴らがいるなんて思わなかった」
「だから、すぐに足洗った、ってことか。――ま、そりゃあそうだよな、普通だったら宗教内に、そんな武闘派の連中居るだなんて分かる訳もないよな。体験入信だなんて出来る訳もないし」
「……アイツらは、元々神奈川県の中華街を根城にしていた中華マフィア、その名も……流浪の獣(リウラン・ショウ)。基本的に教会が表裏問わずに幅利かせる前は、神奈川に存在する武闘派マフィアの中でもかなり有力団体だったらしいの」
 自分たちに敵対する存在は、容赦なく殺害する、それほどの残忍さを持ち合わせておきながら、仲間意識はかなり高く、一般人だけではなく警察などの組織相手であろうと容赦なく咬み付く、まさに獣のような習性を持つマフィアであった。金稼ぎに関してはそこまで頭がよくなかったため、縄張りにさえ入らなければ、有力な存在ながらよくいるようなマフィア、程度で収まっていた。
「――なるほど。こんだけの情報……堅気なのによく仕入れられたな」
「……アイツら武勇伝か、ってくらいによく話してるの。それに……アタシ高校時代と大学で中国語専攻していたから、奴らの中国語も理解できる。さっき理解できてない様子だったけど、まあまあ酷いこと口走ってたよ、あの下っ端」
「俺ァ学がねえから分からねえ……現に何言ってたかは、フィーリングで理解するしかなかったしな」
 コンビニで購入した水のペットボトルを一本渡し、互いに飲む二人。この緊急時のため、灰崎は特に気にしていなかったものの、千尋は一瞬自分たちがとんでもないことをしてしまったことに気が付く。しかし視線の先の灰崎が、特に何のリアクションも取っていなかったため、すぐさま自分で自分をビンタして話を本筋に戻す。
「――だから、私は連中から聞いた神奈川支部とのなれそめ、そして新生山梨支部との今に至るまでを、全部話せる。教会に属していた期間なんて一週間くらいだけど、その間嫌と言うほど聞いたから」
「……そんなまあまあ重要なこと、素面(シラフ)でべらべら喋っていたのか? もしそうだとしたら、裏社会の人間として非常に緊張感がねェというか、らしくねェというか……どのみち、プロ意識が低すぎるだろうに」
「まさか。歓迎会とかで酒をがっつり入れた下っ端が、自分の功績かのように言いふらしてる。いくら機密情報じゃあないからって、ちょっと危機管理が甘すぎな気はするけれど」
「だとしたら、そいつが出世できねェ理由が痛いほどわかるぜ。大なり小なり、機密情報(シークレット)くっちゃべるような大馬鹿野郎は全く出世できねェ。永久名誉(えいえん)に若衆確定だろうな」
 ある程度の情報を入れた灰崎は、現状手持ちにないデバイスで連絡を入れたいと考える。しかし、財布もデバイスもどこにあるか定かではない。そんな中でどうするべきかを志向していると、ある重要なアイテムは一切手が付けられていないことに気が付いた。
 それこそ、学園長の緊急連絡先のメモ。たしか胸ポケットに入れたままであったため、すぐさま紙切れを取り出すと――灰崎は呆れかえった。
「……盗まれないようにするために、雑多なキャバ嬢の名刺っぽく彩ってやがる。小賢しいというべきか(こす)いというべきか……」
「両方褒めてないじゃんそれ」
 千尋にスマホを借り、すぐさま電話を掛ける灰崎。まさかの1コールで出るという、凄まじい速度感であった。
『はーいもしもし! こちら英雄学園学園長緊急連絡先その五十となっておりまーす! 年齢と一緒じゃあねえかとか言われたら、私泣きますのでご容赦をー!』
「……アンタ、随分暢気してんのな」
 そこから、端的に現在の状況と、その状況を生み出すに至った流浪の獣について、体感五倍速で説明する灰崎。都度相槌が含まれながらも、少々面倒な状況に至ってしまった灰崎を慰めるのだった。
『――なーるほどね。んで現在千葉県は富津(ふっつ)市付近のコンビニにて状況確認中、って訳ね。そこで流浪の獣にまつわる情報も得た、と。失ったものの割に、成果は上々じゃあない??』
「馬鹿言え、俺の財布取られたんだぞ。免許もその中に入っているってのに」
『まあそこん所は、後々私がどうにか立て替えてあげるから安心しな。代替品となるデバイスは……そうだね、上総湊(かずさみなと)駅で明石君から渡す形でどうかな』
 電話の向こう側で、急な出向命令に素っ頓狂な声が上がったのを知ってしまった灰崎は、どうもいたたまれない気持ちになってしまった。



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 木更津方面に向かう道、その道中のコンビニエンスストアにて運転手交代。近くにドラッグストアもあったため、灰崎はある程度の包帯と消毒液、大きめの絆創膏を購入して帰ってきた。
「……治療の、心得はあるの?」
「ある。伊達にヤクザやってきてないからな、医師免許も医師ほどの精密性も無いが、荒療治でいいなら銃弾も取り出せる」
 ほんの少しの逡巡の後、黙って彼に身をゆだねることにした千尋。ゴム手袋を慣れた手つきで着けた灰崎は、右肩口に深く入り込んだ銃弾を、指をねじ込んで取り出しにかかる。
 叫びそうになるのを、歯を食いしばることで何とか八割ほど抑えるも、痛々しい声は漏れ出る。痛みに慣れていない真人間だからこそ、これまで感じたことの無い痛みはダイレクトに伝わる。慣れと言うものは悪く言われることもあるが、ある程度の痛みも軽減しうる材料になるのだ。
 銃弾に手がかかり、痛みにより何度も彼女から声が漏れ出るたびに「すまない」とだけ呟く。痛覚が全力で主張する中、すぐに終わらせるべく肉と銃弾の間に指を入り込ませ、全力で持ち上げる。
 何度もその荒い治療を行った結果、その甲斐あり、多くの副次出血があったものの、何とか摘出完了。
 すぐさま消毒液を患部にかけ、綿を詰めてその上から絆創膏を付着。慣れた手つきで、包帯を巻いていき、動かす上でも一切支障のないレベルまで完全固定。しばらく安静にすることは必須事項である。
 滝のような汗を掻いたお互い。それぞれがそれぞれのタオルで汗を拭っていた。
「……とりあえず、これで応急処置は完了だ。ある程度動けはするだろうが……事が済んだら迷わず病院に行けよ。千尋は俺のような人種じゃあないんだ、痛みに慣れてるわけでもないだろ」
 肩を庇うように座っていたものの、開口一番に出た言葉は、礼であった。
「あの……ありがとう。ここまでしてくれて……」
「――それ、こっちの台詞なんだが。基本的に……当初の目的がアレとはいえ、お前さんただの被害者だろ。それも……俺なんかを助けた影響で、教会に目を付けられることになるだろうし」
 ある程度肝の据わった女である千尋は、あの時頭で考えるよりも先に体が動いていた。自分の目の前で、酷いことをされる……そんな現場を目の当たりにすることは寝覚めの悪いことである、だから助ける――という、常人ではそこまで簡単に行えないことをやってのけた、勇気ある存在である。
「しっかし……俺はあんな奴本当に見たこと無くてな。ヤクザの集会とかでも一切見たことがねえ。分からねえのを承知で聞くが……アイツみたいな奴、知ってるか」
 半ば諦めで聞いた灰崎。知っているはずがないと高を括っていた。
 だが、千尋はどうやら、思い当たる節があるようであった。あからさまに、反応が悪くなったのだ。
「――アイツらは、今教会に与《くみ》してる…中華マフィアの一人。最初は心の拠り所を探して教会に入信したけれど……あんな奴らがいるなんて思わなかった」
「だから、すぐに足洗った、ってことか。――ま、そりゃあそうだよな、普通だったら宗教内に、そんな武闘派の連中居るだなんて分かる訳もないよな。体験入信だなんて出来る訳もないし」
「……アイツらは、元々神奈川県の中華街を根城にしていた中華マフィア、その名も……|流浪の獣《リウラン・ショウ》。基本的に教会が表裏問わずに幅利かせる前は、神奈川に存在する武闘派マフィアの中でもかなり有力団体だったらしいの」
 自分たちに敵対する存在は、容赦なく殺害する、それほどの残忍さを持ち合わせておきながら、仲間意識はかなり高く、一般人だけではなく警察などの組織相手であろうと容赦なく咬み付く、まさに獣のような習性を持つマフィアであった。金稼ぎに関してはそこまで頭がよくなかったため、縄張りにさえ入らなければ、有力な存在ながらよくいるようなマフィア、程度で収まっていた。
「――なるほど。こんだけの情報……堅気なのによく仕入れられたな」
「……アイツら武勇伝か、ってくらいによく話してるの。それに……アタシ高校時代と大学で中国語専攻していたから、奴らの中国語も理解できる。さっき理解できてない様子だったけど、まあまあ酷いこと口走ってたよ、あの下っ端」
「俺ァ学がねえから分からねえ……現に何言ってたかは、フィーリングで理解するしかなかったしな」
 コンビニで購入した水のペットボトルを一本渡し、互いに飲む二人。この緊急時のため、灰崎は特に気にしていなかったものの、千尋は一瞬自分たちがとんでもないことをしてしまったことに気が付く。しかし視線の先の灰崎が、特に何のリアクションも取っていなかったため、すぐさま自分で自分をビンタして話を本筋に戻す。
「――だから、私は連中から聞いた神奈川支部とのなれそめ、そして新生山梨支部との今に至るまでを、全部話せる。教会に属していた期間なんて一週間くらいだけど、その間嫌と言うほど聞いたから」
「……そんなまあまあ重要なこと、素面《シラフ》でべらべら喋っていたのか? もしそうだとしたら、裏社会の人間として非常に緊張感がねェというか、らしくねェというか……どのみち、プロ意識が低すぎるだろうに」
「まさか。歓迎会とかで酒をがっつり入れた下っ端が、自分の功績かのように言いふらしてる。いくら機密情報じゃあないからって、ちょっと危機管理が甘すぎな気はするけれど」
「だとしたら、そいつが出世できねェ理由が痛いほどわかるぜ。大なり小なり、機密情報《シークレット》くっちゃべるような大馬鹿野郎は全く出世できねェ。永久名誉《えいえん》に若衆確定だろうな」
 ある程度の情報を入れた灰崎は、現状手持ちにないデバイスで連絡を入れたいと考える。しかし、財布もデバイスもどこにあるか定かではない。そんな中でどうするべきかを志向していると、ある重要なアイテムは一切手が付けられていないことに気が付いた。
 それこそ、学園長の緊急連絡先のメモ。たしか胸ポケットに入れたままであったため、すぐさま紙切れを取り出すと――灰崎は呆れかえった。
「……盗まれないようにするために、雑多なキャバ嬢の名刺っぽく彩ってやがる。小賢しいというべきか狡《こす》いというべきか……」
「両方褒めてないじゃんそれ」
 千尋にスマホを借り、すぐさま電話を掛ける灰崎。まさかの1コールで出るという、凄まじい速度感であった。
『はーいもしもし! こちら英雄学園学園長緊急連絡先その五十となっておりまーす! 年齢と一緒じゃあねえかとか言われたら、私泣きますのでご容赦をー!』
「……アンタ、随分暢気してんのな」
 そこから、端的に現在の状況と、その状況を生み出すに至った流浪の獣について、体感五倍速で説明する灰崎。都度相槌が含まれながらも、少々面倒な状況に至ってしまった灰崎を慰めるのだった。
『――なーるほどね。んで現在千葉県は富津《ふっつ》市付近のコンビニにて状況確認中、って訳ね。そこで流浪の獣にまつわる情報も得た、と。失ったものの割に、成果は上々じゃあない??』
「馬鹿言え、俺の財布取られたんだぞ。免許もその中に入っているってのに」
『まあそこん所は、後々私がどうにか立て替えてあげるから安心しな。代替品となるデバイスは……そうだね、上総湊《かずさみなと》駅で明石君から渡す形でどうかな』
 電話の向こう側で、急な出向命令に素っ頓狂な声が上がったのを知ってしまった灰崎は、どうもいたたまれない気持ちになってしまった。