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第二百三十七話

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 慣れた手つきで制服(と言う名のエプロンだけ着用した姿)に着替えた千尋は、その姿のまま園内に灰崎を連れ、人通りが少ないエリアに連れ込む。
 これがもしR18な物語であったのなら、このまま逢引(あいびき)なんてこともあるだろうが、そんな夢物語はあるはずもなく、喫煙所内で煙草を吸い始めたのだ。
「――千尋、とか言ったか。仕事しなくていいのか」
「いーのいーの。アタシピアス好きで開けてんだけどさ、それにビビッて周りの従業員アタシハブってるからさ。ヤニ吸ってサボっててもお咎めなし、逸(はぐ)れ者って訳」
 この喫煙所は、いたって普通のものであったが、半ば彼女専用の喫煙所と化している理由が彼女の見た目にある。
「アンタみたいなヤクザと出会うの初めてだし、アンタも結局周りの一般人が見たらビビるだろうし。ここがうってつけ、って訳」
「――心遣い、感謝するよ」
 壁に背を預け、深く息をつくと、その隙を見図られたのか「隙有り」と千尋の煙草を口元にインサートされる。
「おまッ何して」
「悪いけど間接キスになるから戻さないでねー、あたしが言うのも何なんだけど、この煙草美味いと思うよ」
 千尋愛用のライターを手渡すと、灰崎は渋々それに火をつける。煙を燻らせ、しっかりと味わう。しかし、自分愛用の煙草と比べると、どうも決め手に欠ける印象であった。何とも、味がぼやけているような印象。少なくとも、灰崎はこの味を好きになることは出来なかった。
「――悪いが、そこまで俺は好みじゃあなかった」
「……そっか」
 少々落胆した様子の千尋を横目に、不器用な男は、たった一言しか投げかけることは出来なかった。
「……ま、まあでも、悪くはないんじゃあないか? そこまで多くの銘柄を吸ってきた訳じゃあないから、俺だって極論偉そうなことは何も言えない」
 何ともぎこちない助け舟に、苦笑する千尋。ダウナーな彼女が初めて見せた表情の変化は、ほんの些細な笑顔であった。
「――本当、面白い人。アタシのやってること……馬鹿らしく感じちゃうくらいに」
「? 何を言って――」
 そう灰崎が呟き、千尋の方を見やると、あるものを提示される。灰崎にとって、何とも印象深いものであり、それと同時に恨みがましいものでもあった。
 手にしていたのは、教会のバッジ。でも役職持ち、と言ったわけではなく、通常の会社で言うならば平社員と言った役職。所謂下っ端同然であったが、灰崎が警戒心を取り戻すには十分であった。
「……こんなことを言っても信じられないけれど、アタシ元々『教会』の信者だったの」
「――クソッタレ、女を傷つける趣味は無ェんだが……俺をどうするつもりだよ」
 戦闘態勢を取る灰崎であったが、一行に仕掛ける様子の無い千尋に首を傾げる。
「……どういうことだよ」
「だから、私は元信者。でも……ほんの数秒前まで、ある人から使命は受け取った存在だったよ」
 煙草の箱、それを逆さにしてすべての煙草を取り出すと、それらから発される臭いは、灰崎にとって何度か縁のあるものの臭いであった。ヤクザなら、大体関わってくるであろう、覚醒剤の臭いであったのだ。
 微妙な味だ、と称した理由はその煙草が正しく『不味い』ものであったからこそ。それでも、灰崎はその煙草をものともせずに吸ったため、千尋は白状するに至ったのだ。単純な、敗北宣言であった。
「――この場に、一人英雄学園側の回し者が無一文でやってくる。それの処理を任された……でもアタシは、少し前に足を洗ったばかりだったの。でも……連中はアタシに煙草をすわせろ、とだけ言ってこれを渡したの」
 端的に言うならば、千尋は脅されてやらされた。足を洗った人間、と言うよりは信じることをやめただけ。この世には『信教の自由』と称される、「特定の宗教を信じる自由」、あるいは「一般に宗教を信じない自由」が存在するのだが、教会は結局のところ犯罪の片棒を担がせ逃げられなくする、何とも最近のヤクザでもやらないような、実にあくどい方法を行っていたのだ。
「――胸糞悪ィ」
 灰崎はその煙草を一息で吸いきると、灰皿に投げ入れる。一切ふらついている様子はなく、ただ一息で吸ったことで煙にむせていた。
「……こうして、煙草吸わせた、ってことはよ。千尋……アンタはハズレを入れてくれていた、って訳だ。んでこの煙草がそのハズレ。他は全部アタリってことを考えて……まだ情状酌量の余地ありとみなすぜ」
 灰崎は彼女が煙草を勧めたことに、一切咎めなかったのだ。教会に従わなければならない恐怖は、灰崎も嫌と言うほど知っている。つい数日前まで、その傘下に下らざるを得なかったからこそ、彼女の痛みが分かるのだ。

「――出るぜ、ここもじきに面倒事ばかりでわんさか溢れやがる。仕事は休職(フケ)たほうがいいだろ」

 手を引きながら、喫煙所を後にする二人。まだこれと言った存在は現れていないものの、静かに走り出したのだ。



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 慣れた手つきで制服(と言う名のエプロンだけ着用した姿)に着替えた千尋は、その姿のまま園内に灰崎を連れ、人通りが少ないエリアに連れ込む。
 これがもしR18な物語であったのなら、このまま逢引《あいびき》なんてこともあるだろうが、そんな夢物語はあるはずもなく、喫煙所内で煙草を吸い始めたのだ。
「――千尋、とか言ったか。仕事しなくていいのか」
「いーのいーの。アタシピアス好きで開けてんだけどさ、それにビビッて周りの従業員アタシハブってるからさ。ヤニ吸ってサボっててもお咎めなし、逸《はぐ》れ者って訳」
 この喫煙所は、いたって普通のものであったが、半ば彼女専用の喫煙所と化している理由が彼女の見た目にある。
「アンタみたいなヤクザと出会うの初めてだし、アンタも結局周りの一般人が見たらビビるだろうし。ここがうってつけ、って訳」
「――心遣い、感謝するよ」
 壁に背を預け、深く息をつくと、その隙を見図られたのか「隙有り」と千尋の煙草を口元にインサートされる。
「おまッ何して」
「悪いけど間接キスになるから戻さないでねー、あたしが言うのも何なんだけど、この煙草美味いと思うよ」
 千尋愛用のライターを手渡すと、灰崎は渋々それに火をつける。煙を燻らせ、しっかりと味わう。しかし、自分愛用の煙草と比べると、どうも決め手に欠ける印象であった。何とも、味がぼやけているような印象。少なくとも、灰崎はこの味を好きになることは出来なかった。
「――悪いが、そこまで俺は好みじゃあなかった」
「……そっか」
 少々落胆した様子の千尋を横目に、不器用な男は、たった一言しか投げかけることは出来なかった。
「……ま、まあでも、悪くはないんじゃあないか? そこまで多くの銘柄を吸ってきた訳じゃあないから、俺だって極論偉そうなことは何も言えない」
 何ともぎこちない助け舟に、苦笑する千尋。ダウナーな彼女が初めて見せた表情の変化は、ほんの些細な笑顔であった。
「――本当、面白い人。アタシのやってること……馬鹿らしく感じちゃうくらいに」
「? 何を言って――」
 そう灰崎が呟き、千尋の方を見やると、あるものを提示される。灰崎にとって、何とも印象深いものであり、それと同時に恨みがましいものでもあった。
 手にしていたのは、教会のバッジ。でも役職持ち、と言ったわけではなく、通常の会社で言うならば平社員と言った役職。所謂下っ端同然であったが、灰崎が警戒心を取り戻すには十分であった。
「……こんなことを言っても信じられないけれど、アタシ元々『教会』の信者だったの」
「――クソッタレ、女を傷つける趣味は無ェんだが……俺をどうするつもりだよ」
 戦闘態勢を取る灰崎であったが、一行に仕掛ける様子の無い千尋に首を傾げる。
「……どういうことだよ」
「だから、私は元信者。でも……ほんの数秒前まで、ある人から使命は受け取った存在だったよ」
 煙草の箱、それを逆さにしてすべての煙草を取り出すと、それらから発される臭いは、灰崎にとって何度か縁のあるものの臭いであった。ヤクザなら、大体関わってくるであろう、覚醒剤の臭いであったのだ。
 微妙な味だ、と称した理由はその煙草が正しく『不味い』ものであったからこそ。それでも、灰崎はその煙草をものともせずに吸ったため、千尋は白状するに至ったのだ。単純な、敗北宣言であった。
「――この場に、一人英雄学園側の回し者が無一文でやってくる。それの処理を任された……でもアタシは、少し前に足を洗ったばかりだったの。でも……連中はアタシに煙草をすわせろ、とだけ言ってこれを渡したの」
 端的に言うならば、千尋は脅されてやらされた。足を洗った人間、と言うよりは信じることをやめただけ。この世には『信教の自由』と称される、「特定の宗教を信じる自由」、あるいは「一般に宗教を信じない自由」が存在するのだが、教会は結局のところ犯罪の片棒を担がせ逃げられなくする、何とも最近のヤクザでもやらないような、実にあくどい方法を行っていたのだ。
「――胸糞悪ィ」
 灰崎はその煙草を一息で吸いきると、灰皿に投げ入れる。一切ふらついている様子はなく、ただ一息で吸ったことで煙にむせていた。
「……こうして、煙草吸わせた、ってことはよ。千尋……アンタはハズレを入れてくれていた、って訳だ。んでこの煙草がそのハズレ。他は全部アタリってことを考えて……まだ情状酌量の余地ありとみなすぜ」
 灰崎は彼女が煙草を勧めたことに、一切咎めなかったのだ。教会に従わなければならない恐怖は、灰崎も嫌と言うほど知っている。つい数日前まで、その傘下に下らざるを得なかったからこそ、彼女の痛みが分かるのだ。
「――出るぜ、ここもじきに面倒事ばかりでわんさか溢れやがる。仕事は休職《フケ》たほうがいいだろ」
 手を引きながら、喫煙所を後にする二人。まだこれと言った存在は現れていないものの、静かに走り出したのだ。