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第二百三十六話

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 ゆっくりと、目を覚ます灰崎。目覚めた場所は、千葉県の中でも有名な観光名所の一つであるファザー牧場、その入り口。スーツ姿ではあったものの、一般人に暴行を加えられた後そのままであったため、生々しい傷跡がそこかしこに。
 節々の痛みを抱えながら、辺りを見回しても、見知った人間誰一人存在しない、何とも言えない孤独を感じられる。何せ灰崎に集まる視線は、カップルや家族連ればかり。なぜかその場で倒れ伏す、謎の成人男性を怪訝な目で見やった結果、手を差し伸べることすらせずに通り過ぎるばかり。
 下手に声をかけて、朝から何かしらの面倒事に付き合わされるのは面倒である、実に人間関係にドライな最近の人間らしい選択であった。この二千五十年にて、礼安のような狂気的なお人よしこそ、存在が異質であるのだ。
「――なんで、俺ここに連れられたんだ、全く」
 懐を(まさぐ)ると、そこにあったはずのカスタムされた自動短銃は無く、連絡用デバイスも財布もない、ヤクザでありながら事実上のホームレス化であった。
(……ッたく、あの山梨の一件から踏んだり蹴ったりだな。たった一人に組壊滅させられたと思いきや、武器もないうえに無一文かつ、監視用のデバイスすらパクられて……神ってやつは俺のことがとことん嫌いらしい)
 胸ポケットのところにあったはずの煙草も無いため、ニコチンが切れた今の状態で出歩くのは危険であることを自覚しながら、その場から立ち去ることを考えた。これ以上衆目に晒されて、らしくもなく当たり散らしながら――なんてことはしたくない。せっかくのチャンスを与えられたのなら、それに報いるのが極道だけに限らず最大級の恩返しである。
 しかし、千葉県に特別土地勘がある訳はなく、苦悶の表情を浮かべていた時。近くを通りかかった、ある女に煙草とライターを一本差し出される。
 その女の見た目は、一言で言い表すならば『軽薄』。紫色のエクステを前髪につけた女性的なウルフカットの黒髪に、まるでパンクロッカーと言わんばかりに無数のピアスを付けた、トプスは少々緩めであったが、パンツはタイトなチノパン。実に醸し出す雰囲気が、大麻(ハッパ)でもやってそうなほどに、雰囲気がダウナーな女であった。見たところ二十代前半、見ようによっては十代後半にも見えるほどに若い。
「――アンタ、ニコチン切れてんでしょ。イラついてんの、顔に滅茶苦茶出てる」
「……悪いが、俺はそんな好意を黙って受け取れるような存在じゃあねえ。それに味が好みじゃあねえ可能性がある」
「馬鹿言え。さっきから陰ながらアンタ見てたんだけど……何か面倒事に巻き込まれてんじゃあないの? そうじゃあなかったら……数人がかりで気ィ失ったアンタ、ファザー牧場の前に放っぽり出さないでしょ」
 無表情のまま、何とも衝撃的な一言を発した女に、藁にも縋る思いでその者の正体を導き出そうとした灰崎。男女の距離感など一切気にすることなく、女の肩を持って必死の形相で問いかけた。
「――すまないが、その連れてきたやつに特徴あるか」
「……何、急に反応良くなったじゃん。でも残念、これといった特徴は無し。いたって普通の一般人(パンピー)ばかり。アタシ自身記憶力悪くない方ではあるけれど……それでもこれと言った特徴が無い限りそう簡単にパッと見の一般人の顔覚えられる訳ないでしょ」
 実にその通りであったため、灰崎は女の肩を放し、分かりやすく肩を落とす。突破口が見えたか、と思ったらそれは子供の落書きでした、と言われた衝撃と同様だろう。
「――すまなかった」
「……だいぶ積極的じゃん、何か訳アリだからあんな連れてこられ方した訳だし……当然か」
 女は灰崎の全身を見やると、嘆息する。今まで自分が相対していた存在、その正体を何となく察してしまったがため。
「――とりあえずさ、ファザー牧場に入る? 積もる話もあんでしょ」
「悪いが今の俺に金は無いぞ」
「分かってるっつーの。とりあえずアタシについてきなさいや、ヤクザのおにーさん」
 刺青を見せた訳でもないのに、なぜかヤクザだとすぐに理解した女に、どこか警戒心を持ちながら、女に手を引かれ連れられて行く。
「……ちなみになんだが、君の名前は」
「――千尋。神崎、千尋。このファザー牧場、その従業員。いたってフツーの一般人だけど、なにか」



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 ゆっくりと、目を覚ます灰崎。目覚めた場所は、千葉県の中でも有名な観光名所の一つであるファザー牧場、その入り口。スーツ姿ではあったものの、一般人に暴行を加えられた後そのままであったため、生々しい傷跡がそこかしこに。
 節々の痛みを抱えながら、辺りを見回しても、見知った人間誰一人存在しない、何とも言えない孤独を感じられる。何せ灰崎に集まる視線は、カップルや家族連ればかり。なぜかその場で倒れ伏す、謎の成人男性を怪訝な目で見やった結果、手を差し伸べることすらせずに通り過ぎるばかり。
 下手に声をかけて、朝から何かしらの面倒事に付き合わされるのは面倒である、実に人間関係にドライな最近の人間らしい選択であった。この二千五十年にて、礼安のような狂気的なお人よしこそ、存在が異質であるのだ。
「――なんで、俺ここに連れられたんだ、全く」
 懐を弄《まさぐ》ると、そこにあったはずのカスタムされた自動短銃は無く、連絡用デバイスも財布もない、ヤクザでありながら事実上のホームレス化であった。
(……ッたく、あの山梨の一件から踏んだり蹴ったりだな。たった一人に組壊滅させられたと思いきや、武器もないうえに無一文かつ、監視用のデバイスすらパクられて……神ってやつは俺のことがとことん嫌いらしい)
 胸ポケットのところにあったはずの煙草も無いため、ニコチンが切れた今の状態で出歩くのは危険であることを自覚しながら、その場から立ち去ることを考えた。これ以上衆目に晒されて、らしくもなく当たり散らしながら――なんてことはしたくない。せっかくのチャンスを与えられたのなら、それに報いるのが極道だけに限らず最大級の恩返しである。
 しかし、千葉県に特別土地勘がある訳はなく、苦悶の表情を浮かべていた時。近くを通りかかった、ある女に煙草とライターを一本差し出される。
 その女の見た目は、一言で言い表すならば『軽薄』。紫色のエクステを前髪につけた女性的なウルフカットの黒髪に、まるでパンクロッカーと言わんばかりに無数のピアスを付けた、トプスは少々緩めであったが、パンツはタイトなチノパン。実に醸し出す雰囲気が、大麻《ハッパ》でもやってそうなほどに、雰囲気がダウナーな女であった。見たところ二十代前半、見ようによっては十代後半にも見えるほどに若い。
「――アンタ、ニコチン切れてんでしょ。イラついてんの、顔に滅茶苦茶出てる」
「……悪いが、俺はそんな好意を黙って受け取れるような存在じゃあねえ。それに味が好みじゃあねえ可能性がある」
「馬鹿言え。さっきから陰ながらアンタ見てたんだけど……何か面倒事に巻き込まれてんじゃあないの? そうじゃあなかったら……数人がかりで気ィ失ったアンタ、ファザー牧場の前に放っぽり出さないでしょ」
 無表情のまま、何とも衝撃的な一言を発した女に、藁にも縋る思いでその者の正体を導き出そうとした灰崎。男女の距離感など一切気にすることなく、女の肩を持って必死の形相で問いかけた。
「――すまないが、その連れてきたやつに特徴あるか」
「……何、急に反応良くなったじゃん。でも残念、これといった特徴は無し。いたって普通の一般人《パンピー》ばかり。アタシ自身記憶力悪くない方ではあるけれど……それでもこれと言った特徴が無い限りそう簡単にパッと見の一般人の顔覚えられる訳ないでしょ」
 実にその通りであったため、灰崎は女の肩を放し、分かりやすく肩を落とす。突破口が見えたか、と思ったらそれは子供の落書きでした、と言われた衝撃と同様だろう。
「――すまなかった」
「……だいぶ積極的じゃん、何か訳アリだからあんな連れてこられ方した訳だし……当然か」
 女は灰崎の全身を見やると、嘆息する。今まで自分が相対していた存在、その正体を何となく察してしまったがため。
「――とりあえずさ、ファザー牧場に入る? 積もる話もあんでしょ」
「悪いが今の俺に金は無いぞ」
「分かってるっつーの。とりあえずアタシについてきなさいや、ヤクザのおにーさん」
 刺青を見せた訳でもないのに、なぜかヤクザだとすぐに理解した女に、どこか警戒心を持ちながら、女に手を引かれ連れられて行く。
「……ちなみになんだが、君の名前は」
「――千尋。神崎、千尋。このファザー牧場、その従業員。いたってフツーの一般人だけど、なにか」