大勢の人が避難した、東京デスティニーアイランド。昼間であるにも拘らず、平常な人っ子一人いないその異常な空間で、剣と刀が何度も交差する。
その一回一回の衝突音は、耳をつんざくほどの轟音。人体が生める音の範疇を超常しており、エヴァはこれほどの戦いを初めて目撃したと言えるほどに、ただただ当事者のはずなのに部外者のように驚愕していた。
宙を、何度も激突しながら、雷光が無数に奔っていく。花火などそこにないはずなのに、スパークが人々の目を刺激していくのだ。
それは、その現場にいる人物でなくとも、視認可能。歪んだ魔力が齎すどことない不調感と、勇敢な
雷光が齎す超視覚的効果。まるで天変地異の前触れか、と錯覚するほどに、千葉県全体に衝撃が走った。
しかし当事者は、と言うと。
激昂のままに立ち向かって剣を交える礼安は、眼前のそれの、底知れなさに驚愕していたのだ。
これまで相対してきた存在は、基本的にどこかに何とか太刀打ちできる要素があったのだ。例えそれが、これまで相手してきた存在の中で最強と言える待田であっても。『圧』を攻略し、潤沢な魔力が備わっていたら、突破口の一つでも開けただろう。
だが、善吉のそれは、一見どうにかできるようで、今の礼安では単純に太刀打ちできない、そんな確信があったのだ。その最たる理由こそ、内包されている英雄の『数』と『質』であった。
今、善吉の中には、違法手術によって取り込んだ『徳川家康』の力、そして和井内の力をほぼ根こそぎ吸収した、何者か不明の力。単純に人数が増えた影響か、それとも和井内の力で家康の力が補強された影響か、ライセンス二枚分の出力であっても対等の力関係に持ち込めない。ドライバーの出力差で片付けられない、底の見えない深淵に立ち向かっているような感覚であった。
そんなことを思われている善吉は、と言うと。何度も剣を交えた結果、礼安との実力差を徐々に理解しつつあったのだ。この勝負は勝てる。そんな自覚が芽生え始めていたのだ。
しかし、勝つには何かしらの一押しが欲しかった。将棋で言うならば、現在は王手をかけた状態。金将でも銀将でも、何ならば歩兵でも、最後の一押しが欲しかった。
逆に考えるならば、善吉はこうまでしてようやく勝てる認識があることに、恐れ戦いていたのだ。
眼前の少女のポテンシャルは、一年次のそれではない。現在の二年次最強格である丙良と信玄を有している現在、英雄学園から戦力を大幅に削ぎ取った認識があったのにも拘らず、それでも尚準備不足か、と思い込んでしまうほどであった。
計算高い善吉はあらゆる作戦を用い、山梨で戦力を大幅に削いだ英雄陣営と戦った。しかし御庭番衆の機転であったり、計算高さの上を行くレイジーの用意周到さであったり、そういった要因で自分の意志を持つ分身は敗北した。やれることの全てをやり切ったわけではないが、結果的に連中に敗北感を少しでも与えられたのだから、それでひとまずはよかったのだ。
だが、真に警戒するべきは、情報しか存在しなかった礼安であった。これまで多くの支部を崩壊させてきた立役者の一人、それだけで警戒するには十分な材料であったが、警戒の『レベル』や『度合』が足らなかったのだ。
そう、この外面から見たら善吉優勢に思える力関係。だが内面に関しては、完全に五分。
それぞれが、それぞれを警戒、あるいは善吉に関しては恐怖していたのだ。
ゆえに、激情に満ちた攻撃のみでやり取りをする。口撃による隙を見る――だなんてことをする余裕は無かったのだ。
双方、空中を飛ぶ技術は秀でているわけでは無い。ただお互いの生む衝撃と、宙を蹴り飛ばすことで、長時間の疑似的飛行を可能にしている。
三対の
腕と、一対の
腕。
互いに傷を増やし合う、いつか終わるはずのシーソー・ゲーム。
だが、お互いの負けず嫌いな心根が、自分が先に折れ、この勝負が終わることを許さない。
その時であった。無意識下で、善吉が虚空に空いた手をかざすと、どす黒い穴から信玄が変身した状態で現れた。その場にいるはずのない男が、唐突に表れたのだ。
その顔を見るや否や、礼安は青ざめてほんの少し後方に下がってしまう。それこそが、善吉の待ち望んだ『あと一押し』であった。
殺意を込め、物吉貞宗・真打を全力で振り下ろす善吉。それこそがチェックメイトだと信じて。
しかし。その剣は封殺される。あろうことか、信玄によって。
だが、彼にとってこの行動は自分自身でも予想外のことであった。礼安のことを『弟を殺した最低の存在』だと、酷く憎んでいるはずなのに、手が勝手に、彼女が害されることを拒んだのだ。
その瞬間に、元の心優しい彼女のメンタルに戻ったのか、礼安は頭部装甲を霧散させ、信玄に心の底から叫ぶ。
「――ッ、森ししょー!! そんな奴に、何で従っているの!? 戻ってきてよ、ししょー!!」
叫びに対し、ほんの少しの逡巡。心のブレが、あまり隠せていない様子であった。それもそのはず、自分自身で理解できないままに敵を庇い、その敵の言葉に惑わされている。この現状が彼自身許せなかったのだ。
唇を噛み締め、礼安を睨みつけると、善吉が生み出した謎の黒い穴に吸い込まれるように、消えていった。
数秒前まで、そこで理解の及ばないような激戦が繰り広げられていたのにも拘らず、何もなかったかのように澄んだ青空が広がっている。昼間の眩い日光が、装甲を纏った礼安とエヴァを刺す。スポットライトが当てられた、舞台上で舞い踊る悲劇のプリマのように。
「――エヴァちゃんの仇……取れなかった……!!」
「いえ……礼安さんは、悪くないです。ただすべての状況が悪い方向に噛み合ってしまった結果、です。きっと……」
善吉を逃がしてしまったことは、礼安にとって心が締め付けられるような罪悪感に満ちたものであった。勝てる確証は無かったものの、少なくともエヴァの痛みを和らげる方向へ持っていくことこそが、礼安の最適解であった。
しかし、エヴァは傷心状態であろうといたって冷静であった。伊達に礼安たちの中で、埼玉事変の時から参謀的役割を果たしていない。
「……でも礼安さん、現状はこう考えるべきです。事前情報によると信玄くんは、敵方の洗脳を受けている。そして新生山梨支部側に回っているのにも拘らず……彼の内に眠る彼の自我が、礼安さんを守った。これは――まず私の仇……よりも、まず彼らを奪還できる可能性を思考するべきです」
現状、この千葉県にいる実働部隊は少数精鋭のたった五人。山梨の案件は自分たち以外にもしのびの里の人員がいたため、ある程度人海戦術を用いた作戦が可能であったが、今回は違う。作戦メンバー内に、千葉県の知り合いがいれば話は別になるのだが、そこまで大人数な人員を割けるほどのコネは無い。
その危機的状況な中で、もし丙良と信玄の二人が作戦人員に組み込めるのなら、力の差が存在する中でも有利に立ち回れる。
「――これほどのことを起こしているのは、間違いなく来栖善吉でしょう。その来栖善吉を打倒するためには……現状だと動ける駒が足りません。今の私は……使い物にならない、究極の役立たずですし」
その言葉に反論しようとする礼安であったが、エヴァの諦観塗れの目を見て、何かを口にすることをやめてしまった。今の彼女相手に、どんな慰めの言葉も皮肉のように聞こえてしまう、そんな確信があったから。
そして、エヴァはそんな礼安を見て、気を遣わせてしまったことに、自分自身で不甲斐なさを感じ、大事な武器を怒りに任せ大破してしまった自分を、心底恨んだ。
いつもならば、どんなことがあってもある程度明るい二人であったが、その時ばかりは最悪の空気感であった。