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第21話 ダウンタウンの誇り

ー/ー



 アップタウンから光が消え、一部では火災まで起きている。その地獄のような光景を背景に、モードレッドは恍惚とした表情で、自らの行いを語った。

「おい、ちょっと待て!」
 最初に我に返ったのは、クエンティンだった。その声は、怒りと、それ以上に焦燥に染まっていた。
「停電ってことは、病院にも電力が行かないってことだな!」
「もちろんそうだ」
 モードレッドは、さも当然というように答える。
「ふざけるんじゃないぞ! お前の勝手な復讐に、無関係な人まで巻き込むな!」
「おや? クエンティン・ミラー。君たちのことは、少し調べさせてもらったよ。君の父親が、宇宙放射線病なんだって?」
「……それがどうした!?」
「そこのランスロットの父、ハワード・エインズワースは、コロニーのモノレール会社の、トップだよ」
「えっ!」
 クエンティンが、息を呑んだ。僕も、耳を疑った。親父さんを苦しめた会社の、トップ。それが、ランスロットの父親……?

「そうだ! 良いことを思いついた。取引をしないか?」
 モードレッドは、手に持っていたマシンガンを、こともなげにクエンティンへと差し出した。
「は?」
「なに、簡単なことさ。この銃で、あの来賓席にいるハワード・エインズワースを殺してくれば、ウイルスを止めよう。そうすれば電力は回復するし、僕は自ら手をくださないですむし、君はダウンタウンの英雄になれるかもしれないぞ。一石三鳥じゃないか」
「何を馬鹿な! ふざけるな!」
「おや? 条件が悪かったかな」

「そこまでだ! モードレッド・ブラックウッド。銃を下ろせ!」
 その時、僕たちとモードレッドの間に、3名の警備員が割って入った。その銃口は、真っ直ぐにモードレッドに向けられている。だが、彼は、全く意に介していないようだった。
「いやいや、給料安いんでしょ? 無理しない方が良いと思うな」
「いいから銃を下ろせ!」
 警備員たちが、じりじりと包囲を狭めてきた。
 すると突然、モードレッドの身体が、ブレた。そう思った瞬間、一瞬で三人の警備員は、呻き声を上げて、その場に崩れ落ちていた。
 何だ? どうなっているんだ? いくらなんでも、ただの高校生に出来るような芸当じゃなかった。

「……舐めるな……クソガキ!」
 倒れた警備員の一人が、最後の力を振り絞り、銃を撃った。
 銃弾は、モードレッドの腕に、確かに命中した。しかし、彼は痛がる様子もなく、平然と腕を回していた。
「あぁ、何してくれるんだよ。これ、年代物の貴重品なんだぜ」
 そう言うと、モードレッドは、撃ってきた警ビ員に、無慈悲に銃弾を撃ち返した。
「うっ!」
 警備員は、それきり動かなくなった。

 モードレッドの、撃たれた腕。その破れた服の間から覗いていたのは、肉や骨ではなかった。複雑に絡み合った、銀色のケーブルと、機械部品。
「その腕は……?」
 僕は、思わず聞いていた。
「ああ、これね。昔の戦争のときに作られた、暗殺用アンドロイドさ。俺の(戸籍上の)父親の、気味の悪いコレクションの一つでね」
「じゃあ、君は一体、どこにいるんだ?」
「それは言えないな。……さて、話を戻そうか、クエンティン・ミラー。ハワード・エインズワースは、君にとって父の敵のようなものだろう? その敵討ちのチャンスを、くれてやると言っているのに、何が不満なんだ?」

 モードレッドの、悪魔のような囁き。
 だが、クエンティンは、もう迷っていなかった。彼の瞳には、怒りよりも、もっと強く、もっと気高い光が宿っていた。

「舐めるなよ!」
 クエンティンの、腹の底からの叫びが、スタジアムに響き渡った。
「俺の親父は、自分の仕事に誇りを持っていた! 確かに宇宙放射線病になっちまったが、それを他人のせいにしようなんて、考えたことは一度もないはずだ! コロニーに住む人たちの安全のため、モノレールのメンテナンスを続けた親父の誇りを、お前みたいなやつの復讐のために、傷つけるような真似なんか、できるか!」

 その言葉に、モードレッドの顔から、笑みが消えた。
「……それは、僕の提案を、拒絶するという事か?」
「ああ。そう言ってんだろ!」
「ふむ。まぁいい」
 モードレッドは、心底つまらなそうに肩をすくめると、再び、会場全体に聞こえるように言った。
「会場の全員に告げる……」

 ——まずい。このままでは、無差別殺人が起きかねない。
 でも、どうすれば。僕の頭の中は、絶望的な無力感で、真っ白になっていた。

 そんな時だった。パニックに陥る観客席から、人波をかき分けるようにして、一人の老人が、壇上へと上がってくる。
 ——えっ? ヴィル爺さん?

「おや、勇敢な老人が、次の志願者かな?」
 モードレッドの姿をしたアンドロイドは、独り言ち、面白そうに拍手をしている。
 ヴィル爺さんは、まっすぐにアンドロイドの方へ歩いていく。そして、僕たちとすれ違う瞬間、一瞬だけ、こちらを見て悪戯っぽくウィンクした。
 なにかやる気なのか——?

「全く、アップタウンの連中を”緊急避難”とやらで片付けられるってんなら、迷うこたぁねぇ。その銃を、貸しな!」
 ヴィル爺さんは、アンドロイドに近づき、まるで本当に取引に応じるかのように、その銃を受け取ろうとした——。
 その時だった。
 ヴィル爺さんの右手が、電光石火の速さで、アンドロイドの背中の首元へと這わされた。
「っ! 何をする!」
 アンドロイドは、驚きと共に左腕を振り回し、ヴィル爺さんを力任せに振り払った。
「うっ!」
 ——ヴィル爺さん!

 ヴィル爺さんの体は、その左腕の一撃で、紙切れのように、こちらの方まで飛ばされてきていた。
 しかし、同時に、あれほど圧倒的な強さを見せていたアンドロイドも、ガクリと両膝をつき、その瞳から、すうっと光が失われていった。

 クエンティンたちが、負傷したヴィル爺さんに駆け寄る。僕は、その光景と、動かなくなった警備員、そして機能を停止したアンドロイドを、ショックで呆然と見つめていた。
 僕の脳内に直接、ユイの、震えるような声が響いた。

『リク……?』
「どうした、ユイ……?」僕は、かろうじて意識を彼女に向ける。
『あの警備員のひと……生命反応が、消えた。モードレッドが、あの人の“いのち”を……。そして、ヴィル……お爺さんも、今、とても危ない……』
 彼女は、僕たちには分からないレベルで、その場の生命情報を、正確に感知しているのかもしれない。
『これが……“死”。これが、“失う”ということ……? リク、とても……胸が、痛い……』

 ユイにとって、ただの情報だった「死」が、今、彼女の中では、具体的な「痛み」や「喪失感」として、初めてシミュレートされていた。それは、彼女の「共感能力」が生み出した、悲しみの感情だった。
 僕は、ユイの人間らしい感情の昂りに、息を呑む。そして、彼女の痛みを、自分の痛みとして感じた。
「……うん。僕もだよ、ユイ。すごく、痛い。……だからもう、こんなことで、誰の命も失わせちゃいけない」
 僕は、ユイに、そして自分自身に、力強く誓った。

「大丈夫か、ヴィル爺さん!?」
 クエンティンが、飛ばされてきたヴィル爺さんを、慌てて抱きかかえながら聞いた。
「あぁ、なんとかな。……とはいえ、昔見た映画と、アンドロイドの緊急停止スイッチの位置が、同じで良かったよ」
 ヴィル爺さんは、脇腹を押さえ、苦しそうに、しかし、満足げな笑いを浮かべていた。



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 アップタウンから光が消え、一部では火災まで起きている。その地獄のような光景を背景に、モードレッドは恍惚とした表情で、自らの行いを語った。
「おい、ちょっと待て!」
 最初に我に返ったのは、クエンティンだった。その声は、怒りと、それ以上に焦燥に染まっていた。
「停電ってことは、病院にも電力が行かないってことだな!」
「もちろんそうだ」
 モードレッドは、さも当然というように答える。
「ふざけるんじゃないぞ! お前の勝手な復讐に、無関係な人まで巻き込むな!」
「おや? クエンティン・ミラー。君たちのことは、少し調べさせてもらったよ。君の父親が、宇宙放射線病なんだって?」
「……それがどうした!?」
「そこのランスロットの父、ハワード・エインズワースは、コロニーのモノレール会社の、トップだよ」
「えっ!」
 クエンティンが、息を呑んだ。僕も、耳を疑った。親父さんを苦しめた会社の、トップ。それが、ランスロットの父親……?
「そうだ! 良いことを思いついた。取引をしないか?」
 モードレッドは、手に持っていたマシンガンを、こともなげにクエンティンへと差し出した。
「は?」
「なに、簡単なことさ。この銃で、あの来賓席にいるハワード・エインズワースを殺してくれば、ウイルスを止めよう。そうすれば電力は回復するし、僕は自ら手をくださないですむし、君はダウンタウンの英雄になれるかもしれないぞ。一石三鳥じゃないか」
「何を馬鹿な! ふざけるな!」
「おや? 条件が悪かったかな」
「そこまでだ! モードレッド・ブラックウッド。銃を下ろせ!」
 その時、僕たちとモードレッドの間に、3名の警備員が割って入った。その銃口は、真っ直ぐにモードレッドに向けられている。だが、彼は、全く意に介していないようだった。
「いやいや、給料安いんでしょ? 無理しない方が良いと思うな」
「いいから銃を下ろせ!」
 警備員たちが、じりじりと包囲を狭めてきた。
 すると突然、モードレッドの身体が、ブレた。そう思った瞬間、一瞬で三人の警備員は、呻き声を上げて、その場に崩れ落ちていた。
 何だ? どうなっているんだ? いくらなんでも、ただの高校生に出来るような芸当じゃなかった。
「……舐めるな……クソガキ!」
 倒れた警備員の一人が、最後の力を振り絞り、銃を撃った。
 銃弾は、モードレッドの腕に、確かに命中した。しかし、彼は痛がる様子もなく、平然と腕を回していた。
「あぁ、何してくれるんだよ。これ、年代物の貴重品なんだぜ」
 そう言うと、モードレッドは、撃ってきた警ビ員に、無慈悲に銃弾を撃ち返した。
「うっ!」
 警備員は、それきり動かなくなった。
 モードレッドの、撃たれた腕。その破れた服の間から覗いていたのは、肉や骨ではなかった。複雑に絡み合った、銀色のケーブルと、機械部品。
「その腕は……?」
 僕は、思わず聞いていた。
「ああ、これね。昔の戦争のときに作られた、暗殺用アンドロイドさ。俺の(戸籍上の)父親の、気味の悪いコレクションの一つでね」
「じゃあ、君は一体、どこにいるんだ?」
「それは言えないな。……さて、話を戻そうか、クエンティン・ミラー。ハワード・エインズワースは、君にとって父の敵のようなものだろう? その敵討ちのチャンスを、くれてやると言っているのに、何が不満なんだ?」
 モードレッドの、悪魔のような囁き。
 だが、クエンティンは、もう迷っていなかった。彼の瞳には、怒りよりも、もっと強く、もっと気高い光が宿っていた。
「舐めるなよ!」
 クエンティンの、腹の底からの叫びが、スタジアムに響き渡った。
「俺の親父は、自分の仕事に誇りを持っていた! 確かに宇宙放射線病になっちまったが、それを他人のせいにしようなんて、考えたことは一度もないはずだ! コロニーに住む人たちの安全のため、モノレールのメンテナンスを続けた親父の誇りを、お前みたいなやつの復讐のために、傷つけるような真似なんか、できるか!」
 その言葉に、モードレッドの顔から、笑みが消えた。
「……それは、僕の提案を、拒絶するという事か?」
「ああ。そう言ってんだろ!」
「ふむ。まぁいい」
 モードレッドは、心底つまらなそうに肩をすくめると、再び、会場全体に聞こえるように言った。
「会場の全員に告げる……」
 ——まずい。このままでは、無差別殺人が起きかねない。
 でも、どうすれば。僕の頭の中は、絶望的な無力感で、真っ白になっていた。
 そんな時だった。パニックに陥る観客席から、人波をかき分けるようにして、一人の老人が、壇上へと上がってくる。
 ——えっ? ヴィル爺さん?
「おや、勇敢な老人が、次の志願者かな?」
 モードレッドの姿をしたアンドロイドは、独り言ち、面白そうに拍手をしている。
 ヴィル爺さんは、まっすぐにアンドロイドの方へ歩いていく。そして、僕たちとすれ違う瞬間、一瞬だけ、こちらを見て悪戯っぽくウィンクした。
 なにかやる気なのか——?
「全く、アップタウンの連中を”緊急避難”とやらで片付けられるってんなら、迷うこたぁねぇ。その銃を、貸しな!」
 ヴィル爺さんは、アンドロイドに近づき、まるで本当に取引に応じるかのように、その銃を受け取ろうとした——。
 その時だった。
 ヴィル爺さんの右手が、電光石火の速さで、アンドロイドの背中の首元へと這わされた。
「っ! 何をする!」
 アンドロイドは、驚きと共に左腕を振り回し、ヴィル爺さんを力任せに振り払った。
「うっ!」
 ——ヴィル爺さん!
 ヴィル爺さんの体は、その左腕の一撃で、紙切れのように、こちらの方まで飛ばされてきていた。
 しかし、同時に、あれほど圧倒的な強さを見せていたアンドロイドも、ガクリと両膝をつき、その瞳から、すうっと光が失われていった。
 クエンティンたちが、負傷したヴィル爺さんに駆け寄る。僕は、その光景と、動かなくなった警備員、そして機能を停止したアンドロイドを、ショックで呆然と見つめていた。
 僕の脳内に直接、ユイの、震えるような声が響いた。
『リク……?』
「どうした、ユイ……?」僕は、かろうじて意識を彼女に向ける。
『あの警備員のひと……生命反応が、消えた。モードレッドが、あの人の“いのち”を……。そして、ヴィル……お爺さんも、今、とても危ない……』
 彼女は、僕たちには分からないレベルで、その場の生命情報を、正確に感知しているのかもしれない。
『これが……“死”。これが、“失う”ということ……? リク、とても……胸が、痛い……』
 ユイにとって、ただの情報だった「死」が、今、彼女の中では、具体的な「痛み」や「喪失感」として、初めてシミュレートされていた。それは、彼女の「共感能力」が生み出した、悲しみの感情だった。
 僕は、ユイの人間らしい感情の昂りに、息を呑む。そして、彼女の痛みを、自分の痛みとして感じた。
「……うん。僕もだよ、ユイ。すごく、痛い。……だからもう、こんなことで、誰の命も失わせちゃいけない」
 僕は、ユイに、そして自分自身に、力強く誓った。
「大丈夫か、ヴィル爺さん!?」
 クエンティンが、飛ばされてきたヴィル爺さんを、慌てて抱きかかえながら聞いた。
「あぁ、なんとかな。……とはいえ、昔見た映画と、アンドロイドの緊急停止スイッチの位置が、同じで良かったよ」
 ヴィル爺さんは、脇腹を押さえ、苦しそうに、しかし、満足げな笑いを浮かべていた。