第20話 裏切り者の告白
ー/ー
ミミ先輩の手から放たれた爆弾が、美しい放物線を描き、がら空きになった敵のコアの中心に吸い込まれていく——。
勝利を、確信した。
その、瞬間だった。
世界から、全ての光と音が、突然消えた。
[CONNECTION LOST]
ヘッドセットから音が消え、現実世界に戻った僕の耳に、観客たちの混乱した声が、大きなうねりとなって押し寄せてきた。勝利を祝うはずだったスタジアムが、どよめきと不安に満たされている。
どこか投げやりな、しかしスピーカーを通して増幅された声が、その喧騒を切り裂いた。
「静粛にー、静粛にー、……静粛にって言ってんだろうが!」
次の瞬間、乾いたマシンガンの発砲音が、三発、立て続けにスタジアムに鳴り響いた。
悲鳴が、会場を埋め尽くす。これは、もうゲームじゃない。
パッと、非常用の赤いランプが点灯し、薄暗い闇の中に、僕たちのブースと、巨大なメインスクリーンがぼんやりと浮かび上がった。そして、そのスクリーンに映し出されたのは、不気味に笑う、ピエロのような仮面だった。
『いやぁ~、まさか君たちが勝つとはね』その声は、甲高く、どこかふざけているようだった。『ランスロット、手を抜いたんじゃ無いだろうね? 君、弱者に同情するとこあるじゃない? そう言うの、本当に失礼だからね?』
「何をバカな!」ブースから飛び出したランスロットが、スクリーンに向かって叫んだ。「我々は全力で戦った! ただ、彼らの戦略と執念が、我々を上回っただけだ!」
『ん~~、良いことを言うね。“執念”、そう“執念”だ。僕にも、執念って奴があってね、そのために今、こんな事をしてる』
「アンタなんなの!? 決勝戦を滅茶苦茶にして、何が楽しいの!?」
目に涙を浮かべたミミ先輩が、ブースから飛び出していきそうなのを、リョウガ先輩が、その巨体で必死に抑えつけている。
『あ~~、ゴメン、ゴメン。ほら、コッチにも都合って物があってさ。今この瞬間なら、コロニー中の人間が、この放送を見てるだろ? なんたって、この試合の一番良い所だったんだからな』
「お前は一体、何をしたいんだ!」
リョウガ先輩も、苛立ちを隠せずに問う。
『まぁ、ちょっとした余興だよ。ある種の、昔話さ』
ピエロの仮面は、芝居がかった仕草で、語り始めた。
『……昔々ってほどじゃない、18年程前の話だ。在るところに男がいて、その男には婚約者がいた。しかし、婚約者は、彼の親友であった、別の男と恋仲になり、子を宿してしまった。女は何食わぬ顔で、もともと婚約していた男と結婚した。そして子どもが生まれたが、夫となった男は、その子が自分のではないと、直に気づいていたようでね。妻と、生まれた子どもを、心の底から憎み、蔑んだ……』
ピエロは、そこで言葉を切ると、ランスロットに問いかけた。
『……なぁ、ランスロット。これ、何の話だと思う?』
「……お前、まさか?」
ランスロットの顔が、絶望に凍り付く。
その表情を見て、ピエロは満足そうに頷くと、ゆっくりと、その仮面に手をかけた。
現れたのは、憎悪と狂気に満ちた、モードレッド・ブラックウッドの顔だった。
「そう、その子どもが俺で、俺の生物学上の父親は……ハワード・エインズワース。お前の父親だ」
その言葉は、まるで弾丸のように、ランスロットの心を貫いた。彼は、糸が切れた人形のように、その場に膝から崩れ落ちた。
「俺の戸籍上の父親、アリステア・ブラックウッドは、俺の顔を見るたびに、嫌味を言ったり、蹴ってきたり、まぁ……散々だったよ」
モードレッドは、続ける。その声は、熱を帯びたものではなく、凍てつくように冷たかった。
「ランスロット、分かるか? お前に初めて会った時、親に大事に育てられて、何もかも持っている。なんて羨ましい奴なんだと思ったよ。後で母親から、実はお前と異母兄弟だと知らされたときには、この違いは何なのか? 眠れずに考えさせられた」
彼の声から、ふっと、力が抜けた。
「……だがな、そんな地獄にも、たった一人だけ、俺に優しくしてくれた人間がいた。家の、年老いた使用人だ。彼女だけが、俺を、一人の人間として見てくれた。俺が隠れて何かを作っていると、こっそりお菓子を持ってきて、『坊ちゃんは、器用でございますね』と、褒めてくれたんだ。……たった一人の、俺の味方だった」
モードレッドの顔が、憎悪に歪む。
「そのことが、アリステアにバレた。あいつは、俺が、ほんの少しでも幸せでいることが、許せなかったんだ。俺の目の前で、彼女を殴り、蹴りつけ、『不義の子に情けをかけるとは、どこまで俺を侮辱する気だ』と……。そして、彼女を、ゴミみたいに、家から追い出した」
「その時だ。俺の中で、何かが決まった。俺が本当に憎むべきは、あのクソみたいな親父どもだけじゃない。優しさが罰せられ、力のない人間が、ただ踏みつけられる、この世界そのものだ、と」
彼の声が、再び、熱を帯びていく。
「……だから、もういい。あの見栄っ張りで、クソみたいな父親、妄執に囚われて、お前の父親のことばかり話す母、そして、全ての元凶である、俺の生物学上の父親。あのクソみたいなエリート意識の塊のアップタウンの連中、皆ごとぶっ潰してやる——」
モードレッドは、指を、パチン、と鳴らした。
「……何をした!?」
クエンティンが、鋭く叫んだ。
モードレッドは、何も答えず、ただ、会場のスクリーンを指さした。
そこに映し出されていたのは、コロニーの夜景。しかし、その光景は、一変していた。
きらびやかだったはずのアップタウンの区画から、光が、一つ、また一つと、急速に消えていく。まるで、星が死んでいくように。
一部では、ショートによるものか、火災まで起きているようだった。その様子を見た観客席の一部から、悲鳴が上がっていた。おそらく、アップタウンの住民なのだろう。
「アップタウンの電力ノードに対して、過電流が流れるようにウイルスをばら撒いてやった」
モードレッドは、闇に沈んでいく街を背景に、恍惚とした表情で、そう言った。
「お前たちの信じる『秩序』とやらが、いかに脆いものだったか、その目に焼き付けるがいい」
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勝利を、確信した。
その、瞬間だった。
世界から、全ての光と音が、突然消えた。
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どこか投げやりな、しかしスピーカーを通して増幅された声が、その喧騒を切り裂いた。
「静粛にー、静粛にー、……静粛にって言ってんだろうが!」
次の瞬間、乾いたマシンガンの発砲音が、三発、立て続けにスタジアムに鳴り響いた。
悲鳴が、会場を埋め尽くす。これは、もうゲームじゃない。
パッと、非常用の赤いランプが点灯し、薄暗い闇の中に、僕たちのブースと、巨大なメインスクリーンがぼんやりと浮かび上がった。そして、そのスクリーンに映し出されたのは、不気味に笑う、ピエロのような仮面だった。
『いやぁ~、まさか君たちが勝つとはね』その声は、甲高く、どこかふざけているようだった。『ランスロット、手を抜いたんじゃ無いだろうね? 君、弱者に同情するとこあるじゃない? そう言うの、本当に失礼だからね?』
「何をバカな!」ブースから飛び出したランスロットが、スクリーンに向かって叫んだ。「我々は全力で戦った! ただ、彼らの戦略と執念が、我々を上回っただけだ!」
『ん~~、良いことを言うね。“執念”、そう“執念”だ。僕にも、執念って奴があってね、そのために今、こんな事をしてる』
「アンタなんなの!? 決勝戦を滅茶苦茶にして、何が楽しいの!?」
目に涙を浮かべたミミ先輩が、ブースから飛び出していきそうなのを、リョウガ先輩が、その巨体で必死に抑えつけている。
『あ~~、ゴメン、ゴメン。ほら、コッチにも都合って物があってさ。今この瞬間なら、コロニー中の人間が、この放送を見てるだろ? なんたって、この試合の一番良い所だったんだからな』
「お前は一体、何をしたいんだ!」
リョウガ先輩も、苛立ちを隠せずに問う。
『まぁ、ちょっとした余興だよ。ある種の、昔話さ』
ピエロの仮面は、芝居がかった仕草で、語り始めた。
『……昔々ってほどじゃない、18年程前の話だ。在るところに男がいて、その男には婚約者がいた。しかし、婚約者は、彼の親友であった、別の男と恋仲になり、子を宿してしまった。女は何食わぬ顔で、もともと婚約していた男と結婚した。そして子どもが生まれたが、夫となった男は、その子が自分のではないと、直に気づいていたようでね。妻と、生まれた子どもを、心の底から憎み、蔑んだ……』
ピエロは、そこで言葉を切ると、ランスロットに問いかけた。
『……なぁ、ランスロット。これ、何の話だと思う?』
「……お前、まさか?」
ランスロットの顔が、絶望に凍り付く。
その表情を見て、ピエロは満足そうに頷くと、ゆっくりと、その仮面に手をかけた。
現れたのは、憎悪と狂気に満ちた、モードレッド・ブラックウッドの顔だった。
「そう、その子どもが俺で、俺の生物学上の父親は……ハワード・エインズワース。お前の父親だ」
その言葉は、まるで弾丸のように、ランスロットの心を貫いた。彼は、糸が切れた人形のように、その場に膝から崩れ落ちた。
「俺の戸籍上の父親、アリステア・ブラックウッドは、俺の顔を見るたびに、嫌味を言ったり、蹴ってきたり、まぁ……散々だったよ」
モードレッドは、続ける。その声は、熱を帯びたものではなく、凍てつくように冷たかった。
「ランスロット、分かるか? お前に初めて会った時、親に大事に育てられて、何もかも持っている。なんて羨ましい奴なんだと思ったよ。後で母親から、実はお前と異母兄弟だと知らされたときには、この違いは何なのか? 眠れずに考えさせられた」
彼の声から、ふっと、力が抜けた。
「……だがな、そんな地獄にも、たった一人だけ、俺に優しくしてくれた人間がいた。家の、年老いた使用人だ。彼女だけが、俺を、一人の人間として見てくれた。俺が隠れて何かを作っていると、こっそりお菓子を持ってきて、『坊ちゃんは、器用でございますね』と、褒めてくれたんだ。……たった一人の、俺の味方だった」
モードレッドの顔が、憎悪に歪む。
「そのことが、アリステアにバレた。あいつは、俺が、ほんの少しでも幸せでいることが、許せなかったんだ。俺の目の前で、彼女を殴り、蹴りつけ、『不義の子に情けをかけるとは、どこまで俺を侮辱する気だ』と……。そして、彼女を、ゴミみたいに、家から追い出した」
「その時だ。俺の中で、何かが決まった。俺が本当に憎むべきは、あのクソみたいな親父どもだけじゃない。優しさが罰せられ、力のない人間が、ただ踏みつけられる、この世界そのものだ、と」
彼の声が、再び、熱を帯びていく。
「……だから、もういい。あの見栄っ張りで、クソみたいな父親、妄執に囚われて、お前の父親のことばかり話す母、そして、全ての元凶である、俺の生物学上の父親。あのクソみたいなエリート意識の塊のアップタウンの連中、皆ごとぶっ潰してやる——」
モードレッドは、指を、パチン、と鳴らした。
「……何をした!?」
クエンティンが、鋭く叫んだ。
モードレッドは、何も答えず、ただ、会場のスクリーンを指さした。
そこに映し出されていたのは、コロニーの夜景。しかし、その光景は、一変していた。
きらびやかだったはずのアップタウンの区画から、光が、一つ、また一つと、急速に消えていく。まるで、星が死んでいくように。
一部では、ショートによるものか、火災まで起きているようだった。その様子を見た観客席の一部から、悲鳴が上がっていた。おそらく、アップタウンの住民なのだろう。
「アップタウンの電力ノードに対して、過電流が流れるようにウイルスをばら撒いてやった」
モードレッドは、闇に沈んでいく街を背景に、恍惚とした表情で、そう言った。
「お前たちの信じる『秩序』とやらが、いかに脆いものだったか、その目に焼き付けるがいい」