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第2節 邂逅/ §5

ー/ー



   ―セクション5―

 鈴栄ビルのヘリポートに降り立った大杜は、メインローターの暴風に吹き飛ばされそうなほど、足元がふらついていた。

「ボス、大丈夫ですか?」

 迎えに出てきたホーソンが手を差し出してくる。

 大杜はその手をそっと押し除けた。

「ありがとう。でも今その手を取ったら、寝てしまいそうだから、自分で歩くよ」

「そうですか。無理ならいつでもおしゃってください。おんぶでも抱っこでもしますので」

「おんぶに抱っこ……? 誰の影響受けてるの? さてはアイビーか。君はそう言うことあんまり言わなかったのに」

 大杜は苦笑しながら、下の階への階段を降りる。

「こう言うのを、気遣いと言うのではないのですか?」

 ホーソンに言われて、大杜は足を止めた。

(影響されたのではなく、学んだんだ……?)

 前が素っ気なかったわけではなく、まだ心の機微がわからなかっただけ――

 そう思うと、大杜は温かい気持ちになった。

(気遣いの方向性が少し問題なのは、この際目をつむろう)

「気遣いか、うん、そうだね。ありがとう。俺は大丈夫だよ」

「了解しました」

「俺のことより、君は大丈夫? 先日のカスミに今回のアイビーに、続けざまだけど、メモリーの欠損なんかはないよね?」

「はい。どこにも問題はないはずです」

「それなら良かった。危険と紙一重なところがあるし、本当は君のその特性は利用したくないんだ。でも、今回みたいなこともあるし、本当に感謝してるよ」

「光栄です」

 ラボに入ると、体が半分近く掛けた様な姿のカスミが、スチールの椅子に座っていた。

「ボス、お帰りなさい。早かったね。僕達も今戻ってきたところだよ」

MatsuQ(マツキュー)のヘリで送ってもらったんだ」

「向こうはもう問題ないの?」

「問題は山積みだけど、今の俺にできることはなさそうだから、休息を取るようにって言われて。あとは任せてきたよ。――ブルースターは星矢の方に?」

「うん。目覚めたら厄介かもしれないから、特別警備班が派遣されるまでって、護送車に同乗して行ったよ。ガーベラも」

「え? ガーベラは行かないほうが良かったと思うけど……」

 彼女も警官ロボットであるし、護衛としてというのはわからなくもないが、一見幼稚園の制服を着た少女が、護送車にいるのはどうだろうかと、大杜は苦笑いを浮かべた。

「僕はアキレアと戻ってきたんだけど、彼女の損傷は手の先だけだから、メンテナンスチームで修理してもらってくるって」

「助かるよ……。カスミも申し訳ないけど、今君の核転置をする余力はないんだ。当面待機しておいてくれる?」

「了解」

 カスミはそう言うと、自身の待機ラックへ収まり、瞼を下ろした。スリープモードだ。

 大杜はそれを見届けてから、アイビーの予備のボディのあるラック前に移動した。

 ラボには、全員の予備が一体ずつ保管されていて、核を維持できない程ボディを損傷したときに使用できるようになっている。

 非常時にはどんなロボットでも一時的に利用するが、彼らにはアイデンティティーがあって、『自分』と思えるボディを使用しないと、パフォーマンスが低下する。

 彼らにとっての自分とは、最初に心が宿った時のもの。だから、カスミやガーベラは小柄であることが警察官として不利であっても、その体を使い続けている。

 アイビーは元々は小さな見守りロボットだが、見本市で最初に入ったボディが馴染むため、機能や素材は少しずつ進歩しているものの、体格などはその時のものを踏襲している。

 それは強靭で美しいデザインの警官ロボットだ。見本市でのMatsuQブースの一番の目玉だったことからも、特別デザインにこだわられていたことがわかる。

(……キミカゲもきれいだった)

 大杜はもう作られなくなったキミカゲのボディを思い返しながら、新しいアイビーのボディの胸元に額を付けた。

 寄り添うように静かにやってきたホーソンは、勝手知ったように、手を差し出す。

 大杜がその手に触れた瞬間、白熱電球のような明るく熱いエネルギーが体を抜けて行った。それはほんの一瞬だ。

『人間の友達を作ってね』

 ふいに、声が聞こえた気がした。

 大杜は、心の中で言葉を返す。

(うん、作ったよ。キミカゲ、背中を押してくれてありがとう)

 大杜の体が崩れた瞬間、新しいボディに移ったアイビーが支えた。

「戻してくれてありがとう。タイト」

 アイビーは新しいボディの右手を握ったり閉じたりして確認し、ホーソンを見やった。

「君が誕生していなければ私は消えていたのだろう。ありがとう」

「――私が生まれたのは、キミカゲを失うことになったボスの後悔からでしょう。お役に立てるのはうれしく思いますが、同時に不思議な気持ちになることがあります。これはさみしいという気持ちなのかと推測していますが、まだよくわかりません」

「人間ですら、生まれてから感情を上手に扱えるようになるには、何年もかかるんだ。我々だってそうだろう。君はまだ一年だ。少しずつわかってくるのだろう」

 アイビーは「しかし」と付け加える。

「人間は同じ結果でも捉え方によって良くも悪くもなると考える」

「それはどういう?」

「君の今の言葉でいうなら――後悔から生まれたんじゃない。望まれたから生まれたんだ、と言うことだ。だから自分の能力を活かせたときには、望まれた通りの役目を果たせたことを誇ればいい。タイトにそれを感謝されれば、ただうれしいと思えばいい」

「なんとなくわかりました」

 アイビーは頷くと、大杜を仮眠室に運ぶ。少しでも安眠できる時間があるように願いながら。



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   ―セクション5―
 鈴栄ビルのヘリポートに降り立った大杜は、メインローターの暴風に吹き飛ばされそうなほど、足元がふらついていた。
「ボス、大丈夫ですか?」
 迎えに出てきたホーソンが手を差し出してくる。
 大杜はその手をそっと押し除けた。
「ありがとう。でも今その手を取ったら、寝てしまいそうだから、自分で歩くよ」
「そうですか。無理ならいつでもおしゃってください。おんぶでも抱っこでもしますので」
「おんぶに抱っこ……? 誰の影響受けてるの? さてはアイビーか。君はそう言うことあんまり言わなかったのに」
 大杜は苦笑しながら、下の階への階段を降りる。
「こう言うのを、気遣いと言うのではないのですか?」
 ホーソンに言われて、大杜は足を止めた。
(影響されたのではなく、学んだんだ……?)
 前が素っ気なかったわけではなく、まだ心の機微がわからなかっただけ――
 そう思うと、大杜は温かい気持ちになった。
(気遣いの方向性が少し問題なのは、この際目をつむろう)
「気遣いか、うん、そうだね。ありがとう。俺は大丈夫だよ」
「了解しました」
「俺のことより、君は大丈夫? 先日のカスミに今回のアイビーに、続けざまだけど、メモリーの欠損なんかはないよね?」
「はい。どこにも問題はないはずです」
「それなら良かった。危険と紙一重なところがあるし、本当は君のその特性は利用したくないんだ。でも、今回みたいなこともあるし、本当に感謝してるよ」
「光栄です」
 ラボに入ると、体が半分近く掛けた様な姿のカスミが、スチールの椅子に座っていた。
「ボス、お帰りなさい。早かったね。僕達も今戻ってきたところだよ」
「|MatsuQ《マツキュー》のヘリで送ってもらったんだ」
「向こうはもう問題ないの?」
「問題は山積みだけど、今の俺にできることはなさそうだから、休息を取るようにって言われて。あとは任せてきたよ。――ブルースターは星矢の方に?」
「うん。目覚めたら厄介かもしれないから、特別警備班が派遣されるまでって、護送車に同乗して行ったよ。ガーベラも」
「え? ガーベラは行かないほうが良かったと思うけど……」
 彼女も警官ロボットであるし、護衛としてというのはわからなくもないが、一見幼稚園の制服を着た少女が、護送車にいるのはどうだろうかと、大杜は苦笑いを浮かべた。
「僕はアキレアと戻ってきたんだけど、彼女の損傷は手の先だけだから、メンテナンスチームで修理してもらってくるって」
「助かるよ……。カスミも申し訳ないけど、今君の核転置をする余力はないんだ。当面待機しておいてくれる?」
「了解」
 カスミはそう言うと、自身の待機ラックへ収まり、瞼を下ろした。スリープモードだ。
 大杜はそれを見届けてから、アイビーの予備のボディのあるラック前に移動した。
 ラボには、全員の予備が一体ずつ保管されていて、核を維持できない程ボディを損傷したときに使用できるようになっている。
 非常時にはどんなロボットでも一時的に利用するが、彼らにはアイデンティティーがあって、『自分』と思えるボディを使用しないと、パフォーマンスが低下する。
 彼らにとっての自分とは、最初に心が宿った時のもの。だから、カスミやガーベラは小柄であることが警察官として不利であっても、その体を使い続けている。
 アイビーは元々は小さな見守りロボットだが、見本市で最初に入ったボディが馴染むため、機能や素材は少しずつ進歩しているものの、体格などはその時のものを踏襲している。
 それは強靭で美しいデザインの警官ロボットだ。見本市でのMatsuQブースの一番の目玉だったことからも、特別デザインにこだわられていたことがわかる。
(……キミカゲもきれいだった)
 大杜はもう作られなくなったキミカゲのボディを思い返しながら、新しいアイビーのボディの胸元に額を付けた。
 寄り添うように静かにやってきたホーソンは、勝手知ったように、手を差し出す。
 大杜がその手に触れた瞬間、白熱電球のような明るく熱いエネルギーが体を抜けて行った。それはほんの一瞬だ。
『人間の友達を作ってね』
 ふいに、声が聞こえた気がした。
 大杜は、心の中で言葉を返す。
(うん、作ったよ。キミカゲ、背中を押してくれてありがとう)
 大杜の体が崩れた瞬間、新しいボディに移ったアイビーが支えた。
「戻してくれてありがとう。タイト」
 アイビーは新しいボディの右手を握ったり閉じたりして確認し、ホーソンを見やった。
「君が誕生していなければ私は消えていたのだろう。ありがとう」
「――私が生まれたのは、キミカゲを失うことになったボスの後悔からでしょう。お役に立てるのはうれしく思いますが、同時に不思議な気持ちになることがあります。これはさみしいという気持ちなのかと推測していますが、まだよくわかりません」
「人間ですら、生まれてから感情を上手に扱えるようになるには、何年もかかるんだ。我々だってそうだろう。君はまだ一年だ。少しずつわかってくるのだろう」
 アイビーは「しかし」と付け加える。
「人間は同じ結果でも捉え方によって良くも悪くもなると考える」
「それはどういう?」
「君の今の言葉でいうなら――後悔から生まれたんじゃない。望まれたから生まれたんだ、と言うことだ。だから自分の能力を活かせたときには、望まれた通りの役目を果たせたことを誇ればいい。タイトにそれを感謝されれば、ただうれしいと思えばいい」
「なんとなくわかりました」
 アイビーは頷くと、大杜を仮眠室に運ぶ。少しでも安眠できる時間があるように願いながら。