第2節 邂逅/ §4
ー/ー
―セクション4―
星矢が運ばれ、所轄署が薗巳を連行して行くのを見届けた大杜が役員会議室に戻ったのは、アイビーを助けるために飛び出してから、三時間後だった。
安全が確認できたため、役員は一時解散となり、今残っているのは、闘司をはじめとした技術部門の要人と、高犯対メンバーと研矢と武朗だけになっていた。
「防犯カメラで見てましたけど、ほんと肝が冷えましたよ!!」
紀伊国が泣きそうに言うのに、大杜は申し訳ない気持ちになる。
「心配おかけしてすみませんでした。でも彼を捕えられたのは幸いでした」
「それはそうなんですけどね、でも二度とあんな現場に立って欲しくありませんね」
「俺もこりごりです。よく生きてるなって思います」
大杜は苦笑する。
「大杜君、無理させてすまんな」
闘司が大杜の手を握った。
「それからありがとう。彼を捕まえてくれて――そして彼を取り戻してくれて」
闘司が振り返った先には、研矢がいた。その言葉を聞く限り、闘司はすべてをわかった上で、ここにいる彼を選んだと言うことだろう。
もちろん、すんなりといくとは思えない。鷹田の証言から、研矢の出自は、すでに上層部の知るところとなっているからだ。
ただ紀伊国も闘司も全力で人権を守ってくれるのだろうから、信じるだけだった。
研矢はゆっくりと近付いてきて、大杜を抱き締めた。
「本当に悪かった。迷惑かけてスマン。それから、ありがとな」
大杜は無言で首を振ると、背中に手を回した。
人の温かさにほっとする。弓佳に触れたとき、彼女の存在の危うさを思って、とても辛かったのを思い出す。
(誰がなんと言ったって、研矢は人だ。生まれ方が特殊でも、大丈夫。きっとこの先皆と生きていける)
大杜は息を吐きながら、その場に膝を付いた。
「大丈夫か!?」
「……いや、ごめん。大丈夫だよ。ちょっとほっとしただけ……」
紀伊国が大杜のそばに椅子を置き座らせ、スポーツドリンクのペットボトルを手渡した。
「――ところで今どんな感じなの?」
大杜が入ってきた時、研矢とオリーブ、技術者たちはコンピュータと向き合い、何かを必死にやっていたのだ。
大杜が誰にともなく聞くと、武朗が親指の先ぐらいのピンバッヂを投げてよこした。
「レコーダーだ。説明するのは面倒だから、屋上でのやり取りと、俺と研矢の会話をそれで聞いて確認しろ」
「録音してあったのか!」
研矢が聞くと「当たり前だ」と返される。
「任務時は、常に証拠を取りながら行動してる」
「え、まじか。――俺、なんか変なこと言わなかったか?」
「泣きべそはかいてたかもな」
「感傷に浸る程度だろ!」
研矢と武朗のやり取りに、大杜が嬉しそうに笑う。
「なんかいいね。早く全部終えて、みんなで遊びに行きたいなぁ」
「それを聞いても同じセリフが言えるといいな」
大杜はレコーダーを再生し、やがて段々と顔色が青ざめていった。
「呑気なことを言ってられないことがわかったか?」
「……うん……」
大杜はしょんぼりした様子でペットボトルに口をつけた。
「まぁまぁ。今、ライスチップとやらが組み込まれた機体の特定を進めていますから。あと広域緊急配備が完了してますから、弓佳さんと秦、エイト両名もじきに見つかりますよ」
紀伊国がフォローする。
「ライスチップ――そういえば、今の研矢なら、リトルバードが襲われた理由がわかったりする?」
研矢は頷いた。
「星矢の記憶からの推測にはなるが、あれは須藤がハイブリッド犬とリンクの性能を試しがてら、叔父貴を始末するためにやらかしたものだろうな」
「口封じ?」
「ああ。自分のことがいつバラされるか心配だったんだろ。多分もっと早くに行動に移したかったと思うんだが、ハイブリッド犬とリンクの性能を試す機会として利用するために、完成を待ってたんだ」
「須藤は何者なんだ?」
「そっか。まず須藤の背景の説明が必要だったな」
武朗のもっともな質問に、研矢が苦笑した。
「須藤は南波記念病院の患者だ。体が弱くて幼い頃から入退院を繰り返してたんだが、ある時星矢と知り合って、クローン研究の被験者として勧誘された。須藤は新しい体を手に入れられると思って協力したが、星矢は須藤の細胞でクローンはできないと踏んでいて、ハイブリッド研究のほうの被験者として須藤を利用したんだ」
「人間のハイブリッド体は、弓佳さんが最初の被験者ではなかったんだ?」
大杜が聞く。
「ああ。弓佳は脳にライスチップを組み込むために脳と人工頭脳を組み合わせた特別な形態だ。まずはハイブリッド体に人間の脳を移植可能かどうかを実験する必要があり、須藤が選ばれたんだが――人間に似せただけの存在になったわけで、話が違うと怒り狂った」
「……まぁそれはそうなるよね。漫画やアニメでよくあるやつだよね。事故の後目覚めたら機械の体になってた、みたい」
「そんな感じだな。で、怒った須藤はクローン研究のことをぶちまけようとした。だが星矢のクローン――つまり俺の存在から、クローン研究は成功しているのだと知り、その研究を他の誰かに提供して実現してもらうことで自分を元に戻そうと考えた。そうして見つかったのが、国際犯罪組織、『ブラックキーマン』ってところだ」
「ブラックキーマン――お前知ってるか?」
武朗が大杜に聞くと、大杜は首を横に振る。
「私は知ってますよ」
三人のやりとりを聞いていた紀伊国が手を挙げる。
「日本を拠点にした国際犯罪組織です。表だった過激なことはしませんが、その分、裏の大きな事件にはだいたいひとかみしてる印象ですね。たまにメンバーが捕まりますが、下っ端が切り捨てられてるだけなので、上層部の正体は掴めていません」
「なるほど。それなりに大きな組織なんだな」
「規模より、独自の研究所を持ってる部分がポイントなんだ。ブラックキーマンは、クローン研究よりTTPの方に興味を持ち、TTPが使えるなら、クローン研究を進めて須藤の体を戻す手助けをしてやると持ちかけた」
「須藤は星矢と知り合ったせいで、運命を狂わされたってわけか」
「……なんかかわいそうな気がする……」
「そうだよな」
研矢は自身の記憶の中の出来事であり、当事者ではないが当事者であると言う複雑な立場だ。なんともいえない表情で首を振る。
「そんなわけで、須藤はクローン研究のデータとTTPの研究データを探す必要があり、研究室に忍び込んだ。そこではTTPのデータは見つけられなかったが、試作品らしいマウスを一匹手に入れていた。リトルバードで探すことには失敗したが、ブラックキーマンの研究者は、マウスの中のライスチップを研究することで、量産化に成功したから、もうデータは必要ないだろうな。ハイブリッドアニマルはクローン技術をもとにすれば、生体割合の高いハイブリッドが――人間はともかく、動物なら比較的容易に作り出せることにも、連中は気づいたはずだ」
武朗が眉を寄せた。
「なぁ研矢、お前――卒業式以降は星矢と分離してるはずだろ? なんでそんなに詳細を知ってるんだ。この話、星矢の記憶からの推測レベルじゃない。お前もしかして――」
「武朗、目が怖ぇ。ちゃんと最後まで聞けって。――なんで知ってるかっていうと、ここまでが全部、星矢の企みだからだよ」
「ふぇ?」
大杜がおもわず変な声を上げた。
武朗は口を開いただけで声はかろうじて飲み込んだ。
「つまりな、須藤に研究データを盗ませたのは、わざとなんだ。だから須藤サイドの出来事に推測は入っているが、星矢が思い描いていた通りの経緯を辿ってるから、まぁ間違いないはずだ」
「……須藤をハイブリッド体にした時から企んでたのか?」
「いや流石にそれはないんだが、奴がバラすと騒ぎ出したから、面倒だなと思った星矢が、一芝居打った。――そもそも須藤は普通の一般人だ。ブラックキーマンと知り合うことなんてできないだろ。裏社会の奴らと須藤が知り合うキッカケを用意したり、偶然を装って渡す情報、渡さない情報、盗ませる情報、盗ませない情報、そういったのを采配して、手のひらの上で奴を転がしてたんだ」
「えっと……でも、ブラックキーマンがハイブリッドアニマルやTTPシステムを手に入れることで、星矢たちに何か利がある? 他の犯罪組織が強くなったら困らない?」
「他の犯罪組織に適度に情報を流せば、自分たちの資金や労力を使わずに、ライスチップを組み込んだハイブリッドアニマルを大量に世に放てると考えたんだ。奴らは須藤にわざと最下位のリンクを盗ませてるから、ライスチップを組み込んだロボットが量産されようが、リンクを複製されようが、自分たちが出し抜かれることはない。そして、自分たちは、ヒューマン型への組み込みに注力した」
「いや……すごいね、彼――」
紀伊国が思わず口走る。闘司が横で複雑そうな顔をしている。
「では、奴は自分が自在に操れるハイブリッドを世に放って何をしたいんだ? 戦争でもするのか?」
「……それは、むしろ逆かな……」
研矢はチラリと闘司を見て軽く咳払いをした。
「アンチロボット……いやアンチA.I、かな」
「アンチ?」
「うー、まぁ一言で言った場合の星矢の理念に近いのがそれというか」
研矢は言い辛そうに口を開いた。
「毒を持って毒を制す」
「……?」
「今はハイブリッドアニマル、ヒューマン型ロボットをターゲットにしてるが、あいつの目はあらゆる人工知能に向けられてるんだ。今は航空機、船舶、兵器、そういったものにも人工知能はのってるだろう? あいつは二段階目ではそういったものをターゲットに想定してる」
「ライスチップを組み込む対象に、ということか?」
「ああ。実際にはもっと小型化、隠密性の高いものになるかもしれない。世界中のあらゆる物をコントロールできるように計画してるんだ」
「それのどこが毒を持って毒を制すなんだ」
「世界にある人工知能を持つ物がいつでも星矢、もしくはエイトの制御下で暴動を起こせるようになるんだぞ。特定できないレベルで大量に出回れば、世界的にパニックになるだろうし、危険で使えなくなるだろ? となれば、世界は原始に回帰せざるをえなくなる。特に戦争なんかは百年以上前に戻るんじゃないか。そうやってあいつは人工知能を社会から駆逐しようとしてるんだ」
「それはなんていうか――正義感みたいな?」
大杜が聞くと、研矢は首を傾げた。
「俺自身もよくわかっていない。正義感もあるし、スケールのでっかい面白いことを思いついたから実現してみよう、みたいな幼稚な部分もある。ただ言えるのは――絵空事みたいなことであっても、あいつには実現する能力と資金があるってことだ」
「実際に、一段階目とやらは達成しかかっているわけだしね……」
「エイトってやつも同じ考えで動いてるのか?」
「そうだな……いや、どっちかというとエイトの発案って方が大きいかもな」
「そうなのか?」
大杜と武朗が驚いた顔を研矢に向ける。
「エイトのことも言っとかないとな。――定住してないから普段はどこにいるのか星矢も知らないが――奴は、八巻煌士。八巻技研の創業者、八巻久平の長男だよ。ガキの頃に勘当されて、会社は次男の寿臣――ああ、六連星の生徒会長な。あいつが継いでる」
「……」
武朗が一際大きなため息を吐き天井を仰いだ。
「どうした?」
「いや別に」
「エイトは昔から、ロボットが嫌いだったらしいんだ」
「――八巻と松宮の両家の子息がロボット嫌いか」
武朗の呟きに誰も言葉を返せない。
不意に、大杜がスマートフォンを取り出した。画面に表示された電話の発信者の名前を見て慌てて通話を押す。
「――え、ほんと!? ……ありがとう。ひとまず俺の病室で保護しておいて」
通話を切ると、誰にともなく伝える。
「弓佳さんが保護されました。――というか、南波記念病院にボストンバッグが置かれ、エイトから、『体の予備が研究室にあるから、繋いでおいて』と連絡があったそうです」
「誰からの報告?」
研矢の言葉に、
「シラーだよ。内偵中の俺の部下。弓佳さんの担当医のとして行動してる」
「そうか。なら、エイトは星矢が捕まったことに気づいたんだな。星矢は弓佳の頭部の結合手術ができるが、星矢が捕まれば弓佳を助けることができなくなる。エイトにとって弓佳は『どこまでも見通せる万能の眼』だから、今は生かすことを優先したんだろ」
「いつか奪いに来るってわけだね。それならそれで都合がいい」
大杜はペットボトルを強く握りしめる。
「――そのときこそ捕まえるよ」
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安全が確認できたため、役員は一時解散となり、今残っているのは、闘司をはじめとした技術部門の要人と、高犯対メンバーと研矢と武朗だけになっていた。
「防犯カメラで見てましたけど、ほんと肝が冷えましたよ!!」
紀伊国が泣きそうに言うのに、大杜は申し訳ない気持ちになる。
「心配おかけしてすみませんでした。でも彼を捕えられたのは幸いでした」
「それはそうなんですけどね、でも二度とあんな現場に立って欲しくありませんね」
「俺もこりごりです。よく生きてるなって思います」
大杜は苦笑する。
「大杜君、無理させてすまんな」
闘司が大杜の手を握った。
「それからありがとう。|彼《・》を捕まえてくれて――そして|彼《・》を取り戻してくれて」
闘司が振り返った先には、研矢がいた。その言葉を聞く限り、闘司はすべてをわかった上で、ここにいる|彼《・》を選んだと言うことだろう。
もちろん、すんなりといくとは思えない。鷹田の証言から、研矢の出自は、すでに上層部の知るところとなっているからだ。
ただ紀伊国も闘司も全力で人権を守ってくれるのだろうから、信じるだけだった。
研矢はゆっくりと近付いてきて、大杜を抱き締めた。
「本当に悪かった。迷惑かけてスマン。それから、ありがとな」
大杜は無言で首を振ると、背中に手を回した。
人の温かさにほっとする。弓佳に触れたとき、彼女の存在の危うさを思って、とても辛かったのを思い出す。
(誰がなんと言ったって、研矢は人だ。生まれ方が特殊でも、大丈夫。きっとこの先皆と生きていける)
大杜は息を吐きながら、その場に膝を付いた。
「大丈夫か!?」
「……いや、ごめん。大丈夫だよ。ちょっとほっとしただけ……」
紀伊国が大杜のそばに椅子を置き座らせ、スポーツドリンクのペットボトルを手渡した。
「――ところで今どんな感じなの?」
大杜が入ってきた時、研矢とオリーブ、技術者たちはコンピュータと向き合い、何かを必死にやっていたのだ。
大杜が誰にともなく聞くと、武朗が親指の先ぐらいのピンバッヂを投げてよこした。
「レコーダーだ。説明するのは面倒だから、屋上でのやり取りと、俺と研矢の会話をそれで聞いて確認しろ」
「録音してあったのか!」
研矢が聞くと「当たり前だ」と返される。
「任務時は、常に証拠を取りながら行動してる」
「え、まじか。――俺、なんか変なこと言わなかったか?」
「泣きべそはかいてたかもな」
「感傷に浸る程度だろ!」
研矢と武朗のやり取りに、大杜が嬉しそうに笑う。
「なんかいいね。早く全部終えて、みんなで遊びに行きたいなぁ」
「それを聞いても同じセリフが言えるといいな」
大杜はレコーダーを再生し、やがて段々と顔色が青ざめていった。
「呑気なことを言ってられないことがわかったか?」
「……うん……」
大杜はしょんぼりした様子でペットボトルに口をつけた。
「まぁまぁ。今、ライスチップとやらが組み込まれた機体の特定を進めていますから。あと広域緊急配備が完了してますから、弓佳さんと秦、エイト両名もじきに見つかりますよ」
紀伊国がフォローする。
「ライスチップ――そういえば、今の研矢なら、リトルバードが襲われた理由がわかったりする?」
研矢は頷いた。
「星矢の記憶からの推測にはなるが、あれは須藤がハイブリッド犬とリンクの性能を試しがてら、叔父貴を始末するためにやらかしたものだろうな」
「口封じ?」
「ああ。自分のことがいつバラされるか心配だったんだろ。多分もっと早くに行動に移したかったと思うんだが、ハイブリッド犬とリンクの性能を試す機会として利用するために、完成を待ってたんだ」
「須藤は何者なんだ?」
「そっか。まず須藤の背景の説明が必要だったな」
武朗のもっともな質問に、研矢が苦笑した。
「須藤は南波記念病院の患者だ。体が弱くて幼い頃から入退院を繰り返してたんだが、ある時星矢と知り合って、クローン研究の被験者として勧誘された。須藤は新しい体を手に入れられると思って協力したが、星矢は須藤の細胞でクローンはできないと踏んでいて、ハイブリッド研究のほうの被験者として須藤を利用したんだ」
「人間のハイブリッド体は、弓佳さんが最初の被験者ではなかったんだ?」
大杜が聞く。
「ああ。弓佳は脳にライスチップを組み込むために脳と人工頭脳を組み合わせた特別な形態だ。まずはハイブリッド体に人間の脳を移植可能かどうかを実験する必要があり、須藤が選ばれたんだが――人間に似せただけの存在になったわけで、話が違うと怒り狂った」
「……まぁそれはそうなるよね。漫画やアニメでよくあるやつだよね。事故の後目覚めたら機械の体になってた、みたい」
「そんな感じだな。で、怒った須藤はクローン研究のことをぶちまけようとした。だが星矢のクローン――つまり俺の存在から、クローン研究は成功しているのだと知り、その研究を他の誰かに提供して実現してもらうことで自分を元に戻そうと考えた。そうして見つかったのが、国際犯罪組織、『ブラックキーマン』ってところだ」
「ブラックキーマン――お前知ってるか?」
武朗が大杜に聞くと、大杜は首を横に振る。
「私は知ってますよ」
三人のやりとりを聞いていた紀伊国が手を挙げる。
「日本を拠点にした国際犯罪組織です。表だった過激なことはしませんが、その分、裏の大きな事件にはだいたいひとかみしてる印象ですね。たまにメンバーが捕まりますが、下っ端が切り捨てられてるだけなので、上層部の正体は掴めていません」
「なるほど。それなりに大きな組織なんだな」
「規模より、独自の研究所を持ってる部分がポイントなんだ。ブラックキーマンは、クローン研究よりTTPの方に興味を持ち、TTPが使えるなら、クローン研究を進めて須藤の体を戻す手助けをしてやると持ちかけた」
「須藤は星矢と知り合ったせいで、運命を狂わされたってわけか」
「……なんかかわいそうな気がする……」
「そうだよな」
研矢は自身の記憶の中の出来事であり、当事者ではないが当事者であると言う複雑な立場だ。なんともいえない表情で首を振る。
「そんなわけで、須藤はクローン研究のデータとTTPの研究データを探す必要があり、研究室に忍び込んだ。そこではTTPのデータは見つけられなかったが、試作品らしいマウスを一匹手に入れていた。リトルバードで探すことには失敗したが、ブラックキーマンの研究者は、マウスの中のライスチップを研究することで、量産化に成功したから、もうデータは必要ないだろうな。ハイブリッドアニマルはクローン技術をもとにすれば、生体割合の高いハイブリッドが――人間はともかく、動物なら比較的容易に作り出せることにも、連中は気づいたはずだ」
武朗が眉を寄せた。
「なぁ研矢、お前――卒業式以降は星矢と分離してるはずだろ? なんでそんなに詳細を知ってるんだ。この話、星矢の記憶からの推測レベルじゃない。お前もしかして――」
「武朗、目が怖ぇ。ちゃんと最後まで聞けって。――なんで知ってるかっていうと、ここまでが全部、星矢の企みだからだよ」
「ふぇ?」
大杜がおもわず変な声を上げた。
武朗は口を開いただけで声はかろうじて飲み込んだ。
「つまりな、須藤に研究データを盗ませたのは、わざとなんだ。だから須藤サイドの出来事に推測は入っているが、星矢が思い描いていた通りの経緯を辿ってるから、まぁ間違いないはずだ」
「……須藤をハイブリッド体にした時から企んでたのか?」
「いや流石にそれはないんだが、奴がバラすと騒ぎ出したから、面倒だなと思った星矢が、一芝居打った。――そもそも須藤は普通の一般人だ。ブラックキーマンと知り合うことなんてできないだろ。裏社会の奴らと須藤が知り合うキッカケを用意したり、偶然を装って渡す情報、渡さない情報、盗ませる情報、盗ませない情報、そういったのを采配して、手のひらの上で奴を転がしてたんだ」
「えっと……でも、ブラックキーマンがハイブリッドアニマルやTTPシステムを手に入れることで、星矢たちに何か利がある? 他の犯罪組織が強くなったら困らない?」
「他の犯罪組織に適度に情報を流せば、自分たちの資金や労力を使わずに、ライスチップを組み込んだハイブリッドアニマルを大量に世に放てると考えたんだ。奴らは須藤にわざと最下位のリンクを盗ませてるから、ライスチップを組み込んだロボットが量産されようが、リンクを複製されようが、自分たちが出し抜かれることはない。そして、自分たちは、ヒューマン型への組み込みに注力した」
「いや……すごいね、彼――」
紀伊国が思わず口走る。闘司が横で複雑そうな顔をしている。
「では、奴は自分が自在に操れるハイブリッドを世に放って何をしたいんだ? 戦争でもするのか?」
「……それは、むしろ逆かな……」
研矢はチラリと闘司を見て軽く咳払いをした。
「アンチロボット……いやアンチA.I、かな」
「アンチ?」
「うー、まぁ一言で言った場合の星矢の理念に近いのがそれというか」
研矢は言い辛そうに口を開いた。
「毒を持って毒を制す」
「……?」
「今はハイブリッドアニマル、ヒューマン型ロボットをターゲットにしてるが、あいつの目はあらゆる人工知能に向けられてるんだ。今は航空機、船舶、兵器、そういったものにも人工知能はのってるだろう? あいつは二段階目ではそういったものをターゲットに想定してる」
「ライスチップを組み込む対象に、ということか?」
「ああ。実際にはもっと小型化、隠密性の高いものになるかもしれない。世界中のあらゆる物をコントロールできるように計画してるんだ」
「それのどこが毒を持って毒を制すなんだ」
「世界にある人工知能を持つ物がいつでも星矢、もしくはエイトの制御下で暴動を起こせるようになるんだぞ。特定できないレベルで大量に出回れば、世界的にパニックになるだろうし、危険で使えなくなるだろ? となれば、世界は原始に回帰せざるをえなくなる。特に戦争なんかは百年以上前に戻るんじゃないか。そうやってあいつは人工知能を社会から駆逐しようとしてるんだ」
「それはなんていうか――正義感みたいな?」
大杜が聞くと、研矢は首を傾げた。
「俺自身もよくわかっていない。正義感もあるし、スケールのでっかい面白いことを思いついたから実現してみよう、みたいな幼稚な部分もある。ただ言えるのは――絵空事みたいなことであっても、あいつには実現する能力と資金があるってことだ」
「実際に、一段階目とやらは達成しかかっているわけだしね……」
「エイトってやつも同じ考えで動いてるのか?」
「そうだな……いや、どっちかというとエイトの発案って方が大きいかもな」
「そうなのか?」
大杜と武朗が驚いた顔を研矢に向ける。
「エイトのことも言っとかないとな。――定住してないから普段はどこにいるのか星矢も知らないが――奴は、|八巻《やまき》|煌士《こうし》。八巻技研の創業者、八巻|久平《きゅうへい》の長男だよ。ガキの頃に勘当されて、会社は次男の|寿臣《としみ》――ああ、六連星の生徒会長な。あいつが継いでる」
「……」
武朗が一際大きなため息を吐き天井を仰いだ。
「どうした?」
「いや別に」
「エイトは昔から、ロボットが嫌いだったらしいんだ」
「――八巻と松宮の両家の子息がロボット嫌いか」
武朗の呟きに誰も言葉を返せない。
不意に、大杜がスマートフォンを取り出した。画面に表示された電話の発信者の名前を見て慌てて通話を押す。
「――え、ほんと!? ……ありがとう。ひとまず俺の病室で保護しておいて」
通話を切ると、誰にともなく伝える。
「弓佳さんが保護されました。――というか、南波記念病院にボストンバッグが置かれ、エイトから、『体の予備が研究室にあるから、繋いでおいて』と連絡があったそうです」
「誰からの報告?」
研矢の言葉に、
「シラーだよ。内偵中の俺の部下。弓佳さんの担当医のとして行動してる」
「そうか。なら、エイトは星矢が捕まったことに気づいたんだな。星矢は弓佳の頭部の結合手術ができるが、星矢が捕まれば弓佳を助けることができなくなる。エイトにとって弓佳は『どこまでも見通せる万能の眼』だから、今は生かすことを優先したんだろ」
「いつか奪いに来るってわけだね。それならそれで都合がいい」
大杜はペットボトルを強く握りしめる。
「――そのときこそ捕まえるよ」