―セクション3―
アキレアは指を揃えて両手を大きく振るった。
見た目には変化はないが、風圧が星矢を襲い、彼の持っていた竹刀が吹き飛んだ。
「ちっ……なかなかやるじゃねぇか」
星矢は後ろに飛んで二振目を避けながら、竹刀を拾い上げた。
スパーク音が激しく鳴る。
「ボス、もっと下がって」
カスミとブルースターが、大杜を引き離す。
「ここはアキレアが戦うには狭過ぎる。でも外に出れば逃走される確率が高まるし」
星矢とアキレアの戦いは、周囲の壁を壊し、床を粉砕してしまう。
狭さに星矢が上手く動ききれない分、アキレアもまた能力を活かしきれていない。なぜなら本気で彼女が手刀を振るえば、半径五メートルは木っ端微塵だからだ。
「とにかく、カスミは先にラボへ戻って。それ以上ボディを損傷すると致命的だよ」
「さっきも言ったけど、あなたと退避するよ」
「でもアキレアの戦闘中だ。戦闘中は見守り、終了後即座にロックを掛けなければ、規律違反だ。俺が怒られるぐらいならいいけど、アキレアの能力が禁止されるような事態になったら大変だよ。俺は離れられない」
「でも――」
カスミとブルースターが困ったように、顔を見合わせる。
その時、アキレアの見えない刃が大杜たちのすぐ脇を抜けたようで、側にあった大きな観葉植物が斜めにすっぱりと切れて倒れた。
「ほら、危ないでしょ‼︎」
カスミの声に、大杜は引き攣った表情で、一歩後退した。
「なんだ、仲間同士でやりゃよかったのに」
星矢が嘲笑するように言う。
アキレアはキッと睨むと、さらなる接近戦に持ち込むべく、飛びかかるように、距離を詰めた。
手刀の威力は強大だが、殺すことができないのであれば、有り余る力は、逆に足枷にもなる。本来人間相手に使う能力ではないのだから、仕方ないのだが。
アキレアは揃えていた指を、人差し指と中指の二本だけを立てる形に変更した。これで少し威力が下がる。致命傷にならない程度の傷を負わせて、大人しくさせるしかない。
だが、星矢は竹刀を非接触で攻撃できる電気武器に変更させた。電流が竹刀の先端から伸び、腕に当たる。威力を下げる際にスピードも下げないといけないため、アキレアの手を引くタイミングが遅れた。
右の手首から先が黒く焦げたような色を見せた。特殊なボディを焼くほどの威力に、手首だけでなく、体全体が痺れて動けなくなる。
「アキレア‼︎」
大杜が叫ぶ。
星矢がアキレアの右側から竹刀を振りかぶる。
ブルースターがアキレアに向かって走るが、ブルースターは武器を持たない。
「ブルースター、ダメだ!」
(共倒れになってしまう‼︎)
その時、入口から、小さな人影が入り込んで来た。
「え……」
大杜が声を上げた。
どこかの幼稚園の制服を着た女の子が、エレベーターホールへ向かって駆けて来る。
燃えるような刀の刃を叩き込もうとしていた星矢も、視界に入った幼児の姿に、刀を止めた。
「なんだ?」
少女は破壊された異常な床や壁の状態を気にすることなく、走り近寄ってきたが、ちょうど星矢の手前辺りの瓦礫につまずき、転んだ。
星矢が思わず覗き込むように少女を見た瞬間、少女は顔を上げて笑う。
「お兄ちゃん、見てみて!」
少女は握りしめていたシャボン玉の吹き口をむけて、ふうと息を吹き掛けた。
シャボン玉が柔らかく弾ける――星矢の目の前で。
その直後、星矢は膝を折った。
「くそ、が――」
そのまま床に倒れた。
少女は、星矢が落とした竹刀の
柄をそっと蹴って遠ざけた。
「即効性の麻酔薬。粘膜から体内に入ったら、一瞬で昏倒ね」
「――目から入ったってこと?」
「そう。特殊開発室のを貰ってきちゃった」
大杜の質問に、
Q0ー
11、ガーベラが無邪気に答えた。
「ああ、うん。そうなんだ」
大杜は苦笑しつつ、息を吐いた。
「ブルースター、現行犯逮捕」
呆気に取られていたブルースターが、昏倒している星矢に慌てて手錠を掛ける。
「アキレア、お疲れ様。大丈夫?」
「痺れているだけだ。少しすれば動ける」
「良かった。ありがとう。来てくれて本当に助かったよ。――『リロック』」
「ラジャ」
アキレアが能力をロックしたのを見届けたあと、大杜は倒れている星矢のそばに近寄り、膝をついて、彼の顔をじっと眺めた。
「合格すれば……友達になれるって言ったくせに……嘘つき」
「ボス?」
ガーベラと呼ばれた少女が大杜を覗き込む。大杜の瞳にうっすら水の膜が張っているのを怪訝に思う。
「気にしないで。ちょっとした感傷なだけ――彼もやっぱり研矢なんだな、って思って……」
正確には、彼こそがオリジナルなのだが。
研矢が優しいように、星矢の根底にあるものも優しいはずだ。
(小さな子が近くに来ただけで、その刃を止めるんだから)
あの瞬間、星矢が竹刀を振るっていれば、その延長線上まで近づいていたガーベラの体は、アキレアと共に真っ二つになっていたはずだった。
「ガーベラも無茶しちゃダメだよ」
彼が優しかったから、大切な部下は死なずに済んだのだ。
「秦星矢を逮捕しました」
大杜は投げ捨てたインカムを拾い上げ、報告した。
日彩がビルを飛び出した時には雨は止んでいた。濡れたレインコート姿の警察官が道に立って、交通整理をしている。
自分が弓佳を持ち去ったことで、緊急配備が発令されたのかもしれないと、日彩は慌てた。
一人で検問などをやり過ごす自信がない。
(エイト君がどこかに――)
日彩が弓佳を奪った後、エイトが彼女をここまで送り、そのあと彼はどこかへ去った。
が、ヘリが飛べずに計画が変更になった際に、星矢がエイトを呼び戻したはずなのだ。
日彩はバッグを両手で持ち、きょろきょろと辺りを見回す。
(警察に見つかる前に、見つけなきゃ)
日彩がビルの外周をゆっくり回ると、植え込みの影で、バイクにまたがりスマホを眺めているエイトらしき影に気付いた。
向こうは日彩に気づくと、ヘルメットのシールドを上げた。
「あれ、セイちゃんは?」
周りに警官が増えてきていることもわかっているだろうに、やたらと明るい声を上げる。
「佐々――警察の人とやり合ってます。先に行けって言われて」
「ふぅん。俺たちが遠ざかるまで足止めしてくれてんのかな? じゃあ後ろ乗って。荷物落とさないでよー」
日彩は言われた通り後ろにまたがり、ヘルメットを受け取る。
エイトは少し離れたところに停まっているバイクを見やった。ヒューマン型のロボットがまたがっている。研矢が使用するために、運転させて持ってきたものだった。
エイトはブレスレットを自身の額に当て、見つめたまま呟いた。
「あいつが来たら、そのバイクを譲り、お前は警戒中の警官の元に行って、自爆しろ」
日彩はその様を興味深く見つめた。
「それがリンクの使い方?」
「ん? そうそう。セイちゃんの開発したTTPシステムが仕込まれてるロボットなら自由に動かせるんだ。ほんとは口に出す必要はないんだけどさ、案外、心の中で言葉を的確に話すって難しいんだよな。別の言葉が思い浮かんだり、表現が曖昧になったりする。発言する方が間違いがないよ。――ひいろちゃんも使うときは言葉にするといいよ」
「うん」
「よっし、行くよ。掴まってて」
エイトの言葉と同時にバイクは勢いよく走り出した。が、しかし、すぐに止まった。
日彩の視線の先に、検問が見えた。
「エイトさん、どうするの?」
「いや、検問で止まったんじゃない。――セイちゃんが捕まった」
「え……うそ……」
「うーん。僕も信じられないや。しかし、警察のやりとりでは、逮捕したって、さ」
「え、聞こえるの?」
「このヘルメットに無線受信用イヤホンが内蔵されてるんだー。警察のやりとりの一部は捉えられる。――なんにせよ、捕まったのなら、行き先は変更だなー」
「え?」
「バッグの中のお姫サマ、しばらくは生命維持できるとしても、いつまでも……とはいかないからねぇ。セイちゃんがいないんじゃ、首は繋げなーい」
「そんな……」
「だから、繋げてもらいに行こー 」
「え……そんなことできるの? 誰がしてくれるの?」
「そりゃ主治医の先生サマだよ」
エイトは目的地を変える。南波記念病院へ。
「取り返すのは、またの機会にね」