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エピローグ

ー/ー



 まるで揺れない車体。徹底された悪路だが、圧倒的に優秀なサスペンションのおかげで、ケツは快適な弾力に支えられている。

 砂塵が視界を塞ぎ、窓を引っ掻く音をBGMにして、ただただ荒野を突き進む。苛立ちはない。ただ、ようやくかという思いだった。

 ここはグンマー州ハッチョージ郡。ヤマト国が先住民をぶん殴って手に入れ、その末に事実上ゾンビの自治領としちまってた場所だ。

「しっかし、公金じゃぶじゃぶ使った『霊柩車』より、そこいらの民間車両の方が万倍快適ってのはどうなってんだ」

 アウトドア向けの車両とはいえ、かけられた金の桁が違うってのに。そもそも『霊柩車』は精密機械の塊だろうに、それであの大地と直結してんのかってサスペンションはどういう訳なんだ実際。

 うるさいヤツがいない分、この車にはラジオがある。いい加減に変わり映えしない光景にも音にも飽き飽きしていたところだった。

 周囲の景色さながらの砂嵐のあと、スピーカーからニュースらしいノイズが垂れ流される。
 なんでも、『英雄』が失踪しちまったらしい。

「ケ、なぁにが“英雄”だ」

 あんまりヒマだと、独り言ばかり多くなる。

 ニュースはさらに続いていた。
 その失踪したはずの『英雄』さまが、なんと政府の研究施設に潜入し、重要な物資を持ち出したとかなんとか。なんてこった! いったいどーして!

「おっかねえ。いったいどこのエイユウさまなんだか」

 クソほどの役にも立たないラジオを止める。
 途端に、さっきまで鳴りを潜めていたカリカリカチカチとした音が、一斉に息を吹き返す。
 砂の味がした。


- - - - - - - - - -


 緩やかな減速から、なんとも快適な停車。オレの中で、車の基準があの終わってる『霊柩車』だからか、いちいち感心させられる。実際、奴はもう走れるはずのないものを、こっちの都合でケツを引っ叩いて走らせているに過ぎない。あいつこそゾンビみたいなもんだ。
 だがこの車なら、オレは何泊だって苦にしないだろう。

 車外へ出て、ドアを閉める。何かの干渉するような音もなく、低く心地のいい音が響いた。
 こういう部分にも感動しちまう。アイツもきっと気に入るだろう。

 荷台から装備を下ろし、着用する。
 防咬ジャケット。グローブ。ゴーグル。タクティカルベスト。ジュラルミン製の盾。暗視装置付きの軍用ヘルム。ナイフ。拳銃。スタングレネード。捕縛銃。

「んで、こいつだ」

 金属製の箱から、そのアンプルを取り出す。合計3本。打ち込むのは、そのどれか1本でいい。
 両方の大腿部に巻いた、専用のレッグホルスターに1本ずつ。
 もう1本はタクティカルベストに。これで、腕さえ無事なら打ち込める。

「っし、再会といくか」

 二年前と変わらない、ある大型スーパー。
 オレは隠れもせずに堂々と近づく。
 あれだけいたゾンビどもは、動かぬ死体や残骸となって散らばっていた。一方的な殺戮の痕跡は、二年経とうとも爪痕を残している。

 二年前、突如発生した特殊個体。『アルファ』と呼称されているそいつは、数千体のゾンビ症患者をあっという間に掃除し(どう見ても散らかしているが)、依然としてこのスーパーの中央から動いていない。
 過去に一度回収部隊が編成されたが、結局帰って来た奴はいなかった。

 正面の入り口を、悠々と通過する。
 内部はかなり様変わりしていた。

 規則正しく並んでいたパレットラック。それが、今は随分と乱されている。
 中央から遠ざけるように、空間を作るように、端の方へと引き倒され追いやられていた。

 そして、存外に明るい。
 壁にも天井にも、銃弾で作られた穴が無数に存在している。
 星に囲まれているような、柄にもない感覚に浸れた。工作としてはいい趣味だ。

「こいつはいらないな」

 ヘルムから暗視装置を外し、放る。硬質な音がよく響いた。

 『アルファ』の特徴は、あまりにも素早く、あまりにも力強く、そしてあまりにも賢いことだった。ゾンビ症患者に慣れていればいるほど、先入観が命取りになった。今じゃ遠方から簡易な装置で監視されているだけの、そんな化け物————というのが、本部連中の評価だった。
 賢いだってよ、おい。感染前には言われたこともなかっただろ。泣けてくるぜオレは。

「よお」

 視界の中央。天井の穴から光を浴びている見慣れた立ち姿。まだ30メートルは離れているそいつは、まるで今気付いたように振り向いた。
 嘘つけ。とっくに気づいてやがったろうが。

「約束、果たしに来たぜ。言ったろ? 必ず助けるってよ」

 二年前のあの時、結局オレはコイツを撃てなかった。足元でゾンビどもに縋りつかれている、たった1本の縄。そいつに狙いを定め、撃ち抜いた。
 とんでもない音を立てて倒壊するゾンビの塔を前に、苦笑したお前の顔を覚えている。
 「あ~あ、しーらね」なんて訳わかんねえこと言って、お前はオレの言葉に賭けたんだ。

 だから、来た。

「遅くなって悪かったな。薬がなかなか完成しねえと思ったらよ、あんのクソども、とっくに作ってやがった。やっぱオレたちに使うのは気乗りしなかったみたいでよ、だからかっぱらって来た」

 やるもんだろ?なんて言っても、お前は分からねえか。

 そう思ったが、奴は口角を吊り上げ、獲物を見つけたと楽しそうに笑いやがる。
 そんな笑い方されたら、こっちまでつられちまう。

「なんだよ、笑い方は変わんねえな」

 奴が、ゆっくりと姿勢を低くする。とんでもない力があの脚で、今にも解放されるのを待っているのがよく分かる。

「ハッ、いいぜ。鳥頭のお前には難しかったよなあ!」

 盾の底を、前方の床に叩きつける。

「いつぞやの続きだ! 暴れるだけ寝起きがキツくなるだけだぞ間抜け!!」

 銃口はとっくに奴に向いている。

「かかって来い! チキンッ!!」

 バカが踏み出すのと、銃声は同時だった。


- - - - - - - - - -


 何もない荒野を、一台の車両が砂塵を巻き上げながら走っている。
 運転席には陽気なドライバー。助手席には、片腕が歪に曲がった不機嫌そうな男。

「おい! ラジオ聞いたかよ! なんっだよほんとーに英雄になってんじゃんか!」
「くっだらねえ。今じゃお尋ね者だろ」
「いいなあ! めっちゃかっけえじゃん!」
「……お前、お尋ね者の意味分かってねえだろ」

 ラジオからは雑多なニュースが流れている。
 1週間前から『アルファ』が姿を消したことも、しきりに取り沙汰されていた。

「んでよ、これからどうすんだ?」
「そうだな……」

 不機嫌そうな男は、バックミラーに吊り下げられているロケットペンダントを見つめて頬を緩ませる。

「人を探す」
「あん? 誰を——あ~」
「不満かよ」
「ぜんっぜん! へへッ」
「なんだ、いきなり。そんなに面白いか?」
「いや、なんか楽しいよな……こうやってまた一緒じゃんか! 俺たち一緒なら最強だろ!」

 「な、トム」という、無邪気な感情が向けられる。
 トムと呼ばれた男は、一瞬呆気に取られたように固まって——

「ふ、そうかよ」
 
 これまで見せたことのない、穏やかな表情を浮かべた。

「おお?! なんだ今の顔! ちょっと、もっかいやってくれよ!」
「うるせえ! 前みろ、前」
「見ても見なくてもおんなじだろ~?」
「チキンが一丁前に言ってんじゃねえ! お前の大好きな教本に従ってろッ!」

 車は進む。目的地もなく。荒野を進む。
 その旅路は笑いに絶えないものだった。



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 砂塵が視界を塞ぎ、窓を引っ掻く音をBGMにして、ただただ荒野を突き進む。苛立ちはない。ただ、ようやくかという思いだった。
 ここはグンマー州ハッチョージ郡。ヤマト国が先住民をぶん殴って手に入れ、その末に事実上ゾンビの自治領としちまってた場所だ。
「しっかし、公金じゃぶじゃぶ使った『霊柩車』より、そこいらの民間車両の方が万倍快適ってのはどうなってんだ」
 アウトドア向けの車両とはいえ、かけられた金の桁が違うってのに。そもそも『霊柩車』は精密機械の塊だろうに、それであの大地と直結してんのかってサスペンションはどういう訳なんだ実際。
 うるさいヤツがいない分、この車にはラジオがある。いい加減に変わり映えしない光景にも音にも飽き飽きしていたところだった。
 周囲の景色さながらの砂嵐のあと、スピーカーからニュースらしいノイズが垂れ流される。
 なんでも、『英雄』が失踪しちまったらしい。
「ケ、なぁにが“英雄”だ」
 あんまりヒマだと、独り言ばかり多くなる。
 ニュースはさらに続いていた。
 その失踪したはずの『英雄』さまが、なんと政府の研究施設に潜入し、重要な物資を持ち出したとかなんとか。なんてこった! いったいどーして!
「おっかねえ。いったいどこのエイユウさまなんだか」
 クソほどの役にも立たないラジオを止める。
 途端に、さっきまで鳴りを潜めていたカリカリカチカチとした音が、一斉に息を吹き返す。
 砂の味がした。
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 緩やかな減速から、なんとも快適な停車。オレの中で、車の基準があの終わってる『霊柩車』だからか、いちいち感心させられる。実際、奴はもう走れるはずのないものを、こっちの都合でケツを引っ叩いて走らせているに過ぎない。あいつこそゾンビみたいなもんだ。
 だがこの車なら、オレは何泊だって苦にしないだろう。
 車外へ出て、ドアを閉める。何かの干渉するような音もなく、低く心地のいい音が響いた。
 こういう部分にも感動しちまう。アイツもきっと気に入るだろう。
 荷台から装備を下ろし、着用する。
 防咬ジャケット。グローブ。ゴーグル。タクティカルベスト。ジュラルミン製の盾。暗視装置付きの軍用ヘルム。ナイフ。拳銃。スタングレネード。捕縛銃。
「んで、こいつだ」
 金属製の箱から、そのアンプルを取り出す。合計3本。打ち込むのは、そのどれか1本でいい。
 両方の大腿部に巻いた、専用のレッグホルスターに1本ずつ。
 もう1本はタクティカルベストに。これで、腕さえ無事なら打ち込める。
「っし、再会といくか」
 二年前と変わらない、ある大型スーパー。
 オレは隠れもせずに堂々と近づく。
 あれだけいたゾンビどもは、動かぬ死体や残骸となって散らばっていた。一方的な殺戮の痕跡は、二年経とうとも爪痕を残している。
 二年前、突如発生した特殊個体。『アルファ』と呼称されているそいつは、数千体のゾンビ症患者をあっという間に掃除し(どう見ても散らかしているが)、依然としてこのスーパーの中央から動いていない。
 過去に一度回収部隊が編成されたが、結局帰って来た奴はいなかった。
 正面の入り口を、悠々と通過する。
 内部はかなり様変わりしていた。
 規則正しく並んでいたパレットラック。それが、今は随分と乱されている。
 中央から遠ざけるように、空間を作るように、端の方へと引き倒され追いやられていた。
 そして、存外に明るい。
 壁にも天井にも、銃弾で作られた穴が無数に存在している。
 星に囲まれているような、柄にもない感覚に浸れた。工作としてはいい趣味だ。
「こいつはいらないな」
 ヘルムから暗視装置を外し、放る。硬質な音がよく響いた。
 『アルファ』の特徴は、あまりにも素早く、あまりにも力強く、そしてあまりにも賢いことだった。ゾンビ症患者に慣れていればいるほど、先入観が命取りになった。今じゃ遠方から簡易な装置で監視されているだけの、そんな化け物————というのが、本部連中の評価だった。
 賢いだってよ、おい。感染前には言われたこともなかっただろ。泣けてくるぜオレは。
「よお」
 視界の中央。天井の穴から光を浴びている見慣れた立ち姿。まだ30メートルは離れているそいつは、まるで今気付いたように振り向いた。
 嘘つけ。とっくに気づいてやがったろうが。
「約束、果たしに来たぜ。言ったろ? 必ず助けるってよ」
 二年前のあの時、結局オレはコイツを撃てなかった。足元でゾンビどもに縋りつかれている、たった1本の縄。そいつに狙いを定め、撃ち抜いた。
 とんでもない音を立てて倒壊するゾンビの塔を前に、苦笑したお前の顔を覚えている。
 「あ~あ、しーらね」なんて訳わかんねえこと言って、お前はオレの言葉に賭けたんだ。
 だから、来た。
「遅くなって悪かったな。薬がなかなか完成しねえと思ったらよ、あんのクソども、とっくに作ってやがった。やっぱオレたちに使うのは気乗りしなかったみたいでよ、だからかっぱらって来た」
 やるもんだろ?なんて言っても、お前は分からねえか。
 そう思ったが、奴は口角を吊り上げ、獲物を見つけたと楽しそうに笑いやがる。
 そんな笑い方されたら、こっちまでつられちまう。
「なんだよ、笑い方は変わんねえな」
 奴が、ゆっくりと姿勢を低くする。とんでもない力があの脚で、今にも解放されるのを待っているのがよく分かる。
「ハッ、いいぜ。鳥頭のお前には難しかったよなあ!」
 盾の底を、前方の床に叩きつける。
「いつぞやの続きだ! 暴れるだけ寝起きがキツくなるだけだぞ間抜け!!」
 銃口はとっくに奴に向いている。
「かかって来い! チキンッ!!」
 バカが踏み出すのと、銃声は同時だった。
- - - - - - - - - -
 何もない荒野を、一台の車両が砂塵を巻き上げながら走っている。
 運転席には陽気なドライバー。助手席には、片腕が歪に曲がった不機嫌そうな男。
「おい! ラジオ聞いたかよ! なんっだよほんとーに英雄になってんじゃんか!」
「くっだらねえ。今じゃお尋ね者だろ」
「いいなあ! めっちゃかっけえじゃん!」
「……お前、お尋ね者の意味分かってねえだろ」
 ラジオからは雑多なニュースが流れている。
 1週間前から『アルファ』が姿を消したことも、しきりに取り沙汰されていた。
「んでよ、これからどうすんだ?」
「そうだな……」
 不機嫌そうな男は、バックミラーに吊り下げられているロケットペンダントを見つめて頬を緩ませる。
「人を探す」
「あん? 誰を——あ~」
「不満かよ」
「ぜんっぜん! へへッ」
「なんだ、いきなり。そんなに面白いか?」
「いや、なんか楽しいよな……こうやってまた一緒じゃんか! 俺たち一緒なら最強だろ!」
 「な、トム」という、無邪気な感情が向けられる。
 トムと呼ばれた男は、一瞬呆気に取られたように固まって——
「ふ、そうかよ」
 これまで見せたことのない、穏やかな表情を浮かべた。
「おお?! なんだ今の顔! ちょっと、もっかいやってくれよ!」
「うるせえ! 前みろ、前」
「見ても見なくてもおんなじだろ~?」
「チキンが一丁前に言ってんじゃねえ! お前の大好きな教本に従ってろッ!」
 車は進む。目的地もなく。荒野を進む。
 その旅路は笑いに絶えないものだった。