7.筋肉愛好会
ー/ー
しばらくは、平穏が続いていた。
ミナトがいじめにあっていた……かもしれない事件は、白砂サンのメンタルにそれなりの影響を与えたままだ。
だが、実際問題 "本当の親" でもない赤ビルの大人たちでは、学校に言えることは少ない。
そもそもクラス担任は、スバルが面倒を起こしたらミナトに尻拭いをさせるつもり……ぐらいアテにならない存在だ。
もっと言ってしまうと、担任が尻拭いを "任せられる" と思う程度に、ミナトはクラスの中で問題を起こしていない……。
つまり、いじめのようなことをされていても、スルーしているってのが透けて見えてしまうから、こっちからアクションが出来ない状況になっているのだ。
そんなこんなで、その日もランチタイムが終わって、俺が一息付いていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは、俺と同じぐらいの背丈と、俺よりずっと胸板のある男と、体はそれなりにがっちり鍛えられているが、一見するとしょぼいおっさんの二人連れだった。
カフェの客としても微妙だが、アナログレコード目当ての客にも見えない。
おっさんはキョドった様子だが、年若い……と言ってもおっさんといるのでそう表現したが、本人も既に30代らしき男は、なにかを探すみたいに店の中を見回していた。
「お席は、ご自由に……」
「すみません。こちら、カフェ・マエストロ神楽坂であってますか?」
「はい、そうです」
「白砂聖一さんは、いらっしゃいますか?」
「えーと、そちらは……?」
「僕は、白砂さんの友人で真壁と言います」
「わかりました。少々お待ちください」
俺は厨房に向かった。
なるほど、白砂サンの友人枠なら、あのカフェにもレコードにも合わない雰囲気も納得だ。
「白砂サン。表に真壁さんってヒトが来てますが」
「おや、真壁君が? それは珍しい」
白砂サンは、ちゃちゃっと身支度を整えて、俺と一緒に店に向かった。
「やあ、真壁君、久しいな!」
「お久しぶりです、聖一さん。あ、こちらは僕のパートナーの若桐守さんです」
若桐と呼ばれたおっさんは、真壁氏の紹介になんだか顔が強張っている。
その様子から察するに、若桐氏はカミングアウトをしておらず、更に白砂サンとは初見なんだろう。
若桐氏は、小声で「おい……」と真壁氏の脇をつついている。
「守さん、こちらは白砂聖一さん。先日話した "筋肉愛好会" を主催されてる方で、ゲイをカミングアウトしている人です」
「どうも……、若桐です」
「白砂です」
若桐氏は、全くなんの予告もなく連れてこられたっぽくて、ぎくしゃくしてる様子を見ていると、こちらの胃が痛くなりそうだった。
「白砂サン」
「ああ、うん……」
白砂サンは、右手でちょいちょいとサインを出してきた。
これは事前に取り決めをされているもので、要はオタクの白砂サンが、いちいち口頭で指示を出さずに、みんなが打ち合わせ通りに動く……ってのを "やってみたい" から覚えさせられたやつ……だ。
実際に使われることがあると思ってなかったけど……。
俺は厨房へ行き、言われた通りアップルパイと、いつもの濃いめの紅茶を持って戻った。
「ありがとう、多聞君」
「わあ、聖一さんのアップルパイですか?」
若桐氏は、一応微笑みを浮かべているが、甘いものがあんまり好きでもなさそうな感じだ。
だが、どうも真壁氏にも白砂サンにも遠慮してるらしく、特になにも言わなかった。
「実は僕たち、勤務が市ヶ谷になったんです」
「市ヶ谷に? それはご出世おめでとう」
「ありがとうございます」
客もいないし、俺はホームポジションに戻った。
§
その日の夜、夕食が終わった後になってから、白砂サンがペントハウスにやってきた。
「どしたん、セイちゃん」
「うむ。敬一……もいるようだな。ちょうどいい」
そう言って、白砂サンはシノさんと敬一クンをグリーンのソファに集める。
テレビの前をスバルに陣取られ、タブレットで野球中継を見ていた俺は、逃げそこねて一緒に話を聞くことになってしまった。
「不動産屋に、相談がしたい」
「セイちゃんが、なんで?」
「いや、相談をしたいのは私ではない。順を追って話そう」
白砂サンは、改まった感じに話し始めた。
「今日、友人が訪ねてきてくれたのだが、どうも困窮しているらしいのだ」
「どういったご友人が、どのように困窮を?」
「うむ、私が主催しているSNSコミュニティの仲間なのだ。名を真壁百合緒と言う」
フルネームを聞いて、俺は吹きそうになったが耐えた。
背丈が190cmあって、贅肉とは無縁な感じなのに体重は俺の1.5倍はありそうな、しかもドエライイケメンの名前が "ゆりお" はあんまりだ。
「真壁君は自衛官でな。先日将補への昇任するのが決まってな、九月から市ヶ谷勤務になるのだ」
「市ヶ谷つったら、ぼーえーしょーのトップじゃろ? どえりゃーオエライさんがオトモダチなんだなぁ」
「大変な出世だよ。将補と言えば、40を越えねば昇進できないのが一般的だが、真壁君は39歳で任官されたのだからね」
俺は、再び吹きそうになるのを、これまた必死で耐えた。
30前半だとばっかり思っていたのに、既に40に王手が掛かっていたとは、驚きだったからだ。
が、ここで吹いて "若見えする40代" の話をしたら、脱線必須な上に、後で敬一クンがどんだけ凹むか計り知れない。
「真壁君には、長年連れ添ったパートナーがいるのだが、その人共々、市ヶ谷勤務になった……。と、今日、報告に来てくれたのだ」
「むしろ、お祝いするしかない感じの話じゃね?」
「うむ、そこまでは……な。問題は、この先だ。二人で市ヶ谷に勤務になったことだし、年齢的にももう転勤の可能性は低い……と考えて、マンション購入を考えたという」
「あ〜、マンション買うのに、不動産屋を紹介して欲しいん? 知り合い割引とか、俺もケイちゃんも、そこまで懇意じゃねぇよ?」
この辺りの相場を考えたら、シノさんにしては珍しく真っ当な返事だ。
「いや、真壁君の年収なら、値切らずに購入可能だろう。問題は、どこの不動産屋も血縁ではない男性二人のシェアで、マンションを購入したいと言うといい顔をしない……という点だ」
「あ〜、そこか〜」
「なぜでしょう?」
シノさんは納得したが、敬一クンは意味がわからないって顔をしている。
「異性のカップルであっても、婚姻関係成立前では嫌がられる案件だ。他人同士の場合、決裂した後に金銭トラブルが付きまとう。不動産屋も銀行も、取りそこねては困るから嫌がるのだよ」
「なるほど、そういうことですか」
毎度お馴染みのアンドロイドみたいな白砂サンの説明に、敬一クンは頷いた。
「しっかし、それにしたって話は同じだナ。メゾンの賃貸情報出してる不動産屋は、商店会長さんが紹介してくれた商店街加盟店のおっさんじゃけど。なかなかゆーずーの効かない、頑固親父だもんナ」
「そうですね。うちの賃貸条件を提示した時に、少し困った顔をされましたから」
少し困ったどころか、あの不動産屋のオヤジとは一度決裂している。
と言っても、シノさんがオヤジとモメて、その後を敬一クンが引き継ぎ、商店会長さんの口添えと、「トラブルがあったら全部自分たちでなんとかする」という一筆を書いて、ようやく話が進んだほどだ。
「真壁君のパートナーの若桐氏は、元々訓練教官でな。ずっと静浜勤務をしておられて。真壁君が勤務先から休みの度に静浜に通って、付き合いを続けてきているのだよ」
「自衛官なんて、北は北海道から南は九州まで、全国津々浦々転勤三昧なんじゃねーの? その遠距離恋愛、何年してたん?」
「16年だそうだ」
「しえっ!」
さすがのシノさんも、その長さに飛んだ。
「それがこの度、ようやく腰を落ち着ける勤務になったので、官舎を出て二人で暮らしたい……と思った矢先に、そういう問題が持ち上がってな」
「ん〜、でもあの不動産屋は、アテにならんぞ〜」
むむう……と言って、シノさんが考え込む。
「あの、そのお二方はどうしてもマンションを購入したいのでしょうか?」
敬一クンが、訊ねた。
「と、いうと?」
「神巫さんが小仏さんと部屋をシェアした後、3-Aの入居募集をしていますが、未だ決まった方がいません」
ほぼ全部の希望者を、シノさんが "つまらない" って理由で却下している。
敬一クンの提案に、白砂サンがシノさんを伺うようにして視線を投げた。
「そのユリちゃんさぁ、セイちゃんのSNSのオトモダチって話だけど、どーいう経緯で知り合ったのん?」
「うむ。私が使っているゲイ向けのSNSに、チャットサーバがあるのだがね。私の立てた "筋肉愛好会" というスレッドには、ほとんど人が集まらなくて。常に私しかいなかったのだが、真壁君のお陰で会話が盛り上がるようになったのだ」
今回はさすがに込み上げすぎて、変な息漏れまでしてしまったが、俺は三度吹くのをとどまった。
「待って……。それどーいう集まりなん?」
シノさんも、ギリギリで笑いをこらえて口元が引きつっている。
「体質的に筋肉がつきづらい者が、憧れの肉体を語りつつ、日々どのように体を鍛え、なにを食しているかなどを話すスレッドだね」
そこで、とうとうシノさんが吹いた。
当たり前だが、シノさんが吹いたら俺だって我慢は出来なかった。
「あの、なぜ人が集まらないのでしょう?」
ゲラゲラ笑ってる俺とシノさんを、なんで笑ってるのかわからないって様子の敬一クンが、更に追撃をするような質問をする。
「わからないね。時々人が来るが、私と真壁君の会話に入ってこれない感じなのだよ」
「そりゃ、専門用語すぎるんじゃろ!」
ひーひー言いながら、シノさんが言った。
まぁ、ゲイコミュニティの人たちにオタクが居ないとは言わないが……。
しかし、実は年上好きなのにマッチョ信奉を拗らせる白砂サンのことだから、陽キャのマッチョばっかりが集まってるところで、オタクなスレッド立てちゃったんだろうな……ってのは、なんとなく想像がついた。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
しばらくは、平穏が続いていた。
ミナトがいじめにあっていた……かもしれない事件は、白砂サンのメンタルにそれなりの影響を与えたままだ。
だが、実際問題 "本当の親" でもない赤ビルの大人たちでは、学校に言えることは少ない。
そもそもクラス担任は、スバルが面倒を起こしたらミナトに尻拭いをさせるつもり……ぐらいアテにならない存在だ。
もっと言ってしまうと、担任が尻拭いを "任せられる" と思う程度に、ミナトはクラスの中で問題を起こしていない……。
つまり、いじめのようなことをされていても、スルーしているってのが透けて見えてしまうから、こっちからアクションが出来ない状況になっているのだ。
そんなこんなで、その日もランチタイムが終わって、俺が一息付いていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは、俺と同じぐらいの背丈と、俺よりずっと胸板のある男と、体はそれなりにがっちり鍛えられているが、一見するとしょぼいおっさんの二人連れだった。
カフェの客としても微妙だが、アナログレコード目当ての客にも見えない。
おっさんはキョドった様子だが、年若い……と言ってもおっさんといるのでそう表現したが、本人も既に30代らしき男は、なにかを探すみたいに店の中を見回していた。
「お席は、ご自由に……」
「すみません。こちら、カフェ・マエストロ神楽坂であってますか?」
「はい、そうです」
「白砂聖一さんは、いらっしゃいますか?」
「えーと、そちらは……?」
「僕は、白砂さんの友人で真壁と言います」
「わかりました。少々お待ちください」
俺は厨房に向かった。
なるほど、白砂サンの友人枠なら、あのカフェにもレコードにも合わない|雰囲気《ふんいき》も納得だ。
「白砂サン。表に真壁さんってヒトが来てますが」
「おや、真壁君が? それは珍しい」
白砂サンは、ちゃちゃっと身支度を整えて、俺と一緒に店に向かった。
「やあ、真壁君、久しいな!」
「お久しぶりです、聖一さん。あ、こちらは僕のパートナーの若桐守さんです」
若桐と呼ばれたおっさんは、真壁氏の紹介になんだか顔が強張っている。
その様子から察するに、若桐氏はカミングアウトをしておらず、更に白砂サンとは初見なんだろう。
若桐氏は、小声で「おい……」と真壁氏の脇をつついている。
「守さん、こちらは白砂聖一さん。先日話した "筋肉愛好会" を主催されてる|方《かた》で、ゲイをカミングアウトしている人です」
「どうも……、若桐です」
「白砂です」
若桐氏は、全くなんの予告もなく連れてこられたっぽくて、ぎくしゃくしてる様子を見ていると、こちらの胃が痛くなりそうだった。
「白砂サン」
「ああ、うん……」
白砂サンは、右手でちょいちょいとサインを出してきた。
これは事前に取り決めをされているもので、|要《よう》はオタクの白砂サンが、いちいち口頭で指示を出さずに、みんなが打ち合わせ通りに動く……ってのを "やってみたい" から覚えさせられたやつ……だ。
実際に使われることがあると思ってなかったけど……。
俺は厨房へ行き、言われた通りアップルパイと、いつもの濃いめの紅茶を持って戻った。
「ありがとう、多聞君」
「わあ、聖一さんのアップルパイですか?」
若桐氏は、一応微笑みを浮かべているが、甘いものがあんまり好きでもなさそうな感じだ。
だが、どうも真壁氏にも白砂サンにも遠慮してるらしく、特になにも言わなかった。
「実は僕たち、勤務が市ヶ谷になったんです」
「市ヶ谷に? それはご出世おめでとう」
「ありがとうございます」
客もいないし、俺はホームポジションに戻った。
§
その日の夜、夕食が終わった|後《あと》になってから、白砂サンがペントハウスにやってきた。
「どしたん、セイちゃん」
「うむ。敬一……もいるようだな。ちょうどいい」
そう言って、白砂サンはシノさんと敬一クンをグリーンのソファに集める。
テレビの前をスバルに陣取られ、タブレットで野球中継を見ていた俺は、逃げそこねて一緒に話を聞くことになってしまった。
「不動産屋に、相談がしたい」
「セイちゃんが、なんで?」
「いや、相談をしたいのは私ではない。順を追って話そう」
白砂サンは、改まった感じに話し始めた。
「今日、友人が訪ねてきてくれたのだが、どうも困窮しているらしいのだ」
「どういったご友人が、どのように困窮を?」
「うむ、私が主催しているSNSコミュニティの仲間なのだ。名を真壁百合緒と言う」
フルネームを聞いて、俺は吹きそうになったが耐えた。
背丈が190cmあって、贅肉とは無縁な感じなのに体重は俺の1.5倍はありそうな、しかもドエライイケメンの名前が "ゆりお" はあんまりだ。
「真壁君は自衛官でな。先日将補への昇任するのが決まってな、九月から市ヶ谷勤務になるのだ」
「市ヶ谷つったら、ぼーえーしょーのトップじゃろ? どえりゃーオエライさんがオトモダチなんだなぁ」
「大変な出世だよ。将補と言えば、40を越えねば昇進できないのが一般的だが、真壁君は39歳で任官されたのだからね」
俺は、再び吹きそうになるのを、これまた必死で耐えた。
30前半だとばっかり思っていたのに、既に40に王手が掛かっていたとは、驚きだったからだ。
が、ここで吹いて "|若見《わかみ》えする40代" の話をしたら、脱線必須な上に、後で敬一クンがどんだけ凹むか計り知れない。
「真壁君には、長年連れ添ったパートナーがいるのだが、その人共々、市ヶ谷勤務になった……。と、今日、報告に来てくれたのだ」
「むしろ、お祝いするしかない感じの話じゃね?」
「うむ、そこまでは……な。問題は、この先だ。二人で市ヶ谷に勤務になったことだし、年齢的にももう転勤の可能性は低い……と考えて、マンション購入を考えたという」
「あ〜、マンション買うのに、不動産屋を紹介して欲しいん? 知り合い割引とか、俺もケイちゃんも、そこまで懇意じゃねぇよ?」
この辺りの相場を考えたら、シノさんにしては珍しく真っ当な返事だ。
「いや、真壁君の年収なら、値切らずに購入可能だろう。問題は、どこの不動産屋も血縁ではない男性二人のシェアで、マンションを購入したいと言うといい顔をしない……という点だ」
「あ〜、そこか〜」
「なぜでしょう?」
シノさんは納得したが、敬一クンは意味がわからないって顔をしている。
「異性のカップルであっても、婚姻関係成立前では嫌がられる案件だ。他人同士の場合、決裂した|後《あと》に金銭トラブルが付きまとう。不動産屋も銀行も、取りそこねては困るから嫌がるのだよ」
「なるほど、そういうことですか」
毎度お馴染みのアンドロイドみたいな白砂サンの説明に、敬一クンは頷いた。
「しっかし、それにしたって話は同じだナ。メゾンの賃貸情報出してる不動産屋は、商店会長さんが紹介してくれた商店街加盟店のおっさんじゃけど。なかなかゆーずーの効かない、頑固親父だもんナ」
「そうですね。うちの賃貸条件を提示した時に、少し困った顔をされましたから」
少し困ったどころか、あの不動産屋のオヤジとは一度決裂している。
と言っても、シノさんがオヤジとモメて、その後を敬一クンが引き継ぎ、商店会長さんの口添えと、「トラブルがあったら全部自分たちでなんとかする」という一筆を書いて、ようやく話が進んだほどだ。
「真壁君のパートナーの若桐氏は、元々訓練教官でな。ずっと|静浜《しずはま》勤務をしておられて。真壁君が勤務先から休みの度に|静浜《しずはま》に通って、付き合いを続けてきているのだよ」
「自衛官なんて、北は北海道から南は九州まで、全国津々浦々転勤三昧なんじゃねーの? その遠距離恋愛、何年してたん?」
「16年だそうだ」
「しえっ!」
さすがのシノさんも、その長さに飛んだ。
「それがこの度、ようやく腰を落ち着ける勤務になったので、官舎を出て二人で暮らしたい……と思った矢先に、そういう問題が持ち上がってな」
「ん〜、でもあの不動産屋は、アテにならんぞ〜」
むむう……と言って、シノさんが考え込む。
「あの、そのお二方はどうしてもマンションを購入したいのでしょうか?」
敬一クンが、訊ねた。
「と、いうと?」
「神巫さんが小仏さんと部屋をシェアした|後《あと》、3-Aの入居募集をしていますが、|未《いま》だ決まった|方《かた》がいません」
ほぼ全部の希望者を、シノさんが "つまらない" って理由で却下している。
敬一クンの提案に、白砂サンがシノさんを伺うようにして視線を投げた。
「そのユリちゃんさぁ、セイちゃんのSNSのオトモダチって話だけど、どーいう経緯で知り合ったのん?」
「うむ。私が使っているゲイ向けのSNSに、チャットサーバがあるのだがね。私の立てた "筋肉愛好会" というスレッドには、ほとんど人が集まらなくて。常に私しかいなかったのだが、真壁君のお陰で会話が盛り上がるようになったのだ」
今回はさすがに込み上げすぎて、変な息漏れまでしてしまったが、俺は|三度《みたび》吹くのをとどまった。
「待って……。それどーいう集まりなん?」
シノさんも、ギリギリで笑いをこらえて口元が引きつっている。
「体質的に筋肉がつきづらい|者《もの》が、憧れの肉体を語りつつ、日々どのように体を鍛え、なにを食しているかなどを話すスレッドだね」
そこで、とうとうシノさんが吹いた。
当たり前だが、シノさんが吹いたら俺だって我慢は出来なかった。
「あの、なぜ人が集まらないのでしょう?」
ゲラゲラ笑ってる俺とシノさんを、なんで笑ってるのかわからないって様子の敬一クンが、更に追撃をするような質問をする。
「わからないね。時々人が来るが、私と真壁君の会話に入ってこれない感じなのだよ」
「そりゃ、専門用語すぎるんじゃろ!」
ひーひー言いながら、シノさんが言った。
まぁ、ゲイコミュニティの人たちにオタクが居ないとは言わないが……。
しかし、実は年上好きなのにマッチョ信奉を拗らせる白砂サンのことだから、陽キャのマッチョばっかりが集まってるところで、オタクなスレッド立てちゃったんだろうな……ってのは、なんとなく想像がついた。