5.正義感
ー/ー
結局、夏休みの間に、ミナトは "それなり" に泳げるようになったらしい。
なぜ "らしい" なのかというと、俺はアレ以降、一緒に泳ぎに行ってないからだ。
エビセンはこまめにミナトをプールに誘い、ミナトも渋々といった様子ではあったが一緒に通い、その過程でエビセンがミナトからナニカを聞き出したようだが、保護者でもなんでもない俺には、報告なんか来ない。
わかってることと言えば、プールに行くと必ず、初回に買った大福を買ってくるので、「ああ、行ったんだな」と判明することだけだ。
ペントハウスで夕食の後片付けをしている時に、エビセンが白砂サンになんらかの報告をしている場に居合わせて、ちょこっと耳にした程度の情報から、どうやら人並みの泳法を身に付けたらしいってことは憶測したが、それ以外は何も知らない。
だが俺自身がその案件にそれ以上の興味も無かったし、白砂サンが食後の団らんで「当初の目標には届いた」と言っていたので、25メートルを "叫ばずに" 泳ぎ切ることが出来るようになったんだろう。
そんなこんなで夏休みが終わり、初登校日の翌日。
店の奥の、いつもは敬一クンが小学生達の勉強に使っている席で、今はシノさんとスバルが向かい合っている。
ミナトは学校に行っていて、スバルも朝一緒に登校したのだが、二時間ほど前に学校から「保護者が来い」と電話が掛かってきて、シノさんが出掛けていった。
そして、なんだか判らないまま、二人は向かい合って座っているという訳だ。
スバルはそこで、強情を張るみたいに自分のスニーカーのつま先をトントンしてるが、シノさんはいつも通りにダラダラしながら、タブレットでマンガを読んでいた。
店に客はおらず、俺はいつもの定位置に立って素知らぬ顔をしていたが、目以外の全ての神経が全部、そっちに向いている。
「柊一……怒らないの?」
しばらくして、とうとうスバルがしびれを切らしたみたいに口を開いた。
「なんか、怒られるコトしたんか?」
「してないよ!」
「なら、怒らンよ。ムダに怒るとムダに疲れるからのう」
シノさんの答えに、スバルはビックリしたようだ。
「だって、柊一は先生に謝ってたじゃん!」
「そりゃ、あの女教師がヒステリックにイライラしてたからだヨ。あーいうのには、関わらんほーがえーし、おまえの "保護者" の俺が頭下げときゃ、納得すんじゃろ」
「だって僕、あの先生に帰って反省しろって言われたんだよ?」
「何が原因で、そー言われたン?」
「それは……僕がクラスのヤツを殴ったからだと思う……」
「なんで殴ったン?」
「アイツが、ミナトの悪口を言うから、腹が立って……」
俺は、スバルの言葉にちょっと驚いた。
ミナトはスバルの謝罪を受け入れたあとも距離をとっていたし、スバルはそのことに微妙な不満を持っていたように見えていた。
だからそんなスバルが、ミナトをかばって誰かと諍うなんて、想像も出来なかったからだ。
「殴って後悔してるンか?」
「全然! だってアイツのほーが悪いモン!」
そのスバルの答えに、俺はなるほどと腑に落ちた。
顔はそっくりだが、ミナトとスバルは性格にかなりの違いが有る。
可愛げのないミナトは、人見知りで常に周りを冷めた目で観察している陰キャだが、それ故に慎重で軽率な発言などはしないし、危機管理能力も高い。
一方、開けっぴろげな陽キャのスバルは、自己主張が激しく放任されきったセレブの息子にありがちな、KYで自己中のケがあるが、同じ理由で物怖じをせずに率直な意見をハッキリと口に出して発言出来る。
アニメを見ている時の発言などからも、好むキャラクターはミナトがクールなサブキャラなら、スバルは熱血のメインキャラで、かなりの正義感だと憶測出来る。
つまり、ミナトを罵った同級生に対して、スバルはその "正義感" でもって腹を立てたのだろう。
「うむ。だが、ヒトツだけ訂正せねばならんな」
「なにを?」
「ミナトのコトをそんな風に言ったヤツに、ムカッとしたのは解る。ソイツを殴って後悔してないのも、俺は大いに賛同しちゃる。だが鉄拳は、教室でやっちゃイカン」
俺は慌てて振り返ると、シノさんに向かって言った。
「ちょっと、シノさん! そこは、殴っちゃダメって言うところだよねェ!」
「んなワケあるけェ。許せないヤツに制裁を加えたいと思ったら、やりゃエエんじゃ。ただし、うるせェ教師やチクリ屋の目に付くようなトコで、やっちゃイカン」
タブレットから顔を上げたシノさんは、得意の妖怪っぽい笑みを浮かべている。
「そうなの?」
「そんなワケないでしょっ!」
「そんなワケあるに決まってるじゃろ。それが証拠に、スバルは正義の鉄槌を下したのに、ヒスの女教師に怒られたではないか。ちゅーかそもそも、鉄拳制裁とゆーのは、二度と逆らってこないようにギッタギタにしたいんじゃない限り、夜道や人通りの少ない道で後ろから襲いかかり、顔を見られる前に脱兎の如く逃げる、ヒットエンドランが基本なのだ」
「僕、走るのは得意だけど、全然顔見られないで逃げるのは、ムリだと思う」
「いや、だから、それはやっちゃダメだから!」
スバルは先刻までの俯いた態度が嘘みたいに、シノさんの顔をキラキラした目で見つめていて、俺の訂正なんて全然聞いてない。
「タモンレンタロウ君は、うるせーなぁ」
「ケンカする前に、やるコトいっぱいあるよねぇっ? 話し合いとかっ!」
俺の意見に、シノさんは今度、呆れ顔で肩を竦めてみせる。
「あのなぁ、タモンレンタロウ君。話し合いちゅーのは、相手と自分と、それを公明正大に判定してくれる第三者が必要なんだぞ。じゃが、あのオンナキョーシは、既にワル〜イ刷り込みがされておる。スバルが正当な評価をもらうのは難しいのう」
「ワルイ刷り込み……?」
俺の問いかけに、シノさんは人差し指を立てて左右に振りながら、T-1000みたいに「チッチッチッ」と言った。
シノさんの態度から、俺はつけたくもない察しが付いてしまった。
なぜかというと、シノさんが手続きのために小学校に赴いた時に、職員室の空気が変にピリピリしていて、応対に出た担任ってのが箸にも棒にもかからない……って話を、事前に聞いていたからだ。
向こうの手続きをしたのはスバルの父の秘書だが、その人物とシノさんやホクトが直にやり取りをしていないので、学校側にどういう話をしたのか判らない。
ただ、職員室の様子からすると、スバルに直接関わりを持たないような教師にまで、 "警察沙汰のトラブルを起こして、私立の学校に居づらくなってしまったからこっちにきた" って話が、伝わっているっぽいとシノさんは言った。
ぽい……というのは、あくまでもシノさんの憶測だからだ。
最大の根拠は、シノさんが「なぜ、親族であるミナトとスバルが同じクラスに編入されているのか?」と問うたら、担任からの返事が「スバルがトラブルを起こしたらミナトがフォロー出来るだろう」的なものだったから。
元々学校やら教師やらってモノを敵だと思っているシノさんは、その担任の言葉によほど腹を立てているらしい。
簡単に言えば、件の女教師は、最初からスバルを一方的に "不良品" 認定しているから、話し合いなど持ったところで、それは単なるスバル糾弾の場になるだけってことなのだろう。
「僕も、やっつけちゃったほーがイイと思う!」
俺が返事に詰まってまごまごしている間に、別の意味で "ワルイ刷り込み" をされたスバルが、シノさんの意見に賛同の意を表してしまった。
「じゃが、スバルには無理だなぁ」
「なんで?」
シノさんは立ち上がると、座っているスバルの背後に回り、両手を持ってバンザイポーズを取らせた。
「見よ、この細腕をっ!」
「それって、誰に見せてるのよ?」
「スバル本人に決まっとろーが」
俺のツッコミに、シノさんは不満そうに返事をする。
「そんなに細いかなぁ?」
「マッチ棒のよーに、か細いのう。こんなんでは、ケンカは出来ん」
「でも、柊一だってコグマみたくマッチョじゃないじゃん」
「ケンカの極意を知っていれば、体格差は埋められるのじゃ」
「柊一は知ってるの?」
「当然、知っちる。てか、俺は百戦錬磨のツワモノだからナ。まずタイマン勝負をする時は、勝てる相手としかやっちゃイカンのだ」
「たいまんって、なに?」
「一対一のコトじゃな」
「じゃあ柊一は、コグマとはケンカしないの?」
「いくら筋肉があっても、性根がビビリではケンカには勝てん」
「どうやるの?」
「コグマが相手なら、最初に一発先制攻撃をブチかましておけばオッケーだナ。つまり、相手がビビリかどーかを見抜くのも、ケンカの極意のひとつなのじゃ」
「いや、それ、子供に教えちゃダメなやつ……」
ノリノリのシノさんが、俺なんか眼中にあるはずもなく、俺は完全に蚊帳の外にされた。
「それがわかんなかったら、どうするの?」
「絶対勝利を狙うなら、人通りの少ない夜道で後ろから突然襲いかかり、反撃の隙を与えずにフルボッコだナ。スバルのよーな若輩では、一人ではココロモトナイので、ミナトと二人掛かりでやるほーが確実じゃろ。てか、すごく気になってるんじゃが、オマエは一体、ミナトがなんて言われて腹が立ったんじゃ?」
「アイツら、ミナトのコトを "ホモの子" とか言うんだもん。でも、ミナトはあんなヤツら放っとけって言って、僕に全然協力してくれなかったよ?」
「そんなら暴力には訴えず、スマホで向こうの失礼な発言を録音してきて、ネットに流すのがええんじゃね? 相手の親が著名人だった場合なんかは、一番効果があるぞ」
「えー、僕、そーいう卑怯な感じのはイヤだなぁ」
「どーしても自分のコブシで勝利を勝ち取りたいなら、まずはスバルがケンカに強くなるしかなかろ。まぁ、ケンカちゅーのはスポーツと違ってルール無用の勝てば官軍だが……。法に触れずに相手をギッタギタにするには、やっぱり下準備と根回しは必要だからナ。録音をリークするほーが簡単だと思うぞ」
「シノさん、その指導は根本から間違って……」
シノさんのメチャクチャなアドバイスを止めさせようとした俺は、ものすごく強張った顔で立っている白砂サンに気付き、口を噤んだ。
「おや、セイちゃん。どしたん?」
「スバル、今の話は本当かね? ミナトは、私の所為で "いじめ" にあっているのかね?」
「別に、聖一のせいじゃないよ。ミナトが転入してすぐの時、国語の時間に抜き打ちの漢字テストがあったんだって。それにミナトだけが100点取ったから、反感買ったみたい。でも書き取りの小テストなんて、私立じゃ毎日やってたし、必ず100点取るためにカテキョがいたんだもん。僕もそうだったし、ミナトも名古屋で同じようだったって、前に言ってた。クラスのヤツはそーいうの、全然解ってナイんだ。バカみたい」
「ミナトはうっかり、悪目立ちしちったんだなぁ」
そう言われても、いじめっ子の罵り言葉が "ホモの子" だったショックは、抜けないようだ。
白砂サンは、フラフラとこちらに歩み寄ると、シノさんの傍の椅子にペタンと座った。
「セイちゃん、子供はいざとなったら先祖がピテカントロプスだって言って、囃し立てるモンだよ。気にするな」
「私は、私自身が己の主義主張を如何様に詰られても、それは私自身のことであるし、相互理解が得られない者とは距離を置いたりすることで乗り越えてきた。だが、私の所為でミナトが詰られるのは、あまりにも理不尽だし、不憫だ」
「そんでも、アマミーの息子だった時より、セイちゃんの息子になってる今のほーが、ミナトはきっと幸せだから。気に病むでナイ。ハッキリ言うが、クラスメイトなんて人生のモブキャラのよーなモンだぜ。それにスバルにも言ったが、あんまり腹が立つのであれば、ギッタギタにするのを手伝うコトも出来るぞ」
「いや、それは、やっちゃダメでしょ」
「やるかやらぬかではない。やり遂げるのじゃ」
「そんなトコで似非ヨーダになっても、ダメなモンはダメっ!」
「ヘタレンは、そんなんだからヘタレンなんじゃぞ?」
「イマドキの学校は、暴力とかセクハラとか、ものすごくうるさいんだから! スバル、シノさんの言うことを真に受けちゃ絶対ダメだよ!」
「でも、ヘタレンが言ってるコトより、柊一が言ってるコトのほーが、スッキリする」
有言実行マイルールのシノさんは、ホクトへの宣言通りにスバルを洗脳して、見事に子分にしてしまったようだ。
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なぜ "らしい" なのかというと、俺はアレ以降、一緒に泳ぎに行ってないからだ。
エビセンはこまめにミナトをプールに誘い、ミナトも渋々といった様子ではあったが一緒に通い、その過程でエビセンがミナトからナニカを聞き出したようだが、保護者でもなんでもない俺には、報告なんか来ない。
わかってることと言えば、プールに行くと必ず、初回に買った大福を買ってくるので、「ああ、|行《い》ったんだな」と判明することだけだ。
ペントハウスで夕食の後片付けをしている時に、エビセンが白砂サンになんらかの報告をしている場に居合わせて、ちょこっと耳にした程度の情報から、どうやら人並みの泳法を身に付けたらしいってことは憶測したが、それ以外は何も知らない。
だが俺自身がその案件にそれ以上の興味も無かったし、白砂サンが食後の団らんで「当初の目標には届いた」と言っていたので、25メートルを "叫ばずに" 泳ぎ切ることが出来るようになったんだろう。
そんなこんなで夏休みが終わり、初登校日の翌日。
店の奥の、いつもは敬一クンが小学生達の勉強に使っている席で、今はシノさんとスバルが向かい合っている。
ミナトは学校に行っていて、スバルも朝一緒に登校したのだが、二時間ほど前に学校から「保護者が来い」と電話が掛かってきて、シノさんが出掛けていった。
そして、なんだか判らないまま、二人は向かい合って座っているという|訳《わけ》だ。
スバルはそこで、強情を張るみたいに自分のスニーカーのつま先をトントンしてるが、シノさんはいつも通りにダラダラしながら、タブレットでマンガを読んでいた。
店に客はおらず、俺はいつもの定位置に立って素知らぬ顔をしていたが、目以外の全ての神経が全部、そっちに向いている。
「柊一……怒らないの?」
しばらくして、とうとうスバルがしびれを切らしたみたいに口を開いた。
「なんか、怒られるコトしたんか?」
「してないよ!」
「なら、怒らンよ。ムダに怒るとムダに疲れるからのう」
シノさんの答えに、スバルはビックリしたようだ。
「だって、柊一は先生に謝ってたじゃん!」
「そりゃ、あの女教師がヒステリックにイライラしてたからだヨ。あーいうのには、関わらんほーがえーし、おまえの "保護者" の俺が頭下げときゃ、納得すんじゃろ」
「だって僕、あの先生に帰って反省しろって言われたんだよ?」
「何が原因で、そー言われたン?」
「それは……僕がクラスのヤツを殴ったからだと思う……」
「なんで殴ったン?」
「アイツが、ミナトの悪口を言うから、腹が立って……」
俺は、スバルの言葉にちょっと驚いた。
ミナトはスバルの謝罪を受け入れたあとも距離をとっていたし、スバルはそのことに微妙な不満を持っていたように見えていた。
だからそんなスバルが、ミナトをかばって誰かと諍うなんて、想像も出来なかったからだ。
「殴って後悔してるンか?」
「全然! だってアイツのほーが悪いモン!」
そのスバルの答えに、俺はなるほどと腑に落ちた。
顔はそっくりだが、ミナトとスバルは性格にかなりの違いが有る。
可愛げのないミナトは、人見知りで常に周りを冷めた目で観察している陰キャだが、それ故に慎重で軽率な発言などはしないし、危機管理能力も高い。
一方、開けっぴろげな陽キャのスバルは、自己主張が激しく放任されきったセレブの息子にありがちな、KYで自己中のケがあるが、同じ理由で物怖じをせずに率直な意見をハッキリと口に出して発言出来る。
アニメを見ている時の発言などからも、好むキャラクターはミナトがクールなサブキャラなら、スバルは熱血のメインキャラで、かなりの正義感だと憶測出来る。
つまり、ミナトを罵った同級生に対して、スバルはその "正義感" でもって腹を立てたのだろう。
「うむ。だが、ヒトツだけ訂正せねばならんな」
「なにを?」
「ミナトのコトをそんな|風《ふう》に言ったヤツに、ムカッとしたのは解る。ソイツを殴って後悔してないのも、俺は大いに賛同しちゃる。だが鉄拳は、教室でやっちゃイカン」
俺は慌てて振り返ると、シノさんに向かって言った。
「ちょっと、シノさん! そこは、殴っちゃダメって言うところだよねェ!」
「んなワケあるけェ。許せないヤツに制裁を加えたいと思ったら、やりゃエエんじゃ。ただし、うるせェ教師やチクリ屋の目に付くようなトコで、やっちゃイカン」
タブレットから顔を上げたシノさんは、得意の妖怪っぽい笑みを浮かべている。
「そうなの?」
「そんなワケないでしょっ!」
「そんなワケあるに決まってるじゃろ。それが証拠に、スバルは正義の鉄槌を下したのに、ヒスの女教師に怒られたではないか。ちゅーかそもそも、鉄拳制裁とゆーのは、二度と逆らってこないようにギッタギタにしたいんじゃない限り、夜道や人通りの少ない道で後ろから襲いかかり、顔を見られる前に脱兎の如く逃げる、ヒットエンドランが基本なのだ」
「僕、走るのは得意だけど、全然顔見られないで逃げるのは、ムリだと思う」
「いや、だから、それはやっちゃダメだから!」
スバルは先刻までの俯いた態度が嘘みたいに、シノさんの顔をキラキラした目で見つめていて、俺の訂正なんて全然聞いてない。
「タモンレンタロウ君は、うるせーなぁ」
「ケンカする前に、やるコトいっぱいあるよねぇっ? 話し合いとかっ!」
俺の意見に、シノさんは今度、呆れ顔で肩を竦めてみせる。
「あのなぁ、タモンレンタロウ君。話し合いちゅーのは、相手と自分と、それを公明正大に判定してくれる第三者が必要なんだぞ。じゃが、あのオンナキョーシは、既にワル〜イ刷り込みがされておる。スバルが正当な評価をもらうのは難しいのう」
「ワルイ刷り込み……?」
俺の問いかけに、シノさんは人差し指を立てて左右に振りながら、T-1000みたいに「チッチッチッ」と言った。
シノさんの態度から、俺はつけたくもない察しが付いてしまった。
なぜかというと、シノさんが手続きのために小学校に赴いた時に、職員室の空気が変にピリピリしていて、応対に出た担任ってのが箸にも棒にもかからない……って話を、事前に聞いていたからだ。
向こうの手続きをしたのはスバルの父の秘書だが、その人物とシノさんやホクトが直にやり取りをしていないので、学校側にどういう話をしたのか判らない。
ただ、職員室の様子からすると、スバルに直接関わりを持たないような教師にまで、 "警察沙汰のトラブルを起こして、私立の学校に居づらくなってしまったからこっちにきた" って話が、伝わっているっぽいとシノさんは言った。
ぽい……というのは、あくまでもシノさんの憶測だからだ。
最大の根拠は、シノさんが「なぜ、親族であるミナトとスバルが同じクラスに編入されているのか?」と問うたら、担任からの返事が「スバルがトラブルを起こしたらミナトがフォロー出来るだろう」的なものだったから。
元々学校やら教師やらってモノを敵だと思っているシノさんは、その担任の言葉によほど腹を立てているらしい。
簡単に言えば、|件《くだん》の女教師は、最初からスバルを一方的に "不良品" 認定しているから、話し合いなど持ったところで、それは単なるスバル糾弾の場になるだけってことなのだろう。
「僕も、やっつけちゃったほーがイイと思う!」
俺が返事に詰まってまごまごしている間に、別の意味で "ワルイ刷り込み" をされたスバルが、シノさんの意見に賛同の意を表してしまった。
「じゃが、スバルには無理だなぁ」
「なんで?」
シノさんは立ち上がると、座っているスバルの背後に回り、両手を持ってバンザイポーズを取らせた。
「見よ、この細腕をっ!」
「それって、誰に見せてるのよ?」
「スバル本人に決まっとろーが」
俺のツッコミに、シノさんは不満そうに返事をする。
「そんなに細いかなぁ?」
「マッチ棒のよーに、か細いのう。こんなんでは、ケンカは|出来《でけ》ん」
「でも、柊一だってコグマみたくマッチョじゃないじゃん」
「ケンカの極意を知っていれば、体格差は埋められるのじゃ」
「柊一は知ってるの?」
「当然、知っちる。てか、俺は百戦錬磨のツワモノだからナ。まずタイマン勝負をする時は、勝てる相手としかやっちゃイカンのだ」
「たいまんって、なに?」
「一対一のコトじゃな」
「じゃあ柊一は、コグマとはケンカしないの?」
「いくら筋肉があっても、性根がビビリではケンカには勝てん」
「どうやるの?」
「コグマが相手なら、最初に一発先制攻撃をブチかましておけばオッケーだナ。つまり、相手がビビリかどーかを見抜くのも、ケンカの極意のひとつなのじゃ」
「いや、それ、子供に教えちゃダメなやつ……」
ノリノリのシノさんが、俺なんか|眼中《がんちゅう》にあるはずもなく、俺は完全に蚊帳の外にされた。
「それがわかんなかったら、どうするの?」
「絶対勝利を狙うなら、人通りの少ない夜道で後ろから突然襲いかかり、反撃の隙を与えずにフルボッコだナ。スバルのよーな若輩では、一人ではココロモトナイので、ミナトと二人掛かりでやるほーが確実じゃろ。てか、すごく気になってるんじゃが、オマエは一体、ミナトがなんて言われて腹が立ったんじゃ?」
「アイツら、ミナトのコトを "ホモの子" とか言うんだもん。でも、ミナトはあんなヤツら|放《ほ》っとけって言って、僕に全然協力してくれなかったよ?」
「そんなら暴力には訴えず、スマホで向こうの失礼な発言を録音してきて、ネットに流すのがええんじゃね? 相手の親が著名人だった場合なんかは、一番効果があるぞ」
「えー、僕、そーいう卑怯な感じのはイヤだなぁ」
「どーしても自分のコブシで勝利を勝ち取りたいなら、まずはスバルがケンカに強くなるしかなかろ。まぁ、ケンカちゅーのはスポーツと違ってルール無用の勝てば官軍だが……。法に触れずに相手をギッタギタにするには、やっぱり下準備と根回しは必要だからナ。録音をリークするほーが簡単だと思うぞ」
「シノさん、その指導は|根本《こんぽん》から間違って……」
シノさんのメチャクチャなアドバイスを止めさせようとした俺は、ものすごく強張った顔で立っている白砂サンに気付き、口を噤んだ。
「おや、セイちゃん。どしたん?」
「スバル、今の話は本当かね? ミナトは、私の所為で "いじめ" にあっているのかね?」
「別に、聖一のせいじゃないよ。ミナトが転入してすぐの時、国語の時間に抜き打ちの漢字テストがあったんだって。それにミナトだけが100点取ったから、反感買ったみたい。でも書き取りの小テストなんて、私立じゃ毎日やってたし、必ず100点取るためにカテキョがいたんだもん。僕もそうだったし、ミナトも名古屋で同じようだったって、前に言ってた。クラスのヤツはそーいうの、全然解ってナイんだ。バカみたい」
「ミナトはうっかり、悪目立ちしちったんだなぁ」
そう言われても、いじめっ子の罵り言葉が "ホモの子" だったショックは、抜けないようだ。
白砂サンは、フラフラとこちらに歩み寄ると、シノさんの傍の椅子にペタンと座った。
「セイちゃん、子供はいざとなったら先祖がピテカントロプスだって言って、囃し立てるモンだよ。気にするな」
「私は、私自身が己の主義主張を如何様に詰られても、それは私自身のことであるし、相互理解が得られない者とは距離を置いたりすることで乗り越えてきた。だが、私の所為でミナトが詰られるのは、あまりにも理不尽だし、不憫だ」
「そんでも、アマミーの息子だった時より、セイちゃんの息子になってる今のほーが、ミナトはきっと幸せだから。気に病むでナイ。ハッキリ言うが、クラスメイトなんて人生のモブキャラのよーなモンだぜ。それにスバルにも言ったが、あんまり腹が立つのであれば、ギッタギタにするのを手伝うコトも出来るぞ」
「いや、それは、やっちゃダメでしょ」
「やるかやらぬかではない。やり遂げるのじゃ」
「そんなトコで|似非《エセ》ヨーダになっても、ダメなモンはダメっ!」
「ヘタレンは、そんなんだからヘタレンなんじゃぞ?」
「イマドキの学校は、暴力とかセクハラとか、ものすごくうるさいんだから! スバル、シノさんの言うことを真に受けちゃ絶対ダメだよ!」
「でも、ヘタレンが言ってるコトより、柊一が言ってるコトのほーが、スッキリする」
有言実行マイルールのシノさんは、ホクトへの宣言通りにスバルを洗脳して、見事に子分にしてしまったようだ。