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2.姉の奸計

ー/ー



 その日は、毎度おなじみの突発店休日だった。

 店を休みにすると、最近は白砂サンがペントハウスに来るのがパターン化している。
 シノさん的には、おやつや食事なんかの "お世話" を丸投げ出来る都合の良さがあるのだけど。
 白砂サン的には、みんなで遊ぶタイプのゲームや、ハマッたドラマの布教みたいな下心があるらしく、これはこれでウィンウィンな状態らしい。

 そこには俺もご相伴させて貰っていて、メシもゲームも堪能させて貰っている。
 そんなこんなで午前中を過ごし、昼にはシノさんリクエストの "とろとろ卵のオムライス" を食べた。

「おじゃまします」

 午後からも引き続き、ソファに並び、スマホで "モンスターを狩る" ゲームをしていたら、玄関が開く音がして、ホクトの声が聞こえた。

「どしたん、アマホク」

 一時停止を掛けて、俺達がそっちに顔を向けると、そこにはホクトとミナトが立っている。

「珍しい顔ぶれじゃの〜。帰りが一緒だったん? それにしちゃ、小学生はちぃと早すぎる気がすっけど」
「柊一、あの子はミナトではないよ」

 シノさんの問いにホクトが返事をするより早く、白砂サンが言った。

「えっ。ミナトじゃないのん?」
「はい。姉の子のスバルです。ほら、挨拶をしろ」

 ホクトに後頭部を押されたスバルは、勢いよくその手を振り払うと、ギッとホクトを睨みつける。

「うるさいっ、いちいち指図すんなっ!」
「こいつ、生意気な口を利くな」
「ホクト君、よしたまえ」

 スバルの頭にゲンコツを落とそうとしたホクトを、白砂サンが制止する。
 そして、いつの間にかゲームはきっちり終了されていて、俺があたふたしている間にスバルの背後へと周り、背負っていたリュックサックを降ろさせ、あれよあれよとグリーンのソファへエスコートして、座らせてしまっていた。

甥御(おいご)の話は、結局立ち消えにならなかったのかね?」
「今朝、急に電話をしてきて、東京駅に迎えに来いって呼び出されたんです」
「ほんで、姉はどしたん?」
「来てませんでした」
「ほほ〜う、ホクト姉、大胆だナ〜」

 そんな返事をしながらも、シノさんはニヤニヤしている。
 思うにシノさんは、ホクトの姉が適当なことを言って、ホクトに甥を押し付けるつもりになってるってことを、見越していたんだろう。

 一方、ホクトの言う通りかなり生意気盛りな様子を見せていたスバルだが、気付けば荷物を取り上げられ、ソファに座らされていたことにびっくりしたみたいに、キョロキョロ周りを見回していた。

「全く信じられませんよ! 電話口では、まるで親子で行くからみたいなことを言っていたのに! 駅に行ってみればスバルしか寄越してないし! 慌てて電話したら新学期までよろしくねの一言で、その後は俺の電話を着拒(ちゃっきょ)しているんですよっ?!」

 かなり頭にきている様子のホクトは、らしくない乱暴な仕草で座った。

「えっ、それじゃあ今日から9月まで、ホクト君が預かることになっちゃったの?」
「冗談じゃありません! 姉がどうしても電話に出ないなら、神戸に電話して義兄(にい)さんにねじ込みます!」
「アマホクの気持ちもワカルが、そう怒るナ。いきなり甥っ子を任されたアマホクもショックだろうが、いきなり叔父サンにおっつけられたスバルだってショックだろ?」
「なんで僕、知らないオジサンに呼び捨てにされてるの?」

 ようやくビックリが抜けたのか、スバルがシノさんに突っかかった。

「スバルっ! 失礼だろっ!」
「なんだよ、そっちが先に失礼なんじゃないかっ!」
「なかなか愉快なオコサマじゃんか、スバル!」

 オジサン呼ばわりされても、シノさんは微塵も動じてない。
 それどころかスバルの背中をバンバン叩いて、(おお)ウケしていた。

§

「母上とは、神戸駅で別れたのかね?」
「ママは名古屋駅まで送ってくれた。昨日まで、おばあちゃんのところにいたから」
「では、名古屋から一人で新幹線に乗って来たのかね?」
「……うん」
「ふむ。一人で名古屋から東京まで、新幹線での旅では緊張しただろう。ジュースとお茶があるが、どちらかを飲むかね?」
「……じゃあジュース」
「ジュースはオレンジとアップルがあるが、どちらにするかね?」
「アップル」
「解った」

 そう言って、白砂サンはキッチンに向かいスバルのためのパイとジュースを持ってきた。

「さあ、待たせたな。アップルジュースとおやつだ」

 白砂サンは、氷の浮いたグラスにぐるぐるの渦巻きストローを刺し、コースターを置いたところにグラスを設置すると、その隣にアップルパイの皿を置いた。

「このパイはまだ熱いから、気をつけて食べなさい」

 今日のおやつはシノさんがアップルパイをリクエストしてあった。
 故にキッチンには、粗熱を取るためにアップルパイが置いてあったのだ。
 隣に添えられたアイスクリームが、パイの熱で既にトロッと溶け始めている。

「うわあ〜、うまそう!」
「うまそうなんてものではナイ、セイちゃんのアップルパイは、超絶品なのだ。アイスもきっと手作りだぞ」

 うむうむと頷くシノさんは、右手でテーブルを叩いて、自分の分を催促している。

「おやつではなかったのかね?」
「そんなん見せられて、黙っておれるほど、俺の腹は大人しくないのだよ」

 ニシシと笑ったシノさんから、白砂サンは俺とホクトに視線を移す。

「君達は?」
「あ、いただきます」
「お願いします」
「解った、用意しよう」

 白砂サンはキッチンに戻って四人分のアップルパイとお茶の用意をして戻ってくると、自分の席に座った。

「私は白砂聖一、聖一と呼んで構わないよ」
「僕は天宮(すばる)。聖一はスバルって呼んで良いよ」
「光栄だな」
「オジサンは東雲柊一。尊敬を込めてオニイサマと呼んで良いぞよ」
「なにそれ、変なの!」
「むう、シャレの通じぬ子だな。では、柊一と呼べい。そっちに座ってるのはヘタレンだ」
「ヘタレン? 変な名前っ!」
「柊一、第一印象は大事だぞ。そちらは多聞蓮太郎(れんたろう)(くん)だ。スバルがこのメゾン・マエストロに滞在するのならば、柊一も多聞君も、もちろんホクト君とも付き合っていかねばならない。自分の居心地を良くしたいと思っているのならば、相手の気に障るような言動は、懇意になるまで控えた方が良い」

 白砂サンの話を聞いているのかいないのか、スバルはアップルパイをでっかい口を開けてパクパク食べていて、返事をしない。

「聖一、来てる……?」

 玄関の開閉音に続いて、トーンの高い少年の声がした。

「ミナト、私は此処に居るよ」

 呼び掛けに白砂サンが答えると、リビングの扉が開く。
 こちらを見たミナトは、パッと頬を紅潮させてタタッと中へ駆け込むと、白砂サンの隣にストンと座った。

「おかえり、ミナト。今日は、どうだったかね?」
「いつも通りだよ」

 そこでミナトは、ジッと自分を見ているスバルに気付いた。

「ミナト、こちらはホクト君の甥御(おいご)の、スバル(くん)だ。ミナトと同学年で、ミナトから見ると……、ホクト君がミナミのイトコとなると、ホクト君の姉上もイトコだね?」
「マタイトコとかかのう? そーいうのは、ネットで調べた方が早いンじゃね?」
「そうですね。ええっと、ミナトから見ると親のイトコの子供……と。マタイトコもしくはハトコですね」

 スマホを取り出し、ササッと検索してホクトが頷いた。

「オマエがミナミの子?」

 アップルパイを頬張りながら、スバルがミナトに言う。

「そうだよ」

 ちょっと物怖じしたように白砂サンの影に隠れながら、ミナトが答えた。

「じゃあオマエがママの言ってた、いらない子?」

 スバルの言葉に、ミナトは顔をカッと赤く染めて、立ち上がろうとする。
 だが、ミナトの衝動はミナトの肩に手を回して、守るようにギュッと抱きしめた白砂サンの両腕に阻まれた。

§

「スバル。ミナトは私の大事な子だ。いらない子などという言葉で、ミナトを傷付けるのは()めてくれたまえ」

 白砂サンは、ミナトの肩を抱いたまま、その手でミナトの二の腕やら肩やらをそっと撫でている。
 それはもう、スバルの言葉に傷付いたであろうミナトの心の痛みを、取り去ろうとするかのように見えた。
 ミナトはかなり冷めた子供だし、祖母と母親が過干渉だったことを考えると、散々言葉の暴力に晒されて来ただろうから、そういう場合の気持ちの対処法が身に付いているとは思う。
 でもやっぱり、言われれば傷付くのは当たり前で、白砂サンにピッタシくっついている。

「だって、ミナミのいらない子だって、ママが言ったから」
「それを言ったら、おまえだって "いらない子" だろ」
「ホクト君、いらない子などという言葉を、軽率に口にするのは止めたまえ」
「あ、はい。すみません」
「私に謝る必要は無い。謝罪はスバルに言いたまえ」
「えっと、ごめんな、スバル」

 ホクトは言い張ることもせず、素直にスバルに謝罪した。
 そもそもホクトはセレブのボンボンで礼儀正しく、性格も素直だ。
 もっともキャンパスチームは運動部仕込みの "年功序列" ってやつが染み付いていて、メゾンの専制君主たるシノさんや、そのシノさんに物言いが出来る白砂サンに逆らわないが。

 ホクトの場合、シノさんが "エビセン推し" を公言する中、自分贔屓を表明してくれている白砂サンを、殊更支持している傾向がある。
 だがそんな裏事情を知らないスバルは、自分の発言を否定してきた白砂サンと、自分を(なじ)ったホクトに対し、少し膨れたような顔をした。

「スバル、荷物はリュックサックの他に、何か持たされたかね?」
「ううん、これだけ」
「そのリュックサックの中身を、見せてもらっても構わないかな?」

 ミナトが登場するまでは、たぶんスバルはこの面子の中で白砂サンに一番気を許していたのだろうが、白砂サンの最優先がミナトであることに気付いたらしく、微妙に距離を取っているようだった。
 だが、白砂サンに反抗的な態度を取るまでには至っていないようで、白砂サンが手を差し出すと、黙ってリュックを渡している。

「ふむ。この様子だと、二泊三日程度の備えだな」
「きしめんとか、ういろうとか入ってないんかい?」
「下着と着替えとパジャマだけだね。ありがとう、スバル」

 白砂サンは中身をきちんと元に戻してから、スバルに礼を言った。

「子供を寄越すのに、手土産のひとつも持たさんとは、なかなかしわい(・・・)ネーチャンじゃのう」
「すみません」
「じゃが、二泊三日分の着替えしか持たせずに、どーやって9月まで滞在させるつもりなんだろか?」
「荷物は別に、送ってきている可能性もあるからね。どちらにせよ、ホクト君が姉上ときちんと話し合いをせねば、なにも解らない状況ではあるな」

 着拒(ちゃっきょ)されてんのに、どうやって話し合いを? とは思ったが。
 天宮家はセレブだから、日用品ぐらい買い与えれば問題ないと思ってんじゃなかろうか? と、俺は思った。

「ま、今晩のお泊りが出来るよーだし、問題はどこに泊まらせるか……だな」
「俺の部屋には、スバルを泊まらせるような余裕はありません。それに、子供を泊めるなんて言ったら、海老坂にどれほど苦情を言われるか……。なにがなんでも、今日中に迎えに来てもらう(ほう)が、現実的では?」
「ホクト君の気持ちも理解出来るが、キャッチボールのように東京名古屋間を往復させられては、スバルが疲れてしまうよ」
「んだな。それにせっかく東京まで来たんじゃもん、東京見物したいよなぁ、スバル?」
「別に、東京なんて見ても面白くないよ」

 やや拗ねてしまった様子のスバルは、おやつを食べ終えてつまらなそうにソファの背もたれに寄りかかっていた。

§

「むう。ホントーにノリの悪いやっちゃな」

 シノさんはちょっと考えるような顔をしたあと、ニッといつものチシャ猫の微笑みを浮かべ、いきなりスバルの脇の下に両手を突っ込んだ。

「なにすんだよー!」
「ええい、無駄な抵抗はやめい!」

 クリクリとくすぐられて、スバルはうひゃうひゃと笑い出した。

「あーーーっ! やーーーだーーーっ!」
「俺の子分になると誓わぬ限り、止めないぞよ〜〜」
「うえ〜〜! わーかった! なーるーぅ! なるってばぁ!」
「子分は絶対服従だぞよ? 逆らったら、くすぐりの刑だからな」
「わーかったぁ! もー、やーめーっ!」

 シノさんが手を離すと、スバルは大きく息をした。

「じゃ、スバル。もっかい聞くが、せっかく東京まで来たんじゃから、こっちで色々遊んでから帰りたいよな?」
「……うん」

 渋々といった顔で、スバルは頷いた。

「ん、よし。ではミナト!」

 シノさんはいきなり、ミナトにビシっと人差し指を向ける。

「な……なに?」
「赤ビルの中を、オマエが案内してやれい」
「ええっ、僕っ?」
「んだ。大人は大人の話し合いがあるけんのう。ほれ、キビキビ行かんかい」
「ん〜……、ワカッタ……」

 ものすごく気が進まない様子だったが、白砂サンに背中をポンポンと叩かれてミナトは渋々立ち上がった。
 そしてこっちもまたあんまり気が進まない様子でシノさんに立ち上がるように促されたスバルは、ミナトと連れ立ってリビングを出ていく。

「しかし君の親族は、揃って子育てに不向きなようだな」

 子供達の背中を見送ったところで、白砂サンが言った。
 過干渉の末にネグレクトされた南の息子の面倒を見ている白砂サンからの一言は、ど真ん中な上に痛烈だ。

「すみません……」

 ホクトが恐縮して謝った。

「しかしそれを踏まえて、私はスバルをメゾンに滞在させるべきだと思う」
「ええっ? そんな姉を増長させるようなことを言ったら、そのまま学校もこっちでとかって、言い出すかもしれませんよ?」
「あくまで私の主観だが、それはそれで構わないと思う。柊一の意見は?」
「ん〜、正直ムズカシイ話じゃの〜う。こっちで預かるって言えば、アマホクの言うとーりにネーチャンをつけ上がらせちうかもしれんが。でぃも、ふざけんなつってスバルをネーチャンとこにおっ返したところで、私立の寄宿学校とかに放り込んじゃうだけだろ」
「だが、そのようなことをされたら、スバルは反社会的な思想に染まって、ゴロツキやならず者になってしまうかもしれない」

 白砂サンは自分がいわゆる虐待サバイバーだから、傷付けられている子供には救済の手を差し伸べたいタイプだ。
 そしてシノさんは、ガキの頃から背徳の香りが漂うような、ロクデモナイ履歴を積み上げてきてて、白砂サンとは違う意味で、チビッコが道を踏み外すのを嫌っている。
 不思議なぐらい、白砂サンとシノさんは真逆の位置に立っているのに、結果として同じ行動と言うか、全く別のルートを取って同じ結論に辿り着く傾向がある。

 つまるところシノさんも白砂サンも、スバルが親に疎まれている話を聞いた時から、赤ビルで預かって面倒を見てやる覚悟のようなものを持っていたのだろう。
 そして、そのつもりがあったからこそ、ミナトとスバルを(わざ)と二人きりにしたに違いない。
 今後、スバルが本当にメゾンで暮らすとなったら、歳が同じミナトは嫌でもスバルと過ごす時間が長くなる。
 ある程度の摺り合わせや折衝の緩和は手助けしてやることも出来るが、最終的に相手との折り合いを付けられるのは、本人同士でしか無い。
 シノさんにしろ白砂サンにしろ、どちらもそれが良く解っている。
 オマケにこの二人は、微妙に教育方針がスパルタな傾向があるのだ。

「でも、俺の家の問題で迷惑を掛ける訳には……」
「え〜、アレもう、俺の子分だよ? 返さないよ?」
「しかし、俺はまだ学生だし、部屋にスバルを置く余裕もありませんし……」
「そもそもそちらの部屋には、敬一が "お勉強" をしに通っている。小学生が暮らせる環境とは言い難い」
「ん〜、ペントハウスにいさせりゃ、いいんじゃね? 子分だし」
「そんな、いいんですか?」
「いーよ。ネーチャンに電話して、恩着せがましく預かってやるって言っときな。俺が子分として、しっかり洗脳してやっから」

 シノさんは、なんとも悪魔的な顔でニヒヒと笑っている。

「解りました」
「ホクト君。子供一人とはいえ、ここはホテルではない。相応の家賃と生活費など、きちんと請求しておきたまえ」
「はい、そうします。じゃあ、本当に申し(わけ)ありませんが、よろしくお願いします」

 そう言って、ホクトは立ち上がると深々と頭を下げた。


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 その日は、毎度おなじみの突発店休日だった。
 店を休みにすると、最近は白砂サンがペントハウスに来るのがパターン化している。
 シノさん的には、おやつや食事なんかの "お世話" を丸投げ出来る都合の良さがあるのだけど。
 白砂サン的には、みんなで遊ぶタイプのゲームや、ハマッたドラマの布教みたいな下心があるらしく、これはこれでウィンウィンな状態らしい。
 そこには俺もご相伴させて貰っていて、メシもゲームも堪能させて貰っている。
 そんなこんなで午前中を過ごし、昼にはシノさんリクエストの "とろとろ卵のオムライス" を食べた。
「おじゃまします」
 午後からも引き続き、ソファに並び、スマホで "モンスターを狩る" ゲームをしていたら、玄関が開く音がして、ホクトの声が聞こえた。
「どしたん、アマホク」
 一時停止を掛けて、俺達がそっちに顔を向けると、そこにはホクトとミナトが立っている。
「珍しい顔ぶれじゃの〜。帰りが一緒だったん? それにしちゃ、小学生はちぃと早すぎる気がすっけど」
「柊一、あの子はミナトではないよ」
 シノさんの問いにホクトが返事をするより早く、白砂サンが言った。
「えっ。ミナトじゃないのん?」
「はい。姉の子のスバルです。ほら、挨拶をしろ」
 ホクトに後頭部を押されたスバルは、勢いよくその手を振り払うと、ギッとホクトを睨みつける。
「うるさいっ、いちいち指図すんなっ!」
「こいつ、生意気な口を利くな」
「ホクト君、よしたまえ」
 スバルの頭にゲンコツを落とそうとしたホクトを、白砂サンが制止する。
 そして、いつの間にかゲームはきっちり終了されていて、俺があたふたしている間にスバルの背後へと周り、背負っていたリュックサックを降ろさせ、あれよあれよとグリーンのソファへエスコートして、座らせてしまっていた。
「|甥御《おいご》の話は、結局立ち消えにならなかったのかね?」
「今朝、急に電話をしてきて、東京駅に迎えに来いって呼び出されたんです」
「ほんで、姉はどしたん?」
「来てませんでした」
「ほほ〜う、ホクト姉、大胆だナ〜」
 そんな返事をしながらも、シノさんはニヤニヤしている。
 思うにシノさんは、ホクトの姉が適当なことを言って、ホクトに甥を押し付けるつもりになってるってことを、見越していたんだろう。
 一方、ホクトの言う通りかなり生意気盛りな様子を見せていたスバルだが、気付けば荷物を取り上げられ、ソファに座らされていたことにびっくりしたみたいに、キョロキョロ周りを見回していた。
「全く信じられませんよ! 電話口では、まるで親子で行くからみたいなことを言っていたのに! 駅に行ってみればスバルしか寄越してないし! 慌てて電話したら新学期までよろしくねの一言で、その後は俺の電話を|着拒《ちゃっきょ》しているんですよっ?!」
 かなり頭にきている様子のホクトは、らしくない乱暴な仕草で座った。
「えっ、それじゃあ今日から9月まで、ホクト君が預かることになっちゃったの?」
「冗談じゃありません! 姉がどうしても電話に出ないなら、神戸に電話して|義兄《にい》さんにねじ込みます!」
「アマホクの気持ちもワカルが、そう怒るナ。いきなり甥っ子を任されたアマホクもショックだろうが、いきなり叔父サンにおっつけられたスバルだってショックだろ?」
「なんで僕、知らないオジサンに呼び捨てにされてるの?」
 ようやくビックリが抜けたのか、スバルがシノさんに突っかかった。
「スバルっ! 失礼だろっ!」
「なんだよ、そっちが先に失礼なんじゃないかっ!」
「なかなか愉快なオコサマじゃんか、スバル!」
 オジサン呼ばわりされても、シノさんは微塵も動じてない。
 それどころかスバルの背中をバンバン叩いて、|大《おお》ウケしていた。
§
「母上とは、神戸駅で別れたのかね?」
「ママは名古屋駅まで送ってくれた。昨日まで、おばあちゃんのところにいたから」
「では、名古屋から一人で新幹線に乗って来たのかね?」
「……うん」
「ふむ。一人で名古屋から東京まで、新幹線での旅では緊張しただろう。ジュースとお茶があるが、どちらかを飲むかね?」
「……じゃあジュース」
「ジュースはオレンジとアップルがあるが、どちらにするかね?」
「アップル」
「解った」
 そう言って、白砂サンはキッチンに向かいスバルのためのパイとジュースを持ってきた。
「さあ、待たせたな。アップルジュースとおやつだ」
 白砂サンは、氷の浮いたグラスにぐるぐるの渦巻きストローを刺し、コースターを置いたところにグラスを設置すると、その隣にアップルパイの皿を置いた。
「このパイはまだ熱いから、気をつけて食べなさい」
 今日のおやつはシノさんがアップルパイをリクエストしてあった。
 故にキッチンには、粗熱を取るためにアップルパイが置いてあったのだ。
 隣に添えられたアイスクリームが、パイの熱で既にトロッと溶け始めている。
「うわあ〜、うまそう!」
「うまそうなんてものではナイ、セイちゃんのアップルパイは、超絶品なのだ。アイスもきっと手作りだぞ」
 うむうむと頷くシノさんは、右手でテーブルを叩いて、自分の分を催促している。
「おやつではなかったのかね?」
「そんなん見せられて、黙っておれるほど、俺の腹は大人しくないのだよ」
 ニシシと笑ったシノさんから、白砂サンは俺とホクトに視線を移す。
「君達は?」
「あ、いただきます」
「お願いします」
「解った、用意しよう」
 白砂サンはキッチンに戻って四人分のアップルパイとお茶の用意をして戻ってくると、自分の席に座った。
「私は白砂聖一、聖一と呼んで構わないよ」
「僕は天宮|昴《すばる》。聖一はスバルって呼んで良いよ」
「光栄だな」
「オジサンは東雲柊一。尊敬を込めてオニイサマと呼んで良いぞよ」
「なにそれ、変なの!」
「むう、シャレの通じぬ子だな。では、柊一と呼べい。そっちに座ってるのはヘタレンだ」
「ヘタレン? 変な名前っ!」
「柊一、第一印象は大事だぞ。そちらは多聞|蓮太郎《れんたろう》|君《くん》だ。スバルがこのメゾン・マエストロに滞在するのならば、柊一も多聞君も、もちろんホクト君とも付き合っていかねばならない。自分の居心地を良くしたいと思っているのならば、相手の気に障るような言動は、懇意になるまで控えた方が良い」
 白砂サンの話を聞いているのかいないのか、スバルはアップルパイをでっかい口を開けてパクパク食べていて、返事をしない。
「聖一、来てる……?」
 玄関の開閉音に続いて、トーンの高い少年の声がした。
「ミナト、私は此処に居るよ」
 呼び掛けに白砂サンが答えると、リビングの扉が開く。
 こちらを見たミナトは、パッと頬を紅潮させてタタッと中へ駆け込むと、白砂サンの隣にストンと座った。
「おかえり、ミナト。今日は、どうだったかね?」
「いつも通りだよ」
 そこでミナトは、ジッと自分を見ているスバルに気付いた。
「ミナト、こちらはホクト君の|甥御《おいご》の、スバル|君《くん》だ。ミナトと同学年で、ミナトから見ると……、ホクト君がミナミのイトコとなると、ホクト君の姉上もイトコだね?」
「マタイトコとかかのう? そーいうのは、ネットで調べた方が早いンじゃね?」
「そうですね。ええっと、ミナトから見ると親のイトコの子供……と。マタイトコもしくはハトコですね」
 スマホを取り出し、ササッと検索してホクトが頷いた。
「オマエがミナミの子?」
 アップルパイを頬張りながら、スバルがミナトに言う。
「そうだよ」
 ちょっと物怖じしたように白砂サンの影に隠れながら、ミナトが答えた。
「じゃあオマエがママの言ってた、いらない子?」
 スバルの言葉に、ミナトは顔をカッと赤く染めて、立ち上がろうとする。
 だが、ミナトの衝動はミナトの肩に手を回して、守るようにギュッと抱きしめた白砂サンの両腕に阻まれた。
§
「スバル。ミナトは私の大事な子だ。いらない子などという言葉で、ミナトを傷付けるのは|止《や》めてくれたまえ」
 白砂サンは、ミナトの肩を抱いたまま、その手でミナトの二の腕やら肩やらをそっと撫でている。
 それはもう、スバルの言葉に傷付いたであろうミナトの心の痛みを、取り去ろうとするかのように見えた。
 ミナトはかなり冷めた子供だし、祖母と母親が過干渉だったことを考えると、散々言葉の暴力に晒されて来ただろうから、そういう場合の気持ちの対処法が身に付いているとは思う。
 でもやっぱり、言われれば傷付くのは当たり前で、白砂サンにピッタシくっついている。
「だって、ミナミのいらない子だって、ママが言ったから」
「それを言ったら、おまえだって "いらない子" だろ」
「ホクト君、いらない子などという言葉を、軽率に口にするのは止めたまえ」
「あ、はい。すみません」
「私に謝る必要は無い。謝罪はスバルに言いたまえ」
「えっと、ごめんな、スバル」
 ホクトは言い張ることもせず、素直にスバルに謝罪した。
 そもそもホクトはセレブのボンボンで礼儀正しく、性格も素直だ。
 もっともキャンパスチームは運動部仕込みの "年功序列" ってやつが染み付いていて、メゾンの専制君主たるシノさんや、そのシノさんに物言いが出来る白砂サンに逆らわないが。
 ホクトの場合、シノさんが "エビセン推し" を公言する中、自分贔屓を表明してくれている白砂サンを、殊更支持している傾向がある。
 だがそんな裏事情を知らないスバルは、自分の発言を否定してきた白砂サンと、自分を|詰《なじ》ったホクトに対し、少し膨れたような顔をした。
「スバル、荷物はリュックサックの他に、何か持たされたかね?」
「ううん、これだけ」
「そのリュックサックの中身を、見せてもらっても構わないかな?」
 ミナトが登場するまでは、たぶんスバルはこの面子の中で白砂サンに一番気を許していたのだろうが、白砂サンの最優先がミナトであることに気付いたらしく、微妙に距離を取っているようだった。
 だが、白砂サンに反抗的な態度を取るまでには至っていないようで、白砂サンが手を差し出すと、黙ってリュックを渡している。
「ふむ。この様子だと、二泊三日程度の備えだな」
「きしめんとか、ういろうとか入ってないんかい?」
「下着と着替えとパジャマだけだね。ありがとう、スバル」
 白砂サンは中身をきちんと元に戻してから、スバルに礼を言った。
「子供を寄越すのに、手土産のひとつも持たさんとは、なかなか|しわい《・・・》ネーチャンじゃのう」
「すみません」
「じゃが、二泊三日分の着替えしか持たせずに、どーやって9月まで滞在させるつもりなんだろか?」
「荷物は別に、送ってきている可能性もあるからね。どちらにせよ、ホクト君が姉上ときちんと話し合いをせねば、なにも解らない状況ではあるな」
 |着拒《ちゃっきょ》されてんのに、どうやって話し合いを? とは思ったが。
 天宮家はセレブだから、日用品ぐらい買い与えれば問題ないと思ってんじゃなかろうか? と、俺は思った。
「ま、今晩のお泊りが出来るよーだし、問題はどこに泊まらせるか……だな」
「俺の部屋には、スバルを泊まらせるような余裕はありません。それに、子供を泊めるなんて言ったら、海老坂にどれほど苦情を言われるか……。なにがなんでも、今日中に迎えに来てもらう|方《ほう》が、現実的では?」
「ホクト君の気持ちも理解出来るが、キャッチボールのように東京名古屋間を往復させられては、スバルが疲れてしまうよ」
「んだな。それにせっかく東京まで来たんじゃもん、東京見物したいよなぁ、スバル?」
「別に、東京なんて見ても面白くないよ」
 やや拗ねてしまった様子のスバルは、おやつを食べ終えてつまらなそうにソファの背もたれに寄りかかっていた。
§
「むう。ホントーにノリの悪いやっちゃな」
 シノさんはちょっと考えるような顔をしたあと、ニッといつものチシャ猫の微笑みを浮かべ、いきなりスバルの脇の下に両手を突っ込んだ。
「なにすんだよー!」
「ええい、無駄な抵抗はやめい!」
 クリクリとくすぐられて、スバルはうひゃうひゃと笑い出した。
「あーーーっ! やーーーだーーーっ!」
「俺の子分になると誓わぬ限り、止めないぞよ〜〜」
「うえ〜〜! わーかった! なーるーぅ! なるってばぁ!」
「子分は絶対服従だぞよ? 逆らったら、くすぐりの刑だからな」
「わーかったぁ! もー、やーめーっ!」
 シノさんが手を離すと、スバルは大きく息をした。
「じゃ、スバル。もっかい聞くが、せっかく東京まで来たんじゃから、こっちで色々遊んでから帰りたいよな?」
「……うん」
 渋々といった顔で、スバルは頷いた。
「ん、よし。ではミナト!」
 シノさんはいきなり、ミナトにビシっと人差し指を向ける。
「な……なに?」
「赤ビルの中を、オマエが案内してやれい」
「ええっ、僕っ?」
「んだ。大人は大人の話し合いがあるけんのう。ほれ、キビキビ行かんかい」
「ん〜……、ワカッタ……」
 ものすごく気が進まない様子だったが、白砂サンに背中をポンポンと叩かれてミナトは渋々立ち上がった。
 そしてこっちもまたあんまり気が進まない様子でシノさんに立ち上がるように促されたスバルは、ミナトと連れ立ってリビングを出ていく。
「しかし君の親族は、揃って子育てに不向きなようだな」
 子供達の背中を見送ったところで、白砂サンが言った。
 過干渉の末にネグレクトされた南の息子の面倒を見ている白砂サンからの一言は、ど真ん中な上に痛烈だ。
「すみません……」
 ホクトが恐縮して謝った。
「しかしそれを踏まえて、私はスバルをメゾンに滞在させるべきだと思う」
「ええっ? そんな姉を増長させるようなことを言ったら、そのまま学校もこっちでとかって、言い出すかもしれませんよ?」
「あくまで私の主観だが、それはそれで構わないと思う。柊一の意見は?」
「ん〜、正直ムズカシイ話じゃの〜う。こっちで預かるって言えば、アマホクの言うとーりにネーチャンをつけ上がらせちうかもしれんが。でぃも、ふざけんなつってスバルをネーチャンとこにおっ返したところで、私立の寄宿学校とかに放り込んじゃうだけだろ」
「だが、そのようなことをされたら、スバルは反社会的な思想に染まって、ゴロツキやならず者になってしまうかもしれない」
 白砂サンは自分がいわゆる虐待サバイバーだから、傷付けられている子供には救済の手を差し伸べたいタイプだ。
 そしてシノさんは、ガキの頃から背徳の香りが漂うような、ロクデモナイ履歴を積み上げてきてて、白砂サンとは違う意味で、チビッコが道を踏み外すのを嫌っている。
 不思議なぐらい、白砂サンとシノさんは真逆の位置に立っているのに、結果として同じ行動と言うか、全く別のルートを取って同じ結論に辿り着く傾向がある。
 つまるところシノさんも白砂サンも、スバルが親に疎まれている話を聞いた時から、赤ビルで預かって面倒を見てやる覚悟のようなものを持っていたのだろう。
 そして、そのつもりがあったからこそ、ミナトとスバルを|態《わざ》と二人きりにしたに違いない。
 今後、スバルが本当にメゾンで暮らすとなったら、歳が同じミナトは嫌でもスバルと過ごす時間が長くなる。
 ある程度の摺り合わせや折衝の緩和は手助けしてやることも出来るが、最終的に相手との折り合いを付けられるのは、本人同士でしか無い。
 シノさんにしろ白砂サンにしろ、どちらもそれが良く解っている。
 オマケにこの二人は、微妙に教育方針がスパルタな傾向があるのだ。
「でも、俺の家の問題で迷惑を掛ける訳には……」
「え〜、アレもう、俺の子分だよ? 返さないよ?」
「しかし、俺はまだ学生だし、部屋にスバルを置く余裕もありませんし……」
「そもそもそちらの部屋には、敬一が "お勉強" をしに通っている。小学生が暮らせる環境とは言い難い」
「ん〜、ペントハウスにいさせりゃ、いいんじゃね? 子分だし」
「そんな、いいんですか?」
「いーよ。ネーチャンに電話して、恩着せがましく預かってやるって言っときな。俺が子分として、しっかり洗脳してやっから」
 シノさんは、なんとも悪魔的な顔でニヒヒと笑っている。
「解りました」
「ホクト君。子供一人とはいえ、ここはホテルではない。相応の家賃と生活費など、きちんと請求しておきたまえ」
「はい、そうします。じゃあ、本当に申し|訳《わけ》ありませんが、よろしくお願いします」
 そう言って、ホクトは立ち上がると深々と頭を下げた。