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1.天宮家の姉弟

ー/ー



 俺がペントハウスの玄関を開けると、中から話し声が聞こえた。

「おはよー、シノさん」
「おっはー、レン」
「おはようございます、多聞さん」

 俺の予想に反し、そこにはシノさんと白砂サンの他にホクトがいた。

「あれ、天宮クン? 学校どうしたの?」
「ちょっと、東雲さんと白砂さんに相談したいことがありまして」
「んじゃ、俺、遠慮しようか?」
「いえ、ついでですから、一緒に聞いて下さい」

 朝メシ目当ての俺としては、ダイニングでこそっと食って逃げたかったが……。
 引き止められてしまったので、諦めて二人の座るグリーンのソファに腰を下ろす。
 ちょうどそこへ、キッチンから白砂サンがトレーを持ってやってきた。

「おや、多聞君、おはよう」
「あ、おはようございます」

 トレーにはシノさん、ホクト、白砂サンの専用マグが並んでいる。
 最初のホクトの様子からも察していたが、どうやら俺は完全に()の悪いタイミングで来たらしい。

「セイちゃん、レンは朝メシがまだなんよ」
「うむ、解っている。すまないホクト君、少し待ってくれたまえ」

 そう言って、白砂サンはキッチンに俺の朝食を作りに戻っていった。

「ごめん、タイミング悪かったみたいだね」
「いえ、どうせ話の成り行き次第では、全員に話を聞いてもらうことになりますから……」

 元々セレブのお坊ちゃん的な礼儀正しいホクトだが、いつにも増して恐縮しているように見えた。
 そうこうするうちに白砂サンが戻ってきて、俺の前にトレーを置く。
 オムレツにポパイベーコン、炙ったトマトとヤングコーン、ハッシュドポテト。さらに缶みかんとキウイのヨーグルトソースがけ、トーストとコーヒーまで揃った、まるでシティホテルの朝食みたいな一皿だ。

「お手数掛けて、すんません」
「構わんよ。それでは、ホクト君の相談とやらを聞こう」

 白砂サンは腰を落ち着けると、ホクトに促した。

「あ、はい。実は、俺の姉がですね」
「姉っちゅーと、お人形をコレクションしてるんだっけか?」
「いえ、それは妹の美月(ミヅキ)です」
「えっ、妹の他に姉も居たんかい?」
「ええ。姉の葉月(ハヅキ)は、ちょっと歳が離れてまして。神戸支社の取締役と結婚をして、正月と冠婚葬祭の時ぐらいにしか帰ってこないから、話に出なかったかもしれません」
「ほほ〜う。んで、その姉がどーしたって?」
「それが先日、息子がトラブルを起こしたと言って、母のところへ泣きついたらしいんです」
「ねーちゃん、息子いんの?」
「はい。8歳になる一人息子が居るんです」
「今年8歳……ということは、ミナトとひとつ違いだね」
「ああ、でも同学年なんじゃないかな? 小3だって言ってましたから」
「んで、その小3の8歳が、どんなトラブル起こしたんじゃい」
「万引きです」
「え? 天宮君の実家って、お金持ちでしょ? お小遣いあげてないとか、ナイよねぇ?」

 俺の疑問に、シノさんも頷いている。

「多聞君、物品が欲しくて万引きする子供は稀だよ」

 ホクトより先に、白砂サンが答えた。

「なにそれ?」
「子供の万引きは、ゲーム感覚で盛り上がった仲間同士の空気に流されるか、あるいはいじめで強要されるなどの、子供同士のトラブルが原因の場合と、親の注意が引きたいが故に軽犯罪を犯す場合の、どちらかがほとんどだよ」
「セイちゃん、詳しいのう」
「そういう事例を、散々見たので知っているだけだ」

 なんでそんな事例を見知ってるのか? と一瞬思ったが、ホクトの話はまだ途中だ。
 俺は質問を飲み込んだ。

「じゃあ天宮クンの甥もそうだったの?」
「さあ……? 万引きの話は、母を介した又聞きなので、詳細は知りません。甥のスバルは元々やんちゃな性格をしているんですが、小学校に上がってからはやんちゃを通り越して手がつけられなくなったらしくて。姉は度々学校に呼び出されては母に愚痴をこぼしていたようです」
「ほっほー、そんで今回、万引きで警察沙汰にまでなったとか?」
「お察しの通り、とうとう警察に呼び出されたと言って、それで母に泣きついてきて。結局、先方とは示談が成立したようですが、姉はすっかり嫌気が差してしまったようで、母にスバルを預かってくれって言ってきたんです」
「でぃも、姉の息子を実家で預かるなら、アマホクがどう関係あるん?」
「それが、母も面倒を押し付けられるのが嫌で、(ことわ)ってしまって」

 返された答えに、シノさんは呆れ顔になる。

「それで本題の相談なんですが。実は昨晩、姉から直接電話がありまして」
「ほ〜。姉は今度、アマホクをタゲってきたんか? てか、小学生を一人暮らしの大学生に預けようっての?」
「そこまで無茶なら即切りするんですけど……避難したいから東京に出る、みたいな話で」
「そんじゃ、その世話をアマホクにしろと?」
「正直、姉の話はかなり支離滅裂なんですよ。最初は『南の所に同じ年頃の子供がいるなら、そこに預ければ手間が省けるだろう』とか言い出して」
「そら、スゲー」

 俺達のような赤の他人ならともかく、ホクトの姉なら親族として南の性格は知っているはずだろう。
 さすがのシノさんも、ホクトの姉の計画には呆れ顔になっていた。

「だけど告訴こそしませんでしたが、あんなことの後でわざわざ南と連絡なんてしたくありませんし」
「だろーなぁ」
「そうしたら、今度は東京観光でもすれば気が晴れるとか、環境が変われば心を入れ替えるかもしれないとか……」
「姉は亭主を神戸に残して、自分だけ東京暮らしする気なんか?」
「それも良くわかりません。そもそも途中から、あんたばかり恵まれていて狡いとか、私はさっさと嫁にやられて……とか言い出しましたし」
「姉は、会社の犠牲にされたん?」
「まさかっ! むしろ親父は結婚に反対してました。義兄(あに)は野心家で、姉が嫁いだことで神戸の支店長になったんです」
「好きで結婚したのに、アマホクのせいにしてんのか。被害妄想ひでぇな」
「最後の方は、警察沙汰になったことが周知になってしまって肩身が狭いとか、噂をされて針のむしろだとかで、しばらく東京に避難したいだけなのに、どうして理解してくれないのかとか言って泣き出すし。もう本当に辟易しました」

 顔にも態度にも "辟易" を貼りつけたように、ホクトは深々とため息を()いた。

「しかし避難すると言っても、スバルは登校拒否をしているわけではないのだろう?」
「姉がスバルを学校にやりたくないと言ってるんです。夏休みを挟めば、噂も落ち着くだろう……みたいな理屈で」
「まぁセレブな家庭なら『勉強は家庭教師で取り戻せばいい』ぐらいに考えてるんかもな。しっかし亭主がそんなエライさんなら、弟に頼らずホテルで優雅にバカンスでもすりゃいいのに」
「ってゆーか、俺達にも迷惑が掛かるかも……って言うのは、どの辺の話なの?」

 気になった俺はホクトに問う。

「俺に責任転嫁するくらいですから、今は姉と義兄(あに)の仲は冷え切ってます。だからスバルの件も、東京に出たい話も、義兄(あに)にはしてないと思うんです。それで杞憂かもしれませんが、姉が俺の部屋に滞在する気じゃないかと邪推してて」
「ほっほ〜う」
「そうなったら皆さんに迷惑が掛かるかもしれませんし、いざとなったら追い出すのを手伝っていただくことになるかも……と思って、先に相談を」
「なるほどなぁ。まぁ、東京観光に二泊三日……ぐらいだったら、ペントハウスの空き部屋を一泊五万円とかで貸してやってもえーよ?」
「一泊十万円でも、構いませんよ」

 ホクトの返しに、シノさんはゲラゲラ笑った。


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「おはよー、シノさん」
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「あれ、天宮クン? 学校どうしたの?」
「ちょっと、東雲さんと白砂さんに相談したいことがありまして」
「んじゃ、俺、遠慮しようか?」
「いえ、ついでですから、一緒に聞いて下さい」
 朝メシ目当ての俺としては、ダイニングでこそっと食って逃げたかったが……。
 引き止められてしまったので、諦めて二人の座るグリーンのソファに腰を下ろす。
 ちょうどそこへ、キッチンから白砂サンがトレーを持ってやってきた。
「おや、多聞君、おはよう」
「あ、おはようございます」
 トレーにはシノさん、ホクト、白砂サンの専用マグが並んでいる。
 最初のホクトの様子からも察していたが、どうやら俺は完全に|間《ま》の悪いタイミングで来たらしい。
「セイちゃん、レンは朝メシがまだなんよ」
「うむ、解っている。すまないホクト君、少し待ってくれたまえ」
 そう言って、白砂サンはキッチンに俺の朝食を作りに戻っていった。
「ごめん、タイミング悪かったみたいだね」
「いえ、どうせ話の成り行き次第では、全員に話を聞いてもらうことになりますから……」
 元々セレブのお坊ちゃん的な礼儀正しいホクトだが、いつにも増して恐縮しているように見えた。
 そうこうするうちに白砂サンが戻ってきて、俺の前にトレーを置く。
 オムレツにポパイベーコン、炙ったトマトとヤングコーン、ハッシュドポテト。さらに缶みかんとキウイのヨーグルトソースがけ、トーストとコーヒーまで揃った、まるでシティホテルの朝食みたいな一皿だ。
「お手数掛けて、すんません」
「構わんよ。それでは、ホクト君の相談とやらを聞こう」
 白砂サンは腰を落ち着けると、ホクトに促した。
「あ、はい。実は、俺の姉がですね」
「姉っちゅーと、お人形をコレクションしてるんだっけか?」
「いえ、それは妹の|美月《ミヅキ》です」
「えっ、妹の他に姉も居たんかい?」
「ええ。姉の|葉月《ハヅキ》は、ちょっと歳が離れてまして。神戸支社の取締役と結婚をして、正月と冠婚葬祭の時ぐらいにしか帰ってこないから、話に出なかったかもしれません」
「ほほ〜う。んで、その姉がどーしたって?」
「それが先日、息子がトラブルを起こしたと言って、母のところへ泣きついたらしいんです」
「ねーちゃん、息子いんの?」
「はい。8歳になる一人息子が居るんです」
「今年8歳……ということは、ミナトとひとつ違いだね」
「ああ、でも同学年なんじゃないかな? 小3だって言ってましたから」
「んで、その小3の8歳が、どんなトラブル起こしたんじゃい」
「万引きです」
「え? 天宮君の実家って、お金持ちでしょ? お小遣いあげてないとか、ナイよねぇ?」
 俺の疑問に、シノさんも頷いている。
「多聞君、物品が欲しくて万引きする子供は稀だよ」
 ホクトより先に、白砂サンが答えた。
「なにそれ?」
「子供の万引きは、ゲーム感覚で盛り上がった仲間同士の空気に流されるか、あるいはいじめで強要されるなどの、子供同士のトラブルが原因の場合と、親の注意が引きたいが故に軽犯罪を犯す場合の、どちらかがほとんどだよ」
「セイちゃん、詳しいのう」
「そういう事例を、散々見たので知っているだけだ」
 なんでそんな事例を見知ってるのか? と一瞬思ったが、ホクトの話はまだ途中だ。
 俺は質問を飲み込んだ。
「じゃあ天宮クンの甥もそうだったの?」
「さあ……? 万引きの話は、母を介した又聞きなので、詳細は知りません。甥のスバルは元々やんちゃな性格をしているんですが、小学校に上がってからはやんちゃを通り越して手がつけられなくなったらしくて。姉は度々学校に呼び出されては母に愚痴をこぼしていたようです」
「ほっほー、そんで今回、万引きで警察沙汰にまでなったとか?」
「お察しの通り、とうとう警察に呼び出されたと言って、それで母に泣きついてきて。結局、先方とは示談が成立したようですが、姉はすっかり嫌気が差してしまったようで、母にスバルを預かってくれって言ってきたんです」
「でぃも、姉の息子を実家で預かるなら、アマホクがどう関係あるん?」
「それが、母も面倒を押し付けられるのが嫌で、|断《ことわ》ってしまって」
 返された答えに、シノさんは呆れ顔になる。
「それで本題の相談なんですが。実は昨晩、姉から直接電話がありまして」
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「そこまで無茶なら即切りするんですけど……避難したいから東京に出る、みたいな話で」
「そんじゃ、その世話をアマホクにしろと?」
「正直、姉の話はかなり支離滅裂なんですよ。最初は『南の所に同じ年頃の子供がいるなら、そこに預ければ手間が省けるだろう』とか言い出して」
「そら、スゲー」
 俺達のような赤の他人ならともかく、ホクトの姉なら親族として南の性格は知っているはずだろう。
 さすがのシノさんも、ホクトの姉の計画には呆れ顔になっていた。
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「だろーなぁ」
「そうしたら、今度は東京観光でもすれば気が晴れるとか、環境が変われば心を入れ替えるかもしれないとか……」
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「それも良くわかりません。そもそも途中から、あんたばかり恵まれていて狡いとか、私はさっさと嫁にやられて……とか言い出しましたし」
「姉は、会社の犠牲にされたん?」
「まさかっ! むしろ親父は結婚に反対してました。|義兄《あに》は野心家で、姉が嫁いだことで神戸の支店長になったんです」
「好きで結婚したのに、アマホクのせいにしてんのか。被害妄想ひでぇな」
「最後の方は、警察沙汰になったことが周知になってしまって肩身が狭いとか、噂をされて針のむしろだとかで、しばらく東京に避難したいだけなのに、どうして理解してくれないのかとか言って泣き出すし。もう本当に辟易しました」
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「しかし避難すると言っても、スバルは登校拒否をしているわけではないのだろう?」
「姉がスバルを学校にやりたくないと言ってるんです。夏休みを挟めば、噂も落ち着くだろう……みたいな理屈で」
「まぁセレブな家庭なら『勉強は家庭教師で取り戻せばいい』ぐらいに考えてるんかもな。しっかし亭主がそんなエライさんなら、弟に頼らずホテルで優雅にバカンスでもすりゃいいのに」
「ってゆーか、俺達にも迷惑が掛かるかも……って言うのは、どの辺の話なの?」
 気になった俺はホクトに問う。
「俺に責任転嫁するくらいですから、今は姉と|義兄《あに》の仲は冷え切ってます。だからスバルの件も、東京に出たい話も、|義兄《あに》にはしてないと思うんです。それで杞憂かもしれませんが、姉が俺の部屋に滞在する気じゃないかと邪推してて」
「ほっほ〜う」
「そうなったら皆さんに迷惑が掛かるかもしれませんし、いざとなったら追い出すのを手伝っていただくことになるかも……と思って、先に相談を」
「なるほどなぁ。まぁ、東京観光に二泊三日……ぐらいだったら、ペントハウスの空き部屋を一泊五万円とかで貸してやってもえーよ?」
「一泊十万円でも、構いませんよ」
 ホクトの返しに、シノさんはゲラゲラ笑った。