第2節 邂逅/ §1
ー/ー
―セクション1―
「お前どこにいたんだ?」
並んで階段を降りながら、武郎が聞いた。
「鈴木さん――大杜の死んだ兄貴の恋人だった人の家」
「はあ? なんでそんな個人的な人んちに――」
「あ、いや、鈴木栄光警備保障の副社長らしいんだ」
「ああ。あそこか。高犯対とも警察組織ともMatsuQとも関係が深かったな」
「らしいな。――パニックになって転落現場から逃げ出した俺を、保護して、匿ってくれて――俺が覚悟決めるまでの時間をくれたんだ」
「覚悟?」
「ああ。俺は死ぬために作られたから……。自分の存在をどうすればいいのかわからなくなって、生きるべきなのか、死ぬべきなのか、そもそも俺は何者なんだろうか、とか……混乱してさ。自分の気持ちを持て余してパニックだった……」
「奴はなぜ死ぬためにお前を作ったんだ?」
「自由に生きるためさ。社会から自分を抹消するには、公然で死ぬことが一番スムーズだと考えた」
「変わり者すぎるだろ」
武朗がぼやくと、研矢はハハと乾笑いする。
「まったくだよな。――本来なら、入学式のあと、駅のホームから電車に向かって飛び込む予定だったんだが、俺はその行動を無意識に回避したらしい」
「何かきっかけがあったのか?」
「きっかけだったかどうかはわからないが、あの日の朝、大杜と出会って、それで少し交流ができて――」
「どうした?」
研矢が言葉に詰まった事に気付き武朗が聞くと、研矢は立ち止まり、両手を握りしめて俯いた。
「いや、違う。大杜と知り合ったのは、星矢の方だ。入試の日の朝、二人のやりとりがあった。入学式の朝に俺たちが会話する事になったのは、やつが先に出会ってたからだ」
「……どっちでもいいだろ。少なくとも大杜はお前を、友達だと思ってる方、って言い方をしてた」
「友達か……ああ、そうだな。俺はきっと、そういうのに刺激されたんだ。入学式の後、あいつとリトルバードで飯食って、花鈴がたまたまやって来て、いろんな話をして楽しかった。星矢はそんな友達同士の交流を楽しいって思うやつじゃなかった。このおかげで、俺は奴のコントロールから離れられたんだと思う」
研矢は再び歩き出した。
「研矢として移植された記憶はあるんだけどさ、秦にも指摘されたけど、好みとか変わってんだよな。後付けの記憶だからか、過去を思い出そうとすれば思い出せるけど、付随するはずのその時の感情みたいなのはまるでない。そのせいで、考え方や嗜好が記憶と乖離してるんだろうと思うんだ」
「今後もクローン研究をする奴はいるだろうが、記憶も含めてそっくりに作るのは課題が多いってことか――。星矢は、自分を入れ替えさせるためにクローン研究を手伝ってたのか?」
「当初は、南波に研究室を使わせてもらってるから、仕方なくだ。ただ、自分を抹消する役割を作り出すのにちょうどいいと気付いてからは、積極的に手伝うようになった。南波は病弱な自分の体を入れ替えたくて、クローン体育成を主に研究していたが、星矢は、入れ替えるための記憶の移植についても熱心に研究してた。それらの研究が、やがて、思考制御を行うシステム、thought protocol――通称TTPを生み出すことにもなった」
「クローン研究は南波博士の死後に星矢が完成させたんだよな?」
「いや、南波の研究は完成していた。南波の細胞からはクローンが成長しなかっただけだ。星矢は、弱い細胞は細胞分裂に限界があるから成功しないと考え、自身の細胞を利用して成功させた。南波には、代替策として、ハイブリッドの研究を提案したが、彼ははハイブリッド体を受け入れられなかった。生体にこだわりすぎたんだな。――ちなみに、こっちの研究の試作体が弓佳だ」
「……ヤバい奴だな……」
「まぁそうだよな。弓佳は体の八割がロボットのハイブリッドで、脳は彼女のアイデンティティが残るギリギリぐらいしか存在しない。そして受信機――米ぐらい小さいってって意味でつけられたライスチップってやつが埋め込まれている。弓佳は、星矢の視界に入ると、100パーセント奴の思考の制御下に入る」
「弓佳は能力者だと言ってたな」
「ああ。とんでもないことになるってのは、あいつが『千里眼』の能力者だからだ」
「千里眼⁉︎」
武朗が声を上げるのは珍しく、研矢は首をすくめてみせる。
「弓佳はずっと目を覚まさないと思われてきたが、違うんだ。弓佳の脳は起きていて、千里眼で世界を旅し続けている。その千里眼を使えば、TTPシステムで遠くのライスチップを作動させることができるんだ」
「いやでも――弓佳が千里眼を使えるからと言って、星矢がTTPを活かせるとは思えないが……」
「星矢自体はな。だが星矢の能力の発動部分をアイテム化したリンクという物があって、それを使うと、星矢の能力は誰でも利用できるようになる。そのリンクの保持者に、エイトがいる。奴の能力は共有――触れている間、能力者の力が使える奴だ」
「そんな奴がいるのか。まったく厄介だな」
武朗は大きな溜め息をつく。
「つまり、エイトって奴は、研矢の能力を利用したTTPシステムを介して、弓佳の千里眼で人工知能ロボット、または人工知能ハイブリッドを自在に操ることができるってことだな。――星矢よりエイトの方がやばいんじゃないか?」
「千里眼が使えるのはメリットだが、リンクにはランクがあって、キングである星矢のコントロールが最優先される。その点で、星矢にとってエイトは脅威にはなり得ない」
「――リンクは何個あるんだ?」
「俺の記憶にある範疇だと、キングは星矢自身でアイテムじゃないから――クイーンとナイトのジャック。クイーンは星矢が持ってるはずだ。ナイトはエイト。ジャックは――」
「誰だ?」
「須藤」
「……そんな奴もいたな」
武朗は呆れたように言う。
「ちなみに、お前の記憶はどうなってる?」
二人は役員会議室の前に着いた。
「星矢は、卒業式の日の前日の夜に記憶を移植した。そして記憶から、研究や自身の野望みたいなものは消去した。だが、記憶の移植に空白期間ができないようにするため、スピードを重視した結果、最初から移植しないように情報を選り分けることや、丁寧な削除はできなかった。例えるなら、修正テープで消しただけで、それ自体をシュレッダーかけて消したわけじゃないってことだ。――ナショナルタウンズでの出来事をきっかけにして、今の俺は、おそらく移植時の記憶全て取り戻していると思う」
「ならいい」
「……?」
武朗は役員会議室の扉を開けた。
役員たちと、松宮闘司、薗巳、周の目が一斉にこちらを向く。
「お前のことは、松宮博士しか知らない」
武朗が小声で言う。
「お前は松宮研矢だ。それでいいだろ」
武朗の言葉に、研矢の胸が熱くなる。
「……ああ。もちろんだ。松宮研矢は今俺一人しかいない」
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―セクション1―
「お前どこにいたんだ?」
並んで階段を降りながら、武郎が聞いた。
「鈴木さん――大杜の死んだ兄貴の恋人だった人の家」
「はあ? なんでそんな個人的な人んちに――」
「あ、いや、鈴木栄光警備保障の副社長らしいんだ」
「ああ。あそこか。高犯対とも警察組織とも|MatsuQ《マツキュー》とも関係が深かったな」
「らしいな。――パニックになって転落現場から逃げ出した俺を、保護して、匿ってくれて――俺が覚悟決めるまでの時間をくれたんだ」
「覚悟?」
「ああ。俺は|死ぬために《・・・・・》作られたから……。自分の存在をどうすればいいのかわからなくなって、生きるべきなのか、死ぬべきなのか、そもそも俺は何者なんだろうか、とか……混乱してさ。自分の気持ちを持て余してパニックだった……」
「奴はなぜ死ぬためにお前を作ったんだ?」
「自由に生きるためさ。社会から自分を抹消するには、公然で死ぬことが一番スムーズだと考えた」
「変わり者すぎるだろ」
武朗がぼやくと、研矢はハハと乾笑いする。
「まったくだよな。――本来なら、入学式のあと、駅のホームから電車に向かって飛び込む予定だったんだが、俺はその行動を無意識に回避したらしい」
「何かきっかけがあったのか?」
「きっかけだったかどうかはわからないが、あの日の朝、大杜と出会って、それで少し交流ができて――」
「どうした?」
研矢が言葉に詰まった事に気付き武朗が聞くと、研矢は立ち止まり、両手を握りしめて俯いた。
「いや、違う。大杜と知り合ったのは、星矢の方だ。入試の日の朝、二人のやりとりがあった。入学式の朝に俺たちが会話する事になったのは、やつが先に出会ってたからだ」
「……どっちでもいいだろ。少なくとも大杜はお前を、友達だと思ってる方、って言い方をしてた」
「友達か……ああ、そうだな。俺はきっと、そういうのに刺激されたんだ。入学式の後、あいつとリトルバードで飯食って、花鈴がたまたまやって来て、いろんな話をして楽しかった。星矢はそんな友達同士の交流を楽しいって思うやつじゃなかった。このおかげで、俺は奴のコントロールから離れられたんだと思う」
研矢は再び歩き出した。
「研矢として移植された記憶はあるんだけどさ、秦にも指摘されたけど、好みとか変わってんだよな。後付けの記憶だからか、過去を思い出そうとすれば思い出せるけど、付随するはずのその時の感情みたいなのはまるでない。そのせいで、考え方や嗜好が記憶と乖離してるんだろうと思うんだ」
「今後もクローン研究をする奴はいるだろうが、記憶も含めてそっくりに作るのは課題が多いってことか――。星矢は、自分を入れ替えさせるためにクローン研究を手伝ってたのか?」
「当初は、南波に研究室を使わせてもらってるから、仕方なくだ。ただ、自分を抹消する役割を作り出すのにちょうどいいと気付いてからは、積極的に手伝うようになった。南波は病弱な自分の体を入れ替えたくて、クローン体育成を主に研究していたが、星矢は、入れ替えるための記憶の移植についても熱心に研究してた。それらの研究が、やがて、思考制御を行うシステム、|thought protocol 《ソートプロトコル》――通称|TTP《ティーティーピー》を生み出すことにもなった」
「クローン研究は南波博士の死後に星矢が完成させたんだよな?」
「いや、南波の研究は完成していた。南波の細胞からはクローンが成長しなかっただけだ。星矢は、弱い細胞は細胞分裂に限界があるから成功しないと考え、自身の細胞を利用して成功させた。南波には、代替策として、ハイブリッドの研究を提案したが、彼ははハイブリッド体を受け入れられなかった。生体にこだわりすぎたんだな。――ちなみに、こっちの研究の試作体が弓佳だ」
「……ヤバい奴だな……」
「まぁそうだよな。弓佳は体の八割がロボットのハイブリッドで、脳は彼女のアイデンティティが残るギリギリぐらいしか存在しない。そして受信機――米ぐらい小さいってって意味でつけられたライスチップってやつが埋め込まれている。弓佳は、星矢の視界に入ると、100パーセント奴の思考の制御下に入る」
「弓佳は能力者だと言ってたな」
「ああ。とんでもないことになるってのは、あいつが『千里眼』の能力者だからだ」
「千里眼⁉︎」
武朗が声を上げるのは珍しく、研矢は首をすくめてみせる。
「弓佳はずっと目を覚まさないと思われてきたが、違うんだ。弓佳の脳は起きていて、千里眼で世界を旅し続けている。その千里眼を使えば、TTPシステムで遠くのライスチップを作動させることができるんだ」
「いやでも――弓佳が千里眼を使えるからと言って、星矢がTTPを活かせるとは思えないが……」
「星矢自体はな。だが星矢の能力の発動部分をアイテム化したリンクという物があって、それを使うと、星矢の能力は誰でも利用できるようになる。そのリンクの保持者に、エイトがいる。奴の能力は共有――触れている間、能力者の力が使える奴だ」
「そんな奴がいるのか。まったく厄介だな」
武朗は大きな溜め息をつく。
「つまり、エイトって奴は、研矢の能力を利用したTTPシステムを介して、弓佳の千里眼で人工知能ロボット、または人工知能ハイブリッドを自在に操ることができるってことだな。――星矢よりエイトの方がやばいんじゃないか?」
「千里眼が使えるのはメリットだが、リンクにはランクがあって、キングである星矢のコントロールが最優先される。その点で、星矢にとってエイトは脅威にはなり得ない」
「――リンクは何個あるんだ?」
「俺の記憶にある範疇だと、キングは星矢自身でアイテムじゃないから――クイーンとナイトのジャック。クイーンは星矢が持ってるはずだ。ナイトはエイト。ジャックは――」
「誰だ?」
「須藤」
「……そんな奴もいたな」
武朗は呆れたように言う。
「ちなみに、お前の記憶はどうなってる?」
二人は役員会議室の前に着いた。
「星矢は、卒業式の日の前日の夜に記憶を移植した。そして記憶から、研究や自身の野望みたいなものは消去した。だが、記憶の移植に空白期間ができないようにするため、スピードを重視した結果、最初から移植しないように情報を選り分けることや、丁寧な削除はできなかった。例えるなら、修正テープで消しただけで、それ自体をシュレッダーかけて消したわけじゃないってことだ。――ナショナルタウンズでの出来事をきっかけにして、今の俺は、おそらく移植時の記憶全て取り戻していると思う」
「ならいい」
「……?」
武朗は役員会議室の扉を開けた。
役員たちと、松宮闘司、薗巳、周の目が一斉にこちらを向く。
「お前のことは、松宮博士しか知らない」
武朗が小声で言う。
「お前は松宮研矢だ。それでいいだろ」
武朗の言葉に、研矢の胸が熱くなる。
「……ああ。もちろんだ。松宮研矢は今俺一人しかいない」