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第1節 時間稼ぎ/ §4

ー/ー



    ―セクション4―

 ヘリが屋上ギリギリに迫った瞬間、研矢は飛び降りた。荒天の中を無理矢理飛ばしてもらったが、着陸はできず、研矢を下ろしたヘリは、すぐさまそばを離れた。

 着地した直後、研矢は腰ほどの高さのコンクリート壁の外側に姿を隠した。

 (へり)がすぐに近くにある。

「落ちるなよ。今度は助けられないぞ」

 武朗が呆れたように言う。

「ああ、わかってる!」

 研矢は用意していた折り畳みの鏡をそっと壁の上に出し、間接的に研矢の姿を確認する。雨が視界を遮っておおよそでしかわからないが、コントロールを避けるためなので仕方がなかった。

「――奴の視界に入ると、制御を受けるんだな?」

 本物の視界に入らないようにしている様子から武朗が聞くと、研矢は頷いた。

「ああ。奴の能力は不安定なんだが、俺は繰り返し制御を受けた影響で、脳がコントロールされやすくなってる」

「それはTTPというやつか?」

「TTPを知ってるのか――ああ、そっか、叔父貴が話したか。けど俺はTTPとは関係がない」

 研矢が現れた事で、『研矢のふり』ができなくなった星矢は、ちっと舌打ちした。

「この出来損ないが……さっさと死ねばいいものを」

 星矢は不快そうな素振りを見せたが、攻撃を仕掛けてくるようなことはなく、立ったままだ。

 武朗が怪訝そうにしたとき、塔屋の扉が開いた。

「星矢君!」

 秦日彩だった。

「……星矢?」

 武朗と研矢が同時に聞き返すと、星矢は薄く笑った。

「俺は松宮研矢を捨てたんだ。秦星矢だ。以後はそう呼べよ」

「は、秦ぁ⁉︎」

 研矢が上擦った声を上げると、日彩は研矢の声に気付いて辺りを見回す。だが姿が見つからないのですぐに興味を失い、星矢に駆け寄った。

「取り戻して来たよ」

 日彩は、小ぶりなスポーツバッグと、細長い布袋を抱えていた。

「おう、サンキュー。お前はやはり俺のパートナーになるべき存在だ」

 星矢は笑いながら、日彩の額にキスを落とす。

「お、お前! 俺と同じ顔で、そんなキザなことしてんじゃねぇ!」

「お前が俺と同じ顔なんだろうが、偽物が」

 星矢は吐き捨てるように言うと、ふんと鼻を鳴らした。

「さて、合流できたし、帰るか」

「え、ヘリで行くんじゃないの? だからここで合流って……」

「ああ、来てもらったのに悪いな。そのためにセキュリティーを奪ったんだが、この天候では飛ばすのは難しいから変更だ」

 雨足は弱まり小雨程度になっているが、風の強さは台風並みだった。

「そうなんだ……。でもビルの中に戻るの? それって大丈夫?」

「俺がいるんだ。心配するな」

 星矢は布袋の方を受け取ると、ファスナーを開き、中の物を取り出した。

 同時に、武朗はシャツの背中側に手を入れ、何かを抜き取った。それは拳銃のようには見えたが、銃身が透明だ。

「くく、それ、水鉄砲だろ」

 星矢が笑う。

「その武器は知ってるぞ。お前は防衛省の所属――隠密系の能力者だな」

 武朗は答えずにトリガーを引いた。なんの音も聞こえなかったが、星矢は日彩を突き飛ばすようにして、ヘリの側面に隠した。

 武朗が駆け寄りながら二発目を打とうとしたとき、星矢は木刀を握った。瞬間、刀身が白く変わる。

「武朗、止まれ! そいつに勝つのは無理だ!」

 星矢が木刀を軽く振るうと、地面が切れるように裂けた。

「それは木じゃねぇ! 人間なんか軽く触れるだけで一刀両断だ! しかもそいつは剣道で全国一位だぞ!」

「……くっ」

 武朗が前進を諦め立ち止まると、星矢はニヤリと笑い、日彩を手招きした。

「実物と威力を見ることができたのは収穫だ」

 星矢が言いながらヘリを見やる。何かが刺さって、その周辺が凍りついていた。攻撃することも拘束することもできるが、弾丸自体が溶けるため、証拠が残らない武器のひとつだ。

「礼として教えてやる」

 星矢はスポーツバッグのファスナーを開けると、中身を見せた。

 そこには――弓佳の頭部が収まっていた。

 武朗と研矢が息を呑む。

「ニューラインズは大丈夫か? 今一度、製造システムプログラムを確認した方がいいんじゃないか?」

 星矢はファスナーを閉めると、日彩の肩を抱き、塔屋へ向かう。
 
「これから、あちこちで、ロボットが暴走するぞ? 止められるといいな」

「まずい……」

 壁の向こうから研矢の呟きが聞こえ、武朗は訝しげに聞いた。

「なぜだ?」

「TTPシステムに関与してるのは弓佳のほうだ。TTPの詳細は改めて説明するが、弓佳は能力者なんだ。弓佳の能力とTTPが合わさるととんでもないことになる。世界中のどこであっても思考制御を発動させられるからな」

「なんだと……」

「ああ、でも、コントロールを受ける対象は、TTPシステムの端末が組み込まれた人工知能ロボットだけだ」

「人工知能ロボットか」

「奴の能力は思考の制御、だから。思考しないシステムは対応外」

「……なるほど」

 武朗はスマートフォンを手にした。

 堂々と去っていく星矢と日彩の後ろ姿を見やりながら、今の自分では追い掛けることができない苛立たしさに舌打ちをする。

『あら、反抗的ね?』

 繋がっていたようで、面白がるような女性の声が聞こえた。

「失礼しました。取り急ぎお伝えします。Yコードのロボットが暴走する恐れあり。八巻のニューラインズのシステムを大至急調査するよう伝えて下さい。システムが書き変わっていたら、いつの製造から影響があるのか、また影響がある機体の納品先の追跡、及び回収も、大至急対応をお願いします」

『了解よ。ハッキングとプログラムの書き換えは、MatsuQの問題だけではなかったってわけね』

「はい。回収時、コンテナに入れるなどして、くれぐれも『外部から見えない』ようにして下さい」

『承知したわ。――高犯対のトップは今一緒?』

「いえ、トラブルがあって別行動です」

『そう。回収が間に合わないものは、彼の力が必要になるかもしれないわね。――仲良くね』

「善処し――いえ、友人ですよ、一応」

 武朗はぶっきらぼうにそう言うと切った。

 研矢が縁から姿を見せ、武朗の隣に並ぶ。

 二人して塔屋へ向かって歩きながら、武朗は今度は紀伊国に電話を掛け、やりとりが研矢にも聞こえるようにスピーカーにした。

『武朗君? 無事かい⁉︎』

「ああこっちは。――大杜は?」

『アイビーを救出できた報告があったよ。これからビル内へ戻る、と』

「オリジナル――秦星矢と名乗っていたから、以後星矢と呼ぶが、奴が秦日彩と共に下の階へ行った。遭遇するかもしれないが、遭遇しても捕まえようとするな、逃げろと伝えてくれ」

『捕まえようとするな?』

「正確には「自分」ではな。部下に任せろ。だが今あいつそばには誰もいないだろ? だから捕まえるなと言うことだ」

『ああ見えて、室長は結構やるよ?』

「星矢たちの持ってる武器は、そう言うレベルじゃ――」

 武朗が説明しようとしたとき、別の通信が割り込んだらしく、電話を繋いだまま、どこかと話しているのが聞こえた。が、すぐに会話が戻ってくる。

『意味がわかったよ。さっき、弓佳さんを保護して移動中だったパトカーが襲撃された。相手が木刀みたいなのを振ったと思ったら、ドアが真っ二つになったそうだ。銃で応戦しようとしたが弓佳さんに当たる危険があって躊躇してたら、弓佳さんの首を切って、首だけ持ち去った、と――』

「ああ。首は確認した。――襲撃犯は一人か?」

『襲撃犯は一人、逃走時にバイクで待機していたやつが一人』

「……エイトだ」

 研矢がそばで呟く。

 弓佳の病室にエイトという人物が出入りしていたと言う話は、今回の作戦の前に大杜から聞いていた。

(だいぶ役者が揃って来たな……)

「俺たちは今から役員会議室に降りる。――大杜にさっさと伝えてくれ」

 武朗は通話を切ると、研矢のほうをジロリと睨んだ。

「まったく、お前に素性をバラしたせいで、高犯対の捕物に巻き込まれて大迷惑だ」

「そうか。リトルバードで話したから、大杜の部下から大杜の耳に入ったんだな。わりぃ。――けど、助かったよ。俺は自分で飛び降りて自業自得だけどさ、あいつを巻き込まずに済んで本当によかった」

「入院しとく必要があるレベルみたいだけどな」

「……う、本当に申し訳ねぇ。けど、迷惑かけた分、挽回できるように頑張るぜ」

 研矢は力強く言いながら、歩き出した。



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    ―セクション4―
 ヘリが屋上ギリギリに迫った瞬間、研矢は飛び降りた。荒天の中を無理矢理飛ばしてもらったが、着陸はできず、研矢を下ろしたヘリは、すぐさまそばを離れた。
 着地した直後、研矢は腰ほどの高さのコンクリート壁の外側に姿を隠した。
 |縁《へり》がすぐに近くにある。
「落ちるなよ。今度は助けられないぞ」
 武朗が呆れたように言う。
「ああ、わかってる!」
 研矢は用意していた折り畳みの鏡をそっと壁の上に出し、間接的に研矢の姿を確認する。雨が視界を遮っておおよそでしかわからないが、コントロールを避けるためなので仕方がなかった。
「――奴の視界に入ると、制御を受けるんだな?」
 本物の視界に入らないようにしている様子から武朗が聞くと、研矢は頷いた。
「ああ。奴の能力は不安定なんだが、俺は繰り返し制御を受けた影響で、脳がコントロールされやすくなってる」
「それはTTPというやつか?」
「TTPを知ってるのか――ああ、そっか、叔父貴が話したか。けど俺はTTPとは関係がない」
 研矢が現れた事で、『研矢のふり』ができなくなった星矢は、ちっと舌打ちした。
「この出来損ないが……さっさと死ねばいいものを」
 星矢は不快そうな素振りを見せたが、攻撃を仕掛けてくるようなことはなく、立ったままだ。
 武朗が怪訝そうにしたとき、塔屋の扉が開いた。
「星矢君!」
 秦日彩だった。
「……星矢?」
 武朗と研矢が同時に聞き返すと、星矢は薄く笑った。
「俺は松宮研矢を捨てたんだ。秦星矢だ。以後はそう呼べよ」
「は、秦ぁ⁉︎」
 研矢が上擦った声を上げると、日彩は研矢の声に気付いて辺りを見回す。だが姿が見つからないのですぐに興味を失い、星矢に駆け寄った。
「取り戻して来たよ」
 日彩は、小ぶりなスポーツバッグと、細長い布袋を抱えていた。
「おう、サンキュー。お前はやはり俺のパートナーになるべき存在だ」
 星矢は笑いながら、日彩の額にキスを落とす。
「お、お前! 俺と同じ顔で、そんなキザなことしてんじゃねぇ!」
「お前が俺と同じ顔なんだろうが、偽物が」
 星矢は吐き捨てるように言うと、ふんと鼻を鳴らした。
「さて、合流できたし、帰るか」
「え、ヘリで行くんじゃないの? だからここで合流って……」
「ああ、来てもらったのに悪いな。そのためにセキュリティーを奪ったんだが、この天候では飛ばすのは難しいから変更だ」
 雨足は弱まり小雨程度になっているが、風の強さは台風並みだった。
「そうなんだ……。でもビルの中に戻るの? それって大丈夫?」
「俺がいるんだ。心配するな」
 星矢は布袋の方を受け取ると、ファスナーを開き、中の物を取り出した。
 同時に、武朗はシャツの背中側に手を入れ、何かを抜き取った。それは拳銃のようには見えたが、銃身が透明だ。
「くく、それ、水鉄砲だろ」
 星矢が笑う。
「その武器は知ってるぞ。お前は防衛省の所属――隠密系の能力者だな」
 武朗は答えずにトリガーを引いた。なんの音も聞こえなかったが、星矢は日彩を突き飛ばすようにして、ヘリの側面に隠した。
 武朗が駆け寄りながら二発目を打とうとしたとき、星矢は木刀を握った。瞬間、刀身が白く変わる。
「武朗、止まれ! そいつに勝つのは無理だ!」
 星矢が木刀を軽く振るうと、地面が切れるように裂けた。
「それは木じゃねぇ! 人間なんか軽く触れるだけで一刀両断だ! しかもそいつは剣道で全国一位だぞ!」
「……くっ」
 武朗が前進を諦め立ち止まると、星矢はニヤリと笑い、日彩を手招きした。
「実物と威力を見ることができたのは収穫だ」
 星矢が言いながらヘリを見やる。何かが刺さって、その周辺が凍りついていた。攻撃することも拘束することもできるが、弾丸自体が溶けるため、証拠が残らない武器のひとつだ。
「礼として教えてやる」
 星矢はスポーツバッグのファスナーを開けると、中身を見せた。
 そこには――弓佳の頭部が収まっていた。
 武朗と研矢が息を呑む。
「ニューラインズは大丈夫か? 今一度、製造システムプログラムを確認した方がいいんじゃないか?」
 星矢はファスナーを閉めると、日彩の肩を抱き、塔屋へ向かう。
「これから、あちこちで、ロボットが暴走するぞ? 止められるといいな」
「まずい……」
 壁の向こうから研矢の呟きが聞こえ、武朗は訝しげに聞いた。
「なぜだ?」
「TTPシステムに関与してるのは弓佳のほうだ。TTPの詳細は改めて説明するが、弓佳は能力者なんだ。弓佳の能力とTTPが合わさるととんでもないことになる。世界中のどこであっても思考制御を発動させられるからな」
「なんだと……」
「ああ、でも、コントロールを受ける対象は、TTPシステムの端末が組み込まれた人工知能ロボットだけだ」
「人工知能ロボットか」
「奴の能力は思考の制御、だから。思考しないシステムは対応外」
「……なるほど」
 武朗はスマートフォンを手にした。
 堂々と去っていく星矢と日彩の後ろ姿を見やりながら、今の自分では追い掛けることができない苛立たしさに舌打ちをする。
『あら、反抗的ね?』
 繋がっていたようで、面白がるような女性の声が聞こえた。
「失礼しました。取り急ぎお伝えします。Yコードのロボットが暴走する恐れあり。八巻のニューラインズのシステムを大至急調査するよう伝えて下さい。システムが書き変わっていたら、いつの製造から影響があるのか、また影響がある機体の納品先の追跡、及び回収も、大至急対応をお願いします」
『了解よ。ハッキングとプログラムの書き換えは、MatsuQの問題だけではなかったってわけね』
「はい。回収時、コンテナに入れるなどして、くれぐれも『外部から見えない』ようにして下さい」
『承知したわ。――高犯対のトップは今一緒?』
「いえ、トラブルがあって別行動です」
『そう。回収が間に合わないものは、彼の力が必要になるかもしれないわね。――仲良くね』
「善処し――いえ、友人ですよ、一応」
 武朗はぶっきらぼうにそう言うと切った。
 研矢が縁から姿を見せ、武朗の隣に並ぶ。
 二人して塔屋へ向かって歩きながら、武朗は今度は紀伊国に電話を掛け、やりとりが研矢にも聞こえるようにスピーカーにした。
『武朗君? 無事かい⁉︎』
「ああこっちは。――大杜は?」
『アイビーを救出できた報告があったよ。これからビル内へ戻る、と』
「オリジナル――秦星矢と名乗っていたから、以後星矢と呼ぶが、奴が秦日彩と共に下の階へ行った。遭遇するかもしれないが、遭遇しても捕まえようとするな、逃げろと伝えてくれ」
『捕まえようとするな?』
「正確には「自分」ではな。部下に任せろ。だが今あいつそばには誰もいないだろ? だから捕まえるなと言うことだ」
『ああ見えて、室長は結構やるよ?』
「星矢たちの持ってる武器は、そう言うレベルじゃ――」
 武朗が説明しようとしたとき、別の通信が割り込んだらしく、電話を繋いだまま、どこかと話しているのが聞こえた。が、すぐに会話が戻ってくる。
『意味がわかったよ。さっき、弓佳さんを保護して移動中だったパトカーが襲撃された。相手が木刀みたいなのを振ったと思ったら、ドアが真っ二つになったそうだ。銃で応戦しようとしたが弓佳さんに当たる危険があって躊躇してたら、弓佳さんの首を切って、首だけ持ち去った、と――』
「ああ。首は確認した。――襲撃犯は一人か?」
『襲撃犯は一人、逃走時にバイクで待機していたやつが一人』
「……エイトだ」
 研矢がそばで呟く。
 弓佳の病室にエイトという人物が出入りしていたと言う話は、今回の作戦の前に大杜から聞いていた。
(だいぶ役者が揃って来たな……)
「俺たちは今から役員会議室に降りる。――大杜にさっさと伝えてくれ」
 武朗は通話を切ると、研矢のほうをジロリと睨んだ。
「まったく、お前に素性をバラしたせいで、高犯対の捕物に巻き込まれて大迷惑だ」
「そうか。リトルバードで話したから、大杜の部下から大杜の耳に入ったんだな。わりぃ。――けど、助かったよ。俺は自分で飛び降りて自業自得だけどさ、あいつを巻き込まずに済んで本当によかった」
「入院しとく必要があるレベルみたいだけどな」
「……う、本当に申し訳ねぇ。けど、迷惑かけた分、挽回できるように頑張るぜ」
 研矢は力強く言いながら、歩き出した。