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箱庭世界-シミュレーション-

ー/ー



 この世界は喩えるなら小説のようなもの、いや、小説そのものだ。
 そして特定の登場人物が主人公に選ばれ、俺はその主人公であった。
 何でそう思うかって?
 それは……

「……み、きみ」
「あ、はい、すみません」
「しっかりしてくれ、君はチーフなんだ。優秀な科学者として牽引しプロジェクトを……」
「はい、分かりました」
「全く、暦くん、君は優秀なのにもったいない……」

 上司が席に座りモニターと向き合うと、何故かコンピュータに異常が生じ、画面がフリーズする。

「あ、あれ? 何だ、急に」
「あぁ、任せてください」

 暦は片手だけでキーボードに素早く何かを打ち込むと、たちまちコンピュータは正常に動作する。

「おぉ、流石だ!」

 機嫌を良くした上司に見送られ、暦は席に戻る。
 同僚が慣れた光景を目にし、呟く。

「暦、相変わらずやるな。才能少しくらい俺に分けろよこんちくしょう!」
「……あぁ、そうだな」
「あんたは優秀なのにどうも身が入ってないんだよなぁ……しっかりしてくれよ」
「はは、すまない。あぁ、今日は雨が降るぞ」
「え? 予報では今日は──」

 そう言うとぽつり、ぽつり、と水滴が降り注ぐのが窓越しに見える。

(ほらな……ここまで俺が描いた脚本通り)
「凄いな、何で分かるんだ?」
「ちょっとした能力さ」

(俺はAIの研究の第一人者──という設定だ)

 暦は気づいていた、自分は造られた存在だということに。
 この世界は何かしら高度な次元からの強大な力によって出来ていると認識している。
 そして世界は暦の思った通りに動くという能力がある。
 
 クラスのいじめっ子に消えてほしいと願ったら転校した。
 ろくに努力をしなくても国立大学の主席になった。
 AIに興味を持ったら研究機関にスカウトされた。

(さて、妻って設定の女と娘って設定の子供が待ってる家に帰るか……)

 マンションのドアを開けると妻が明るい笑顔を向ける。
「あなた、おかえりなさい」
「ただいま。あぁ、お風呂お湯が溢れてると思うよ」
「え? あら、ほんとだわ! 相変わらず凄い直感ね」
(で、このあとは娘がお土産ねだるんだろ)
「お父さんおかえり! れいのぶつは?」
「あぁ、欲しがってたチョコ」
「お父さん大好き!」

 暦にはパターンが分かるため、完璧な父親を演じることなど訳なかった。

(いつだろうな、ここが造られた世界だと気付いたのは)
(小学生の時大手芸能事務所にスカウトされた時? 中学のテニス全国大会決勝戦で年上に圧勝した時?)
(いや、もっと後……あぁ、あの時か)

 ──
 暦は裕福な家庭に生まれ、頭脳のみでなく容姿、運動神経まで恵まれ、幼少期から天才として知られた。
 欲しいものは何でも手に入り、望んだことは何でも叶った。
 暦がこの世界の構造に気付いたのは大学で妻と出会った時だった。

(凄い美人だなぁ。あんな彼女がいたら人生もっと楽しいだろうな……俺に声をかける勇気なんてないし話しかけてくれないかなあ)

 暦はそう願った。
 その時だった。
 目が合った。

「ねぇあなた。いつも講義一緒にいるわよね?」 
「え、あぁ」
「あなたは成績いいって聞いたわ! 私に少しだけ教えてくれない?」
「俺でよければいいけど」
「ほんと!? 私は琥珀、あなたは?」
「……俺は暦」

 暦はどこか浮かれられないでいた。
 あまりにも都合が良すぎる。
 願った通りに物事が進んでしまう。

(嬉しいはずだけど……なんだかつまらない)

 これが暦が世界の構造に気付くきっかけだった。
 琥珀は暦と距離を詰める一方。

「ねぇ、私たち相性良いと思わない?」
「あぁ、まあな」
「ふふ、言いたいこと分かるわよね?」
「……その、えっと」
「もう、言わせる気? ……好きよ」

 出会って1週間で琥珀が告白してきて疑念は確信に固まりつつあった。

 それから開かれた、多くの友人に祝福されながら迎える結婚式、人生の一大イベント。

「あなた、幸せになりましょうね」
「……あぁ」

 2人は誓いの口付けを交わし、式場の盛り上がりはピークに達する。
 しかしその中で暦は1人冷静にこう考えていた。

(あぁ、ここは俺のために用意された世界なんだな)

 ──
「じゃあ仕事行ってくる」
「行ってらっしゃいあなた。夕飯はなにがいい?」
「君の手料理ならなんでもいいよ」
「もう、なんでもいいって言うのが一番困るのよ!」
「はは、すまないな。俺は幸せ者だ」
「思えばあなたは昔からやたら運がいいわよね」

(恐らく俺の能力のことを運と解釈してるな)
(愛しい琥珀……これも妻という設定を与えられているだけで自我を持たないのではないのか……)

 暦は職場へ向かうと黙々とタイピングし、複雑なコードを書く。
 プログラムは1発で動くことは稀だが、暦がエンターキーを押すと正常に動き出す。
 暦も動くことをもはや疑っていなかった。

(何故俺はこんな能力を持つんだ……)
(本当の世界はどこなんだ? 俺の居場所は……)

 何もかも暦の思い通りに動く世界。
 暦は飽き飽きしつつも足掻く術を知らなかった。

(俺は本当に生きているのか? あるいは生かされてる……)
(生きてるかも分からない世界なんていっそ──)

 そんな時だった。
モニターにニュースが映し出される。

「えー、ただいま双葉小学校に立てこもっている男は身代金として10億円を要求しており……」

「立て篭もりか、物騒だなあ」
 同僚は驚きつつもどこか他人事のように言う。

「……え?」
 しかし暦は目を見開く。
 双葉小学校、それは娘が通う小学校だった。

「人質に取られている少女は銃口を向けられており……」

 映像に映るのは娘だった。

(馬鹿な、俺の想定範囲外の出来事が起きるなど初めてのことだ!)
(まさか俺が変異を求めたから世界が狂ったのか!?)
(自分の力が娘を危険に晒してしまった……!)

「な、なあ、これってあんたの娘さんじゃないか?」
「あぁ、そうだ……娘、娘のところに行かなきゃ……」
「あんたが娘さんのところに向かっても危険だ!」

 暦はそれを無視して学校へ向かう。

(俺のせいで娘は……!)
 学校の前は報道陣と警察が殺到していた。

「通してください、娘が危ないんです!」
 暦を止める者はいなかった。
 こういうところではご都合主語という名の能力が発動するのに娘は……

「何だお前! それ以上寄ったら撃つぞ!」
「お父さん……助けて……」
「待っててくれ、今助ける」

 しかし助ける、とは言ったものの暦には案がなかった。
 いや、自分の能力で娘が危機に晒されたなら自分の能力で娘を救えばいい。
 能力を使えばこの状況を打破出来る──

(娘を俺の能力で助けるんだ!)

 そこで暦は頭の中でシナリオを組み立てる。そう、たとえば娘が一瞬の隙をついて男に一撃浴びせる。
 その際に男と一斉に距離を詰めて殴り、銃を奪い取り無力化させる。
 そしてハッピーエンド。うん、これでいこう。
 そう暦が思った瞬間──

「離して!」
「いてっ!」

 娘が男の手に噛み付く。
 その瞬間暦は距離を詰め──
(大丈夫だ、能力さえあれば! 顎を狙って拳を叩き込む!)
 男の顔面にストレートを浴びせる。
 狙った通りの位置に、狙った角度で。
「ぐぁっ──」

 男はたまらず後ろに倒れ込み、銃を手放す。
 暦はその銃を取り、男に向ける。
 思い描いた通りの逆転劇だ。

(娘を巻き込んでしまったのは腑に落ちないが、スリリングな体験だった)
(ただどうせならもう少し楽しみたかったな……)
(いや、俺は何を考えているんだ、平穏な日常が一番だ)

 暦は娘に笑いかける。

「もう大丈夫だ、怖く──」
「そこまでだ」
「!」
「格好つけるのはその辺にしとけよ」

 別の男が暦の横から銃を向けていた。
 どうやら仲間がいたらしい。

(くっ、今の俺は絶体絶命と呼ぶに相応しい)
(俺がうっすらと刺激を求めたから……つまりこれも俺の能力だと言うのか!)

 娘どころか自分までが危機だ。
 だがこれすら自分が招いたシナリオ。
 自分の能力に首を絞められている。

 この世界を造った誰かが暦を楽しませるために、あるいはその人物が愉しむために用意した演出。

(くそっ、俺はピエロじゃない!)

 暦は強い不快感を抱くも、思考を切り替える。

(集中しろ、どれだけ危機的状況でも俺の能力があれば──)

 暦が男に銃を向け、別の男が暦に銃を向ける。
 まるでドラマのように。

(能力を使えばいい、たとえばこうだ)
「無駄だ。こうしている間にも機動隊は近寄っている。チェックメイトだ」

 あえて確信じみた言動をした。
 そうすればこのゲームは終わる。
 そして娘と琥珀との日常が待っている。

(今回ばかりは俺も日常を望んでいる。これでこいつらはお役御免だ。なんだ、能力を使いこなせば簡単じゃ……」
「勘違いしてないか? 詰んでるのはお前だ」
「え──」

 男は躊躇なく暦に引き金を引いた。
 鮮血と共に暦は無様に倒れ込む。

(あれ……? まさか撃たれた……?)

 過呼吸気味に息をしつつ、暦は呟く。

「ばかな……こんなこと……のぞんで……」
「まだ生きてたか! もう1発……見せしめだ!」

 響く銃声。 
 しかし銃弾は暦には命中しなかった。

「……かはっ」

 ただしそれは娘の胸部に命中した。
 口から血を吐き倒れる娘がスローモーションに見える。

(あ、あぁ、嘘だ、こんなの、ここは俺のために造られた世界なのに、こんな事は望んでいない……)

「ひゃはは! どうせ俺らはムショ行きだ! こうなったらお前らも道連──あれっ?」
 銃は弾切れだった。

「今だ!」
 機動隊が一斉に距離を詰める。

「う、うわぁああああ! お前ら! 寄るな! 寄るなぁああ!!」

 機動隊に向け空砲を連発する男。

「ちくしょう、見計らったように弾が……!」
「確保!」
 男は機動隊に拘束される。

(事件は解決したか……)
(しかし俺だけでなく娘の命の危機というシチュエーションを望むまでに俺は捻じ曲がってしまったのか──)
(本当に怖いのは能力ではなく俺の心の闇なのではないか……)

 暦と娘はこの後救急車に運ばれるだろう。
 しかし血が止まらない。

(俺は心のどこかで生きることを望んでいなかった。だがもう少し……せめて娘だけでもなんとか無事で──)

 暦は生きることに希望を見出した。
 暦の思い通りになる能力が発動すれば、きっと助かるだろう。
 輸血され銃弾も摘出されるはずだ。

 しかし、もし……

 ──もしこの世界が暦の思い通りの世界……造られた世界でなければ?

 ──

 ─

「……」

 心電図の音が響く病室。

「あなた、目を覚まして……」

 病室のベッドで眠る暦の頬を琥珀が撫でる。

「お父さん、まだ起きないの?」

 娘は当たり所が良かったのだろうか、無事なようだ。
 それが彼の能力なのか、偶然なのか。

「あなた、どうしてあんな……」

 暦の世界は本当に造られた物だったのかは分からない……
 もしかしたらこれまでの物語は植物人間の暦が見ていた夢なのかもしれない。
 あるいは暦は偶然何もかもが上手く行き過ぎて仮想現実妄想(シミュレーテッド・リアリティ)という現実が仮想(シミュレーション)に見える症状に苦しんでいたのではないのか。

 つまりこの世界は──


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 この世界は喩えるなら小説のようなもの、いや、小説そのものだ。
 そして特定の登場人物が主人公に選ばれ、俺はその主人公であった。
 何でそう思うかって?
 それは……
「……み、きみ」
「あ、はい、すみません」
「しっかりしてくれ、君はチーフなんだ。優秀な科学者として牽引しプロジェクトを……」
「はい、分かりました」
「全く、暦くん、君は優秀なのにもったいない……」
 上司が席に座りモニターと向き合うと、何故かコンピュータに異常が生じ、画面がフリーズする。
「あ、あれ? 何だ、急に」
「あぁ、任せてください」
 暦は片手だけでキーボードに素早く何かを打ち込むと、たちまちコンピュータは正常に動作する。
「おぉ、流石だ!」
 機嫌を良くした上司に見送られ、暦は席に戻る。
 同僚が慣れた光景を目にし、呟く。
「暦、相変わらずやるな。才能少しくらい俺に分けろよこんちくしょう!」
「……あぁ、そうだな」
「あんたは優秀なのにどうも身が入ってないんだよなぁ……しっかりしてくれよ」
「はは、すまない。あぁ、今日は雨が降るぞ」
「え? 予報では今日は──」
 そう言うとぽつり、ぽつり、と水滴が降り注ぐのが窓越しに見える。
(ほらな……ここまで俺が描いた脚本通り)
「凄いな、何で分かるんだ?」
「ちょっとした能力さ」
(俺はAIの研究の第一人者──という設定だ)
 暦は気づいていた、自分は造られた存在だということに。
 この世界は何かしら高度な次元からの強大な力によって出来ていると認識している。
 そして世界は暦の思った通りに動くという能力がある。
 クラスのいじめっ子に消えてほしいと願ったら転校した。
 ろくに努力をしなくても国立大学の主席になった。
 AIに興味を持ったら研究機関にスカウトされた。
(さて、妻って設定の女と娘って設定の子供が待ってる家に帰るか……)
 マンションのドアを開けると妻が明るい笑顔を向ける。
「あなた、おかえりなさい」
「ただいま。あぁ、お風呂お湯が溢れてると思うよ」
「え? あら、ほんとだわ! 相変わらず凄い直感ね」
(で、このあとは娘がお土産ねだるんだろ)
「お父さんおかえり! れいのぶつは?」
「あぁ、欲しがってたチョコ」
「お父さん大好き!」
 暦にはパターンが分かるため、完璧な父親を演じることなど訳なかった。
(いつだろうな、ここが造られた世界だと気付いたのは)
(小学生の時大手芸能事務所にスカウトされた時? 中学のテニス全国大会決勝戦で年上に圧勝した時?)
(いや、もっと後……あぁ、あの時か)
 ──
 暦は裕福な家庭に生まれ、頭脳のみでなく容姿、運動神経まで恵まれ、幼少期から天才として知られた。
 欲しいものは何でも手に入り、望んだことは何でも叶った。
 暦がこの世界の構造に気付いたのは大学で妻と出会った時だった。
(凄い美人だなぁ。あんな彼女がいたら人生もっと楽しいだろうな……俺に声をかける勇気なんてないし話しかけてくれないかなあ)
 暦はそう願った。
 その時だった。
 目が合った。
「ねぇあなた。いつも講義一緒にいるわよね?」 
「え、あぁ」
「あなたは成績いいって聞いたわ! 私に少しだけ教えてくれない?」
「俺でよければいいけど」
「ほんと!? 私は琥珀、あなたは?」
「……俺は暦」
 暦はどこか浮かれられないでいた。
 あまりにも都合が良すぎる。
 願った通りに物事が進んでしまう。
(嬉しいはずだけど……なんだかつまらない)
 これが暦が世界の構造に気付くきっかけだった。
 琥珀は暦と距離を詰める一方。
「ねぇ、私たち相性良いと思わない?」
「あぁ、まあな」
「ふふ、言いたいこと分かるわよね?」
「……その、えっと」
「もう、言わせる気? ……好きよ」
 出会って1週間で琥珀が告白してきて疑念は確信に固まりつつあった。
 それから開かれた、多くの友人に祝福されながら迎える結婚式、人生の一大イベント。
「あなた、幸せになりましょうね」
「……あぁ」
 2人は誓いの口付けを交わし、式場の盛り上がりはピークに達する。
 しかしその中で暦は1人冷静にこう考えていた。
(あぁ、ここは俺のために用意された世界なんだな)
 ──
「じゃあ仕事行ってくる」
「行ってらっしゃいあなた。夕飯はなにがいい?」
「君の手料理ならなんでもいいよ」
「もう、なんでもいいって言うのが一番困るのよ!」
「はは、すまないな。俺は幸せ者だ」
「思えばあなたは昔からやたら運がいいわよね」
(恐らく俺の能力のことを運と解釈してるな)
(愛しい琥珀……これも妻という設定を与えられているだけで自我を持たないのではないのか……)
 暦は職場へ向かうと黙々とタイピングし、複雑なコードを書く。
 プログラムは1発で動くことは稀だが、暦がエンターキーを押すと正常に動き出す。
 暦も動くことをもはや疑っていなかった。
(何故俺はこんな能力を持つんだ……)
(本当の世界はどこなんだ? 俺の居場所は……)
 何もかも暦の思い通りに動く世界。
 暦は飽き飽きしつつも足掻く術を知らなかった。
(俺は本当に生きているのか? あるいは生かされてる……)
(生きてるかも分からない世界なんていっそ──)
 そんな時だった。
モニターにニュースが映し出される。
「えー、ただいま双葉小学校に立てこもっている男は身代金として10億円を要求しており……」
「立て篭もりか、物騒だなあ」
 同僚は驚きつつもどこか他人事のように言う。
「……え?」
 しかし暦は目を見開く。
 双葉小学校、それは娘が通う小学校だった。
「人質に取られている少女は銃口を向けられており……」
 映像に映るのは娘だった。
(馬鹿な、俺の想定範囲外の出来事が起きるなど初めてのことだ!)
(まさか俺が変異を求めたから世界が狂ったのか!?)
(自分の力が娘を危険に晒してしまった……!)
「な、なあ、これってあんたの娘さんじゃないか?」
「あぁ、そうだ……娘、娘のところに行かなきゃ……」
「あんたが娘さんのところに向かっても危険だ!」
 暦はそれを無視して学校へ向かう。
(俺のせいで娘は……!)
 学校の前は報道陣と警察が殺到していた。
「通してください、娘が危ないんです!」
 暦を止める者はいなかった。
 こういうところではご都合主語という名の能力が発動するのに娘は……
「何だお前! それ以上寄ったら撃つぞ!」
「お父さん……助けて……」
「待っててくれ、今助ける」
 しかし助ける、とは言ったものの暦には案がなかった。
 いや、自分の能力で娘が危機に晒されたなら自分の能力で娘を救えばいい。
 能力を使えばこの状況を打破出来る──
(娘を俺の能力で助けるんだ!)
 そこで暦は頭の中でシナリオを組み立てる。そう、たとえば娘が一瞬の隙をついて男に一撃浴びせる。
 その際に男と一斉に距離を詰めて殴り、銃を奪い取り無力化させる。
 そしてハッピーエンド。うん、これでいこう。
 そう暦が思った瞬間──
「離して!」
「いてっ!」
 娘が男の手に噛み付く。
 その瞬間暦は距離を詰め──
(大丈夫だ、能力さえあれば! 顎を狙って拳を叩き込む!)
 男の顔面にストレートを浴びせる。
 狙った通りの位置に、狙った角度で。
「ぐぁっ──」
 男はたまらず後ろに倒れ込み、銃を手放す。
 暦はその銃を取り、男に向ける。
 思い描いた通りの逆転劇だ。
(娘を巻き込んでしまったのは腑に落ちないが、スリリングな体験だった)
(ただどうせならもう少し楽しみたかったな……)
(いや、俺は何を考えているんだ、平穏な日常が一番だ)
 暦は娘に笑いかける。
「もう大丈夫だ、怖く──」
「そこまでだ」
「!」
「格好つけるのはその辺にしとけよ」
 別の男が暦の横から銃を向けていた。
 どうやら仲間がいたらしい。
(くっ、今の俺は絶体絶命と呼ぶに相応しい)
(俺がうっすらと刺激を求めたから……つまりこれも俺の能力だと言うのか!)
 娘どころか自分までが危機だ。
 だがこれすら自分が招いたシナリオ。
 自分の能力に首を絞められている。
 この世界を造った誰かが暦を楽しませるために、あるいはその人物が愉しむために用意した演出。
(くそっ、俺はピエロじゃない!)
 暦は強い不快感を抱くも、思考を切り替える。
(集中しろ、どれだけ危機的状況でも俺の能力があれば──)
 暦が男に銃を向け、別の男が暦に銃を向ける。
 まるでドラマのように。
(能力を使えばいい、たとえばこうだ)
「無駄だ。こうしている間にも機動隊は近寄っている。チェックメイトだ」
 あえて確信じみた言動をした。
 そうすればこのゲームは終わる。
 そして娘と琥珀との日常が待っている。
(今回ばかりは俺も日常を望んでいる。これでこいつらはお役御免だ。なんだ、能力を使いこなせば簡単じゃ……」
「勘違いしてないか? 詰んでるのはお前だ」
「え──」
 男は躊躇なく暦に引き金を引いた。
 鮮血と共に暦は無様に倒れ込む。
(あれ……? まさか撃たれた……?)
 過呼吸気味に息をしつつ、暦は呟く。
「ばかな……こんなこと……のぞんで……」
「まだ生きてたか! もう1発……見せしめだ!」
 響く銃声。 
 しかし銃弾は暦には命中しなかった。
「……かはっ」
 ただしそれは娘の胸部に命中した。
 口から血を吐き倒れる娘がスローモーションに見える。
(あ、あぁ、嘘だ、こんなの、ここは俺のために造られた世界なのに、こんな事は望んでいない……)
「ひゃはは! どうせ俺らはムショ行きだ! こうなったらお前らも道連──あれっ?」
 銃は弾切れだった。
「今だ!」
 機動隊が一斉に距離を詰める。
「う、うわぁああああ! お前ら! 寄るな! 寄るなぁああ!!」
 機動隊に向け空砲を連発する男。
「ちくしょう、見計らったように弾が……!」
「確保!」
 男は機動隊に拘束される。
(事件は解決したか……)
(しかし俺だけでなく娘の命の危機というシチュエーションを望むまでに俺は捻じ曲がってしまったのか──)
(本当に怖いのは能力ではなく俺の心の闇なのではないか……)
 暦と娘はこの後救急車に運ばれるだろう。
 しかし血が止まらない。
(俺は心のどこかで生きることを望んでいなかった。だがもう少し……せめて娘だけでもなんとか無事で──)
 暦は生きることに希望を見出した。
 暦の思い通りになる能力が発動すれば、きっと助かるだろう。
 輸血され銃弾も摘出されるはずだ。
 しかし、もし……
 ──もしこの世界が暦の思い通りの世界……造られた世界でなければ?
 ──
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「……」
 心電図の音が響く病室。
「あなた、目を覚まして……」
 病室のベッドで眠る暦の頬を琥珀が撫でる。
「お父さん、まだ起きないの?」
 娘は当たり所が良かったのだろうか、無事なようだ。
 それが彼の能力なのか、偶然なのか。
「あなた、どうしてあんな……」
 暦の世界は本当に造られた物だったのかは分からない……
 もしかしたらこれまでの物語は植物人間の暦が見ていた夢なのかもしれない。
 あるいは暦は偶然何もかもが上手く行き過ぎて|仮想現実妄想《シミュレーテッド・リアリティ》という現実が|仮想《シミュレーション》に見える症状に苦しんでいたのではないのか。
 つまりこの世界は──