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クロネコとコウヘイ02

ー/ー



△▲△▲

『コウヘイくん!朝だよ!起きて起きて! PiPiPiPi~』

 
 目覚ましのアラーム音が、いつものようにコウヘイを目覚めさせる。


「──ん~」


 ベッドの上で大きく伸びをする。

 あぁ、学校に行く支度をしなきゃ。と、コウヘイは大きなあくびをしながら起き上がった。

 ダイニングに向かうと、やはり母親の姿は無い。やっぱり昨日は夜勤だったんだろうと、1人納得しながら、コウヘイは手慣れた手付きでシリアルに牛乳を注いでいく。

 手早く身支度を済ませ、玄関に向かう。ドアを開けようとしたコウヘイはドアの向きが逆なことに気づいた。

(あれ、何で逆?……昨日は、どうだったっけ?)

 疲労と眠さ、そしてアキのことを考えていたため、コウヘイは、昨夜のことをあまり覚えていなかった。

 違和感が次第に不安へと変わっていった。不気味さも感じながら、コウヘイは、一先ず小学校へと向かうことにした。




「何だこれ?!」


 日の光の下で外に出たコウヘイは、昨夜からの違和感の正体に気づいた。普段、見慣れた通学路の景色が、おかしい。

 コウヘイの目に映る道の看板、自動販売機の並び、車の車線──それらが左右入れ替わっていた。

 目を疑う光景に、コウヘイは大通りまで駆け出した。え、嘘?と心の中でつぶやきながら、大通りに出る。
そこで目に入ってきたのは、先ほどと同じ光景──左右が入れ替わった町の様子だった。


 困惑。唖然。バクバクと脈打つ心臓の音が鳴り響く。コウヘイは、皆がどうなっているのか気になった。今だ状況を飲み込めないまま、ふらふらと大通りを歩き、小学校へと向かった。







△▲△▲
 小学校の校門に着いたコウヘイは、校門をじっと見つめる。その後、ゆっくりと歩きだし、校庭、校舎の順に注視する。


「ここもか……」


 通学路で気づいた左右の反転。一縷の望みで小学校へやってきたが、校門の飾りや校庭の遊具、校舎の大時計と様々なものが反転していた。

 昇降口の階段に座り込んだコウヘイは、自分の頬をつねってみた。頬はしっかりと痛かった。ジンジンと鈍い痛みを発する頬を撫でながら、反転した世界が夢では無かったことに肩を落とす。


「これはこれは。反転世界に迷い込んだニンゲンがいるなんてね。どうしてこちらにきたのかね?」


 突然かけられた声に、コウヘイはビクッと体を震わせた。コウヘイは、恐る恐る声の方に振り向くと、そこにはタキシードを着たクロネコが立っていた。


「黙秘かね。まぁいい。そんなことより、ニンゲンよ。1人欠席者がいて困っていたんだ。オイラのクラスの活動に協力しないか?最後まで協力してくれるなら、元の世界に帰る方法を教えてあげてもいいが、どうかね?」


クロネコは右手で髭を撫でながら、コウヘイに問いかける。

……ネコが言葉をしゃべってる。

……こちらの世界。

……元の世界への帰り方。


 コウヘイの頭の中では、クロネコの発した言葉がグルグルと回りつづけていた。気になることが多すぎて、考えがまとまらない。


「オイラの言葉は通じているのかね?……もうすぐ始業の時間になるから、早く教室に向かってほしいんだがね」


 クロネコは左手の腕時計を付き出して、時計盤を見せてくる。コウヘイは促されるままに時計盤を見ると、そこには左右反転された数字が並んでいた。

 あぁ、ここもか。

 コウヘイは半ば諦めに似た気持ちで、ここが別世界であること、そして夢ではないことを理解した。

 なぜ、自分がこの世界にいるのか。どうすれば戻れるのか。目の前のクロネコは何物なのか。分からないことばかりであった。


「ニンゲン。名を何と言うのだね?」


「……コウヘイ」


 警戒しながらも、コウヘイはポツリと自分の名を名乗る。クロネコはニヤリと口角を上げ、コウヘイの腕を掴んだ。


「さあ、コウヘイ。オイラのクラスに案内しよう!」


 そう言ったクロネコに引っ張られるようにコウヘイは校舎の中に入っていった。同じタイミングで頭上からは、聞きなれた始業5分前の予鈴が鳴り響いていた。






△▲△▲
「ほら、ここだ。教室に入ったら皆に紹介するぞ」


 クロネコに引っ張られるまま、コウヘイは教室の前まで連れてこられた。
5年1組の札を見ると、ここも文字が反対に書かれている。

ガラガラッ。

 クロネコが引戸を開けると、教室の中にいた人達が一斉に教室の入口に顔を向ける。

  30人くらいの視線が自分に集まり、コウヘイは顔を硬直させる。


「はいはい、待たせたね。飛び入りゲストを紹介しよう。コウヘイだ。欠席したハルキの代わりに参加するからよろしく」


 クロネコは教室を見渡した後に、窓際の一番後ろに座る女子に視線を止める。


「そういう訳で、アキ!君のペアはコウヘイになる。仲良くしてあげてくれ!」


 クロネコが発した名前を聞いて、コウヘイは反応する。そしてその女の子の方を見て目を見開いた。

 そこにいたのは、昨日公園で一緒だったアキ、その人だった。

(え!?ア、アキ?)

 アキもこっちの世界に来ていた?
困惑の中、教室内をよく見れば、全員知った顔だった。教室にいたのはコウヘイのクラスメイトたちだった。


 自分だけじゃなかった。見知った友達がいた。空を埋め尽くしていた黒く分厚い雲がパーッと晴れていくように、コウヘイの心は一気に明るくなった。


「コウヘイ、取り敢えずアキの隣の席に座ってくれるかね。改めて課題について説明をするから」


 コウヘイが席に着くと、アキが小声で話しかけてきた。


「安心しな、私が引っ張ってやるからさ。よろしくな、コウヘイ」


「……あ、うん。よろしく」


 見た目はアキだ。しかし、今の話し方、雰囲気は……俺の知ってるアキじゃない。

 そう感じ取ったコウヘイは、まさか……と、ある考えが頭を過った。





△▲△▲
「よーし、コウヘイ!絶対、私たちが1番を取るぞ!頑張ろうな!」


 、ニカッと微笑むアキ。やはり別人だとコウヘイは思った。教室にいた他のクラスメイトも、話し方や雰囲気が違った。″反転″していたのだ。


 クロネコから出された課題は、簡単に言えば謎解きだった。町内を舞台にして、3つの謎を解き、示された場所に向かう。すべての謎を解いたペアが優勝というものだ。




 コウヘイとアキは町の中央にある公園に来ていた。時計の針はまだ昼前。

 鼻息荒く、1つ目の謎として与えられたカードを凝視するアキ。

 優勝を本気で目指しているんだろう。反転世界に来たのが 自分だけだったことが分かり、再び心に影をさしたコウヘイは、謎解きなんて気分じゃなかった。クロネコに言われた『元の世界への戻り方』を知るために仕方なくといったところだ。



「なんだよ、お前。やる気ねーのか?そんな辛気くさい顔しやがって。つーかさ、コウヘイはどこから来たんだ?この辺じゃ見かけない顔だし、他の町から来たんだろ?」


(アキの顔だけど、本当に別人だな。アキならこんなにズケズケと踏み込んでこない。それに……)


 何て説明していいか分からない。アキの質問に答えられず、黙り込むコウヘイだった。


「あぁ?答えたくないってか?ちぇ、何だよ、気を使ってやってんのに。つまんねーやつだな」


 アキは両手を頭の後ろに組みながら、そっぽを向く。返事をしないコウヘイに苛立つようにそんな言葉を浴びせた。


「……に」


「は?何だって?何て言ったんだ?」


コウヘイは小さい声でつぶやく。それを聞き取れなかったアキは聞き返した。


「……俺の状況なんて分かんないくせに!どこから来たのか?そんなの分かんないんだよ、遠いのか近いのか。何でこんなとこに来ちゃったのか。俺だってこんなとこに来たくなかった!知ってるやつは1人もいないし、帰れるのか分からないし、不安で、怖くて……。何なんだよお前!ズケズケと踏み込んできて!俺の知ってるアキは、もっと女の子らしくて、優しくて……嫌だー!!帰りたいー!!」


 抑圧されていた感情が決壊した。ポロポロと涙を溢しながら、ワーワー泣きわめくコウヘイ。それに呆気に取られて、立ち尽くすアキ。

 数秒の間をおいてアキは我に返る。周りをキョロキョロと見回してから、ばつが悪そうに頭をかきながら、コウヘイに近づいていく。

そして───、コウヘイを抱き締めた。


「え……」


 突然のアキの行動に、今度はコウヘイが呆気に取られる。あまりの驚愕さにこぼれていた涙がピタッと止まった。


「悪かったよ。お前の事情も知らないのにつまんねーやつとか言って。事情は分かんねーけど、不安なんだろ?しばらく、こうしててやるから落ち着け?」


 頼むからよ。とアキは顔を背けたまま、コウヘイを抱き締め続けた。


 アキの体温と心臓の音が触れている場所を通じてコウヘイに伝わる。

──トクン、トクン、トクン。

 ゆったりとした心臓のリズムは、次第にコウヘイの心に落ち着きを取り戻させた。


「……ありがとう。もう大丈夫」


 コウヘイがそう言うと、アキは身体を離した。コウヘイは照れくさそうに背中を向けてポツリと口にする。


「さっきはごめん。言い過ぎた」


「あ、いや、私こそ、ごめん」


 いや俺こそ。いや私が悪かったから。お互い顔を逆方向に向けながら、謝り、謝る。


「さっきの……何であんなことをしたの?」


「え、いや、私が泣いた時に母ちゃんがやってくれて……。だから、やってみたんだけどさ。あ、いや小さい頃な!今はもう泣かないからしてもらうこともないから!」


 あたふたとしながら、アキが説明する。その時、2人の目があった。

 
 そして、どちらからとなく、──笑みがこぼれた。


「フフフ。やっと目を合わせてくれたじゃん。笑った顔、結構イケメンじゃん?」


 冗談っぽく笑うアキ。その顔は自分の知っているアキの顔だった。



 それからコウヘイとアキは、1つ目の謎を解いた。アキが分からない所はコウヘイが、コウヘイが分からない所はアキが。話し合って、考えて、悩んで、2人で『アッ』と気がついて。答えがみつかった。


「お、早いな!アキとコウヘイは4番目のクリアだな。ほら、次の指令はこれだ。もっていくといい」


 答えの場所に行ってみると、そこにはクロネコが立っていた。クロネコは2つ目の場所のヒントを示す紙をくれた。

 コウヘイは紙を受け取り、アキを見る。アキは黙ってうなずいた。

「アキ、行こう!図書館だ!」

 紙に書かれた銅像。それは町内にある図書館の入口に建っている物に違いない。2人は町の中の図書館に向かって駆け出した。

 それをじっと見つめるクロネコ。右手で顔を撫でながら、その表情はどこか優しげだった。そして、


「ふむ、順調そうだね。最後までたどり着けるかな?たどり着けるといいんだがね」


とつぶやき、2人の背中が見えなくなると、忽然とその姿を消した。



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 目覚ましのアラーム音が、いつものようにコウヘイを目覚めさせる。
「──ん~」
 ベッドの上で大きく伸びをする。
 あぁ、学校に行く支度をしなきゃ。と、コウヘイは大きなあくびをしながら起き上がった。
 ダイニングに向かうと、やはり母親の姿は無い。やっぱり昨日は夜勤だったんだろうと、1人納得しながら、コウヘイは手慣れた手付きでシリアルに牛乳を注いでいく。
 手早く身支度を済ませ、玄関に向かう。ドアを開けようとしたコウヘイはドアの向きが逆なことに気づいた。
(あれ、何で逆?……昨日は、どうだったっけ?)
 疲労と眠さ、そしてアキのことを考えていたため、コウヘイは、昨夜のことをあまり覚えていなかった。
 違和感が次第に不安へと変わっていった。不気味さも感じながら、コウヘイは、一先ず小学校へと向かうことにした。
「何だこれ?!」
 日の光の下で外に出たコウヘイは、昨夜からの違和感の正体に気づいた。普段、見慣れた通学路の景色が、おかしい。
 コウヘイの目に映る道の看板、自動販売機の並び、車の車線──それらが左右入れ替わっていた。
 目を疑う光景に、コウヘイは大通りまで駆け出した。え、嘘?と心の中でつぶやきながら、大通りに出る。
そこで目に入ってきたのは、先ほどと同じ光景──左右が入れ替わった町の様子だった。
 困惑。唖然。バクバクと脈打つ心臓の音が鳴り響く。コウヘイは、皆がどうなっているのか気になった。今だ状況を飲み込めないまま、ふらふらと大通りを歩き、小学校へと向かった。
△▲△▲
 小学校の校門に着いたコウヘイは、校門をじっと見つめる。その後、ゆっくりと歩きだし、校庭、校舎の順に注視する。
「ここもか……」
 通学路で気づいた左右の反転。一縷の望みで小学校へやってきたが、校門の飾りや校庭の遊具、校舎の大時計と様々なものが反転していた。
 昇降口の階段に座り込んだコウヘイは、自分の頬をつねってみた。頬はしっかりと痛かった。ジンジンと鈍い痛みを発する頬を撫でながら、反転した世界が夢では無かったことに肩を落とす。
「これはこれは。反転世界に迷い込んだニンゲンがいるなんてね。どうしてこちらにきたのかね?」
 突然かけられた声に、コウヘイはビクッと体を震わせた。コウヘイは、恐る恐る声の方に振り向くと、そこにはタキシードを着たクロネコが立っていた。
「黙秘かね。まぁいい。そんなことより、ニンゲンよ。1人欠席者がいて困っていたんだ。オイラのクラスの活動に協力しないか?最後まで協力してくれるなら、元の世界に帰る方法を教えてあげてもいいが、どうかね?」
クロネコは右手で髭を撫でながら、コウヘイに問いかける。
……ネコが言葉をしゃべってる。
……こちらの世界。
……元の世界への帰り方。
 コウヘイの頭の中では、クロネコの発した言葉がグルグルと回りつづけていた。気になることが多すぎて、考えがまとまらない。
「オイラの言葉は通じているのかね?……もうすぐ始業の時間になるから、早く教室に向かってほしいんだがね」
 クロネコは左手の腕時計を付き出して、時計盤を見せてくる。コウヘイは促されるままに時計盤を見ると、そこには左右反転された数字が並んでいた。
 あぁ、ここもか。
 コウヘイは半ば諦めに似た気持ちで、ここが別世界であること、そして夢ではないことを理解した。
 なぜ、自分がこの世界にいるのか。どうすれば戻れるのか。目の前のクロネコは何物なのか。分からないことばかりであった。
「ニンゲン。名を何と言うのだね?」
「……コウヘイ」
 警戒しながらも、コウヘイはポツリと自分の名を名乗る。クロネコはニヤリと口角を上げ、コウヘイの腕を掴んだ。
「さあ、コウヘイ。オイラのクラスに案内しよう!」
 そう言ったクロネコに引っ張られるようにコウヘイは校舎の中に入っていった。同じタイミングで頭上からは、聞きなれた始業5分前の予鈴が鳴り響いていた。
△▲△▲
「ほら、ここだ。教室に入ったら皆に紹介するぞ」
 クロネコに引っ張られるまま、コウヘイは教室の前まで連れてこられた。
5年1組の札を見ると、ここも文字が反対に書かれている。
ガラガラッ。
 クロネコが引戸を開けると、教室の中にいた人達が一斉に教室の入口に顔を向ける。
  30人くらいの視線が自分に集まり、コウヘイは顔を硬直させる。
「はいはい、待たせたね。飛び入りゲストを紹介しよう。コウヘイだ。欠席したハルキの代わりに参加するからよろしく」
 クロネコは教室を見渡した後に、窓際の一番後ろに座る女子に視線を止める。
「そういう訳で、アキ!君のペアはコウヘイになる。仲良くしてあげてくれ!」
 クロネコが発した名前を聞いて、コウヘイは反応する。そしてその女の子の方を見て目を見開いた。
 そこにいたのは、昨日公園で一緒だったアキ、その人だった。
(え!?ア、アキ?)
 アキもこっちの世界に来ていた?
困惑の中、教室内をよく見れば、全員知った顔だった。教室にいたのはコウヘイのクラスメイトたちだった。
 自分だけじゃなかった。見知った友達がいた。空を埋め尽くしていた黒く分厚い雲がパーッと晴れていくように、コウヘイの心は一気に明るくなった。
「コウヘイ、取り敢えずアキの隣の席に座ってくれるかね。改めて課題について説明をするから」
 コウヘイが席に着くと、アキが小声で話しかけてきた。
「安心しな、私が引っ張ってやるからさ。よろしくな、コウヘイ」
「……あ、うん。よろしく」
 見た目はアキだ。しかし、今の話し方、雰囲気は……俺の知ってるアキじゃない。
 そう感じ取ったコウヘイは、まさか……と、ある考えが頭を過った。
△▲△▲
「よーし、コウヘイ!絶対、私たちが1番を取るぞ!頑張ろうな!」
 、ニカッと微笑むアキ。やはり別人だとコウヘイは思った。教室にいた他のクラスメイトも、話し方や雰囲気が違った。″反転″していたのだ。
 クロネコから出された課題は、簡単に言えば謎解きだった。町内を舞台にして、3つの謎を解き、示された場所に向かう。すべての謎を解いたペアが優勝というものだ。
 コウヘイとアキは町の中央にある公園に来ていた。時計の針はまだ昼前。
 鼻息荒く、1つ目の謎として与えられたカードを凝視するアキ。
 優勝を本気で目指しているんだろう。反転世界に来たのが 自分だけだったことが分かり、再び心に影をさしたコウヘイは、謎解きなんて気分じゃなかった。クロネコに言われた『元の世界への戻り方』を知るために仕方なくといったところだ。
「なんだよ、お前。やる気ねーのか?そんな辛気くさい顔しやがって。つーかさ、コウヘイはどこから来たんだ?この辺じゃ見かけない顔だし、他の町から来たんだろ?」
(アキの顔だけど、本当に別人だな。アキならこんなにズケズケと踏み込んでこない。それに……)
 何て説明していいか分からない。アキの質問に答えられず、黙り込むコウヘイだった。
「あぁ?答えたくないってか?ちぇ、何だよ、気を使ってやってんのに。つまんねーやつだな」
 アキは両手を頭の後ろに組みながら、そっぽを向く。返事をしないコウヘイに苛立つようにそんな言葉を浴びせた。
「……に」
「は?何だって?何て言ったんだ?」
コウヘイは小さい声でつぶやく。それを聞き取れなかったアキは聞き返した。
「……俺の状況なんて分かんないくせに!どこから来たのか?そんなの分かんないんだよ、遠いのか近いのか。何でこんなとこに来ちゃったのか。俺だってこんなとこに来たくなかった!知ってるやつは1人もいないし、帰れるのか分からないし、不安で、怖くて……。何なんだよお前!ズケズケと踏み込んできて!俺の知ってるアキは、もっと女の子らしくて、優しくて……嫌だー!!帰りたいー!!」
 抑圧されていた感情が決壊した。ポロポロと涙を溢しながら、ワーワー泣きわめくコウヘイ。それに呆気に取られて、立ち尽くすアキ。
 数秒の間をおいてアキは我に返る。周りをキョロキョロと見回してから、ばつが悪そうに頭をかきながら、コウヘイに近づいていく。
そして───、コウヘイを抱き締めた。
「え……」
 突然のアキの行動に、今度はコウヘイが呆気に取られる。あまりの驚愕さにこぼれていた涙がピタッと止まった。
「悪かったよ。お前の事情も知らないのにつまんねーやつとか言って。事情は分かんねーけど、不安なんだろ?しばらく、こうしててやるから落ち着け?」
 頼むからよ。とアキは顔を背けたまま、コウヘイを抱き締め続けた。
 アキの体温と心臓の音が触れている場所を通じてコウヘイに伝わる。
──トクン、トクン、トクン。
 ゆったりとした心臓のリズムは、次第にコウヘイの心に落ち着きを取り戻させた。
「……ありがとう。もう大丈夫」
 コウヘイがそう言うと、アキは身体を離した。コウヘイは照れくさそうに背中を向けてポツリと口にする。
「さっきはごめん。言い過ぎた」
「あ、いや、私こそ、ごめん」
 いや俺こそ。いや私が悪かったから。お互い顔を逆方向に向けながら、謝り、謝る。
「さっきの……何であんなことをしたの?」
「え、いや、私が泣いた時に母ちゃんがやってくれて……。だから、やってみたんだけどさ。あ、いや小さい頃な!今はもう泣かないからしてもらうこともないから!」
 あたふたとしながら、アキが説明する。その時、2人の目があった。
 そして、どちらからとなく、──笑みがこぼれた。
「フフフ。やっと目を合わせてくれたじゃん。笑った顔、結構イケメンじゃん?」
 冗談っぽく笑うアキ。その顔は自分の知っているアキの顔だった。
 それからコウヘイとアキは、1つ目の謎を解いた。アキが分からない所はコウヘイが、コウヘイが分からない所はアキが。話し合って、考えて、悩んで、2人で『アッ』と気がついて。答えがみつかった。
「お、早いな!アキとコウヘイは4番目のクリアだな。ほら、次の指令はこれだ。もっていくといい」
 答えの場所に行ってみると、そこにはクロネコが立っていた。クロネコは2つ目の場所のヒントを示す紙をくれた。
 コウヘイは紙を受け取り、アキを見る。アキは黙ってうなずいた。
「アキ、行こう!図書館だ!」
 紙に書かれた銅像。それは町内にある図書館の入口に建っている物に違いない。2人は町の中の図書館に向かって駆け出した。
 それをじっと見つめるクロネコ。右手で顔を撫でながら、その表情はどこか優しげだった。そして、
「ふむ、順調そうだね。最後までたどり着けるかな?たどり着けるといいんだがね」
とつぶやき、2人の背中が見えなくなると、忽然とその姿を消した。