クロネコとコウヘイ01
ー/ーひどく暑かった夏に陰りが見え始め、ようやく過ごしやすい日が増えてきた。暦の上では10月に入ったが、まだ山の木々は緑を保ち、秋らしさはまだ見えない。
ある日の放課後、小学5年生のコウヘイは、学校近くにある自然公園の入口に立っていた。その手にはタブレットを抱え、いつもよりそわそわしながら班のメンバーが来るのを待っていた。
コウヘイは公園の時計をチラリと見る。集合時間までゆうに30分以上ある。
(さすがに早すぎたか、失敗したなぁ)
コウヘイは帽子の鍔を下げて顔を隠し、押さえきれない胸の高鳴りを誤魔化すように、その場にしゃがみこんだ。
コウヘイは、班のメンバーが揃うのを待っていた。今日は植物観察のグループ課題をするため、自然公園に集まる約束をしていた。
何度も時計を確認するコウヘイ。同じ班には、今年から同じクラスになったアキという女の子がいた。
アキは、落ち着いた感じの少し控えめな女の子だったが、たまたま席が近くになったことで話をするようになった。
他愛の無い話題ばかりだったが、何かにつけて笑ってくれるアキのことを、いつしかコウヘイは気になるようになっていた。
しかし、席替えでアキと離れてしまうと、一転して話をする機会はめっきり少なくなってしまった。話したいけど話しかける勇気がなく、遠目に眺める日々が続く。
そんな時に課せられたグループ活動で、たまたまアキと一緒になれた幸運に、コウヘイの心は弾んでいた。
△▲△▲
「あ、コウヘイくん!来るの早いね?」
その声にコウヘイの心臓が跳ねた。
「さっき着いたばかりだよ。みんな一緒だったんだ」
うるさい心臓の拍動と30分以上待っていたことを誤魔化すように、ぜんぜん待っていない風に返事をする。
実はこの時点で、すでに水筒の残量は半分ほどまで減っていた。コウヘイは喉の乾きを、それほど高くない気温のせいにすることにした。
コウヘイのグループは、アキ以外は去年も同じクラスだったため、すでに気軽に喋れる関係だった。
「よし、じゃあ課題をさっさと終わらせようぜ!」
コウヘイの号令で公園内の植物を探し始める。少し歩くと1つ目の花・コスモスを見つけ、タブレットで写真を撮る。そして個人で感じたことをそれぞれが記録していった。
2つ目の課題である菊の花を探していると、同じ班の女子・ユウカが近づいてきた。
「コウヘイくん、アキのこと避けてるんだって?何かアキが気にしてたよ、『私、何かしたのかな?』って」
思っても見なかったユウカからの情報に、コウヘイは思わず声が出そうになった。
「いや、避けてないよ?え、何でそうなるの?」
「なんか、前はよく喋ってくれたのに、急に話してくれなくなったって言ってたよ。アキのこと、嫌いじゃないなら、少しは話ししてあげなよ」
ユウカが言うには、アキは大人しい性格のため、仲良くなるのに時間がかかるタイプらしい。男の友達はほとんどいなく、隣の席になったコウヘイが積極的に話しかけてくれたのが嬉しかったそうだ。
お願いね。と念を押され、あ、う、うん。と半端な返事をしてしまうコウヘイ。
そんな話をしていると、少し遠くからアキの声が響いた。
「菊の花、見つけたよー!!」
声の方を見ると、アキが笑顔で手を振っていた。
ユウカは咳払いをして、コウヘイに返事することを促す。戸惑うままにコウヘイはアキに向かって手を挙げる。急に照れ臭くなったコウヘイは、誤魔化すように駆け出した。
「先にアキの所までついた方が勝ちな。負けたらジュースで」
「え、ちょっ……ズルいよ!」
待ってよー。と後ろから聞こえる声を置き去りにして、コウヘイは全力で走った。
「コウヘイくん、早ーい!でも女の子を置いてきちゃ駄目だよ」
「勝負は真剣にやらないとね」
走ったからか、少し熱い頬を手で拭って、コウヘイは水筒を傾ける。残り3分の1くらいまで減った水筒に頼りなさを感じながら、観察しようぜ。と、皆を促して菊の花の場所に移動した。
ユウカに言われた言葉が頭の中をグルグルと回る。動揺するコウヘイをよそに、班活動は順調に進み、3個目のススキの観察記録も無事に終わった。
少し休憩しよう。とユウカが言い出し、林道に立つ東屋で一息入れることになった。
爽やかな秋の風が4人の間を抜けていく。心地よい秋の日和。まさに植物観察にうってつけの日であった。
ユウカとアキの笑い声を耳にしながら、コウヘイは手持ちぶさたに水筒を傾ける。すっかり軽くなった水筒を少し振りながら、その残量を確認していると、アキがコウヘイに声をかけてきた。
「コウヘイくん、水筒の中身、無くなりそうなの?向こう側に水道があったから案内しようか?」
「あ……ま、まだ残ってるから大丈夫かな」
その声にドキッと心臓を震わせながら、コウヘイはどもりながら答える。
そんなコウヘイに向けて、アキの隣から鋭い視線が飛んで来るが、それに気付かないふりをして、コウヘイは休憩の終わりを宣言する。
「よし、そろそろ再開しようぜ!暗くなる前に最後の課題を探そう!」
立ち上がるコウヘイ。何か言いたげなユウカの視線に敢えて背を向ける。
その時、ビュウッと強い風が急に吹き込んできた。4人は思わず顔を背けて、薄目になる。その傍らでは、観察を終えたススキの一群が穂を大きく揺らしていた。
「なかなか見つからないね。分担してもう少し遠くを探してみようか?」
ユウカはアキと相談する。最後の課題である彼岸花が見つからない。夕方の時間も迫ってきていたため、4人は捜索エリアを広げて、あと30分だけ探すことにした。
「じゃあ、見つかっても見つからなくても午後4時に、さっきの東屋に集合ね」
ユウカはそう言って公園の東側に向かっていった。
東屋を中心に東西南北のエリアに分かれた大捜索。少し日が傾いてきて気温が下がったようだ。コウヘイは少し腕を手で擦りながら、北側のエリアに向かっていた。
「なかなか見つからないなぁ」
少し疲労もあるのだろう。誰に向けられたでもない言葉がコウヘイの口から漏れる。
ふと、彼岸花を探すコウヘイの鼻を甘い香りが刺激する。
(これ……何の匂いだっけ?前にも嗅いだことのある……)
風に乗って漂う甘い香り。コウヘイはその香りに導かれるように林道から続く石段を登っていった。
石段を登るほど、甘い香りは濃くなっていく。クラクラするような強い香りに耐えながら、コウヘイは最後の一段を登りきった。
(……何も、ない)
階段を登りきった先には何もなかった。キョロキョロと辺りを見渡すが、やはり何もない。いつの間にか甘い香りも消えていた。
その後も辺りを散策したが、結局、目当ての彼岸花は見つからなかった。
(もう少しで時間か。戻るか)
元来た道を戻って、コウヘイは階段を降りていく。東屋を目指して少し急ぎ足で林道を進んでいくと、ようやく東屋が見えてきた。
(あれ?誰もいない)
集合時間を5分ほど過ぎて到着したが、東屋には他の3人の姿はなかった。遅れているのかと思ったコウヘイは、しばらく待つことにした。
しかし、5分が過ぎても10分が過ぎても誰も姿を現さなかった。
「アイツら、もう先に帰っちゃったのかな?」
西の空は既に赤く染まり、薄暮の頃が迫ってきていた。
仕方ない。と、コウヘイは公園の入口を目指して歩き始めた。
(きっと、先に帰ったんだよ。きっとそうだ)
公園を出て、自宅までの帰路に着いたコウヘイだったが、ふと違和感を感じた。見慣れた道路に建物。二つ先の交差点を過ぎれば、家まであと10分そこらの距離だ。
(何だろう……何か、変だなぁ)
一定間隔で設置されている街灯が道を照らす。コウヘイは歩きながら違和感の正体を考えていると、気付けば自宅が見えてきた。
玄関の鍵を開け、『ただいま』と呼び掛けるが返事がない。家の中の明かりはついていたので、聞こえなかったのか?と、コウヘイは考えながら、リビングの方に向かった。
「……あれ?誰も……いない?」
明かりのついたリビングに家族の姿はなく、誰もいなかった。ダイニングテーブルを見ると、そこには温かなカレーライスが準備されていた。
「……夜勤だったのかな?」
父親は単身赴任で不在、母親は看護師をしていた。母親は時々、夜勤があり、その時は今日と同じようにコウヘイの食事を用意してから家を出てくれていた。
コウヘイはスプーンを取り出すため、キッチンにある引き出しを開ける。するとそこには、トングやピーラーなどの調理器具が。
「あれ?場所、変えた?」
隣の引き出しを開けてみると、そこにはスプーンやフォークが仕舞われていた。
「母さん、仕舞う場所を変えたのかな?……まぁいいか。いただきます」
少し甘めの我が家の味を噛み締めながら、コウヘイは公園でのことを思い返していた。
(避けてるつもりはないんだけどなぁ)
自分が避けられてると思えば、なかなかにショックだ。ましてや、アキから避けられたら、その威力たるや、凄まじかろう……。
コウヘイはそんなことを考えながら、明日学校に行ったら、頑張ってアキに謝ろうと決めた。
公園の散策の影響か、お腹が膨れると一気に睡魔がコウヘイを襲う。ベッドで横になりたい気持ちを堪えながら、シャワーを浴びるため、浴室へと向かう。
コウヘイは服を脱ぎ、浴室の扉を開けようとしたが開かない。
「え?なんで?」
よく見ると扉の向きが反対になっていた。不審に思いながらも、眠さを優先してさっさとシャワーを浴びることにした。
パジャマに着替えたコウヘイは、バタリとベッドに倒れ込む。
(そう言えば、公園や帰り道で感じた違和感って何だったんだろう。家の中も何かいつもと違うような……)
気のせいか。それとも……。と考えているうちに、眠気の限界を迎えたコウヘイは、その意識を手放していった。
続
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