「おいしい?|実音《みおと》ぉ♡」
「ああ|音々《ねね》、すっごく美味しいよ!(ちょっと甘すぎるんだよな~、お菓子じゃないんだから……)今までで一番旨いカレーじゃないかな!」
「……」ちょっぴりニヤリとし、いらだつ様子の|音々《ねね》27才。衣料品の物流倉庫で働く頑張り屋さんの女性だ。
「どーしたの~。ねーねちゃん?」慌てる|実音《みおと》26才。彼は宅配業者に勤めトラックに乗っている。
「うそつきっ! プイッ、きらいよ! |実音《みおと》きらいきらい嫌い!」
真っ青になる|実音《みおと》。ガ――――――――ン!
(き、嫌いって……グスン。なに)
上目づかいで、ほっぺに涙をつけた|音々《ねね》が言う。
「おいしくないって感じたんでしょう?」
(ギク!)うろたえる|実音《みおと》。(なんで? あ! ……またなのか?)
「声で判っちゃった!」
(やっぱりそうか)
そうなのだ。『|実音《みおと》が心にもない事を言うと、また隠し事などをすると、なんとなく判ってしまう|音々《ねね》』
いわば|実音《みおと》の狂ったチューニングには絶対音感が働き、聴き逃さない! そんな|音々《ねね》。
ふたりは交際5年になる。しかしそれは、お付き合いが長いゆえにそうなった訳ではなく、はじめっからそうだった。|実音《みおと》のわずかに上ずった声だけで|音々《ねね》は|実音《みおと》の他意に気づくのだ。
|音々《ねね》は友達の|真弓《まゆみ》の紹介で|実音《みおと》と知り合い、互いに一目惚れし交際がスタートした。
初デートの際、|音々《ねね》は深紅のルージュを塗っていそいそと待ち合わせ場所に現れた。
それを見た時|実音《みおと》は(ちょっと毒々しくて怖い! たべられそう)と感じたが、「待たせてごめんなさい! |実音《みおと》くんっ」の言葉に対し、「ううん、今来たとこだよ。|音々《ねね》ちゃん、とってもセクシーな口紅だね。似合ってるよ」
|実音《みおと》にすれば、愛しい|音々《ねね》に気に入られたい一心で出たリップサービスだった。妖怪みたいと思ったけど、|音々《ねね》を好きなのだ。
「ぷんすか!」……褒めたのに、いきなり|音々《ねね》が機嫌を損ねたので凄くびっくりした|実音《みおと》。
「いいわっ……。|実音《みおと》くん、車はどこ? 早く連れて行って!」特にその時には事情を説明しなかった|音々《ねね》。
その後は楽しいファーストデートを無事過ごせた。
それからも、|実音《みおと》と一緒に居ると時々、突如と怒り出すことのある|音々《ねね》は(お天気屋さんなのかな~)ぐらいにしか|実音《みおと》は考えなかった。
そうして真実が露わになったのは、忘れもしない3年前のある夜。
「久しぶりに行くか!」と|実音《みおと》は仕事帰りにパチンコへ行った。
すると……「うわっほ――い!」玉が出る出る!「いぇーい! 楽しい、うれしいっ!」
気づくと2時間以上遊んでいた|実音《みおと》。
(いっけね、|音々《ねね》電話かけてきてるかな?)
スマホを取り出すと着信17件。あゎゎわ!
大急ぎでパーキングへ行き電話を掛けた。
「もしもし、|音々《ねね》? ごめんねー! 電話出られなくて、今日運ぶ荷物が多くってさ、残業してたんだよ」
なんとなく……『パチンコであそんでた』と言ったら怒られそうな気がしたから……。
その時だ。
「ちがうよね? |実音《みおと》?」
「え! 違うってなにが?」
「残業じゃなかったでしょー」
まるで見ていたかのような|音々《ねね》の口ぶり。
「なにかは知んないけど、『残業ではなかった』。絶対音感でわかるの!」
……ハイ?「な、なぁに? それ、音々《ねね》」
「あたしはね、|実音《みおと》が嘘ついたり、隠し事をするとあなたの声でわかっちゃうの! どうしてかわかんない。|実音《みおと》だけに発揮される特技よ」
おったまげーの|実音《みおと》だ。なんかこの先付き合って行くの、緊張すると感じた。でも……そんな心配以上に|音々《ねね》を愛していた。
「御免なさい、|音々《ねね》。パチンコに行っていました」
「そ」
|音々《ねね》の素敵な処は、どんなに|実音《みおと》がどうでもいい嘘を言ったって、すぐに許して気にしない処だ。
その『絶対音感種明かし』から3年が経過した今。
目下|実音《みおと》にはある企みがある。
決行するのは、|音々《ねね》と|実音《みおと》の休日が重なる明日だ。
|実音《みおと》は夜、|音々《ねね》に電話を掛けた。
「|音々《ねね》、御免! またなんだよ、仕事着のズボンの裾がほつれちゃってるの。明日やってもらえないかな?」
ドキドキ……ドキドキ……。バレちまうかな。
すると|音々《ねね》は快く、「うん、良いよ!」と言ったので、かえって怖くなるビビりの|実音《みおと》であった。
(嘘に気づかないふり、してるのか? ……なんかおかしいぞ?)
その夜|実音《みおと》は寝にくかった。よっぽど作業服のズボンの裾を引き千切ってやろうかとすら考えるほどソワソワ……ソワソワ……。
*
♪ピンポーン。
翌朝、約束通りに10時に|音々《ねね》がやって来た。
「|実音《みおと》ぉ……ン~ちゅ!」ラブラブのふたりだ。
「ありがとう、来てくれて、|音々《ねね》」
「うん|実音《みおと》。あ……ズボン先にお針しちゃおっか?」
(あれ? |音々《ねね》本当にオレの企みに気づいてないんだな……)
「ズボン、破れてないの!」白状する|実音《みおと》。
「え! ……じゃぁ、 |実音《みおと》、あたしの絶対音感は何処へ行ったのっ?」
ズコー!(こっちが訊きたいぐいだっつーの)
「知らないさ。あのね、|音々《ねね》がこれからもずっと、オレの嘘を見破ろうとも、オレが内緒ごとをできなかろうとも、オレはなに一つ困る事はない。もう意味のない適当を言わないと決めたし、万が一言っちまって|音々《ねね》に指摘されたって、オレの|音々《ねね》への気持ちは変わらないの」
黙って真顔で聴いている|音々《ねね》。でも時々ブツブツ言っている……。
「あたしの絶対音感はどうしたのかな。ブツブツ……」
そんな中、ポケットから取り出した宝石箱を開いた|実音《みおと》。
パカッ!
「オレとずっと、一緒に居て欲しい」
|音々《ねね》の華奢な左手薬指に指輪をはめようとしたその瞬間だ。まだブツブツ言っていた|音々《ねね》が急にしゃがみこんだ。
「あっれぇ? ベッドの下かな~?」
と、自慢の特技『絶対音感』を探すために。
体勢を崩し、|実音《みおと》はマジでずっこけた。ズボンのおしり部分が破れた。
「あったあったー! こんなところにあたしの絶対音感。うふふ♡は~い! お約束通り縫い縫いしまーす!」
嬉しそうに|実音《みおと》のおしりをポンポンッとする|音々《ねね》。
(指輪……)と、|実音《みおと》。(プロポーズ考え直したほうが良いのかな~)とも渋い顔をし考える|実音《みおと》。
それでも、|音々《ねね》しかいない! との答えに着地する|実音《みおと》なのであった。