──んなもん、自分で消せよな。
この仕事をしていると、一日十回は同じことを考えてしまう。
「見たくもないので、早く消してください」
どいつもこいつも意気地なしだ。だが、それで飯を食う身としてはありがたい顧客に違いなかった。
律の立ち上げた仕事は、依頼人のフォルダに残る、過去の思い出を消すことだった。
愛の清掃員。
「お疲れさまでした」
律はまたひとつ、カップルの記録を消し去った。
甘い恋の成れの果てが「見たくもない」というのは、なんとも耳の痛い話だ。
「結局、人を見る目がないんだよな」
律は、未読メールから【至急】と書かれたものをクリックした。
「夜も眠れません。早急に消してほしいのですが」
依頼人の名前はアン。
嫌味な名前だ。
「赤毛かよ」
請われるがまま、律は対象のフォルダを開こうとした。しかし、そのタイトルが実にあんまりだった。
──ラヴ・ジャンク。
愛の残骸。
元からだろうか。だとしたら、ウィットに富んだ依頼人だ。
「……破滅的な恋でもしたか?」
開いてみると、思いがけず、オレンジな画像が均一に並んでいた。
その数、1096項目。
NOKYO MILK。
農協牛乳だった。
「──嘘だろ?」
思わず立ち上がった。
キャスター付きのチェアが勢いよく滑り、その黒い軌跡が四畳の空間を分断する。
律は、目の前の光景が信じられなかった。
勢いよくマウスを掴み、フォルダを遡ってみても、オレンジ色のパッケージばかりが目に焼きついた。
農協牛乳を持つ無骨な指。
その後ろに映るのは、この部屋に飾られた中森明菜のポスターだった。
「嘘だろ、杏」
牛乳を飲むのは、律の毎朝の習慣だった。
──愛してる。好きだよ。
溢れる思いを牛乳のパッケージに書きつけては、杏に送信する。それが日課だった。
電話をかけるべきか。
しかし、依頼人の要請を断るわけにもいかない。それに、依頼先が自分だと彼女に悟られたくない。
律はパソコンに視線を戻した。
「見たくもないのかよ」
ホイールを回す指は、この世で何よりも必死だった。
付き合い始めて3年。ケンカもしていない。ここまで順調だと思っていた。なのにどうして──。
律は、最後の一枚をクリックした。
その写真だけが、他とはまるで異なっていたからだ。
彼女の部屋。
彼女の指。
彼女の、満面の笑み。
「結婚しよ?」
パソコンいっぱいに広がった、パッケージに書かれた愛らしい文字。
律は、泣いた。