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第1節 時間稼ぎ/ §2

ー/ー



   ―セクション2―

「……薗巳(そのみ)……」

 闘司(とうじ)が顔をしかめて妻を見やった。が、驚きはしなかった。名は明かされなかったが、紀伊国から事前に、限りなく近しい身内の中に、犯罪に関与した人間がいると聞かされていたからだ。

「なぜこんな事を? お前は、会社を大きくするために、すべてを投げ打って尽力していたではないか」

「こんなこと……こんな……私は、チップのことなんて知らない。ただ、ただ……研究費と研究場所を提供しさえすれば……プロフューの設計図さえ渡せば――」

「弓佳さんを救えると言われたんですか? ――息子さんに?」

「そ……う……」

 薗巳の返答に、役員室がどよめいた。

 闘司も周も目を見開く。

「……ううっ……」

 薗巳は床に崩れて泣き始めた。

「だって、あの子はもう助からなかった……。でも、弓佳を助ける技術を研究しているって言うから、ずっとサポートしてきたのよ……南波のことも、研矢のことも。南波博士は亡くなったけれど、研矢が研究を受け継ぎ、弓佳を救ったの……本当よ……あの子歩いたわ。……でもまだ弓佳を本当の姿にするには、まだ研究が足りない……プロフューでのシステムが参考になるから、内部を知りたいって言われて……まさか、侵入してそんなことをしていたなんて……」

「俺――私を殺そうとした理由は?」

「弓佳の体のことを警察が――高犯対が、探っているって知って……。弓佳の体が違法研究によるものだと知られれば、あの子の命が軽んじられると思ったの。だから、能力者のあなたを殺せば、バレないと……」

「では、私を殺す判断は、あなたの独断という事ですか?」

 薗巳は項垂れて頷いた。

(うーん、こっちのルートでは、エイトと研矢のオリジナルには辿り着けないみたいだ)

 大杜は内心で大きな溜め息をついた。

「ママ……ひどいわ……」

 (あまね)が目に涙を浮かべた。

「私は弓佳を助けたかったのよ! 会社を傾ける気なんて――」

「違うわよ!」

 パシンと乾いた音が響いた。周が、母の頬を叩いた音だ。

 大杜はギョッとして、周を見やった。

「あなたはわかってないの? 弓佳を助けたかったくせに、娘を助けたかったくせに――大杜君だって人の子よ? 自分の子を助けるために、人の子を殺すのはなんとも思わないの……?」

 紀伊国が小さく息を吐いたことに気付いて、大杜は顔を見やった。

 彼の中にも怒りはあったのだ。立場上吐き出すことはできないが、周が代弁してくれた形となり、心につっかえていたものがとれたような気持ちになった。

「あんたに何がわかるの⁉︎ 子供を持った事がないくせに。あんただって親になれば、わかる時がくるわ!」

「わからないわよ!」

「……やめなさい」

 二人のやりとりに闘司がたしなめに割って入ると、薗巳は床にうずくまり、嗚咽を上げた。

 周は唇を噛み締めたが、大杜と視線が合うと、小さく会釈する。

 大杜は頷き返した。

「松宮薗巳さん、御同行願いますね」

 大杜は彼女の片手に手錠を掛けたあと、その手の上に、周の手を重ねさせた。

「お母さんの代わりに、弓佳さんの見舞いをしていたと聞きました。助けたい気持ちは同じですね」

「……そう、ね」

 周は薗巳の手をぎゅっと握りしめた。

 とそのとき、給仕のための業務ロボットが、不意にハサミを握り、薗巳に向かってきた。

 扉の側にいたアイビーが飛びかかり、すぐさまその手を掴んで捻り引き倒す。ヒューマン型の業務ロボットが相手であれば、動き自体は人間の犯罪者を取り押さえることと変わりない。

「アイビー、ダメだ! そいつを離せ!」

 大杜は屋上での出来事を思い出して、とっさに叫んだ。

 だがすでに、アイビーのセンサーが、業務ロボットの異常な温度上昇を察知していた。

 アイビーは相手を掴んだまま、窓へ走る。窓ガラスの向こうへ放り投げようとした時、相手が自分を掴んでいることに気付き、直前で体勢を変えた。

 共に、窓の外へ。

『アイビー、キミカゲ――大杜を頼んだよ』

 そんな言葉と、キミカゲの消滅時に泣いた大杜の顔が浮かぶ。

(泣かせたくはないが、仕方ないな)

 アイビーの考えに気付いた瞬間、大杜が絶叫する。

「やめろ‼︎ これは命令だ‼︎」

 しかし窓が割れ、アイビーと業務ロボットは空中に飛び出た。直後、外からの爆風が室内に吹き込む。

「だ……ダメだって言ったのに‼︎ アイビーのバカ! 大バカ! 泣いてやらないからな、ぜったい! ふざけんな! ふざけんなよ!」

 大杜が喚き散らす。

「大杜‼︎」

 武朗のゲキが飛び、大杜はびくりと体を震わせ、我に返った。

 紀伊国が応援を要請しているのも聞こえてくる。

(そうだ……俺は……俺がパニックになってどうする……)

 大杜は両手で思いっきり自分の頬を叩いくと、室内を見渡した。

「お怪我をした方はありませんか⁉︎」

「大丈夫だ」

 高齢の役員が皆を代表する様に答える。

 大杜は頷いて、闘司に声を掛けた。

「五分以内に、ヒューマン型を一体手配してくれませんか?」

「わかった。一階に用意しよう」

 闘司が部屋を出ようとするのを、武朗が止める。

「駄目です。他の人に準備するよう指示して下さい。――大杜、この部屋を封鎖する。役員たちを守る必要がある」

 武朗は大杜のそばに寄りながら言う。

「今のロボットは、ここを見ていたような行動だった。だがこの天候では屋外から覗くのは無理だ。なら、プロフューでの出来事と同じで、ビル内の防犯カメラで覗かれている可能性がある。事態を掌握するまで、下手に動かず安全な場所に留まってもらった方がいい」

「確かに。――この部屋は安全ですか?」

「うむ。役員用の部屋だからそれなりに丈夫だ。皆でここに待機しておくとしよう。それより君は早くアイビーのところへ行きたまえ。残骸になっているはずだ」

「ええ……」

 大杜は薗巳の手錠の片方を、椅子に繋ぎ直し、周を見やった。

 彼女は強い眼差しで大杜を見つめ返す。

「父も母もこの会社も――守るわ。研矢も弓佳もよ。だからあなたはあなたの大切なものを守って」

「はい」

 大杜は力強く頷いた。

 と、ケリアからの通信が入る。

『屋上に、研矢さんの姿を確認』

「え!」

 大杜が声を上げた。

『接触しますか?』

「いや、待て! どっちか――」

 言いかけて、大杜は声をつぐんだ。闘司は研矢の件は娘と妻には言わないと言っていたのを思い出す。薗巳は研矢の研究のことを知っているが、研矢にクローンがいることは知らないはずだ。

「ケリア、俺が見に行く」

「大杜、お前はアイビーの救助が先だ。研矢は俺が対応する」

 武朗の言葉に、大杜は唇を噛み締めた。

「わかった。お願いするよ」

 大杜は紀伊国とオリーブを振り返った。

「ブラインドを下ろし、ここを閉鎖して、副室長はここから指揮をお願いします。オリーブは防犯カメラのハッキングに対抗し、早く奴らの視界を遮断し、どこからアクセスしているか場所も特定するんだ」

「了解しました」

「副室長、ビル内にいる全員に、一番近い安全な部屋に集まって、鍵をかけて出ないように指示をして下さい。その際人工知能を有したロボットは含まないようにとも」

「それは私が指示しよう」

 言ったのは高齢の役員だった。

「ではよろしくお願いします」

 大杜は言うと、武朗の手を掴んで部屋を飛び出した。

「ここからなら屋上の方が近い。とりあえず一緒に上へ行こう」



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   ―セクション2―
「……|薗巳《そのみ》……」
 |闘司《とうじ》が顔をしかめて妻を見やった。が、驚きはしなかった。名は明かされなかったが、紀伊国から事前に、限りなく近しい身内の中に、犯罪に関与した人間がいると聞かされていたからだ。
「なぜこんな事を? お前は、会社を大きくするために、すべてを投げ打って尽力していたではないか」
「こんなこと……こんな……私は、チップのことなんて知らない。ただ、ただ……研究費と研究場所を提供しさえすれば……プロフューの設計図さえ渡せば――」
「弓佳さんを救えると言われたんですか? ――息子さんに?」
「そ……う……」
 薗巳の返答に、役員室がどよめいた。
 闘司も周も目を見開く。
「……ううっ……」
 薗巳は床に崩れて泣き始めた。
「だって、あの子はもう助からなかった……。でも、弓佳を助ける技術を研究しているって言うから、ずっとサポートしてきたのよ……南波のことも、研矢のことも。南波博士は亡くなったけれど、研矢が研究を受け継ぎ、弓佳を救ったの……本当よ……あの子歩いたわ。……でもまだ弓佳を本当の姿にするには、まだ研究が足りない……プロフューでのシステムが参考になるから、内部を知りたいって言われて……まさか、侵入してそんなことをしていたなんて……」
「俺――私を殺そうとした理由は?」
「弓佳の体のことを警察が――高犯対が、探っているって知って……。弓佳の体が違法研究によるものだと知られれば、あの子の命が軽んじられると思ったの。だから、能力者のあなたを殺せば、バレないと……」
「では、私を殺す判断は、あなたの独断という事ですか?」
 薗巳は項垂れて頷いた。
(うーん、こっちのルートでは、エイトと研矢のオリジナルには辿り着けないみたいだ)
 大杜は内心で大きな溜め息をついた。
「ママ……ひどいわ……」
 |周《あまね》が目に涙を浮かべた。
「私は弓佳を助けたかったのよ! 会社を傾ける気なんて――」
「違うわよ!」
 パシンと乾いた音が響いた。周が、母の頬を叩いた音だ。
 大杜はギョッとして、周を見やった。
「あなたはわかってないの? 弓佳を助けたかったくせに、娘を助けたかったくせに――大杜君だって人の子よ? 自分の子を助けるために、人の子を殺すのはなんとも思わないの……?」
 紀伊国が小さく息を吐いたことに気付いて、大杜は顔を見やった。
 彼の中にも怒りはあったのだ。立場上吐き出すことはできないが、周が代弁してくれた形となり、心につっかえていたものがとれたような気持ちになった。
「あんたに何がわかるの⁉︎ 子供を持った事がないくせに。あんただって親になれば、わかる時がくるわ!」
「わからないわよ!」
「……やめなさい」
 二人のやりとりに闘司がたしなめに割って入ると、薗巳は床にうずくまり、嗚咽を上げた。
 周は唇を噛み締めたが、大杜と視線が合うと、小さく会釈する。
 大杜は頷き返した。
「松宮薗巳さん、御同行願いますね」
 大杜は彼女の片手に手錠を掛けたあと、その手の上に、周の手を重ねさせた。
「お母さんの代わりに、弓佳さんの見舞いをしていたと聞きました。助けたい気持ちは同じですね」
「……そう、ね」
 周は薗巳の手をぎゅっと握りしめた。
 とそのとき、給仕のための業務ロボットが、不意にハサミを握り、薗巳に向かってきた。
 扉の側にいたアイビーが飛びかかり、すぐさまその手を掴んで捻り引き倒す。ヒューマン型の業務ロボットが相手であれば、動き自体は人間の犯罪者を取り押さえることと変わりない。
「アイビー、ダメだ! そいつを離せ!」
 大杜は屋上での出来事を思い出して、とっさに叫んだ。
 だがすでに、アイビーのセンサーが、業務ロボットの異常な温度上昇を察知していた。
 アイビーは相手を掴んだまま、窓へ走る。窓ガラスの向こうへ放り投げようとした時、相手が自分を掴んでいることに気付き、直前で体勢を変えた。
 共に、窓の外へ。
『アイビー、キミカゲ――大杜を頼んだよ』
 そんな言葉と、キミカゲの消滅時に泣いた大杜の顔が浮かぶ。
(泣かせたくはないが、仕方ないな)
 アイビーの考えに気付いた瞬間、大杜が絶叫する。
「やめろ‼︎ これは命令だ‼︎」
 しかし窓が割れ、アイビーと業務ロボットは空中に飛び出た。直後、外からの爆風が室内に吹き込む。
「だ……ダメだって言ったのに‼︎ アイビーのバカ! 大バカ! 泣いてやらないからな、ぜったい! ふざけんな! ふざけんなよ!」
 大杜が喚き散らす。
「大杜‼︎」
 武朗のゲキが飛び、大杜はびくりと体を震わせ、我に返った。
 紀伊国が応援を要請しているのも聞こえてくる。
(そうだ……俺は……俺がパニックになってどうする……)
 大杜は両手で思いっきり自分の頬を叩いくと、室内を見渡した。
「お怪我をした方はありませんか⁉︎」
「大丈夫だ」
 高齢の役員が皆を代表する様に答える。
 大杜は頷いて、闘司に声を掛けた。
「五分以内に、ヒューマン型を一体手配してくれませんか?」
「わかった。一階に用意しよう」
 闘司が部屋を出ようとするのを、武朗が止める。
「駄目です。他の人に準備するよう指示して下さい。――大杜、この部屋を封鎖する。役員たちを守る必要がある」
 武朗は大杜のそばに寄りながら言う。
「今のロボットは、ここを見ていたような行動だった。だがこの天候では屋外から覗くのは無理だ。なら、プロフューでの出来事と同じで、ビル内の防犯カメラで覗かれている可能性がある。事態を掌握するまで、下手に動かず安全な場所に留まってもらった方がいい」
「確かに。――この部屋は安全ですか?」
「うむ。役員用の部屋だからそれなりに丈夫だ。皆でここに待機しておくとしよう。それより君は早くアイビーのところへ行きたまえ。残骸になっているはずだ」
「ええ……」
 大杜は薗巳の手錠の片方を、椅子に繋ぎ直し、周を見やった。
 彼女は強い眼差しで大杜を見つめ返す。
「父も母もこの会社も――守るわ。研矢も弓佳もよ。だからあなたはあなたの大切なものを守って」
「はい」
 大杜は力強く頷いた。
 と、ケリアからの通信が入る。
『屋上に、研矢さんの姿を確認』
「え!」
 大杜が声を上げた。
『接触しますか?』
「いや、待て! どっちか――」
 言いかけて、大杜は声をつぐんだ。闘司は研矢の件は娘と妻には言わないと言っていたのを思い出す。薗巳は研矢の研究のことを知っているが、研矢にクローンがいることは知らないはずだ。
「ケリア、俺が見に行く」
「大杜、お前はアイビーの救助が先だ。研矢は俺が対応する」
 武朗の言葉に、大杜は唇を噛み締めた。
「わかった。お願いするよ」
 大杜は紀伊国とオリーブを振り返った。
「ブラインドを下ろし、ここを閉鎖して、副室長はここから指揮をお願いします。オリーブは防犯カメラのハッキングに対抗し、早く奴らの視界を遮断し、どこからアクセスしているか場所も特定するんだ」
「了解しました」
「副室長、ビル内にいる全員に、一番近い安全な部屋に集まって、鍵をかけて出ないように指示をして下さい。その際人工知能を有したロボットは含まないようにとも」
「それは私が指示しよう」
 言ったのは高齢の役員だった。
「ではよろしくお願いします」
 大杜は言うと、武朗の手を掴んで部屋を飛び出した。
「ここからなら屋上の方が近い。とりあえず一緒に上へ行こう」