第1節 時間稼ぎ/ §1
ー/ー
―セクション1―
MatsuQ本社ビルは、ビジネス街の一等地にあり、高さは他のビルに比べて高くはないが、横に大きくどっしりとした存在感のある建屋だった。
そのビルの役員専用の会議室に、主だった役員が顔を並べている。
最高技術責任者である松宮闘司、妻であり代表取締役社長の薗巳は、巨大な円卓の上座に二人並んで座っている。
また本来役員の会議には出席しない周も、今回は特別に母の隣りに列席している。
深刻な顔ぶりの中を、紀伊国とオリーブ、少し後から武朗が進み、割り当てられた席の前に立った。
「私は警視庁高次犯罪対策室副室長の紀伊国と申します」
普段はほぼ着ることのない制服を着用して、紀伊国が自己紹介をした。
続いて、武朗が敬礼をする。
「防衛省の貴島です。特例として、捜査に協力中です」
武朗も、普段は着ない制服を着ている。
「え、君、子供――高校生ぐらいじゃないかい?」
役員の一人が声を掛ける。
「はい。高校一年、特命公務員です」
会議室がざわついた。
「防衛省も関係する事態だと? しかも特務員が出てくるような?」
一人の高齢な役員が手を挙げた。
「プロフューシステムへのハッキング、及び昨日のQ1の自爆の件で、緊急に説明したいことがあるとのことだが――これだけの役員が揃うことは滅多にない。それだけ重要な話だと言う認識で良いかね」
紀伊国は頷いた。
「そうですね。会社の存続を揺るがす、また社会の安全を脅かす――程度には重要だと思われます」
会議室に緊張が走る。
薗巳が思わず席から立ち上がった。
「紀伊国さん。失礼ながら、そのように重要なお話であれば、室長自らされるべきです。高犯対とMatsuQの関わりは深いはず。――高校生とはいっても組織のトップでしょう? それぐらいの責任は負えるのではありませんか」
「もちろん、年齢は関係ありませんし、決して貴社を軽んじているわけではありません。ただ、諸事情により、今は私からご説明させて頂きたいと思います」
「まぁまぁ、薗巳。私は室長も副室長もよく知っているが、お二人とも優秀な方々だよ。室長の代理として来られたのであれば不満はない。ご着席を」
闘司が割って入る。
「あなたがそう仰るなら……。どうぞお座り下さい」
闘司にたしなめられ、薗巳は渋々といった様子で、目で席を示し、自らも腰を下ろした。
二人と一体は軽く頭を下げて椅子に腰掛けた。
「ではさっそくですが、始めさせて頂きます。目の前のモニターに資料を提示致しますので、合わせてご覧下さい。――オリーブ」
紀伊国が声を掛けると、各席毎の専用モニターに、地図の一部のようなものと、道順を表すような矢印が表示された。
「ま、待って下さい! これはプロフューの内部ではありませんか! これは担当外の役員には公開されていない情報です。ここで公開されては困ります!」
「失礼ながら、あなたは?」
「プロフュープロジェクト統括役員の諸星です。立ち上げ全体に関わっています」
「そうでしたか。では、あなたは内部のことをよくご存知ですよね?」
「え、ええ、それはもちろん……」
他の役員の目がいっせいに自分の方を向いたことに、彼は緊張して、額の汗を拭う素振りを見せる。
「何人ぐらい、内部のことをご存知ですか?」
「全て知っている人間なんて一握りですよ。松宮CEOとCTO、そして私と、現地の警備責任者数名と……。しかしそれとハッキングは関係がないでしょう?」
「いいえ。プロフューの事件は、ハッキングだけではありません。工場内部への不法侵入があったこともわかりました」
「え⁉︎」
「皆さんの前にある地図は、その侵入者のコースを辿って図にしたものです。これをご覧になって、諸星さんはどう感じられますか?」
「どうって……」
諸星はモニターを睨みつけるように眺めながら、ハッとして顔を上げた。
「侵入の目的地がこの資材庫だとすれば――最短ルート、ですか?」
「あなたもそう思われましたか? あちこち探し回った訳ではなく、目的地に迷うことなく辿り着いているようだ、と我々も思いました」
「内部の情報が漏れているのか……?」
高齢の役員の呟きに、諸星は声を上げる。
「いやしかし、そうだったとしても、途中に何回もゲートがあります。全て電子キーで、そこを通る業務を行うロボットのみが解除できる仕組みです。最短ルートがわかったからと言って、通れるわけじゃないんです!」
紀伊国は頷いた。
「この侵入事件は、侵入した者と、それをサポートした者がいて、それぞれの連携によって行われたと我々は考えています。サポートした者は、ハッキングの犯人でしょう。その人物は、防犯カメラで侵入者を追跡し、タイミングに合わせて電子キーを解除して扉を開けてサポートしているのだと思います」
「セキュリティーシステムまで乗っ取られてたと?」
諸星は汗を拭って唸った。
「……大した技量だ。不正アクセスなんてせずに、うちで正規に働いてくれたらいいのに。いったい何のためにそんな事を……」
その時、屋外で大きな音がした。
役員たちが窓を見ると、重苦しい雲が辺りを覆っており、強風が、ビルの窓ガラスを打ち付けている。十五階に位置するこの部屋の窓はいつもは遠くまで見渡せるが、今は夕方前だと言うのに、稲光を発する光しか見渡せない。
雨粒が窓に跳ね始めた。
「変な天気ね……」
薗巳が気味悪そうに呟いた。
紀伊国が話を戻す。
「では、『いったい何のために』についてですが――」
「そのこともわかっているの?」
薗巳が怪訝そうに聞く。
「ええ。今回このように皆さんに集まって頂いたのは、その理由をお伝えすることと、今後の方針について考えて頂きたいのと、あと一つ――。まぁ最後の内容は、のちほど」
「何をもったいぶって……まぁいい。で、何のためだと?」
若い役員の一人が苛立ちながら言うと、オリーブは手元のタブレットを操作した。
「これは?」
各モニターに表示されたチップのようなものに、皆が首を傾げる。
「このチップがロボットの自爆の原因だと思われます。まだ証拠は押さえられていませんが、少なくとも、プロフュー内に持ち込まれ、製造工程プログラムが書き換えられて、Q1の人工頭脳に仕込まれたのは確かです。自爆した機体の製造場所、時期を確認したところ、ハッキング後のプロフュー内なものと判明しました」
「まさか……そんなことが……我々はまるで気付いていなかったと言うわけか……」
諸星はテーブルの上で握り拳を振るわせた。
「紀伊国君、今後の方針について考える、というのは、つまり――」
それまで聞くことに徹していた闘司が口を開いた。
「これらのロボットのリコールかね」
「残念ながら、そういうことです。ことは一刻を争います。そのチップが自爆以外にどのような行動をロボットに行わせるのか不明ですので」
「大杜君でもわからないかね?」
「作動中のものであれば分析できるだろうとは言っていましたが、現時点では壊れているか機能していないものしか手元にありませんので、分析のしようがないのです」
「……そうか……」
闘司は静かに目を閉じた。
「見本市のときの出来事に匹敵する事態だな。人がヒューマン型のロボットに脅威を感じ、使用をためらうようになれば、社会の発展に大きな影を落とすだろう」
「――あのときのことは、思い出したくもない」
闘司の言葉に、高齢の役員が声を絞り出すように言った。
「……大丈夫ですか?」
紀伊国は、薗巳が震えているのに気付いて、声を掛けた。
「だ、大丈夫なわけ……そんな大事に……会社が……」
「そう、大変な事態なんですよ」
「なにを呑気な!」
紀伊国のおっとりとした口調が気に障ったのか、若い役員が立ち上がって声を上げたが、皆に見られて、すぐにドサリと椅子に腰を下ろした。
「どうしたものか……」
「いやしかし、犯人を捕らえれば、チップの働きがわかるのではありませんか? 何らかの指示や通信を行わなければ発動しない類のものであれば、差し迫った危機にはなりえません」
諸星が言い、皆が賛同する。
「そうだ。犯人を取り押さえ、差し迫った危険さえなければ、メンテナンスと称して、チップを除く処置はできるんじゃないか。ヒューマン型は十年メンテナンス対象で、定期的に検査される。その折に――」
「この事態をなかったことにするのか?」
闘司が静かに問う。
「松宮CTO、お気持ちはわかりますが、なんでも正直に明かせば良いというものではないでしょう。世間を混乱に陥れるような事態なのだから、ここは嘘も方便というやつです」
「薗巳、お前もそう思うか?」
闘司が聞く。
彼女はパニックになって、両耳を押さえた。
「いや、聞きたくない!」
「薗巳――」
「ママ、いえ、社長。今後の事、決めないわけにはいかないわ。社長の意見が必要よ」
周は紀伊国を見やった。
「犯人はわかっていないんですか? 防犯カメラに犯人は映ってるんでしょう? ハッキングの犯人が不明でも、片方だけでも――」
「いえ、ハッキングも侵入者も判明しました。侵入者の方は少し前に確保もしました」
「え‼︎」
役員がどよめいた。
「ならなぜこんなところで話を? 確かに今後の話は必要だし、このように重要な情報なら、共有しておく方がいいのはわかるが――」
「先程申し上げた、『あと一つの理由』です。みなさんにいてもらう必要はなかったんですが、ある方に不審に思われず居てもらうためにこの場が必要でした」
「……どう言う意味だ?」
とその時、役員室の扉が開き、出動服に身を包んだ少年が入ってきて敬礼した。
「失礼します。高次犯罪対策室室長の佐々城です」
「ひっ!」
小さな悲鳴が上がった。
皆が声の方を向いた――薗巳を。
彼女は両手で耳を押さえたまま、椅子から立ち上がり、後退した。
「う……そ……あなたは……」
「今頃、誤った薬の過剰投与で死んでいるはずでしょうか?」
「そんな……だって……!」
「ママ……?」
周が薗巳に駆け寄り、彼女の肩を抱く。
「皆さんをお呼び立てして申し訳ありません。この事態について経営陣の皆さんに情報共有したかったのは事実ですが――最大の目的は、あなたの逃亡、あるいは自害を、阻止する時間稼ぎでした」
大杜は薗巳に向かって言うと、逮捕状を見せた。
「私、佐々城大杜への殺人未遂容疑で、松宮薗巳さん、あなたを逮捕します」
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―セクション1―
|MatsuQ《マツキュー》本社ビルは、ビジネス街の一等地にあり、高さは他のビルに比べて高くはないが、横に大きくどっしりとした存在感のある建屋だった。
そのビルの役員専用の会議室に、主だった役員が顔を並べている。
|最高技術責任者《CTO》である松宮|闘司《とうじ》、妻であり|代表取締役社長《CEO》の|薗巳《そのみ》は、巨大な円卓の上座に二人並んで座っている。
また本来役員の会議には出席しない|周《あまね》も、今回は特別に母の隣りに列席している。
深刻な顔ぶりの中を、紀伊国とオリーブ、少し後から武朗が進み、割り当てられた席の前に立った。
「私は警視庁高次犯罪対策室副室長の紀伊国と申します」
普段はほぼ着ることのない制服を着用して、紀伊国が自己紹介をした。
続いて、武朗が敬礼をする。
「防衛省の貴島です。特例として、捜査に協力中です」
武朗も、普段は着ない制服を着ている。
「え、君、子供――高校生ぐらいじゃないかい?」
役員の一人が声を掛ける。
「はい。高校一年、特命公務員です」
会議室がざわついた。
「防衛省も関係する事態だと? しかも特務員が出てくるような?」
一人の高齢な役員が手を挙げた。
「プロフューシステムへのハッキング、及び昨日の|Q1《キューイチ》の自爆の件で、緊急に説明したいことがあるとのことだが――これだけの役員が揃うことは滅多にない。それだけ重要な話だと言う認識で良いかね」
紀伊国は頷いた。
「そうですね。会社の存続を揺るがす、また社会の安全を脅かす――程度には重要だと思われます」
会議室に緊張が走る。
薗巳が思わず席から立ち上がった。
「紀伊国さん。失礼ながら、そのように重要なお話であれば、室長自らされるべきです。高犯対とMatsuQの関わりは深いはず。――高校生とはいっても組織のトップでしょう? それぐらいの責任は負えるのではありませんか」
「もちろん、年齢は関係ありませんし、決して貴社を軽んじているわけではありません。ただ、諸事情により、今は私からご説明させて頂きたいと思います」
「まぁまぁ、薗巳。私は室長も副室長もよく知っているが、お二人とも優秀な方々だよ。室長の代理として来られたのであれば不満はない。ご着席を」
闘司が割って入る。
「あなたがそう仰るなら……。どうぞお座り下さい」
闘司にたしなめられ、薗巳は渋々といった様子で、目で席を示し、自らも腰を下ろした。
二人と一体は軽く頭を下げて椅子に腰掛けた。
「ではさっそくですが、始めさせて頂きます。目の前のモニターに資料を提示致しますので、合わせてご覧下さい。――オリーブ」
紀伊国が声を掛けると、各席毎の専用モニターに、地図の一部のようなものと、道順を表すような矢印が表示された。
「ま、待って下さい! これはプロフューの内部ではありませんか! これは担当外の役員には公開されていない情報です。ここで公開されては困ります!」
「失礼ながら、あなたは?」
「プロフュープロジェクト統括役員の諸星です。立ち上げ全体に関わっています」
「そうでしたか。では、あなたは内部のことをよくご存知ですよね?」
「え、ええ、それはもちろん……」
他の役員の目がいっせいに自分の方を向いたことに、彼は緊張して、額の汗を拭う素振りを見せる。
「何人ぐらい、内部のことをご存知ですか?」
「全て知っている人間なんて一握りですよ。松宮CEOとCTO、そして私と、現地の警備責任者数名と……。しかしそれとハッキングは関係がないでしょう?」
「いいえ。プロフューの事件は、ハッキングだけではありません。工場内部への不法侵入があったこともわかりました」
「え⁉︎」
「皆さんの前にある地図は、その侵入者のコースを辿って図にしたものです。これをご覧になって、諸星さんはどう感じられますか?」
「どうって……」
諸星はモニターを睨みつけるように眺めながら、ハッとして顔を上げた。
「侵入の目的地がこの資材庫だとすれば――最短ルート、ですか?」
「あなたもそう思われましたか? あちこち探し回った訳ではなく、目的地に迷うことなく辿り着いているようだ、と我々も思いました」
「内部の情報が漏れているのか……?」
高齢の役員の呟きに、諸星は声を上げる。
「いやしかし、そうだったとしても、途中に何回もゲートがあります。全て電子キーで、そこを通る業務を行うロボットのみが解除できる仕組みです。最短ルートがわかったからと言って、通れるわけじゃないんです!」
紀伊国は頷いた。
「この侵入事件は、侵入した者と、それをサポートした者がいて、それぞれの連携によって行われたと我々は考えています。サポートした者は、ハッキングの犯人でしょう。その人物は、防犯カメラで侵入者を追跡し、タイミングに合わせて電子キーを解除して扉を開けてサポートしているのだと思います」
「セキュリティーシステムまで乗っ取られてたと?」
諸星は汗を拭って唸った。
「……大した技量だ。不正アクセスなんてせずに、うちで正規に働いてくれたらいいのに。いったい何のためにそんな事を……」
その時、屋外で大きな音がした。
役員たちが窓を見ると、重苦しい雲が辺りを覆っており、強風が、ビルの窓ガラスを打ち付けている。十五階に位置するこの部屋の窓はいつもは遠くまで見渡せるが、今は夕方前だと言うのに、稲光を発する光しか見渡せない。
雨粒が窓に跳ね始めた。
「変な天気ね……」
薗巳が気味悪そうに呟いた。
紀伊国が話を戻す。
「では、『いったい何のために』についてですが――」
「そのこともわかっているの?」
薗巳が怪訝そうに聞く。
「ええ。今回このように皆さんに集まって頂いたのは、その理由をお伝えすることと、今後の方針について考えて頂きたいのと、あと一つ――。まぁ最後の内容は、のちほど」
「何をもったいぶって……まぁいい。で、何のためだと?」
若い役員の一人が苛立ちながら言うと、オリーブは手元のタブレットを操作した。
「これは?」
各モニターに表示されたチップのようなものに、皆が首を傾げる。
「このチップがロボットの自爆の原因だと思われます。まだ証拠は押さえられていませんが、少なくとも、プロフュー内に持ち込まれ、製造工程プログラムが書き換えられて、|Q1《キューイチ》の人工頭脳に仕込まれたのは確かです。自爆した機体の製造場所、時期を確認したところ、ハッキング後のプロフュー内なものと判明しました」
「まさか……そんなことが……我々はまるで気付いていなかったと言うわけか……」
諸星はテーブルの上で握り拳を振るわせた。
「紀伊国君、今後の方針について考える、というのは、つまり――」
それまで聞くことに徹していた闘司が口を開いた。
「これらのロボットのリコールかね」
「残念ながら、そういうことです。ことは一刻を争います。そのチップが自爆以外にどのような行動をロボットに行わせるのか不明ですので」
「大杜君でもわからないかね?」
「作動中のものであれば分析できるだろうとは言っていましたが、現時点では壊れているか機能していないものしか手元にありませんので、分析のしようがないのです」
「……そうか……」
闘司は静かに目を閉じた。
「見本市のときの出来事に匹敵する事態だな。人がヒューマン型のロボットに脅威を感じ、使用をためらうようになれば、社会の発展に大きな影を落とすだろう」
「――あのときのことは、思い出したくもない」
闘司の言葉に、高齢の役員が声を絞り出すように言った。
「……大丈夫ですか?」
紀伊国は、薗巳が震えているのに気付いて、声を掛けた。
「だ、大丈夫なわけ……そんな|大事《おおごと》に……会社が……」
「そう、大変な事態なんですよ」
「なにを呑気な!」
紀伊国のおっとりとした口調が気に障ったのか、若い役員が立ち上がって声を上げたが、皆に見られて、すぐにドサリと椅子に腰を下ろした。
「どうしたものか……」
「いやしかし、犯人を捕らえれば、チップの働きがわかるのではありませんか? 何らかの指示や通信を行わなければ発動しない類のものであれば、差し迫った危機にはなりえません」
諸星が言い、皆が賛同する。
「そうだ。犯人を取り押さえ、差し迫った危険さえなければ、メンテナンスと称して、チップを除く処置はできるんじゃないか。ヒューマン型は十年メンテナンス対象で、定期的に検査される。その折に――」
「この事態をなかったことにするのか?」
闘司が静かに問う。
「松宮CTO、お気持ちはわかりますが、なんでも正直に明かせば良いというものではないでしょう。世間を混乱に陥れるような事態なのだから、ここは嘘も方便というやつです」
「薗巳、お前もそう思うか?」
闘司が聞く。
彼女はパニックになって、両耳を押さえた。
「いや、聞きたくない!」
「薗巳――」
「ママ、いえ、社長。今後の事、決めないわけにはいかないわ。社長の意見が必要よ」
周は紀伊国を見やった。
「犯人はわかっていないんですか? 防犯カメラに犯人は映ってるんでしょう? ハッキングの犯人が不明でも、片方だけでも――」
「いえ、ハッキングも侵入者も判明しました。侵入者の方は少し前に確保もしました」
「え‼︎」
役員がどよめいた。
「ならなぜこんなところで話を? 確かに今後の話は必要だし、このように重要な情報なら、共有しておく方がいいのはわかるが――」
「先程申し上げた、『あと一つの理由』です。みなさんにいてもらう必要はなかったんですが、ある方に不審に思われず|居て《・・》もらうためにこの場が必要でした」
「……どう言う意味だ?」
とその時、役員室の扉が開き、出動服に身を包んだ少年が入ってきて敬礼した。
「失礼します。高次犯罪対策室室長の佐々城です」
「ひっ!」
小さな悲鳴が上がった。
皆が声の方を向いた――薗巳を。
彼女は両手で耳を押さえたまま、椅子から立ち上がり、後退した。
「う……そ……あなたは……」
「今頃、誤った薬の過剰投与で死んでいるはずでしょうか?」
「そんな……だって……!」
「ママ……?」
周が薗巳に駆け寄り、彼女の肩を抱く。
「皆さんをお呼び立てして申し訳ありません。この事態について経営陣の皆さんに情報共有したかったのは事実ですが――最大の目的は、あなたの逃亡、あるいは自害を、阻止する時間稼ぎでした」
大杜は薗巳に向かって言うと、逮捕状を見せた。
「私、佐々城大杜への殺人未遂容疑で、松宮薗巳さん、あなたを逮捕します」