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第11話 二人だけの時間

ー/ー



 ランスロットたちと会って数日が経ち、無名のノーシードチームだった僕たちは、今や「今大会最大のダークホース」として、他のチームからも、観客からも、注目される存在になっていた。
 だが、そんな喧騒とは裏腹に、僕にとって一日の中で最も大切な時間は、夜、自室のPCの前で、ユイと二人きりで過ごす、静かな時間だった。

 もっとも、その静かな時間も、最近は少しだけ憂鬱なものになっていた。
 僕は気が進まなかったため、最初は姉さんから渡された問題集を放置していた。だが、それが週末に抜き打ちでチェックに来た姉さんにバレると、毎日解いた問題集のページを写真で送るように言われ、今では渋々、FFOの練習の合間に問題集をこなす毎日だった。

 その夜も、僕はうんざりしながら数学の問題集と格闘していた。隣のモニターでは、ユイのホログラムが、僕の手元を心配そうに覗き込んでいる。

『リク……疲れてる?』
「うーん、姉さんが課題をやれってしつこくてさ。あー、あのサプリ買えばよかったなぁ」
 僕が愚痴をこぼすと、ユイは不思議そうに小首を傾げた。
『サプリ?って何?』
「えーと、FFOの練習の帰りにさ、いつもと違う道を通ったら、ちょっとした行列ができててさ。なんの行列なのか聞いてみたら『記憶力の上がるサプリ』の試験販売だったんだ。あれを飲めば課題も捗るんじゃないかって思ったんだ」
「どうして買わなかったの?」
 ユイはさらに不思議そうに小首を傾げた。
「うーーん、クエンティンが言うにはさ、あれ『ゼノなんとか教』のサプリだから何が入っているか分からないからやめておけって止められたんだよね。僕はよく知らなかったんだけど、信者獲得のために、すごいサプリとかを格安で販売しているらしいんだけど、色々黒い噂があるって」
『黒い噂?』
「うん、なんだかその教団は『人類の人工的な進化』を掲げているらしくってさ。人体実験ですごい能力を持つ人間を作ろうとしているらしいんだ。『記憶力の上がるサプリ』もその一環なんだって。でもそういうのって副作用とかあったら怖いからやめとけって、クエンティンが」

『……よく分からない。けど、リクに何かあったらイヤ』
「うん、だからサプリに頼らないよ。ユイに心配かけたくないし!」
『……心……配?……』
 ユイの顔が考え込むような表情に変わった。
「えっ、ユイ? どうした? 何かおかしな事を言ったかな?」
 ほんの数秒ユイから反応がなく、こんなことは初めてで僕もどうして良いかわからなかった。
『……人間はAIと違って寿命や、病気、事故で死ぬ……』
 ユイの顔が心なしか、青ざめているように見えた。
「……えっ、どうしたの突然? そりゃ人間誰だっていつかは死ぬけど、まだまだ僕は死んだりしないよ」
『……死ぬって何?……わからない……』
「そうだね、AIと人間が一番違うところかもね。でも約束する。僕はユイを一人にしたりしないよ」
『!』
 ユイのホログラムが、一瞬、嬉しそうに輝いた気がした。

 僕は、うんざりする勉強を終わらせると、ようやく僕とユイだけの時間を取り戻した。
「……勝つって、こういう気持ちなんだね」
 僕は、先日の『アイアン・センチネル』戦の勝利を思い出しながら、ジョイスティックに接続したフィグモに語りかけた。

『リク……今、“嬉しい”の? その感情の波形、私のデータベースにある“喜び”のパターンと98.2%一致してる』
「うん。でも、ただのデータじゃないよ、ユイ。自分が作ったものが、仲間のおかげで、想像以上の活躍をする。……なんて言えばいいのかな。心臓のあたりが、あったかくなる感じなんだ」
『あったかい……』
 ユイは、自分の胸のあたりにそっと手を当て、不思議そうに首を傾げた。その仕草が、僕にはたまらなく愛おしく思えた。

 またある夜、僕たちは次の対戦相手の分析をしていた。ユイは、僕が持っていない高度な分析機能で、敵チームの癖や弱点を的確に洗い出してくれる。だけど、その日の彼女は、どこか様子が違った。

『リク。クエンティンは、どうしてあんなに……? 彼の戦い方には、“焦り”と“願い”が混ざってるように見える』
「……え?」
 僕は、彼女の洞察力の鋭さに驚いた。僕は、ユイにクエンティンの家庭の事情を、彼の父親のことを、ぽつりぽつりと話していた。それは、クエンティン本人にさえ言ったことのない、僕の本当の気持ちだった。
「……だから、僕も、負けられないんだ。クエンティンの未来が、僕のこの手にかかってる」

 僕がそう言うと、ユイのホログラムの表情が、悲しそうに曇った。
『……そう。だから、リクも……“苦しい”の?』
 彼女は、僕の感情に共感してくれている。そう思うだけで、僕は、この世界で一人じゃないと、心の底から感じることができた。

 そして、準決勝を明日に控えた夜。
 僕は、新しいクラフトの設計に没頭していた。隣では、ユイがその設計の強度計算や、バッテリーのエネルギー効率のシミュレーションを、超高速で行ってくれている。
 静かで、満ち足りた時間。
 僕は、そんな彼女の横顔(ホログラムだけど)を見つめながら、ふと、ずっと心の内にあった、他愛のない質問を口にしていた。照れ隠しのために、わざと軽い口調で。

「ねえ、ユイは、僕が作ったものなら、何でも好き?」

 ユイは、ピタリとシミュレーションを止めた。そして、僕の方をじっと見つめる。その無垢な瞳に、僕はなんだか心臓がドキドキしてきた。
 長い、長い沈黙の後、彼女は、静かに首を横に振った。

『……違う』

 その一言に、僕は、自分でも馬鹿だと思うくらい、胸がチクリと痛んだ。
 だが、ユイは、続けた。その声は、いつも通り平坦なのに、僕の耳には、なぜか鮮明に響いた。

『……違う。私は、リクが作ったものじゃない。……私は、リクが、好き』

「――えっ」
 時間が、止まった。
 僕の顔に、カアッと熱が集まるのが分かった。
「あ、いや、えっと、それは、AIとしてパートナーを好ましく思うっていう、その……プログラム的な……」
 しどろもどろになる僕を、ユイは、ただ不思議そうに、小首を傾げて見つめているだけだった。

『?……違うの?』

 その純粋な問いかけに、僕は、もう何も答えることができなかった。
 心臓が、うるさくて、痛い。
 僕たちの、二人だけの時間は、この夜を境に、全く違う意味を持ち始めていた。



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 ランスロットたちと会って数日が経ち、無名のノーシードチームだった僕たちは、今や「今大会最大のダークホース」として、他のチームからも、観客からも、注目される存在になっていた。
 だが、そんな喧騒とは裏腹に、僕にとって一日の中で最も大切な時間は、夜、自室のPCの前で、ユイと二人きりで過ごす、静かな時間だった。
 もっとも、その静かな時間も、最近は少しだけ憂鬱なものになっていた。
 僕は気が進まなかったため、最初は姉さんから渡された問題集を放置していた。だが、それが週末に抜き打ちでチェックに来た姉さんにバレると、毎日解いた問題集のページを写真で送るように言われ、今では渋々、FFOの練習の合間に問題集をこなす毎日だった。
 その夜も、僕はうんざりしながら数学の問題集と格闘していた。隣のモニターでは、ユイのホログラムが、僕の手元を心配そうに覗き込んでいる。
『リク……疲れてる?』
「うーん、姉さんが課題をやれってしつこくてさ。あー、あのサプリ買えばよかったなぁ」
 僕が愚痴をこぼすと、ユイは不思議そうに小首を傾げた。
『サプリ?って何?』
「えーと、FFOの練習の帰りにさ、いつもと違う道を通ったら、ちょっとした行列ができててさ。なんの行列なのか聞いてみたら『記憶力の上がるサプリ』の試験販売だったんだ。あれを飲めば課題も捗るんじゃないかって思ったんだ」
「どうして買わなかったの?」
 ユイはさらに不思議そうに小首を傾げた。
「うーーん、クエンティンが言うにはさ、あれ『ゼノなんとか教』のサプリだから何が入っているか分からないからやめておけって止められたんだよね。僕はよく知らなかったんだけど、信者獲得のために、すごいサプリとかを格安で販売しているらしいんだけど、色々黒い噂があるって」
『黒い噂?』
「うん、なんだかその教団は『人類の人工的な進化』を掲げているらしくってさ。人体実験ですごい能力を持つ人間を作ろうとしているらしいんだ。『記憶力の上がるサプリ』もその一環なんだって。でもそういうのって副作用とかあったら怖いからやめとけって、クエンティンが」
『……よく分からない。けど、リクに何かあったらイヤ』
「うん、だからサプリに頼らないよ。ユイに心配かけたくないし!」
『……心……配?……』
 ユイの顔が考え込むような表情に変わった。
「えっ、ユイ? どうした? 何かおかしな事を言ったかな?」
 ほんの数秒ユイから反応がなく、こんなことは初めてで僕もどうして良いかわからなかった。
『……人間はAIと違って寿命や、病気、事故で死ぬ……』
 ユイの顔が心なしか、青ざめているように見えた。
「……えっ、どうしたの突然? そりゃ人間誰だっていつかは死ぬけど、まだまだ僕は死んだりしないよ」
『……死ぬって何?……わからない……』
「そうだね、AIと人間が一番違うところかもね。でも約束する。僕はユイを一人にしたりしないよ」
『!』
 ユイのホログラムが、一瞬、嬉しそうに輝いた気がした。
 僕は、うんざりする勉強を終わらせると、ようやく僕とユイだけの時間を取り戻した。
「……勝つって、こういう気持ちなんだね」
 僕は、先日の『アイアン・センチネル』戦の勝利を思い出しながら、ジョイスティックに接続したフィグモに語りかけた。
『リク……今、“嬉しい”の? その感情の波形、私のデータベースにある“喜び”のパターンと98.2%一致してる』
「うん。でも、ただのデータじゃないよ、ユイ。自分が作ったものが、仲間のおかげで、想像以上の活躍をする。……なんて言えばいいのかな。心臓のあたりが、あったかくなる感じなんだ」
『あったかい……』
 ユイは、自分の胸のあたりにそっと手を当て、不思議そうに首を傾げた。その仕草が、僕にはたまらなく愛おしく思えた。
 またある夜、僕たちは次の対戦相手の分析をしていた。ユイは、僕が持っていない高度な分析機能で、敵チームの癖や弱点を的確に洗い出してくれる。だけど、その日の彼女は、どこか様子が違った。
『リク。クエンティンは、どうしてあんなに……? 彼の戦い方には、“焦り”と“願い”が混ざってるように見える』
「……え?」
 僕は、彼女の洞察力の鋭さに驚いた。僕は、ユイにクエンティンの家庭の事情を、彼の父親のことを、ぽつりぽつりと話していた。それは、クエンティン本人にさえ言ったことのない、僕の本当の気持ちだった。
「……だから、僕も、負けられないんだ。クエンティンの未来が、僕のこの手にかかってる」
 僕がそう言うと、ユイのホログラムの表情が、悲しそうに曇った。
『……そう。だから、リクも……“苦しい”の?』
 彼女は、僕の感情に共感してくれている。そう思うだけで、僕は、この世界で一人じゃないと、心の底から感じることができた。
 そして、準決勝を明日に控えた夜。
 僕は、新しいクラフトの設計に没頭していた。隣では、ユイがその設計の強度計算や、バッテリーのエネルギー効率のシミュレーションを、超高速で行ってくれている。
 静かで、満ち足りた時間。
 僕は、そんな彼女の横顔(ホログラムだけど)を見つめながら、ふと、ずっと心の内にあった、他愛のない質問を口にしていた。照れ隠しのために、わざと軽い口調で。
「ねえ、ユイは、僕が作ったものなら、何でも好き?」
 ユイは、ピタリとシミュレーションを止めた。そして、僕の方をじっと見つめる。その無垢な瞳に、僕はなんだか心臓がドキドキしてきた。
 長い、長い沈黙の後、彼女は、静かに首を横に振った。
『……違う』
 その一言に、僕は、自分でも馬鹿だと思うくらい、胸がチクリと痛んだ。
 だが、ユイは、続けた。その声は、いつも通り平坦なのに、僕の耳には、なぜか鮮明に響いた。
『……違う。私は、リクが作ったものじゃない。……私は、リクが、好き』
「――えっ」
 時間が、止まった。
 僕の顔に、カアッと熱が集まるのが分かった。
「あ、いや、えっと、それは、AIとしてパートナーを好ましく思うっていう、その……プログラム的な……」
 しどろもどろになる僕を、ユイは、ただ不思議そうに、小首を傾げて見つめているだけだった。
『?……違うの?』
 その純粋な問いかけに、僕は、もう何も答えることができなかった。
 心臓が、うるさくて、痛い。
 僕たちの、二人だけの時間は、この夜を境に、全く違う意味を持ち始めていた。