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第10話 束の間の楽園と、王者の視線

ー/ー



 地区大会一回戦の劇的な勝利から、二週間が過ぎた。
 僕たちのチーム『ジャンク・キャッスル』は、あの後も、快進撃を続けていた。

 二回戦の相手は、フィールド全体に巧妙な罠を張り巡らせる、待ち伏せ戦術を得意とするチーム『スパイダーズ・ネスト』。僕たちは、ユイの索敵・分析能力で全てのトラップの位置を事前に看破し、クエンティンがそれを掻い潜って敵を蹂躙した。

 三回戦の相手、『アルケミー・ワークス』は、フィールドに配置された「魔法の素材」を誰よりも早く確保し、強力な属性攻撃だけで戦う特殊なチームだった。僕たちは、彼らが狙う「炎の魔石」を敢えて無視。代わりに、ユイの提案で、水場を利用して湿らせた木材で「燃えない壁」をクラフトし、彼らの戦術を完全に無力化した。

 そして先日の四回戦。軍隊のように統率の取れた動きで相手を追い詰める『アイアン・センチネル』。その完璧な連携を、僕とユイがリアルタイムで作り出す、予測不能な「ジャンク・クラフト」でかく乱し、勝利をもぎ取った。

 今日も僕たちチームが『シュミットの工房』に集まると、ヴィル爺さんが上機嫌で鼻歌を歌っていた。
「よう、若きチャンピオンたち。祝勝金だ、持っていきな」
 ヴィル爺さんは、そう言って、一枚のクレジットチップをテーブルの上に放る。そこには、僕たちのような高校生にとっては、ありえないほどの金額が表示されていた。

「まだ賭けてたのかよ、爺さん!」
「当たり前よ。お前さんたちのチーム、とんでもない大穴だからな。すでに、いつ敗退するかなんて賭けも始まっているくらいだ。おかげでワシの懐も、久々に潤ったわい」
 彼は、にやりと口の端を吊り上げると、「たまには息抜きも必要だ。パーッと使ってこい!」と、僕たちの背中を押した。

「ねぇねぇ! このお金があったらさ、ミッドタウンにある、あの高級な人工ビーチに行けるんじゃない!?」
 ミミ先輩の提案で、僕たちの、たった一日だけの豪華な息抜きが決まった。

 清潔で、洗練されたミッドタウンの街並みに、まず僕たちは気圧された。そして、目的地の巨大なドーム型人工ビーチに足を踏み入れた瞬間、誰もが息をのんだ。
 完璧に再現された青空、白い砂浜、そして寄せては返すリアルな波。しかし、ドームのガラス張りの天井の向こうには、漆黒の宇宙空間が広がっている。それは、あまりにも不思議で、美しい光景だった。

 先に着替えを済ませた僕たち男子三人が、ビーチサイドで待っていると、「お待たせー!」という、弾むような声が聞こえた。
 振り向いた先には、ミミ先輩が立っていた。
 いつも活発に動き回っている彼女とは、全く違う。少し大人びたデザインの水着が、彼女の鍛えられた、しなやかなスタイルを際立たせている。普段とは違うその姿に、僕の心臓は、ドクン、と大きく跳ねた。
 クエンティンは、一瞬、呆けたように口を開けていたが、ハッと我に返ると、慌てて視線を逸らした。リョウガ先輩も、その巨体には似合わないほど顔を赤くして、そっぽを向いている。

 僕たちの反応が面白かったのか、ミミ先輩はくすくすと笑った。
「なーに、三人とも固まっちゃって。ほら、行くよ!」
 彼女はそう言うと、僕たちの間をすり抜け、楽しそうに波打ち際へと駆けていった。

 周囲は、優雅に休日を過ごす、裕福な家族連ればかり。少し場違いな雰囲気を感じながらも、僕たちは、束の間の楽園を全力で楽しんだ。
 クエンティンとミミ先輩は、子供のようにはしゃぎ、波打ち際で水を掛け合っている。普段の苦労を忘れ、心から楽しんでいるようだった。
 僕はといえば、泳ぎが苦手なので、浮き輪でぷかぷか浮いているだけ。だけど、その目は、どうやって本物そっくりの波を発生させているのか、あの巨大な機械の構造のほうに興味津々だった。

 そんな僕の隣を、リョウガ先輩が、クロールで何度も往復している。まるで、ここが合宿中のプールであるかのように。
「リョウガ先輩は、どうしてそんなに身体を鍛えてるんですか? せっかく遊びに来たんだし、ノンビリしても良いんじゃ無いですか?」
 僕が尋ねると、彼は一度だけ息継ぎをして、水中でピタリと動きを止めた。
「ああ、言ってなかったか? 俺は高校を卒業したら、CDF(コロニー防衛軍)に入隊するつもりなんだ」
「えっ!? それなのに何でeスポーツなんてやってるんですか? あっ!、ドローン部隊の指揮とかですか?」
 リョウガ先輩は、至って真面目な顔で首を振った。
「いや、FFOは、理論だけじゃない、戦術の実践での勉強のためだ。実際リク、お前の咄嗟の戦術的な判断は、本当に凄い」
「えっ!そ、そうですか」
 率直すぎる賛辞に、どう答えれば良いか分からず、僕は顔を赤くした。

「あ~~、リョウちん、いたいけな後輩に何してるのかなぁ?」
 いつの間にか、ミミ先輩がすぐそばまで泳いできて、僕たちをからかうように笑っていた。
「なっなっ何を、俺はただ将来の事を話していただけだ!」
 リョウガ先輩が、珍しく狼狽えている。ミミ先輩は、さらに面白がって続けた。
「へぇー、将来の話ねぇ。んでリョウちんは、何になるんだって?」
「CDFに入隊する」
「ふーん、らしいっちゃ、らしいよね」
「他人の夢を聞いたんだ。お前も自分の夢を語ってみろ」
「うーん、あたしはねぇ。……イベントプランナーか、イベントの司会とかやってみたいんだよね」
 ミミ先輩は、一瞬だけ、遠い目をして答えた。

 ビーチの帰り道。週末のミッドタウンは、夕方になると、たくさんの屋台が並び、まるでお祭りのようだった。その雑多で、エネルギッシュな雰囲気は、どこか僕たちの地元、ダウンタウンに似ていて、少しだけホッとする。
「リク! ミミ! 見てろよ、俺が良いとこ見せてやる!」
 クエンティンが、射的の屋台でそう豪語した。しかし、FFOでの正確なエイム力は、現実のコルク銃では全く通用しないらしい。彼が一発も当てられず、落ち込んでいると、見かねたリョウガ先輩が、黙って銃を借りた。そして、微動だにしないフォームから、全ての景品を、いとも簡単に撃ち落としてしまった。

 僕たち四人が、リョウガ先輩が取ってくれた合成ラムの串焼きなどを食べながら笑い合っている、その時だった。人混みの中から現れたグループと、偶然、肩がぶつかる。
「……悪い」
 そう言って顔を上げた僕の目の前に立っていたのは、トーナメントの優勝候補チーム『アヴァロン・ガーディアンズ』の、ランスロット・エインズワースだった。彼の後ろには、モードレッド・ブラックウッドと、もう一人のチームメイトもいる。彼らは、ラフだが、明らかに高級な私服を着ており、この屋台が並ぶ通りでは、異質な存在感を放っていた。

 一瞬で、空気が凍り付く。
 先に口を開いたのは、モードレッドだった。彼は、僕たちが食べているラムの串焼きを、汚物でも見るような目で見ると、嘲るように言った。
「うん? お前たちは? どこかで見たような……。ああ! なんだか妙な戦術で勝ち上がってきた、みすぼらしい装備の奴らじゃないか。こんな場所で、こんなものを食べているのか」
「んだと、てめぇ……!」
 クエンティンが一瞬で沸騰する。リョウガ先輩が、その肩を力強く掴んで制止した。

「モードレッド。よさないか。無作法だ」
 ランスロットは、静かに、しかし有無を言わせぬ声で、チームメイトを諌めた。そして、彼は、僕たち、特に僕のことを、品定めするような、それでいて、どこか純粋な興味を宿した目で、じっと見つめた。
「チーム『ジャンク・キャッスル』。四回戦での戦い、見事だった。もし君たちが準決勝で勝てたなら……決勝で当たるのは、僕達だ。君たちの『本当の力』を見るのを、楽しみにしている」

 ランスロットはそれだけ言うと、僕たちに背を向け、モードレッドたちを連れて、雑踏の中へと消えていった。
 楽しい一日は、最強のライバルとの邂逅によって、終わりを告げた。彼らが残していった、圧倒的なプレッシャーと、不穏な空気。僕は、ランスロットの最後の言葉、「本当の力」の意味を考え込み、今後の戦いが、これまでの試合とは全く違う、次元の違うものになることを、予感していた。



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 地区大会一回戦の劇的な勝利から、二週間が過ぎた。
 僕たちのチーム『ジャンク・キャッスル』は、あの後も、快進撃を続けていた。
 二回戦の相手は、フィールド全体に巧妙な罠を張り巡らせる、待ち伏せ戦術を得意とするチーム『スパイダーズ・ネスト』。僕たちは、ユイの索敵・分析能力で全てのトラップの位置を事前に看破し、クエンティンがそれを掻い潜って敵を蹂躙した。
 三回戦の相手、『アルケミー・ワークス』は、フィールドに配置された「魔法の素材」を誰よりも早く確保し、強力な属性攻撃だけで戦う特殊なチームだった。僕たちは、彼らが狙う「炎の魔石」を敢えて無視。代わりに、ユイの提案で、水場を利用して湿らせた木材で「燃えない壁」をクラフトし、彼らの戦術を完全に無力化した。
 そして先日の四回戦。軍隊のように統率の取れた動きで相手を追い詰める『アイアン・センチネル』。その完璧な連携を、僕とユイがリアルタイムで作り出す、予測不能な「ジャンク・クラフト」でかく乱し、勝利をもぎ取った。
 今日も僕たちチームが『シュミットの工房』に集まると、ヴィル爺さんが上機嫌で鼻歌を歌っていた。
「よう、若きチャンピオンたち。祝勝金だ、持っていきな」
 ヴィル爺さんは、そう言って、一枚のクレジットチップをテーブルの上に放る。そこには、僕たちのような高校生にとっては、ありえないほどの金額が表示されていた。
「まだ賭けてたのかよ、爺さん!」
「当たり前よ。お前さんたちのチーム、とんでもない大穴だからな。すでに、いつ敗退するかなんて賭けも始まっているくらいだ。おかげでワシの懐も、久々に潤ったわい」
 彼は、にやりと口の端を吊り上げると、「たまには息抜きも必要だ。パーッと使ってこい!」と、僕たちの背中を押した。
「ねぇねぇ! このお金があったらさ、ミッドタウンにある、あの高級な人工ビーチに行けるんじゃない!?」
 ミミ先輩の提案で、僕たちの、たった一日だけの豪華な息抜きが決まった。
 清潔で、洗練されたミッドタウンの街並みに、まず僕たちは気圧された。そして、目的地の巨大なドーム型人工ビーチに足を踏み入れた瞬間、誰もが息をのんだ。
 完璧に再現された青空、白い砂浜、そして寄せては返すリアルな波。しかし、ドームのガラス張りの天井の向こうには、漆黒の宇宙空間が広がっている。それは、あまりにも不思議で、美しい光景だった。
 先に着替えを済ませた僕たち男子三人が、ビーチサイドで待っていると、「お待たせー!」という、弾むような声が聞こえた。
 振り向いた先には、ミミ先輩が立っていた。
 いつも活発に動き回っている彼女とは、全く違う。少し大人びたデザインの水着が、彼女の鍛えられた、しなやかなスタイルを際立たせている。普段とは違うその姿に、僕の心臓は、ドクン、と大きく跳ねた。
 クエンティンは、一瞬、呆けたように口を開けていたが、ハッと我に返ると、慌てて視線を逸らした。リョウガ先輩も、その巨体には似合わないほど顔を赤くして、そっぽを向いている。
 僕たちの反応が面白かったのか、ミミ先輩はくすくすと笑った。
「なーに、三人とも固まっちゃって。ほら、行くよ!」
 彼女はそう言うと、僕たちの間をすり抜け、楽しそうに波打ち際へと駆けていった。
 周囲は、優雅に休日を過ごす、裕福な家族連ればかり。少し場違いな雰囲気を感じながらも、僕たちは、束の間の楽園を全力で楽しんだ。
 クエンティンとミミ先輩は、子供のようにはしゃぎ、波打ち際で水を掛け合っている。普段の苦労を忘れ、心から楽しんでいるようだった。
 僕はといえば、泳ぎが苦手なので、浮き輪でぷかぷか浮いているだけ。だけど、その目は、どうやって本物そっくりの波を発生させているのか、あの巨大な機械の構造のほうに興味津々だった。
 そんな僕の隣を、リョウガ先輩が、クロールで何度も往復している。まるで、ここが合宿中のプールであるかのように。
「リョウガ先輩は、どうしてそんなに身体を鍛えてるんですか? せっかく遊びに来たんだし、ノンビリしても良いんじゃ無いですか?」
 僕が尋ねると、彼は一度だけ息継ぎをして、水中でピタリと動きを止めた。
「ああ、言ってなかったか? 俺は高校を卒業したら、|CDF《コロニー防衛軍》に入隊するつもりなんだ」
「えっ!? それなのに何でeスポーツなんてやってるんですか? あっ!、ドローン部隊の指揮とかですか?」
 リョウガ先輩は、至って真面目な顔で首を振った。
「いや、FFOは、理論だけじゃない、戦術の実践での勉強のためだ。実際リク、お前の咄嗟の戦術的な判断は、本当に凄い」
「えっ!そ、そうですか」
 率直すぎる賛辞に、どう答えれば良いか分からず、僕は顔を赤くした。
「あ~~、リョウちん、いたいけな後輩に何してるのかなぁ?」
 いつの間にか、ミミ先輩がすぐそばまで泳いできて、僕たちをからかうように笑っていた。
「なっなっ何を、俺はただ将来の事を話していただけだ!」
 リョウガ先輩が、珍しく狼狽えている。ミミ先輩は、さらに面白がって続けた。
「へぇー、将来の話ねぇ。んでリョウちんは、何になるんだって?」
「CDFに入隊する」
「ふーん、らしいっちゃ、らしいよね」
「他人の夢を聞いたんだ。お前も自分の夢を語ってみろ」
「うーん、あたしはねぇ。……イベントプランナーか、イベントの司会とかやってみたいんだよね」
 ミミ先輩は、一瞬だけ、遠い目をして答えた。
 ビーチの帰り道。週末のミッドタウンは、夕方になると、たくさんの屋台が並び、まるでお祭りのようだった。その雑多で、エネルギッシュな雰囲気は、どこか僕たちの地元、ダウンタウンに似ていて、少しだけホッとする。
「リク! ミミ! 見てろよ、俺が良いとこ見せてやる!」
 クエンティンが、射的の屋台でそう豪語した。しかし、FFOでの正確なエイム力は、現実のコルク銃では全く通用しないらしい。彼が一発も当てられず、落ち込んでいると、見かねたリョウガ先輩が、黙って銃を借りた。そして、微動だにしないフォームから、全ての景品を、いとも簡単に撃ち落としてしまった。
 僕たち四人が、リョウガ先輩が取ってくれた合成ラムの串焼きなどを食べながら笑い合っている、その時だった。人混みの中から現れたグループと、偶然、肩がぶつかる。
「……悪い」
 そう言って顔を上げた僕の目の前に立っていたのは、トーナメントの優勝候補チーム『アヴァロン・ガーディアンズ』の、ランスロット・エインズワースだった。彼の後ろには、モードレッド・ブラックウッドと、もう一人のチームメイトもいる。彼らは、ラフだが、明らかに高級な私服を着ており、この屋台が並ぶ通りでは、異質な存在感を放っていた。
 一瞬で、空気が凍り付く。
 先に口を開いたのは、モードレッドだった。彼は、僕たちが食べているラムの串焼きを、汚物でも見るような目で見ると、嘲るように言った。
「うん? お前たちは? どこかで見たような……。ああ! なんだか妙な戦術で勝ち上がってきた、みすぼらしい装備の奴らじゃないか。こんな場所で、こんなものを食べているのか」
「んだと、てめぇ……!」
 クエンティンが一瞬で沸騰する。リョウガ先輩が、その肩を力強く掴んで制止した。
「モードレッド。よさないか。無作法だ」
 ランスロットは、静かに、しかし有無を言わせぬ声で、チームメイトを諌めた。そして、彼は、僕たち、特に僕のことを、品定めするような、それでいて、どこか純粋な興味を宿した目で、じっと見つめた。
「チーム『ジャンク・キャッスル』。四回戦での戦い、見事だった。もし君たちが準決勝で勝てたなら……決勝で当たるのは、僕達だ。君たちの『本当の力』を見るのを、楽しみにしている」
 ランスロットはそれだけ言うと、僕たちに背を向け、モードレッドたちを連れて、雑踏の中へと消えていった。
 楽しい一日は、最強のライバルとの邂逅によって、終わりを告げた。彼らが残していった、圧倒的なプレッシャーと、不穏な空気。僕は、ランスロットの最後の言葉、「本当の力」の意味を考え込み、今後の戦いが、これまでの試合とは全く違う、次元の違うものになることを、予感していた。