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第17話 模擬戦(旗取り)⑥ -1/2-

ー/ー



玄関に戻ると、リゼラの「あ、戻ってきた」と言う声が聞こえた。

「!」
プラグは驚いた。
「遅かったわね。旗はアドニスが持ってるわよ。ナージャもペイトもやっつけ済み。シオウとは話がついてるわ」
リゼラが笑った。
シオウはリゼラ達赤組と、本当に共闘するらしい。
周囲にはまだ赤、緑の候補生がいて、アドニスもいる。
残りの人数は赤がリゼラを含めて七人、緑もシオウを含め七人だ。

シオウが『赤組と組んで、プラグの青組をコテンパンにして、アルスと仲直りさせる』と言う目的をどの程度重視しているか分からなかったので、半信半疑だったが、今回は赤組に協力するらしい。
ただし赤も緑もそれぞれ距離を取っていて、リゼラは正面、アドニス率いる赤組はプラグから見て右側、シオウ率いる緑組は左側、とお互いに油断はしていないようだ。

「だから後は私に勝てば、最後の旗は貴方の物よ、ああ、でもそのままハイって訳にはいかないから、ちゃんと皆で奪ってね! さ、やりましょう」
リゼラは白いマントを脱ぎ捨てて、赤紫色の隊服姿になった。

リゼラがショートソードと短剣を抜いて歩いて近づいて来た。二刀流だ。
間合いを取る正統派では無いらしい。
彼女の瞳は、今は透き通って淡い金色に見える。長い、二つ結びの金髪は揺れていない。
大きな、可愛らしい瞳がこちらを見る。

「私の武器はショートソードと短剣だけよ。投げないから安心して」
プラグは先に左手で短剣を抜いて、そのまま逆手に持つ。長剣は右だ。

ルネを除けば、久々に不味い相手に出会った。
いやリズもチェスターも不味いのだが。リゼラは特に不味い。

リゼラが笑った。
「その短剣、もう一本欲しいタイプでしょ」
「分かります?」
「分かるわー、その気持ち。私も今日は『アゼラ』と『アリス』だけだもの」
リゼラが自分のショートソードと短剣を見て言った。
リゼラは武器に名前を付けるタイプらしい。
そして、一瞬で剣が合わさった。プラグの長剣とリゼラのショートソードが合うはずだったが、短剣とショートソードの両方で受けられた。
「ッ」
プラグは歯がみした。力が強くてびくともしない。これは精霊由来の力ではない気がする。
小柄な体に見合わない――何か別の強さがある。
短剣で横から左脇腹を刺そうとするが、上手く避けられ逆に右手を取られかけた。
リゼラは短剣を持った左手を下げ、ショートソードを持ったままの右手を軽く当て、長剣を持つ右手を極めようとしてきたのだ。対処は剣を放すくらいしかない。
プラグはリゼラの腹を蹴飛ばして無理矢理、逃れた。
リゼラが二メルトほど下がって、踏ん張ってこちらを見た。笑っている。
「さすが、やるわね……!」
リゼラがバネのように飛びかかり、短剣の切っ先がプラグの目元に向かう。同時に長剣で回し切りをしてきて、やはり逃げ場が無い。プラグは剣を大きく振ってこちらは反時計回りに半回転をして避けながら短剣を弾く。
次は長剣、短剣とお互いほぼ交互に打ち合った。互いに長剣、短剣を防ぎ合っていると、五撃目の長剣同士を合わせた時にリゼラが剣を押して、ピタリとプラグの右側についた。未知の位置取りで、プラグは一歩横に避け、間合いを取り直した。すごくぞっとした。
リゼラの手は止むことが無い。防ぎながら、プラグは最後まで打ち合いする覚悟を決めた。
感覚的な剣で、型は無く、切っ先を完全に見切るのは難しい。来たままに打ち返し、こちらも切り込んでいくしかない。
リゼラが飛び、左側頭部に回し蹴りが来て、プラグは短剣の刃で防いだ。
リゼラの足が刃に当たる。しかし蹴飛ばす力の方が強く、弾かれると察したプラグは既に長剣の刃を当てている。
しかし驚く程の身軽さでリゼラが下がって、後ろ宙返りをして着地する。蹴り途中だったのだが、プラグの剣を起点にして自分の動きを変えた。
天才、という言葉が脳裏を過ぎり、冷や汗を掻いた。
リゼラは短剣も長剣も持ったままなのですぐに斬り掛かってきた。この間は一秒も無い。
短剣が先に来る。しばらく短剣での切り上げ、切り下げが続く。微妙に狙いの場所が違うので、全て正確に防がなくては食らってしまう。しかも、その間に長剣で真逆の位置を狙われる。少しでも当たれば細切れにされるだろう。
プラグはリゼラの肘を左手で上に弾き、リゼラの首を右上から斜め切りにしようとした。
リゼラが体を右に大きくひねって避け、横髪と肩を少し切っただけで終わる。ひねった後リゼラは左にひねり返し――軸足の動きが独特だった――短剣を振り下ろしてきた。身長差があるのでプラグはリゼラの左手首を、短剣の柄で打った。
それで短剣を落とす事も無く、強引に振り切ってきた。今度はプラグが躱すことになったが、プラグは踏ん張り、すぐさま長剣でリゼラの心臓を突いた。さすがに寸止めだ。
しかしリゼラの短剣が戻って来ていて、剣の平で心臓を守った。構わず突き込む。
衝撃が起き――リゼラが四メルトほど飛ばされる。

彼女は『飛翔』で着地してぴんぴんしている。
そこでプラグは彼女が飛翔や盾を使っていなかった事に気が付いて、内心で舌を巻いた。プラグも忘れていて使っていなかったのだが。ただ彼女相手に全力で行くと、周囲に少し影響が出そうなので、もうこのままでいいか、と思った。

プラグはまだ短剣における『プラグ』の強さを設定していない。
リゼラ相手では手加減したら負けそうだが……アメルであれば良い勝負ができそうだ。
リゼラが短剣でアメル並み、というのは怪物だ。
そしてプラグはアメルより……短剣が弱いのだろうか?

「ハァッ!」
リゼラが凄まじい速さで次々に斬りつけてくる。両方の剣を使っての隙のない攻撃だ。
プラグは強引に受け止め、強引に弾いていく。刃を合わせるのはどれも一瞬で鍔競り合いには持ち込めないし、持ち込んではいけない。いきなり入る関節技、投げ技を外し、短剣による逆手での切り裂きを後ろに下がって避けて、追いつかれてまた斬りつけ合う。
プラグは必死に捌きながら戸惑った。

(どうしよう!?)
実は『プラグ・カルタ』は始めてまだ一年と数ヶ月。
女装のアメルではなく、男の姿で精霊騎士になると決めて、大急ぎで『ギリギリ少年らしく』整えてきたつもりだが、こんなに二刀流、短剣、双剣の強い相手がいるとは思わなかった。
リゼラは短剣については、プラグと同い年で既に天才だし、達人だ。
間違い無く実戦経験がある。この年でこれほど、と言う驚きもあるが、彼女の強さはどうやら『特別な才能』のせいらしい。例えば、噂に聞く『北の魔女』の血筋だからとか。
二刀流も本来は長剣では無く短剣でやるのだとしたら、もっと手強いはずだ。それに加えて、投げナイフ、暗器も沢山ある――。
リゼラに勝つのは不自然だが、負ければ手加減したと分かる……。

(短剣は駄目で、長剣で押した事にするか? いやバレる)
リゼラには分かってしまうだろう。
自然に終わらせるには、このまま打ち合って時間切れを狙う。
『決着が付きませんでした。引き分けです』それがいいのだが。
それをやると――。

「ぎゃははは! 弱い弱い! おら、お前等、紐取れよー! ほらそっちに行ったぞ! 赤も青も全部取れ!」
最大火力のシオウ達に負ける。
シオウはアラーク達を相手にしているのだが、既にアラークの旗が奪われている。アラークの『火渡り』もシオウの『火矢』相手では上手く乗ることができなかったのだろう。
もはや赤も緑も協力して旗を狙っていて、ちょうど、ウォレスが逃げ回っているのが見えた。
プラグとリゼラは引き分けになると思われているのか。これも話がついていたのか。

「よそ見厳禁!」
そんな事を考えていたら、リゼラの拳を肩に受けてしまい、短剣を落とした。加減してあり、骨は無事だ。足への蹴りは盾で防いだ。
「ッ……」
短剣は地面に落ちた。これは、かえって良かったかもしれない。
常識的に考えて、プラグは十四歳だし、強いと言ってもこの程度だ。そもそも、隊士に勝ってばかりいる候補生とは……存在し得るのか?
コリントも強いのだが、所詮は人間。五千年生きた大精霊の敵では無い。
『プラグ』の戦うべき敵は他にいる。

この『プラグ・カルタ』は短剣はアメルより苦手……。長剣はできるが、短剣はアメルより弱い?
この年齢なら、それが自然なのだが。

短剣――プラグだってアメルと山ほど練習した、と言う設定だ。

プラグは長剣の大ぶりでリゼラを遠ざけた。
「武器を拾うのって良くないんですけど」
手を伸ばして、左手で短剣を拾う。
ラ=サミルから、武器を落としたら負けと教わっている。
プラグとしては勝ちたくない――勝ってはいけない。勝ててはいけない。
けれど状況としては勝った方がいい。ウォレスが危ないし、青組が負けてしまう。

――シオウが強いから、なんとかなるだろう。
炎の合間から、一瞬、シオウが見えた。旗は取られてしまったようだ。

プラグは諦め、本気で行くことにした。それで負ければ諦めがつく。
プラグはアメルより弱い兄だったのだと。だから守れなかったのだと。
あれは当然の結果だったのだと。

それはいやだ。
これは『プラグ』を賭けた戦いだ。『プラグ・カルタ』には勝手に賭けてゴメンという気持ちだが賭ける。ここに来てからの『自分』は本当に情けない。
……情けなさの世界一があったらプラグは間違い無く一番になれる。
たった二十三歳のルネに負けるし、たった十四歳のリゼラに翻弄されるし。たった十四歳のシオウと互角だ。勉強ばかりで素振りもろくにやっていないし、鍛練だっていちいち遠乗りしたり、休みに森へ入ったりして、人のいないところを選んで隠れてやっている。

眠っていた千年の間にカド=ククナ本来の剣術は、見事に流行遅れになっていた。
通用するしない、ではなくそもそもが古いのだ。
ルネっぽくなるのが嫌なので、彼の剣術を上手く取り入れて新しい剣術を作ろう、と決めてはみたものの、今の所『それって何だろう』状態だ。これは酷い。
プラグは争い事が嫌いで、強さを追い求める気質では無いが、本気で鍛え直さなければ、化け物だらけのこの世界で『目標』には絶対に届かない。本当は木でも百本でも千本でも斬って、人だって百人、二百人、死なない程度に、いっそ殺してもいいから全てを試したい。もっともっと鍛えたいのだ。その為に――リゼラに本気でぶつかりたい。

「あと五分!」

(――俺は、最強を目指すんだ!)

プラグは長剣を目線より高く上げ、切っ先を斜め下に向けて構えて、左手で短剣を低めに、順手に持って構え、リゼラをしっかりと見据えた。

するとリゼラは音も無く、同じ構えをした。彼女も短剣が上で長剣が下だ。向かい合うと短剣と短剣、長剣と長剣同士が当たることになる。応えてくれるらしい。リゼラは本当は短剣を上げる方が好きな気がする。プラグが今長剣を上げて、短剣を上げないのは、単純に短剣を持つ左手が痛いからだ。

「行きます!」「ッ!」
二人は同時に駆け出してちょうど中間で刃を交えた。プラグは短剣でリゼラの右手の短剣を弾き、リゼラの長剣を自分の長剣で外側からねじり込み、リゼラに当たらないように右肩上に向かって突きを入れ、左手で持った短剣を峰打で振った。首に当てると折れるので側頭部をめがけて思いっきり。リゼラが反射で避けた瞬間に長剣を捨てて右手で殴り、崩れた所で、頭の紐を引き、取った。
リゼラは『盾』で防いでもいないので右頰に直撃だ。
強く殴ったためリゼラはそのまま倒れたが、間に合って、支えることはできた。

「取った!」
紐を掲げる。

「――で、俺が取ると」
背後で小声が聞こえ、ピッ、と軽い音がした。
一瞬でプラグの頭の紐が解かれた。

プラグは息を吐いた。
「シオウ」
「よっしゃー! 俺様の完全勝利! やったー!」
シオウはプラグの紐を掲げて、しかも旗を三本とも持っている。
アドニスを見るといつの間にか、頭の紐を取られて――旗も取られていた。

「やられましたね。でも、つい、見入ってしまいました」
アドニスはプラグを見て、苦笑した。
……アドニスはずっとこちらを見ていたのだ。
プラグは僅かに微笑んだ。

■ ■ ■

「そこまで、勝者、緑組!」

リズの声で大歓声が起き、リゼラがはっと気が付いた。
プラグは慌てて声を掛けた。
「大丈夫ですか、運びます」
「……いいわ、歩けるから。はぁ……イタタ」
リゼラは断って立ち上がり、自分の剣を拾った。プラグも落とした長剣を鞘に収め、短剣も拾った。

「あー、結局シオウの勝ちか……」
リゼラは沸き立つ緑組を見た。不思議なことに青組も赤組も祝福している。
プラグはちらりと目の端に入れただけだが、確かに、見事な立ち回りだった。やたら火が広がっていたし……プラグとリゼラの真剣勝負を隠してくれたのかもしれない。
「肩、大丈夫? っていうか当てたわよね? 折れてないの?」
「ぎりぎりなんとか……ヒビくらいは入ってます。細いのに、力、強いですね……」
「あーあ。それ、そのまま返すわ」
リゼラが空を仰いだ。

「――でも見直したわ。ありがとう」
リゼラに言われて、プラグは微笑した。
「こちらこそ。おかげで気合いが入りました」
二人は握手を交わした。

「けど、本当に強いわね? どこかの騎士団にいた? 暗殺組織の方がありそうかしら」
歩きながらリゼラが苦笑した。
「そう言うリゼラさんも力が強いですけど、精霊の血じゃありませんよね?」
「私のは血筋ね。魔女って強いのよ。目もいいし、そのままで足も速いの。力だって百人力、ってね」
リゼラが細い腕で、力こぶを作る仕草をした。
「へぇ。凄いですね」
「ええ。おかげで候補生の時は大変だったわ。うっかりすると相手が死んじゃうし。だから、手加減しないとっていう気持ちは良く分かるわー」
「……殺してませんよね?」
プラグは少し頰を引きつらせた。
「それはもちろん! 上手く加減できるようになって一人前だって、その通りかもね。お母さんの言葉だけど。さ、とりあえず治療。今日はもう一戦あるのかしら?」

リゼラとプラグが玄関に戻ると、アラークが恐い顔で立っていた。

「う」
プラグは思わずたじろいだ。勝負を放棄してリゼラと戦ったことを責められると思ったのだが。
「……悪かった、旗、取られた!」
思いっきり謝られた。しかも少し涙ぐんでいるので、プラグは慌てた。
「いや、俺こそ……旗の事を忘れてた。シオウ相手だし、仕方無いよ」
するとアラークが眉をつり上げた。
「お前、見て無かっただろ、くっそ、腹立つ! あのシオウ! お前もだ! っとに! オラ、青組、次はもっとしっかりやるぞ!」
「おーッ!」
青組はやる気になっている。
アラークと一緒にいたナダ=エルタも、拳を突き上げている。
プラグは彼女にどうだったのか聞こうと思って、立っていたのだが、ラ=ヴィアが背後に来て頰を膨らませた。
「みーっ! 治療! 駆け足!」
「ああ」
背中を押され天幕に向かうと、イサーク医師が天幕の下で待ち構えていた。
「はいはい、プラグ君と、リゼラさんは治療ねー」

「ふむふむ、あー、うん。ル・フィーラ!っと」
イサーク医師はさっさと治療を終わらせてくれた。

「痛みが取れるまで、左手は使わないようにね。目眩は無い?」
「大丈夫です」
「はぁ。ならいい。後半があるなら見学して欲しいよ。言っても無駄だけど」
「すみません……」
プラグは頭を下げた。
イサーク医師は笑った。
「まあ、それがここだから。どんどん怪我してね」
心強い言葉にプラグは苦笑した。
リゼラは看護師に治療してもらっていた。コリントが心配して来ている。
「派手にやられたけど大丈夫だったか?」
「ええ、余裕余裕」
リゼラが笑った。しかし治療中だ。
「ならいいけどさ……ったく。あいつも戦闘狂かよ」
否定したい見解を示された。

「そんな事は――」

「おーい、注目ー! 今から休憩と反省会ちょっとやって、三時から二戦目やるぞ。まだ見たい奴等は残って、のんびり茶飲みたいって奴はここまで。ケーキ、食堂に用意してあるから食ってけ。精霊の手作りだぜ」
リズの声が聞こえた。
「ケーキか。食べたいなぁ」
プラグは思わず呟いた。甘い物は好きだ。
するとコリントが「余ったら夜に出ると思うけど、今日は無理かもな」と言った。
リゼラが頷いた。
「毎年初回は精霊達が作ってくれるのよ」
「そうなんですね」

「よう、家来その二!」
するとシオウがアドニスを連れて入って来た。
「シオウ」
「ははは。こいつ家来その一! 俺様の勝ちだ」
家来その一、アドニスは首に腕を回されて笑っている。
プラグも笑った。
「俺、その一が良かったなぁ。俺がその二なの?」
首を傾げて主張するとシオウが瞬きをした。
「ん、なんだ争うのか? しゃーねーな。じゃあ俺様の家来一位の座をかけて再戦するか? でもお前、いけるのか? ちょっと足取り、ヤバかっただろ。目眩とかするんじゃね?」
「うーん、そこまででもないけど」
「ま、お前には後でアルスに謝るって役目があるからな。体力は温存しとけ。俺はこいつと戦う。二対一でさくっとやればいい。青組適当に借りるぜ。もう半分ずつでいいだろ。わーっと戦ってサクッとお終い」
「え、出たい」
すごく楽しそうなので、プラグは立ち上がろうとしたのだが。
「駄目ですよプラグ君。ほら、そこ、雷喰らった子達が寝てるじゃ無いですか」
プラグが振り返るとレンツィ、ゼラト、ヨアヒムが寝転んでいた。
「あれ」
プラグは平気だったのだが……。他はそうでもなかったらしい。
するとイサーク医師が溜息を吐いた。
「プラグ君は短時間で済んだから、まあ動けましたけど、こちらの三人は雷針(らいしん)に当たったんですよ。雷は危ないんですけどね、実戦では良く使われますから……やれやれ。君も安静にしてくれるなら大歓迎です」
イサーク医師がさっと毛布を上げてくれた。

「まあ今年は万が一があっても、王女様が近くにいますからねー、少し気が楽です。毎年、重傷者を城まで運んでるんですよ」
イサークの医師言葉に、さすがにプラグも固まった。
すると看護師が「冗談ですよ」と言ったがその後に「あ、『王女様にお願いする』の下りですが」と言って微笑んだ。
リゼラはうんうんと頷いている。
「実は、私が苛められたのも、それが原因なのよね。うっかり、さくっと、腕を……やっちゃって、慌てて聖女様にお願いしたの。間に合って治ったけど、それもあって、それからも思いっきりやって、脱落者がたくさん出ちゃって、エヘ! 私、力加減が下手なのよ」
リゼラはお茶目に頭を掻いたが、プラグ達はぞっとした。
「ヒッ……」
「皆、避けると思ったのよ……甘かったわ」
リゼラは笑っているが……確かにこの激しい戦闘訓練が続けば、それも十分有り得る。
イサークが苦笑する。
「即死は避けられるように、これからしっかり、ルールを教えてもらえるはずだよ。これからね」
シオウが顔をしかめた。
「あー、やっぱ『先に』って発想はないんだなここ……よし今から楽しい反省会だ。説明、聞いとこ。うっかり殺っちまわないように」

……そういう問題ではない気がするが、そう言うしかないのかもしれない。

アドニスが感心した様子で頷いた。
「さすがはストラヴェルですね! 参考になります。あ、僕達は今から人数を合わせて再編、再戦です。プラグ君も、リゼラさん達も、大人しく休んでいて下さい。まだ隊士を含めて戦うには僕も皆も経験が足りないですから。反省が優先で。――とりあえず、シオウ君は信じない事にします」
アドニスの眼鏡が光った。
「ははははは、最初っから信じてなかっただろー、さ、行くぞ」

「――俺も聞く!」
プラグも、自身と候補生の安全の為に、立ち上がって後に続いた。

■ ■ ■

リズによる初回反省会は、リゼラの例やら、過去のギリギリの例を交えとても分かりやすく始まり、分かりやすく終わった。

リズ曰く。
「えー、この旗取り以降は、実戦に近い訓練が続くので、軽い怪我やら、ヤベー怪我やらがたまに出る。そう言うときは、即死じゃなければ聖母様が助けてくださるから安心しろ! 今年は王女殿下もいらっしゃるから、その点はお前等は運がいい。まあ間に合えば聖母様の所へ行くが――んで、今から『今後の訓練で死んじまってもイイヨ』って念書を配るから、お前等、自分の名前書いて、紋章印か、無ければ血判を押して、あと保護者欄があるから適当に家族か、いない場合は後見人に送って書いてもらえ。あ、万一、死んだら一人につき、遺族が五千万グランもらえるから、得したと思っとけ」

とのことだった。
大変分かりやすい。

「俺、もう辞めようかな……」「まじかよ……」「事前説明って知ってるか……?」
と言う声がちらほら聞こえる。
唸っていた天幕の三人も、何かを察知したのか起き出して聞いている。
プラグはアルスの少し後ろにいたのだが、アルスは項垂れる候補生の間で、一人、すっと立ち上がった。

――彼女の立ち姿は凜々しく、美しい。

「リズ隊長。この事は聞いて知っていましたけど、今年は私がいるので大丈夫です。皆、ぜったいに、即死は避けてね! そしたら、すぐに治してあげるから!」

彼女のすばらしい人徳に、候補生や観衆から拍手がわき起こった。
「聖女様……!」「なんという……!」「おおお」「ストラヴェル……!」
聖女様万歳! 王女様万歳! と言う声が響き始める。
精霊達も泣いている。プラグもこれには感動した。思わず涙ぐんでしまった。プラグの説教は彼女には不要な物だったのだ。

リズが不気味に微笑んだ。
「おお、さすがは王女殿下! その意気です! さ、つーワケで、後半戦行く前に、プラグ、王女に何か言う事があるだろ。あ、立て、正式な謝罪ってやつだな。皆、避けろ」
候補生がさっと間を開ける。
プラグは頷いて立ち上がった。アルスを真っ直ぐ見据える。

「王女殿下。私は殿下の覚悟を見くびっていました。私は貴方に、正式に謝罪いたします」

プラグは臣下ではないので、跪いて臣下の礼を取ることはできないが、頭を下げた。
顔を上げて、アルスに尋ねる。

「――私の謝罪を受け入れ、またここで、共に学んで頂けますか?」

プラグの言葉に、アルスは少し目を見張って、苦笑し。
「ええ、もちろん。貴方を許し、謝罪を受け入れます」
毅然として微笑んだ。その後は嬉しそうに笑った。
候補生達が、わっと囃し立てる。
「もー! ほんっと、もー!」「なんつー遠回りな!」
「あー、もう良かった」「良かったけど私達、命の危機!」「やーもう!」
つられて精霊も観客も拍手して、歓声を上げた。
その中でリズが一際大きな拍手をする。
「はいはい、終わったー!! っつーことで、後半戦だ! いけるやつは半分に分かれて戦え! 戦って覚える! 死んだらちょっと運が無い! それがここ、クロスティア騎士団だ! ほら分かれろ!」
リズが号令を掛け、候補生達がわっとアドニス組、シオウ組に分かれる。
「じゃあアルス、後で。本当に悪かった。頑張って」
「はいはい、もう。ちゃんと休んでよ?」
プラグもアルスと分かれて天幕に戻った。

■ ■ ■

後半戦、アドニスとアルスの執念は凄まじく、なんとシオウを袋叩きにしてしまった。
特にアルスの『掠風』はこれでもかと言うほどの威力で、アドニスの『水泡』、カトリーヌの『渦潮』、エミールの『水精』その他を巻き込みシオウを襲った。
緑組に入った青組候補生が離反したのも問題だった。

「げー、こんなのアリかよ」
シオウは皆にのしかかられて潰れている。最初は両腕の紐をアルスに、両足はアラークに、そして頭をアドニスに取られた。
「勝ちは勝ちよ!」
アルスが腰に手を当て言い放った。
「これが勝負です。より多くの支持を得た物が勝利する。なるほど、勉強になりました」
アドニスも頷いている。

「あははは、シオウの負けだ! やったー! 青組の勝利だ!」
プラグはすっかり回復していたので、思いっきり手を叩いた。
プラグもシオウには良く負けているので、嬉しくて仕方無い。
シオウが「お前、覚えてろよ!」と負け惜しみを言った。
余計に面白くて、くすくすと笑った。

「あ、そだ、ゼラト――穴、埋めとけよー」
リズが思い出して言った。
「うわ、そうだった……」
「あ。具合どーだ? 別に明日でもいいぞ?」
「すいません、じゃあ明日でお願いします」
「そうだな、もう日も暮れるし。皆、おつかれー、まー初めてにしては盛り上がったな。ここまで残ってた観客もありがとな! じゃ、解散!」
リズの言葉で、長かった授業がようやく終わった。

「腹減ったー」「もうくたくた……」「晩飯何かな」
候補生達がぞろぞろと引き上げていく。

「片付け、手伝いましょうか?」
天幕を畳む所を見て、プラグは言ったのだが、とっと休めと言われてしまった。
するとアルスがすぐ後ろにいて、プラグを見て首を傾げた。
プラグもつられて首を傾げた。
「どうしたの?」
「あ、いえ……うん、ちょっとね」
「? あ、行こう」
まだ若干、候補生がいるので、プラグは宿舎の玄関を指差して、歩き始めた。
するとアルスは立ち止まっている。

「あのね」
「?」
「私もちょっとだけ、悪かったと思うの。ごめんなさい!」
アルスが頭を下げるので、プラグは驚いてしまった。
「えっ……」
どう考えてもプラグが悪いので、戸惑ってしまった。
「顔、叩いちゃったし……せっかく綺麗な顔なのに、二度目よね、もう」
アルスが眉尻を下げた。二度目、というのはアラークの分が入っているからだろう。
困惑しつつもプラグは申し訳無くなった。
先程の『正式な謝罪』は、皆に見せる為の、形だけの物だ。当たり障りの無い言葉を選び、きちんと謝っていない。
プラグも謝る事にした。
「――そんな、俺の方こそ悪かった。ごめんなさい」
頭を下げる。

「君の覚悟を疑った自分が恥ずかしい。俺が言う事じゃ無かった……前言撤回したのも格好悪い。でも、……できれば両親とは、きちんと話して和解して欲しい。きっと心配しているから。部屋については、また両親と相談して、もっと良い形にしてほしい」
プラグの言葉に、アルスは頷いてくれる――と思いきや。頭を押さえて唸った。
「結局、それなのよね、問題は。……どうしようかしら……」
「別じゃ駄目なの?」
「うーん。一緒じゃないと、寂しいわ」
プラグは瞬きを繰り返した。そしてこちらも少し唸った。
「ううん……寂しいのか……それは困ったな……」
つまりアルスは仲良くなったシオウ、プラグと離れがたいのだ。
部屋を替わって彼女一人が寂しい思いをするなら、もう――あと八ヶ月程度だし、一緒にいた方がいいかもしれない。
アルスは力強く頷いている。
「そう、寂しいの。分かってくれる? 大問題よ。折角仲良くなったのに。わかる?」
「わかる。そうだよな。じゃあ、仕切りを作るか」
プラグは言った。
「大工仕事はあんまりしたこと無いけど、その辺の木材でいい? 上手くできるかな。凄く丈夫な鍵を十個くらい付ければ、まあ……陛下も納得してくれるかも……?」
「十個!? そんなに付けるの? だったら移動するわ。面倒くさい」
「ええっ?」
「三個あれば充分よ」
「三個か……心許ないけど、開けるの大変じゃない?」
「あなた今、十個って言ったじゃない」

するとシオウが復活していて、いつの間にか近くに立っていた。
「お前等、とりあえず入れよ。邪魔」
「あ、うん」
「――ああ、部屋だけどな。見に行ってみろよ。アプリアが何とかしてくれるって」
「え!?」
アルスとプラグはシオウと共に、急いで階段を上った。

二十五号室に入ると、アプリアがいた。
「ああ、来ましたね。先程終わりましたよ」
見た目は全く変わっていない……。濃い青色のカーテンで仕切られている。
アプリアに言われたとおり、カーテンの内側を見てみると。端にポケットが縫い付けてあった。
「中を見て下さい」
アルスがポケットの中を探ると、ポケットの中には一枚、赤プレートがあった。
アルスが手に取った。
「あ、鍵のプレート!?」
「ええ。今から、王女殿下の霊力と声紋を記録しましょう。そして、これは隊長から『闇』の赤プレートです。光が消えて快適になります。そしてこちらは私から『旋風』の精霊結晶です。こちらは音を消すことができるので、プラグさん達がいびきをかいても聞こえません。これもポケットに入れておいてください」
アプリアが精霊結晶ともう一枚の赤プレートを渡した。
「……!」
プラグは目を丸くした。こんな簡単な事だったのだ。
勿論『鍵』は考えたが、鍵のプレートは候補生には高価だし、『闇』の赤プレートは初めて見る。
『旋風』の精霊結晶は、おそらく効果変更した物で、アプリアの協力が必要だ。
「ありがとうございます!」
アルスは感激して頭を下げているが、プラグは不思議に思った。
「このプレート……。旋風の結晶も結構、良い物ですけど、新しく作ったんですか?」
『鍵』は申請すれば教会で購入できるが、『闇』の赤プレートは精霊結晶が無ければ作れない。『旋風』の結晶も一セリチはある。
特に、赤プレートにできるくらいの精霊結晶は作ろうと思ったら一年はかかるはずだ。
アプリアが軽く首を振る。
「いえ、『闇』のプレートは元々作ってあった物で、『旋風』は予備の結晶を、隊長が王子殿下にお願いして、構成変更して頂きました。……今回の件は、私も、隊長も反省しています。確かに王女殿下に対する配慮が欠けていました。それに、プラグさんの気持ちも、シオウさんの気持ちも考えていませんでした。国王陛下には、まず隊長から対応を伝えて頂きますから、その後で今度の休日、王子殿下に会いに行くついでに『偶然』陛下と出会って、話し会ってみてはいかがでしょうか?」
と言う――アプリアの提案にアルスは力強く乗った。
「分かりました。そうします! 何から何までありがとうございます!」
すると、アプリアが苦笑した。
「王子殿下も少々、心配されていたようですね」
「あー……お兄様……そうよね……知ってるわよね……分かりました。何か美味しい物でも持って行こうかしら……ミアルカにも会いたいわ。王妃様はなんて仰るかしら……ああ……絶対に笑われるわ……」
アルスは溜息を吐いている。家族の仲は良いようだ。

アルスは再び頷いた。
「分かりました。今度、一回だけ、会いに行きます。お父様にもしっかり謝らなきゃ……」
「頑張って」
プラグは応援しかできないので、応援したが、そこで思い出した。

「あ! そうだ、行くなら念書、持って行けば? サインしてもらって」
プラグの言葉にアルスが目を丸くして、アプリアが笑い出した。


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次のエピソードへ進む 第17話 模擬戦(旗取り)⑥ -2/2-


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玄関に戻ると、リゼラの「あ、戻ってきた」と言う声が聞こえた。
「!」
プラグは驚いた。
「遅かったわね。旗はアドニスが持ってるわよ。ナージャもペイトもやっつけ済み。シオウとは話がついてるわ」
リゼラが笑った。
シオウはリゼラ達赤組と、本当に共闘するらしい。
周囲にはまだ赤、緑の候補生がいて、アドニスもいる。
残りの人数は赤がリゼラを含めて七人、緑もシオウを含め七人だ。
シオウが『赤組と組んで、プラグの青組をコテンパンにして、アルスと仲直りさせる』と言う目的をどの程度重視しているか分からなかったので、半信半疑だったが、今回は赤組に協力するらしい。
ただし赤も緑もそれぞれ距離を取っていて、リゼラは正面、アドニス率いる赤組はプラグから見て右側、シオウ率いる緑組は左側、とお互いに油断はしていないようだ。
「だから後は私に勝てば、最後の旗は貴方の物よ、ああ、でもそのままハイって訳にはいかないから、ちゃんと皆で奪ってね! さ、やりましょう」
リゼラは白いマントを脱ぎ捨てて、赤紫色の隊服姿になった。
リゼラがショートソードと短剣を抜いて歩いて近づいて来た。二刀流だ。
間合いを取る正統派では無いらしい。
彼女の瞳は、今は透き通って淡い金色に見える。長い、二つ結びの金髪は揺れていない。
大きな、可愛らしい瞳がこちらを見る。
「私の武器はショートソードと短剣だけよ。投げないから安心して」
プラグは先に左手で短剣を抜いて、そのまま逆手に持つ。長剣は右だ。
ルネを除けば、久々に不味い相手に出会った。
いやリズもチェスターも不味いのだが。リゼラは特に不味い。
リゼラが笑った。
「その短剣、もう一本欲しいタイプでしょ」
「分かります?」
「分かるわー、その気持ち。私も今日は『アゼラ』と『アリス』だけだもの」
リゼラが自分のショートソードと短剣を見て言った。
リゼラは武器に名前を付けるタイプらしい。
そして、一瞬で剣が合わさった。プラグの長剣とリゼラのショートソードが合うはずだったが、短剣とショートソードの両方で受けられた。
「ッ」
プラグは歯がみした。力が強くてびくともしない。これは精霊由来の力ではない気がする。
小柄な体に見合わない――何か別の強さがある。
短剣で横から左脇腹を刺そうとするが、上手く避けられ逆に右手を取られかけた。
リゼラは短剣を持った左手を下げ、ショートソードを持ったままの右手を軽く当て、長剣を持つ右手を極めようとしてきたのだ。対処は剣を放すくらいしかない。
プラグはリゼラの腹を蹴飛ばして無理矢理、逃れた。
リゼラが二メルトほど下がって、踏ん張ってこちらを見た。笑っている。
「さすが、やるわね……!」
リゼラがバネのように飛びかかり、短剣の切っ先がプラグの目元に向かう。同時に長剣で回し切りをしてきて、やはり逃げ場が無い。プラグは剣を大きく振ってこちらは反時計回りに半回転をして避けながら短剣を弾く。
次は長剣、短剣とお互いほぼ交互に打ち合った。互いに長剣、短剣を防ぎ合っていると、五撃目の長剣同士を合わせた時にリゼラが剣を押して、ピタリとプラグの右側についた。未知の位置取りで、プラグは一歩横に避け、間合いを取り直した。すごくぞっとした。
リゼラの手は止むことが無い。防ぎながら、プラグは最後まで打ち合いする覚悟を決めた。
感覚的な剣で、型は無く、切っ先を完全に見切るのは難しい。来たままに打ち返し、こちらも切り込んでいくしかない。
リゼラが飛び、左側頭部に回し蹴りが来て、プラグは短剣の刃で防いだ。
リゼラの足が刃に当たる。しかし蹴飛ばす力の方が強く、弾かれると察したプラグは既に長剣の刃を当てている。
しかし驚く程の身軽さでリゼラが下がって、後ろ宙返りをして着地する。蹴り途中だったのだが、プラグの剣を起点にして自分の動きを変えた。
天才、という言葉が脳裏を過ぎり、冷や汗を掻いた。
リゼラは短剣も長剣も持ったままなのですぐに斬り掛かってきた。この間は一秒も無い。
短剣が先に来る。しばらく短剣での切り上げ、切り下げが続く。微妙に狙いの場所が違うので、全て正確に防がなくては食らってしまう。しかも、その間に長剣で真逆の位置を狙われる。少しでも当たれば細切れにされるだろう。
プラグはリゼラの肘を左手で上に弾き、リゼラの首を右上から斜め切りにしようとした。
リゼラが体を右に大きくひねって避け、横髪と肩を少し切っただけで終わる。ひねった後リゼラは左にひねり返し――軸足の動きが独特だった――短剣を振り下ろしてきた。身長差があるのでプラグはリゼラの左手首を、短剣の柄で打った。
それで短剣を落とす事も無く、強引に振り切ってきた。今度はプラグが躱すことになったが、プラグは踏ん張り、すぐさま長剣でリゼラの心臓を突いた。さすがに寸止めだ。
しかしリゼラの短剣が戻って来ていて、剣の平で心臓を守った。構わず突き込む。
衝撃が起き――リゼラが四メルトほど飛ばされる。
彼女は『飛翔』で着地してぴんぴんしている。
そこでプラグは彼女が飛翔や盾を使っていなかった事に気が付いて、内心で舌を巻いた。プラグも忘れていて使っていなかったのだが。ただ彼女相手に全力で行くと、周囲に少し影響が出そうなので、もうこのままでいいか、と思った。
プラグはまだ短剣における『プラグ』の強さを設定していない。
リゼラ相手では手加減したら負けそうだが……アメルであれば良い勝負ができそうだ。
リゼラが短剣でアメル並み、というのは怪物だ。
そしてプラグはアメルより……短剣が弱いのだろうか?
「ハァッ!」
リゼラが凄まじい速さで次々に斬りつけてくる。両方の剣を使っての隙のない攻撃だ。
プラグは強引に受け止め、強引に弾いていく。刃を合わせるのはどれも一瞬で鍔競り合いには持ち込めないし、持ち込んではいけない。いきなり入る関節技、投げ技を外し、短剣による逆手での切り裂きを後ろに下がって避けて、追いつかれてまた斬りつけ合う。
プラグは必死に捌きながら戸惑った。
(どうしよう!?)
実は『プラグ・カルタ』は始めてまだ一年と数ヶ月。
女装のアメルではなく、男の姿で精霊騎士になると決めて、大急ぎで『ギリギリ少年らしく』整えてきたつもりだが、こんなに二刀流、短剣、双剣の強い相手がいるとは思わなかった。
リゼラは短剣については、プラグと同い年で既に天才だし、達人だ。
間違い無く実戦経験がある。この年でこれほど、と言う驚きもあるが、彼女の強さはどうやら『特別な才能』のせいらしい。例えば、噂に聞く『北の魔女』の血筋だからとか。
二刀流も本来は長剣では無く短剣でやるのだとしたら、もっと手強いはずだ。それに加えて、投げナイフ、暗器も沢山ある――。
リゼラに勝つのは不自然だが、負ければ手加減したと分かる……。
(短剣は駄目で、長剣で押した事にするか? いやバレる)
リゼラには分かってしまうだろう。
自然に終わらせるには、このまま打ち合って時間切れを狙う。
『決着が付きませんでした。引き分けです』それがいいのだが。
それをやると――。
「ぎゃははは! 弱い弱い! おら、お前等、紐取れよー! ほらそっちに行ったぞ! 赤も青も全部取れ!」
最大火力のシオウ達に負ける。
シオウはアラーク達を相手にしているのだが、既にアラークの旗が奪われている。アラークの『火渡り』もシオウの『火矢』相手では上手く乗ることができなかったのだろう。
もはや赤も緑も協力して旗を狙っていて、ちょうど、ウォレスが逃げ回っているのが見えた。
プラグとリゼラは引き分けになると思われているのか。これも話がついていたのか。
「よそ見厳禁!」
そんな事を考えていたら、リゼラの拳を肩に受けてしまい、短剣を落とした。加減してあり、骨は無事だ。足への蹴りは盾で防いだ。
「ッ……」
短剣は地面に落ちた。これは、かえって良かったかもしれない。
常識的に考えて、プラグは十四歳だし、強いと言ってもこの程度だ。そもそも、隊士に勝ってばかりいる候補生とは……存在し得るのか?
コリントも強いのだが、所詮は人間。五千年生きた大精霊の敵では無い。
『プラグ』の戦うべき敵は他にいる。
この『プラグ・カルタ』は短剣はアメルより苦手……。長剣はできるが、短剣はアメルより弱い?
この年齢なら、それが自然なのだが。
短剣――プラグだってアメルと山ほど練習した、と言う設定だ。
プラグは長剣の大ぶりでリゼラを遠ざけた。
「武器を拾うのって良くないんですけど」
手を伸ばして、左手で短剣を拾う。
ラ=サミルから、武器を落としたら負けと教わっている。
プラグとしては勝ちたくない――勝ってはいけない。勝ててはいけない。
けれど状況としては勝った方がいい。ウォレスが危ないし、青組が負けてしまう。
――シオウが強いから、なんとかなるだろう。
炎の合間から、一瞬、シオウが見えた。旗は取られてしまったようだ。
プラグは諦め、本気で行くことにした。それで負ければ諦めがつく。
プラグはアメルより弱い兄だったのだと。だから守れなかったのだと。
あれは当然の結果だったのだと。
それはいやだ。
これは『プラグ』を賭けた戦いだ。『プラグ・カルタ』には勝手に賭けてゴメンという気持ちだが賭ける。ここに来てからの『自分』は本当に情けない。
……情けなさの世界一があったらプラグは間違い無く一番になれる。
たった二十三歳のルネに負けるし、たった十四歳のリゼラに翻弄されるし。たった十四歳のシオウと互角だ。勉強ばかりで素振りもろくにやっていないし、鍛練だっていちいち遠乗りしたり、休みに森へ入ったりして、人のいないところを選んで隠れてやっている。
眠っていた千年の間にカド=ククナ本来の剣術は、見事に流行遅れになっていた。
通用するしない、ではなくそもそもが古いのだ。
ルネっぽくなるのが嫌なので、彼の剣術を上手く取り入れて新しい剣術を作ろう、と決めてはみたものの、今の所『それって何だろう』状態だ。これは酷い。
プラグは争い事が嫌いで、強さを追い求める気質では無いが、本気で鍛え直さなければ、化け物だらけのこの世界で『目標』には絶対に届かない。本当は木でも百本でも千本でも斬って、人だって百人、二百人、死なない程度に、いっそ殺してもいいから全てを試したい。もっともっと鍛えたいのだ。その為に――リゼラに本気でぶつかりたい。
「あと五分!」
(――俺は、最強を目指すんだ!)
プラグは長剣を目線より高く上げ、切っ先を斜め下に向けて構えて、左手で短剣を低めに、順手に持って構え、リゼラをしっかりと見据えた。
するとリゼラは音も無く、同じ構えをした。彼女も短剣が上で長剣が下だ。向かい合うと短剣と短剣、長剣と長剣同士が当たることになる。応えてくれるらしい。リゼラは本当は短剣を上げる方が好きな気がする。プラグが今長剣を上げて、短剣を上げないのは、単純に短剣を持つ左手が痛いからだ。
「行きます!」「ッ!」
二人は同時に駆け出してちょうど中間で刃を交えた。プラグは短剣でリゼラの右手の短剣を弾き、リゼラの長剣を自分の長剣で外側からねじり込み、リゼラに当たらないように右肩上に向かって突きを入れ、左手で持った短剣を峰打で振った。首に当てると折れるので側頭部をめがけて思いっきり。リゼラが反射で避けた瞬間に長剣を捨てて右手で殴り、崩れた所で、頭の紐を引き、取った。
リゼラは『盾』で防いでもいないので右頰に直撃だ。
強く殴ったためリゼラはそのまま倒れたが、間に合って、支えることはできた。
「取った!」
紐を掲げる。
「――で、俺が取ると」
背後で小声が聞こえ、ピッ、と軽い音がした。
一瞬でプラグの頭の紐が解かれた。
プラグは息を吐いた。
「シオウ」
「よっしゃー! 俺様の完全勝利! やったー!」
シオウはプラグの紐を掲げて、しかも旗を三本とも持っている。
アドニスを見るといつの間にか、頭の紐を取られて――旗も取られていた。
「やられましたね。でも、つい、見入ってしまいました」
アドニスはプラグを見て、苦笑した。
……アドニスはずっとこちらを見ていたのだ。
プラグは僅かに微笑んだ。
■ ■ ■
「そこまで、勝者、緑組!」
リズの声で大歓声が起き、リゼラがはっと気が付いた。
プラグは慌てて声を掛けた。
「大丈夫ですか、運びます」
「……いいわ、歩けるから。はぁ……イタタ」
リゼラは断って立ち上がり、自分の剣を拾った。プラグも落とした長剣を鞘に収め、短剣も拾った。
「あー、結局シオウの勝ちか……」
リゼラは沸き立つ緑組を見た。不思議なことに青組も赤組も祝福している。
プラグはちらりと目の端に入れただけだが、確かに、見事な立ち回りだった。やたら火が広がっていたし……プラグとリゼラの真剣勝負を隠してくれたのかもしれない。
「肩、大丈夫? っていうか当てたわよね? 折れてないの?」
「ぎりぎりなんとか……ヒビくらいは入ってます。細いのに、力、強いですね……」
「あーあ。それ、そのまま返すわ」
リゼラが空を仰いだ。
「――でも見直したわ。ありがとう」
リゼラに言われて、プラグは微笑した。
「こちらこそ。おかげで気合いが入りました」
二人は握手を交わした。
「けど、本当に強いわね? どこかの騎士団にいた? 暗殺組織の方がありそうかしら」
歩きながらリゼラが苦笑した。
「そう言うリゼラさんも力が強いですけど、精霊の血じゃありませんよね?」
「私のは血筋ね。魔女って強いのよ。目もいいし、そのままで足も速いの。力だって百人力、ってね」
リゼラが細い腕で、力こぶを作る仕草をした。
「へぇ。凄いですね」
「ええ。おかげで候補生の時は大変だったわ。うっかりすると相手が死んじゃうし。だから、手加減しないとっていう気持ちは良く分かるわー」
「……殺してませんよね?」
プラグは少し頰を引きつらせた。
「それはもちろん! 上手く加減できるようになって一人前だって、その通りかもね。お母さんの言葉だけど。さ、とりあえず治療。今日はもう一戦あるのかしら?」
リゼラとプラグが玄関に戻ると、アラークが恐い顔で立っていた。
「う」
プラグは思わずたじろいだ。勝負を放棄してリゼラと戦ったことを責められると思ったのだが。
「……悪かった、旗、取られた!」
思いっきり謝られた。しかも少し涙ぐんでいるので、プラグは慌てた。
「いや、俺こそ……旗の事を忘れてた。シオウ相手だし、仕方無いよ」
するとアラークが眉をつり上げた。
「お前、見て無かっただろ、くっそ、腹立つ! あのシオウ! お前もだ! っとに! オラ、青組、次はもっとしっかりやるぞ!」
「おーッ!」
青組はやる気になっている。
アラークと一緒にいたナダ=エルタも、拳を突き上げている。
プラグは彼女にどうだったのか聞こうと思って、立っていたのだが、ラ=ヴィアが背後に来て頰を膨らませた。
「みーっ! 治療! 駆け足!」
「ああ」
背中を押され天幕に向かうと、イサーク医師が天幕の下で待ち構えていた。
「はいはい、プラグ君と、リゼラさんは治療ねー」
「ふむふむ、あー、うん。ル・フィーラ!っと」
イサーク医師はさっさと治療を終わらせてくれた。
「痛みが取れるまで、左手は使わないようにね。目眩は無い?」
「大丈夫です」
「はぁ。ならいい。後半があるなら見学して欲しいよ。言っても無駄だけど」
「すみません……」
プラグは頭を下げた。
イサーク医師は笑った。
「まあ、それがここだから。どんどん怪我してね」
心強い言葉にプラグは苦笑した。
リゼラは看護師に治療してもらっていた。コリントが心配して来ている。
「派手にやられたけど大丈夫だったか?」
「ええ、余裕余裕」
リゼラが笑った。しかし治療中だ。
「ならいいけどさ……ったく。あいつも戦闘狂かよ」
否定したい見解を示された。
「そんな事は――」
「おーい、注目ー! 今から休憩と反省会ちょっとやって、三時から二戦目やるぞ。まだ見たい奴等は残って、のんびり茶飲みたいって奴はここまで。ケーキ、食堂に用意してあるから食ってけ。精霊の手作りだぜ」
リズの声が聞こえた。
「ケーキか。食べたいなぁ」
プラグは思わず呟いた。甘い物は好きだ。
するとコリントが「余ったら夜に出ると思うけど、今日は無理かもな」と言った。
リゼラが頷いた。
「毎年初回は精霊達が作ってくれるのよ」
「そうなんですね」
「よう、家来その二!」
するとシオウがアドニスを連れて入って来た。
「シオウ」
「ははは。こいつ家来その一! 俺様の勝ちだ」
家来その一、アドニスは首に腕を回されて笑っている。
プラグも笑った。
「俺、その一が良かったなぁ。俺がその二なの?」
首を傾げて主張するとシオウが瞬きをした。
「ん、なんだ争うのか? しゃーねーな。じゃあ俺様の家来一位の座をかけて再戦するか? でもお前、いけるのか? ちょっと足取り、ヤバかっただろ。目眩とかするんじゃね?」
「うーん、そこまででもないけど」
「ま、お前には後でアルスに謝るって役目があるからな。体力は温存しとけ。俺はこいつと戦う。二対一でさくっとやればいい。青組適当に借りるぜ。もう半分ずつでいいだろ。わーっと戦ってサクッとお終い」
「え、出たい」
すごく楽しそうなので、プラグは立ち上がろうとしたのだが。
「駄目ですよプラグ君。ほら、そこ、雷喰らった子達が寝てるじゃ無いですか」
プラグが振り返るとレンツィ、ゼラト、ヨアヒムが寝転んでいた。
「あれ」
プラグは平気だったのだが……。他はそうでもなかったらしい。
するとイサーク医師が溜息を吐いた。
「プラグ君は短時間で済んだから、まあ動けましたけど、こちらの三人は雷針(らいしん)に当たったんですよ。雷は危ないんですけどね、実戦では良く使われますから……やれやれ。君も安静にしてくれるなら大歓迎です」
イサーク医師がさっと毛布を上げてくれた。
「まあ今年は万が一があっても、王女様が近くにいますからねー、少し気が楽です。毎年、重傷者を城まで運んでるんですよ」
イサークの医師言葉に、さすがにプラグも固まった。
すると看護師が「冗談ですよ」と言ったがその後に「あ、『王女様にお願いする』の下りですが」と言って微笑んだ。
リゼラはうんうんと頷いている。
「実は、私が苛められたのも、それが原因なのよね。うっかり、さくっと、腕を……やっちゃって、慌てて聖女様にお願いしたの。間に合って治ったけど、それもあって、それからも思いっきりやって、脱落者がたくさん出ちゃって、エヘ! 私、力加減が下手なのよ」
リゼラはお茶目に頭を掻いたが、プラグ達はぞっとした。
「ヒッ……」
「皆、避けると思ったのよ……甘かったわ」
リゼラは笑っているが……確かにこの激しい戦闘訓練が続けば、それも十分有り得る。
イサークが苦笑する。
「即死は避けられるように、これからしっかり、ルールを教えてもらえるはずだよ。これからね」
シオウが顔をしかめた。
「あー、やっぱ『先に』って発想はないんだなここ……よし今から楽しい反省会だ。説明、聞いとこ。うっかり殺っちまわないように」
……そういう問題ではない気がするが、そう言うしかないのかもしれない。
アドニスが感心した様子で頷いた。
「さすがはストラヴェルですね! 参考になります。あ、僕達は今から人数を合わせて再編、再戦です。プラグ君も、リゼラさん達も、大人しく休んでいて下さい。まだ隊士を含めて戦うには僕も皆も経験が足りないですから。反省が優先で。――とりあえず、シオウ君は信じない事にします」
アドニスの眼鏡が光った。
「ははははは、最初っから信じてなかっただろー、さ、行くぞ」
「――俺も聞く!」
プラグも、自身と候補生の安全の為に、立ち上がって後に続いた。
■ ■ ■
リズによる初回反省会は、リゼラの例やら、過去のギリギリの例を交えとても分かりやすく始まり、分かりやすく終わった。
リズ曰く。
「えー、この旗取り以降は、実戦に近い訓練が続くので、軽い怪我やら、ヤベー怪我やらがたまに出る。そう言うときは、即死じゃなければ聖母様が助けてくださるから安心しろ! 今年は王女殿下もいらっしゃるから、その点はお前等は運がいい。まあ間に合えば聖母様の所へ行くが――んで、今から『今後の訓練で死んじまってもイイヨ』って念書を配るから、お前等、自分の名前書いて、紋章印か、無ければ血判を押して、あと保護者欄があるから適当に家族か、いない場合は後見人に送って書いてもらえ。あ、万一、死んだら一人につき、遺族が五千万グランもらえるから、得したと思っとけ」
とのことだった。
大変分かりやすい。
「俺、もう辞めようかな……」「まじかよ……」「事前説明って知ってるか……?」
と言う声がちらほら聞こえる。
唸っていた天幕の三人も、何かを察知したのか起き出して聞いている。
プラグはアルスの少し後ろにいたのだが、アルスは項垂れる候補生の間で、一人、すっと立ち上がった。
――彼女の立ち姿は凜々しく、美しい。
「リズ隊長。この事は聞いて知っていましたけど、今年は私がいるので大丈夫です。皆、ぜったいに、即死は避けてね! そしたら、すぐに治してあげるから!」
彼女のすばらしい人徳に、候補生や観衆から拍手がわき起こった。
「聖女様……!」「なんという……!」「おおお」「ストラヴェル……!」
聖女様万歳! 王女様万歳! と言う声が響き始める。
精霊達も泣いている。プラグもこれには感動した。思わず涙ぐんでしまった。プラグの説教は彼女には不要な物だったのだ。
リズが不気味に微笑んだ。
「おお、さすがは王女殿下! その意気です! さ、つーワケで、後半戦行く前に、プラグ、王女に何か言う事があるだろ。あ、立て、正式な謝罪ってやつだな。皆、避けろ」
候補生がさっと間を開ける。
プラグは頷いて立ち上がった。アルスを真っ直ぐ見据える。
「王女殿下。私は殿下の覚悟を見くびっていました。私は貴方に、正式に謝罪いたします」
プラグは臣下ではないので、跪いて臣下の礼を取ることはできないが、頭を下げた。
顔を上げて、アルスに尋ねる。
「――私の謝罪を受け入れ、またここで、共に学んで頂けますか?」
プラグの言葉に、アルスは少し目を見張って、苦笑し。
「ええ、もちろん。貴方を許し、謝罪を受け入れます」
毅然として微笑んだ。その後は嬉しそうに笑った。
候補生達が、わっと囃し立てる。
「もー! ほんっと、もー!」「なんつー遠回りな!」
「あー、もう良かった」「良かったけど私達、命の危機!」「やーもう!」
つられて精霊も観客も拍手して、歓声を上げた。
その中でリズが一際大きな拍手をする。
「はいはい、終わったー!! っつーことで、後半戦だ! いけるやつは半分に分かれて戦え! 戦って覚える! 死んだらちょっと運が無い! それがここ、クロスティア騎士団だ! ほら分かれろ!」
リズが号令を掛け、候補生達がわっとアドニス組、シオウ組に分かれる。
「じゃあアルス、後で。本当に悪かった。頑張って」
「はいはい、もう。ちゃんと休んでよ?」
プラグもアルスと分かれて天幕に戻った。
■ ■ ■
後半戦、アドニスとアルスの執念は凄まじく、なんとシオウを袋叩きにしてしまった。
特にアルスの『掠風』はこれでもかと言うほどの威力で、アドニスの『水泡』、カトリーヌの『渦潮』、エミールの『水精』その他を巻き込みシオウを襲った。
緑組に入った青組候補生が離反したのも問題だった。
「げー、こんなのアリかよ」
シオウは皆にのしかかられて潰れている。最初は両腕の紐をアルスに、両足はアラークに、そして頭をアドニスに取られた。
「勝ちは勝ちよ!」
アルスが腰に手を当て言い放った。
「これが勝負です。より多くの支持を得た物が勝利する。なるほど、勉強になりました」
アドニスも頷いている。
「あははは、シオウの負けだ! やったー! 青組の勝利だ!」
プラグはすっかり回復していたので、思いっきり手を叩いた。
プラグもシオウには良く負けているので、嬉しくて仕方無い。
シオウが「お前、覚えてろよ!」と負け惜しみを言った。
余計に面白くて、くすくすと笑った。
「あ、そだ、ゼラト――穴、埋めとけよー」
リズが思い出して言った。
「うわ、そうだった……」
「あ。具合どーだ? 別に明日でもいいぞ?」
「すいません、じゃあ明日でお願いします」
「そうだな、もう日も暮れるし。皆、おつかれー、まー初めてにしては盛り上がったな。ここまで残ってた観客もありがとな! じゃ、解散!」
リズの言葉で、長かった授業がようやく終わった。
「腹減ったー」「もうくたくた……」「晩飯何かな」
候補生達がぞろぞろと引き上げていく。
「片付け、手伝いましょうか?」
天幕を畳む所を見て、プラグは言ったのだが、とっと休めと言われてしまった。
するとアルスがすぐ後ろにいて、プラグを見て首を傾げた。
プラグもつられて首を傾げた。
「どうしたの?」
「あ、いえ……うん、ちょっとね」
「? あ、行こう」
まだ若干、候補生がいるので、プラグは宿舎の玄関を指差して、歩き始めた。
するとアルスは立ち止まっている。
「あのね」
「?」
「私もちょっとだけ、悪かったと思うの。ごめんなさい!」
アルスが頭を下げるので、プラグは驚いてしまった。
「えっ……」
どう考えてもプラグが悪いので、戸惑ってしまった。
「顔、叩いちゃったし……せっかく綺麗な顔なのに、二度目よね、もう」
アルスが眉尻を下げた。二度目、というのはアラークの分が入っているからだろう。
困惑しつつもプラグは申し訳無くなった。
先程の『正式な謝罪』は、皆に見せる為の、形だけの物だ。当たり障りの無い言葉を選び、きちんと謝っていない。
プラグも謝る事にした。
「――そんな、俺の方こそ悪かった。ごめんなさい」
頭を下げる。
「君の覚悟を疑った自分が恥ずかしい。俺が言う事じゃ無かった……前言撤回したのも格好悪い。でも、……できれば両親とは、きちんと話して和解して欲しい。きっと心配しているから。部屋については、また両親と相談して、もっと良い形にしてほしい」
プラグの言葉に、アルスは頷いてくれる――と思いきや。頭を押さえて唸った。
「結局、それなのよね、問題は。……どうしようかしら……」
「別じゃ駄目なの?」
「うーん。一緒じゃないと、寂しいわ」
プラグは瞬きを繰り返した。そしてこちらも少し唸った。
「ううん……寂しいのか……それは困ったな……」
つまりアルスは仲良くなったシオウ、プラグと離れがたいのだ。
部屋を替わって彼女一人が寂しい思いをするなら、もう――あと八ヶ月程度だし、一緒にいた方がいいかもしれない。
アルスは力強く頷いている。
「そう、寂しいの。分かってくれる? 大問題よ。折角仲良くなったのに。わかる?」
「わかる。そうだよな。じゃあ、仕切りを作るか」
プラグは言った。
「大工仕事はあんまりしたこと無いけど、その辺の木材でいい? 上手くできるかな。凄く丈夫な鍵を十個くらい付ければ、まあ……陛下も納得してくれるかも……?」
「十個!? そんなに付けるの? だったら移動するわ。面倒くさい」
「ええっ?」
「三個あれば充分よ」
「三個か……心許ないけど、開けるの大変じゃない?」
「あなた今、十個って言ったじゃない」
するとシオウが復活していて、いつの間にか近くに立っていた。
「お前等、とりあえず入れよ。邪魔」
「あ、うん」
「――ああ、部屋だけどな。見に行ってみろよ。アプリアが何とかしてくれるって」
「え!?」
アルスとプラグはシオウと共に、急いで階段を上った。
二十五号室に入ると、アプリアがいた。
「ああ、来ましたね。先程終わりましたよ」
見た目は全く変わっていない……。濃い青色のカーテンで仕切られている。
アプリアに言われたとおり、カーテンの内側を見てみると。端にポケットが縫い付けてあった。
「中を見て下さい」
アルスがポケットの中を探ると、ポケットの中には一枚、赤プレートがあった。
アルスが手に取った。
「あ、鍵のプレート!?」
「ええ。今から、王女殿下の霊力と声紋を記録しましょう。そして、これは隊長から『闇』の赤プレートです。光が消えて快適になります。そしてこちらは私から『旋風』の精霊結晶です。こちらは音を消すことができるので、プラグさん達がいびきをかいても聞こえません。これもポケットに入れておいてください」
アプリアが精霊結晶ともう一枚の赤プレートを渡した。
「……!」
プラグは目を丸くした。こんな簡単な事だったのだ。
勿論『鍵』は考えたが、鍵のプレートは候補生には高価だし、『闇』の赤プレートは初めて見る。
『旋風』の精霊結晶は、おそらく効果変更した物で、アプリアの協力が必要だ。
「ありがとうございます!」
アルスは感激して頭を下げているが、プラグは不思議に思った。
「このプレート……。旋風の結晶も結構、良い物ですけど、新しく作ったんですか?」
『鍵』は申請すれば教会で購入できるが、『闇』の赤プレートは精霊結晶が無ければ作れない。『旋風』の結晶も一セリチはある。
特に、赤プレートにできるくらいの精霊結晶は作ろうと思ったら一年はかかるはずだ。
アプリアが軽く首を振る。
「いえ、『闇』のプレートは元々作ってあった物で、『旋風』は予備の結晶を、隊長が王子殿下にお願いして、構成変更して頂きました。……今回の件は、私も、隊長も反省しています。確かに王女殿下に対する配慮が欠けていました。それに、プラグさんの気持ちも、シオウさんの気持ちも考えていませんでした。国王陛下には、まず隊長から対応を伝えて頂きますから、その後で今度の休日、王子殿下に会いに行くついでに『偶然』陛下と出会って、話し会ってみてはいかがでしょうか?」
と言う――アプリアの提案にアルスは力強く乗った。
「分かりました。そうします! 何から何までありがとうございます!」
すると、アプリアが苦笑した。
「王子殿下も少々、心配されていたようですね」
「あー……お兄様……そうよね……知ってるわよね……分かりました。何か美味しい物でも持って行こうかしら……ミアルカにも会いたいわ。王妃様はなんて仰るかしら……ああ……絶対に笑われるわ……」
アルスは溜息を吐いている。家族の仲は良いようだ。
アルスは再び頷いた。
「分かりました。今度、一回だけ、会いに行きます。お父様にもしっかり謝らなきゃ……」
「頑張って」
プラグは応援しかできないので、応援したが、そこで思い出した。
「あ! そうだ、行くなら念書、持って行けば? サインしてもらって」
プラグの言葉にアルスが目を丸くして、アプリアが笑い出した。