あの日から人生の潮の目が変わっていった……。
舞羽と入れ替わるように篠崎は地面に転がり、擦り傷で済んだ。
舞羽は……。
命に別状はなかったが、頭に負ったケガは大きな傷跡を残した。この夏、オランダへの馬術ステイの話が決まっていたが、舞香が行くこととなり、そして何よりも……。
***
舞香はオランダへと旅立った。
江南大付属はオランダとの交流を持っている。二年に一回のペースで、『青少年オランダ交流プログラム』という高校生の交流が1週間~数週間行われる。
駿吾は、中学生の娘にその制度の一部を利用させてもらい、さらには『竹一の名』をも利用し、伝手を目一杯に使って、名門アンキー・ヘイレン厩舎への馬術ステイを実現させていた。
アンキー・ヘイレン……馬術の国際競技では『セントジョージ賞典』、次いで『インターメディエイト』、そして『グランプリスペシャル』の順に演技の難易度が分かれているのだが、その最高峰『グランプリ』で89.4%(* 馬術の得点は全審判員の得点率の平均、『%』で表示される)という未だに破られていない世界最高得点の記録を持つ厩舎である。
駿吾はアンキーにステイをお願いする際、舞羽を『日本を背負う天才』と称してその師事を託していた。
「あんな事さえなければ……」
代わりに行った舞香では、風呂敷を広げ過ぎだと言われてしまう……駿吾は不安を募らせ、その運命を呪った。