第4節 カフェオーナーの供述/ §3
ー/ー
―セクション3―
「……お前らの関わる捜査は、こういうのばかりなのか?」
武朗が険しい表情で聞くと、紀伊国は首を振った。
「いえ、どちらかというと、ロボットの特性を活かした力技の方が多いんですけどね」
「タイトにそこまで頭のいる任務が振られるわけないだろう」
「言い方!」
大杜は拗ねたように声を上げると言う。
「ちゃんと考えてるよ、このプロフューの件だって、今捜査方法考えながら話してたし」
「どのように進めます?」
紀伊国が笑いを堪えて聞く。
本来なら、経験も知識も豊富な紀伊国が主導するべきだが、この部署では、大杜が方針を決めることになっている。明らかな判断ミスがある場合のみアドバイスするが、それ以外は基本的に意見しない。
この部署のメンバーは大杜の意に沿わない指示には従わないため、大杜が納得して進めることが重要だからだ。
「プロフューのハッキングですけど、オリーブの調査だと、あれは工場の組み立て工程のプログラムが書き換えられたものでした。あの時点では書き換えられたプログラムに意味はなさそうに見えたから、何が行われようとしたかより誰がやったのかに注目することになった――。けれど、工場に存在しないはずのチップが実際に組み込まれていたのがわかった今、誰かがプロフューに侵入したということですよね。その上でプログラムも書き換えた――と」
「我々の理解と逆だったわけだな。松宮邸に侵入者がいたと思ったが、実際は松宮邸には侵入者はおらず、むしろプロフューの方には、チップを持ち込むと言う、物理的な侵入があった、という」
「プロフューは、MatsuQの新工場だな。施設内は完全無人だろ?」
武朗の言葉に大杜が頷く。
「そうだよ。オートメーション化された工場内で業務ロボットが作業を遂行してるだけだから、プログラムが書き換えられて工程が変わっても疑問に思う者はいないし、人が侵入してチップを持ち込んでも違和感を持つ者はいない。そこが盲点だったんだ」
大杜は紀伊国を見やった。
「プロフュー内の防犯カメラの映像、アクセスさせてもらえますよね?」
「昨日自爆したロボットのせいで、社内は大騒ぎになっているようですし、事件解決のための協力は惜しまないでしょう」
「――アイビー。オリーブにプロフュー内の防犯カメラの画像解析をするように伝えて。消されてるもの、加工されてるものの形跡を見逃さないようにね」
「了解だ」
大杜はふぅと息を吐く。
進むべき方向が見つかり少しホッとする。ただ、個人的に一番の懸念である研矢についてどうしていいかわからずにいる。
武朗もその部分が気になっていたらしく、
「研矢については? 家族に失踪届を出してもらうか? そうすれば全国の警察の目が使えるんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど――」
タイトは躊躇する。
「二人いるわけじゃない……クローンの方は世間に知られたくないんだ。もし二人同時に警察に拘束される事態になったら――」
存在自体が違法な研矢が、世間に公になってしまったら、守るのが難しくなってしまうかもしれない。
「一度松宮博士と相談してみましょうか」
紀伊国の言葉に大杜は頷いた。
「ではまずプロフューの件を我々で調査する。タイトはしばらく休むんだ」
「え、でも」
「アイビーの言う通りだな。お前が今できることはないだろ。そもそもその体では足引っ張ることしかできなさそうだ」
「う……」
武朗の忖度ない言葉に大杜が言葉に詰まる。
「武朗はこの後どうする……?」
「ここにいても仕方ない。一度報告に戻る。協力が必要な段になったら連絡しろ。ああ、上にじゃない、俺にじかにだ」
武朗はそう言うと、サイドテーブルにあったメモ帳に、電話番号とメッセージアプリのIDを書き込んだ。
「ありがとう。武朗、これからもよろしく」
大杜はメモを受け取り、その番号を感慨深く見つめた。
松宮闘司は、特別室の扉の脇にあるインターフォンを押した。
監視モニターを確認した大杜は、扉の電子ロックを外して迎え入れる。
「松宮博士。お久しぶりです」
大杜がベッドから起き上がって言う。
「休んでいるところを急にすまない。横になっていてくれたまえ。君に無理をさせたと知られれば、ケリアに半殺しにされ、紀伊国君には毒を盛られてしまう」
冗談などかけらも言いそうにないいかつい表情で言われ、大杜は反応に困る。
「……お忙しい中わざわざ来ていただき、すまみせん」
「いやいや。久しぶりだな。――子どもの一年は可能性に満ちていて恐ろしい。美丈夫に成長していて驚いたよ」
「美丈夫って……今どきあんまり聞かないですよ」
大杜は苦笑した。
付き合ってみれば怖い人ではないとすぐにわかるのだが、研究者というより、レスラーかアメフト選手といったような立派な体格で、精悍でいかつい顔立ちに古臭い口調は、一見とても近寄り難く思える人物だ。
彼の隆々の筋肉を見るにつけ、常に忙しいこの人は、いったいいつ鍛えているんだろうと大杜は不思議に思っていた。
「ホーソンが誕生した後から会ってませんね。いかがお過ごしだったんですか?」
「本社内の研究室を渡り歩き、篭っている毎日だよ。最新型のQ2の開発も順調だ。まぁ、どれほど技術が進歩しても、キューレイを超えられないがね」
「……Q2は随分と人に近い造りを意識されてるようですね。Q1は一度人寄りから外れたのに」
大杜は、人のような心を持ったロボットを作りたいという松宮博士に協力していた時のことを思い出す。
意図して心を生み出すことはできなかったため、松宮はさまざまなことを試みた。人工頭脳の構造を変えたり、機体の見た目を大人や子供、男性や女性などと変えてみたりもした。しかし法則のようなものは見つからず、ただごくたまに、心が宿る機体が現れた。
不思議なことに、女性型に宿った心は女性のように振る舞い、子供のような機体には子供のような心を宿していた。
やがて研究は大杜の能力を頼るのではなく、人工知能をより高性能にしていけば、似た事ができるのではないかと考えられて開発されていったのがキューイチと呼ばれるシリーズだ。
それらはとても優秀で、機械の特性と、適度な学習性持ち、人心にある程度寄ることもできる。現在使用されているほとんどの警官ロボットはQ1と呼ばれるシリーズだ。
ただやはり、松宮の目指す先とは異なるのか、彼はQ1を高めるのではなく、新たな方向性のQ2シリーズに着手していた。
「やはり、人に寄り添うには、人と同じ心を持っている方がいい。人工知能に、迷いや心の揺らぎを持たせたのが、キューニシリーズだ」
「……」
それについては、大杜は疑問に思っている。人だって自分の心に振り回されることが多々あるのに、無理やり作り出された心のようなものは、いつか自分を持て余してしまうのではないか、と。
けれど、子どものような純粋さで、熱心に研究に没頭する彼に、大杜がそれを指摘することはできなかった。
「そうそう、君と息子が同じ学校、同じクラスになったとは聞いていたが、挨拶もせずにすまなかった。今さらだが、進学おめでとう。君が高校生になったなんて、感慨深いものがあるな」
「ありがとうございます。でも……差し出がましいことを承知で言いますけど……おめでとうって、研矢にも言ってあげましたか?」
「――その件について、今日は来たんだ」
彼にしては珍しく、眉を下げた情けない表情を浮かべ、ベッド脇の椅子に腰掛けた。
「心のあるロボットを作りたいなどと思いながら、人としての大切な物をないがしろにしていたのだと、今さらながらに気付いたよ。研矢――実の息子のほうだが、あの子がやっていることは、私への当て付けなのかも知れんな」
「当て付けですか?」
「本人はそんなつもりないだろうがね。――佳幸の供述調書を特別に見せてもらったよ。クローン体育成技術はロボット工学の反対にあるような分野だと思うんだ」
「なるほど……」
親と真逆の研究に魅力を見出したのだろうか。
「でも、天才であることや熱意は親譲りですね」
「はは、熱意か。よく言えばそうだが、好奇心を止められない子どものようなものだ。すぐに周囲が見えなくなって、周にもよく呆れられ叱られる」
大杜はクスリと笑った。あの綺麗な周が、このいかつい父に、手厳しいダメ出しをしているさまを想像してしまったからだ。
「松宮博士。俺は、友達のほうの研矢を探し出したいと思っています。彼は人と何も変わりないはずです。戸籍がないことになるし、出自のせいで、彼が生きていくには苦難が付きまとうかもしれない。でもせめて人権に配慮した対応をお願いできるよう、国に働きかけをしてもらえませんか? あなたはとても大きな力を持っているとお聞きしたことがあります。――紀伊国さんは尽力してくれると言ったけど、あなたにも助太刀して欲しいんです」
「もちろんだ。私は最大限の協力を惜しまない。いやむしろ――私はクローンの我が子も受け入れたいと思っている。我が子のことなのだから、私のほうが君に協力をお願いする、と言うほうが相応しいのかもしれん」
「ありがとうございます」
「ただ、妻と娘には、しばらくは研矢にクローンがいること、彼を作り出したのが本人であることなどは、話さないでおくつもりだ。捜索願いももうしばらく様子を見てからにさせてもらいたい。ああ、弓佳のこともだが……」
「弓佳さんをどう思いますか?」
「病室から出て行ったあの子の足取りは、寝たきりの体では無理だろう。最初は謎だったが、今回の事件を考えると、彼女の体もそうだと考えるのが妥当だろう」
「ですね……」
大杜もまた、鷹田の供述からクローン体のことを知った瞬間、弓佳のことが脳裏をよぎっていた。アイビーや紀伊国も同じことを思ったはずだ。
「弓佳さんの本物もどこかにいるんでしょうね。こちらも早めに見つけないといけませんね」
「いや、研矢の場合と違って、弓佳のオリジナルは亡くなっているのかも知れない。聞いていると思うが、あの子は一度も目覚めていないし、十才まで到底生きられないと言われていた子だからな」
大杜は返答に困って、視線を落とした。
「妻は最初の数年はとても熱心に病院へ通っていたんだ。ただ、段々と気落ちし体調を崩すようになった。見かねた周が、自分がたまに行くから、もうママは見舞いに行くな、とそう言ってな。それから皆あの病室にほとんど寄り付かなくなった。私は忙しいことが理由だったが、それだって少しぐらい時間は作れたはずだ。心のどこかで、行ったところで意味がないと思っていたんだな」
「研矢は、両親は全然来てないと言っていましたが、そういう事情があったんですね」
「ただ眠り続けるだけで、何のために生きていたんだろうな、と何度思ったことか。しかし今、自由に歩き回って、何かしら喜びのようなものを感じているとしたら――このまま見つからずそっとしておいても……なんて、な。ああオフレコで頼む」
彼は悪ふざけのように言ったが、その言葉が本心であることに大杜は気付いていた。
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武朗が険しい表情で聞くと、紀伊国は首を振った。
「いえ、どちらかというと、ロボットの特性を活かした力技の方が多いんですけどね」
「タイトにそこまで頭のいる任務が振られるわけないだろう」
「言い方!」
大杜は拗ねたように声を上げると言う。
「ちゃんと考えてるよ、このプロフューの件だって、今捜査方法考えながら話してたし」
「どのように進めます?」
紀伊国が笑いを堪えて聞く。
本来なら、経験も知識も豊富な紀伊国が主導するべきだが、この部署では、大杜が方針を決めることになっている。明らかな判断ミスがある場合のみアドバイスするが、それ以外は基本的に意見しない。
この部署のメンバーは大杜の意に沿わない指示には従わないため、大杜が納得して進めることが重要だからだ。
「プロフューのハッキングですけど、オリーブの調査だと、あれは工場の組み立て工程のプログラムが書き換えられたものでした。あの時点では書き換えられたプログラムに意味はなさそうに見えたから、何が行われようとしたかより誰がやったのかに注目することになった――。けれど、工場に存在しないはずのチップが実際に組み込まれていたのがわかった今、誰かがプロフューに侵入したということですよね。その上でプログラムも書き換えた――と」
「我々の理解と逆だったわけだな。松宮邸に侵入者がいたと思ったが、実際は松宮邸には侵入者はおらず、むしろプロフューの方には、チップを持ち込むと言う、物理的な侵入があった、という」
「プロフューは、|MatsuQ《マツキュー》の新工場だな。施設内は完全無人だろ?」
武朗の言葉に大杜が頷く。
「そうだよ。オートメーション化された工場内で業務ロボットが作業を遂行してるだけだから、プログラムが書き換えられて工程が変わっても疑問に思う者はいないし、人が侵入してチップを持ち込んでも違和感を持つ者はいない。そこが盲点だったんだ」
大杜は紀伊国を見やった。
「プロフュー内の防犯カメラの映像、アクセスさせてもらえますよね?」
「昨日自爆したロボットのせいで、社内は大騒ぎになっているようですし、事件解決のための協力は惜しまないでしょう」
「――アイビー。オリーブにプロフュー内の防犯カメラの画像解析をするように伝えて。消されてるもの、加工されてるものの形跡を見逃さないようにね」
「了解だ」
大杜はふぅと息を吐く。
進むべき方向が見つかり少しホッとする。ただ、個人的に一番の懸念である研矢についてどうしていいかわからずにいる。
武朗もその部分が気になっていたらしく、
「研矢については? 家族に失踪届を出してもらうか? そうすれば全国の警察の目が使えるんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど――」
タイトは躊躇する。
「二人いるわけじゃない……クローンの方は世間に知られたくないんだ。もし二人同時に警察に拘束される事態になったら――」
存在自体が違法な研矢が、世間に公になってしまったら、守るのが難しくなってしまうかもしれない。
「一度松宮博士と相談してみましょうか」
紀伊国の言葉に大杜は頷いた。
「ではまずプロフューの件を我々で調査する。タイトはしばらく休むんだ」
「え、でも」
「アイビーの言う通りだな。お前が今できることはないだろ。そもそもその体では足引っ張ることしかできなさそうだ」
「う……」
武朗の忖度ない言葉に大杜が言葉に詰まる。
「武朗はこの後どうする……?」
「ここにいても仕方ない。一度報告に戻る。協力が必要な段になったら連絡しろ。ああ、上にじゃない、俺にじかにだ」
武朗はそう言うと、サイドテーブルにあったメモ帳に、電話番号とメッセージアプリのIDを書き込んだ。
「ありがとう。武朗、これからもよろしく」
大杜はメモを受け取り、その番号を感慨深く見つめた。
松宮|闘司《とうじ》は、特別室の扉の脇にあるインターフォンを押した。
監視モニターを確認した大杜は、扉の電子ロックを外して迎え入れる。
「松宮博士。お久しぶりです」
大杜がベッドから起き上がって言う。
「休んでいるところを急にすまない。横になっていてくれたまえ。君に無理をさせたと知られれば、ケリアに半殺しにされ、紀伊国君には毒を盛られてしまう」
冗談などかけらも言いそうにないいかつい表情で言われ、大杜は反応に困る。
「……お忙しい中わざわざ来ていただき、すまみせん」
「いやいや。久しぶりだな。――子どもの一年は可能性に満ちていて恐ろしい。美丈夫に成長していて驚いたよ」
「美丈夫って……今どきあんまり聞かないですよ」
大杜は苦笑した。
付き合ってみれば怖い人ではないとすぐにわかるのだが、研究者というより、レスラーかアメフト選手といったような立派な体格で、精悍でいかつい顔立ちに古臭い口調は、一見とても近寄り難く思える人物だ。
彼の隆々の筋肉を見るにつけ、常に忙しいこの人は、いったいいつ鍛えているんだろうと大杜は不思議に思っていた。
「ホーソンが誕生した後から会ってませんね。いかがお過ごしだったんですか?」
「本社内の研究室を渡り歩き、篭っている毎日だよ。最新型の|Q2《キューニ》の開発も順調だ。まぁ、どれほど技術が進歩しても、キューレイを超えられないがね」
「……|Q2《キューニ》は随分と人に近い造りを意識されてるようですね。|Q1《キューイチ》は一度人寄りから外れたのに」
大杜は、人のような心を持ったロボットを作りたいという松宮博士に協力していた時のことを思い出す。
意図して心を生み出すことはできなかったため、松宮はさまざまなことを試みた。人工頭脳の構造を変えたり、機体の見た目を大人や子供、男性や女性などと変えてみたりもした。しかし法則のようなものは見つからず、ただごくたまに、心が宿る機体が現れた。
不思議なことに、女性型に宿った心は女性のように振る舞い、子供のような機体には子供のような心を宿していた。
やがて研究は大杜の能力を頼るのではなく、人工知能をより高性能にしていけば、似た事ができるのではないかと考えられて開発されていったのがキューイチと呼ばれるシリーズだ。
それらはとても優秀で、機械の特性と、適度な学習性持ち、人心にある程度寄ることもできる。現在使用されているほとんどの警官ロボットは|Q1《キューイチ》と呼ばれるシリーズだ。
ただやはり、松宮の目指す先とは異なるのか、彼は|Q1《キューイチ》を高めるのではなく、新たな方向性の|Q2《キューニ》シリーズに着手していた。
「やはり、人に寄り添うには、人と同じ心を持っている方がいい。人工知能に、迷いや心の揺らぎを持たせたのが、キューニシリーズだ」
「……」
それについては、大杜は疑問に思っている。人だって自分の心に振り回されることが多々あるのに、無理やり作り出された心のようなものは、いつか自分を持て余してしまうのではないか、と。
けれど、子どものような純粋さで、熱心に研究に没頭する彼に、大杜がそれを指摘することはできなかった。
「そうそう、君と息子が同じ学校、同じクラスになったとは聞いていたが、挨拶もせずにすまなかった。今さらだが、進学おめでとう。君が高校生になったなんて、感慨深いものがあるな」
「ありがとうございます。でも……差し出がましいことを承知で言いますけど……おめでとうって、研矢にも言ってあげましたか?」
「――その件について、今日は来たんだ」
彼にしては珍しく、眉を下げた情けない表情を浮かべ、ベッド脇の椅子に腰掛けた。
「心のあるロボットを作りたいなどと思いながら、人としての大切な物をないがしろにしていたのだと、今さらながらに気付いたよ。研矢――実の息子のほうだが、あの子がやっていることは、私への当て付けなのかも知れんな」
「当て付けですか?」
「本人はそんなつもりないだろうがね。――佳幸の供述調書を特別に見せてもらったよ。クローン体育成技術はロボット工学の反対にあるような分野だと思うんだ」
「なるほど……」
親と真逆の研究に魅力を見出したのだろうか。
「でも、天才であることや熱意は親譲りですね」
「はは、熱意か。よく言えばそうだが、好奇心を止められない子どものようなものだ。すぐに周囲が見えなくなって、|周《あまね》にもよく呆れられ叱られる」
大杜はクスリと笑った。あの綺麗な周が、このいかつい父に、手厳しいダメ出しをしているさまを想像してしまったからだ。
「松宮博士。俺は、友達のほうの研矢を探し出したいと思っています。彼は人と何も変わりないはずです。戸籍がないことになるし、出自のせいで、彼が生きていくには苦難が付きまとうかもしれない。でもせめて人権に配慮した対応をお願いできるよう、国に働きかけをしてもらえませんか? あなたはとても大きな力を持っているとお聞きしたことがあります。――紀伊国さんは尽力してくれると言ったけど、あなたにも助太刀して欲しいんです」
「もちろんだ。私は最大限の協力を惜しまない。いやむしろ――私はクローンの我が子も受け入れたいと思っている。我が子のことなのだから、私のほうが君に協力をお願いする、と言うほうが相応しいのかもしれん」
「ありがとうございます」
「ただ、妻と娘には、しばらくは研矢にクローンがいること、彼を作り出したのが本人であることなどは、話さないでおくつもりだ。捜索願いももうしばらく様子を見てからにさせてもらいたい。ああ、弓佳のこともだが……」
「弓佳さんをどう思いますか?」
「病室から出て行ったあの子の足取りは、寝たきりの体では無理だろう。最初は謎だったが、今回の事件を考えると、彼女の体も|そう《・・》だと考えるのが妥当だろう」
「ですね……」
大杜もまた、鷹田の供述からクローン体のことを知った瞬間、弓佳のことが脳裏をよぎっていた。アイビーや紀伊国も同じことを思ったはずだ。
「弓佳さんの本物もどこかにいるんでしょうね。こちらも早めに見つけないといけませんね」
「いや、研矢の場合と違って、弓佳のオリジナルは亡くなっているのかも知れない。聞いていると思うが、あの子は一度も目覚めていないし、十才まで到底生きられないと言われていた子だからな」
大杜は返答に困って、視線を落とした。
「妻は最初の数年はとても熱心に病院へ通っていたんだ。ただ、段々と気落ちし体調を崩すようになった。見かねた周が、自分がたまに行くから、もうママは見舞いに行くな、とそう言ってな。それから皆あの病室にほとんど寄り付かなくなった。私は忙しいことが理由だったが、それだって少しぐらい時間は作れたはずだ。心のどこかで、行ったところで意味がないと思っていたんだな」
「研矢は、両親は全然来てないと言っていましたが、そういう事情があったんですね」
「ただ眠り続けるだけで、何のために生きていたんだろうな、と何度思ったことか。しかし今、自由に歩き回って、何かしら喜びのようなものを感じているとしたら――このまま見つからずそっとしておいても……なんて、な。ああオフレコで頼む」
彼は悪ふざけのように言ったが、その言葉が本心であることに大杜は気付いていた。