―セクション2―
「それで、そのTTPとはなんだ?」
「研矢君は、人を視覚で操ることができたそうですが、不安定な能力で、時々うまく行く程度の亜能力者でした。彼はそれを科学の力で安定させようとしていた――その仕組みがTTPです」
「人を操る能力が本物の研矢にはある……それを安定させるシステム……」
大杜は考えをまとめるように呟く。
「でも、松宮研矢の能力を補うシステムを、須藤が盗んだところで使えそうにないよね……。どういうことだろ……」
「それは鷹田もわからないそうです」
「そう……」
大杜は顎に手をやり考え込む。
「本物の研矢はTTPを開発して、何かを企んでいたのかな? 研矢、いつから入れ替わってたんだろう」
大杜は入学試験の朝を思い出す。あの時、励ましてくれてのはどちらの研矢なのだろうか、と。
「鷹田は、研究から身を引いた後のことはわからないそうですよ。須藤との件がなければ、今でも過去を忘れてカフェのオーナーをしていたんじゃないか――と。あと入学式の日にやってきた研矢君には違和感があり、クローンであることはすぐにわかったそうです。研矢君本人は自身の出自に違和感を持っていないようだから、見て見ぬふりを続けたそうですが」
「じゃあそれより前で本人に会った時期は?」
「卒業式の少し前にカフェに来たことがあり、その時は本物だったはずだと言っています。春休みの辺りでは入れ替わっていたんでしょう」
「叔父は違和感があったのに、家族はわからなかったんだな」
武朗が言う。
「まぁそれは仕方がないでしょうね。ある日を境に性格が多少変わっても、普通は別人だとかクローンだなんて思いませんからね。研究のことを知っている鷹田だからこそ気付いたんでしょう」
「じゃあ、鷹田がハイブリッド犬に襲われたのは、口封じか? 犯人は須藤? もしくは松宮研矢か?」
「それもわからないようですね」
「――もう一つ可能性があるよ」
大杜が不意に言う。
「襲う予定だったのは、鷹田さんじゃなくて、研矢だった――って可能性」
研矢が死のうとしていたことが大杜には衝撃だった。なぜ、と理由を考えずにいられない。
「思考の制御ってつまりは人を操れるということだよね。だったら、昨日研矢がビルから飛び降りたのは、操られた可能性はないかな。本物がクローンの研矢を殺したいと考えている――と」
「なら、昨日本物がそばにいたというのか?」
アイビーの言葉に大杜は頷いた。
「秦さんから花鈴へのメッセージがそれを示してるんだ」
花鈴が見せてくれたメッセージを思い出す。
「『私は、本当の松宮くんと行くことにしたわ。さようなら』――そう書かれてたんだ」
「……秦は前の松宮のことを知っていたような口ぶりだな」
武朗がいうのに、アイビーが答えた。
「今彼女の経歴をオンラインでわかる範囲で調べたが、彼女は啓明光学園出身だ」
「え! 研矢と同中⁉︎」
大杜が声を上げる。
「同中というか、同小、同幼、ってところだ」
「彼女一度もそんな話しなかったけど……」
「目の前に本物が現れたとして、普通は動揺するだろ。その日のうちに花鈴にそんなメッセージを送ってくるってことは、もともと違和感があって、言いづらかったのではないか?」
「……そっか」
一ヶ月半一緒に食事をしていた四人のうちの半分が秘密を抱えていて、それになんら気付くことなく過ごしていた自分に、大杜は自己嫌悪を感じずにいられない。
「結局、鷹田の話を聞いても謎が深まっただけで、わからないことだらけだな。――というか、俺は何をすればいいんだ?」
武朗は、ほとんど自分で読まなかった資料をぴらぴらと振りながら聞く。
紀伊国はタブレットに触れながら、
「今後我々がやるべきことは、まず――南波の研究室への不法侵入及び盗難、鷹田宅への住居侵入及びオーナーへの傷害の容疑者、須藤を捜し捕まえることですね。それから、研究室の内容を明らかにし、違法研究について、病院もしくは松宮研矢の責任をはっきりさせ容疑を確定させることと、本物の確保ですよね。鷹田の違法研究や強盗未遂の虚偽の証言についても問題になるでしょうが、こちらはひとまず置いておくことになるでしょう。――そして、一番の懸念である、研矢君の保護」
「クローン体育成は違法だ。その違法な技術で作り出されたあいつは、どう言う扱いになるんだ?」
「彼自身に罪はないものの、どういった扱いになるやら、今のところ見当もつきません。ただ、すでに一つの命です。人権が守られるよう、私も尽力しますよ」
「ありがとうございます」
大杜がぺこり、と頭を下げると、紀伊国は首を振った。
「私にとっても、もう友人ですよ」
「うん……」
その時、紀伊国のスマートフォンが着信を告げ、彼は断ってから、出た。
「――そうですか、わかりました。ご連絡ありがとございました」
紀伊国は簡単な通話を終えて、二人に向き直った。
「糸口が見つかったようですよ」
「糸口?」
「捜査を進めるきっかけです。――今の電話は、松宮博士です。昨晩の自爆の件ですが、すべてMatsuQ製だったため、破片などを採取して、博士直属の研究チームが分析を行なってくれていました。その結果、人工頭脳から、ごく小さなチップが見つかった、との事です」
大杜がハッとしたように、紀伊国を見つめる。
「どうした?」
武朗が聞いた。
「ハイブリッド犬の人工頭脳に小さなチップがあることがわかって取り出して貰ってたんだけど、爆発したロボットたちにあったものが同じものなら、それを仕組んだ犯人は同じってことだよ。ハイブリッド犬はともかく、MatsuQのロボットの製造については出所がはっきりしているから、いつのタイミングでだれがどのように組み込んだか見つけられる可能性が高い。そうすればハイブリッド犬のことも、その犬が放たれた目的もわかるんじゃないかな――ですよね?」
紀伊国が言った「糸口が見つかった」の意味を大杜が確認すると、彼は大きく頷いた。
「ハイブリッド犬のチップのことがなければ、自爆したロボットのチップも見落とすところだったと松宮博士が言ってましたよ。まずは室長がそのチップに気づいたことが大きかったですね」
紀伊国は大杜を褒めるように言って笑う。
武朗はそう言えば、と言葉を繋ぐ。
「俺はそいつが高犯対のトップで、キューレイを十三体率いていること、通り名がA.I.マスターであることしか知らない。具体的にはどういった能力なんだ? 協力しろと言うなら、俺は詳しく知っておく権利がある。――命を預ける可能性だってあるわけだからな」
言われて大杜が頷く。
「確かにね。ただキューレイは今十二体だよ。Q0ー02、通称キミカゲは消滅したからね」
「……」
武朗は少し気まずそうに顔をしかめる。
だが大杜は気にした素振りは見せなかった。
「俺はロボットに心を宿す事が出来て、宿された心を持った機体がキューレイと呼ばれているんだよ。それが生まれるのは偶然で、どうやって心を宿すのか、未だに自分でもわからない」
「なんだ、それは……」
「最初は見守りロボットのアイビー、そして次にキミカゲというおもちゃのロボットに心を宿した。それは幼い時のことだ。友達が欲しいと言う想いからだったと思う。しばらくはずっと二体だけだったんだ」
武朗はアイビーをチラリと見やった。
「近代ロボットにおける黒歴史の見本市事件――俺はあそこに居合わせたんだよ。そこで展示されていたヒューマン型のロボットに、アイビーとキミカゲの魂みたいなものを、無意識に移動させたのが二つ目の能力の発現だった。魂みたいなのを俺は核と呼んでるんだけど、それを移動させる能力――あのときは、みんなを助けなきゃと言う思いでできたことだった」
武朗は息を呑んだ。
「そうして無意識にロボットに心を移した後、俺は気を失って、目が覚めたら兄さんの葬儀も終わって、アイビーもキミカゲももうしゃべったり歩いたりしなくなった。その半年程後には父さんも死んでしまったけど、そんな時、紀伊国さんと二体の警官ロボットがやってきたんだ。――その二体が、俺が核を移したアイビーとキミカゲだった」
紀伊国が説明を引き継ぐ。
「あの惨劇で、多数の市民を救ったのが、アイビーとキミカゲだったんですよ。彼らはMatsuQ製だったから、松宮博士自ら調べたが、ボディはMatsuQ製でも、人工知能はロボットの範囲を遥かに超えていた。やがて二体から『タイト』という名前と彼がやった事を聞くことができました。しかし我々が興味本位で接触する事を警戒して、それ以上は教えてくれなかった。佐々城警部の殉職のニュースが流れるまではね。――二体は『タイト』の生活を心配し、生活や安全をサポートする事を条件に、詳細を教えてくれ、私は彼と知り合うことができたんです」
紀伊国は優しい目で大杜を見やる。当初は、『タイト』を警戒させず心を開かせること、彼の能力を国の役に立たせることが任務で、紀伊国もそのつもりで接していた。
だが大杜に真摯に信頼を向けられるうちに、逆に心を開いたのは紀伊国のほうだった。いつの間にか、自分よりも大切な存在が佐々城家となっていた。
「その後彼は松宮博士のもと、新たに心を持つロボットを生み出す研究に携わり、そこで生まれた彼らが、現在の高犯対のメンバーになっています」
「なるほどな。高犯対は、警官ロボット隊というより、キューレイを扱うための部署って感じか……」
「その通りです」
紀伊国は肩をすくめて見せる。
「優秀な警官ロボットがたくさん生まれたのに、彼らは、誰の命令も聞きはしない。――彼らにとっての神とも言える、創造主以外の命令はね」
「聞き分けのなさそうな連中だな、確かに」
「忠誠心が厚いと言って貰いたい」
武朗のことばに、アイビーがしれっと答え、大杜は苦笑した。
「あと俺は人工知能を分析、干渉する能力もあるんだけど、これはキューレイを生み出す過程の中で習得した。――ハイブリッド犬の人工頭脳内にチップを見つけられたのはその能力のおかげだよ。ただまぁ感覚的に行うから、コンピュータやシステム、電子工学などに詳しいわけじゃない。その辺は誤解しないで」
「ああ。――だいたいはわかった」
「これでフェアですよね?」
紀伊国の言葉に、武朗は頷いてみせた。
「では、チップについてですが――自爆したロボットたちはすべて新工場プロフューで作られたものでしたので、そちらから探っていきましょう」
「プロフュー――プロフューか。松宮邸の侵入者の件も関わるかな」
「関わると言うか、研矢くんが二人いるのなら、侵入者ではなく、本物がハッキングしていた可能性が高いですね。そもそも侵入なんてされた形跡がなかったわけですし」
「おい、今度はなんなんだ」
武朗が紀伊国と大杜の会話を遮る。
「研矢に護衛がついてた件だよ。――あれは、研矢の部屋のパソコンからプロフューのシステムへ侵入された形跡が見つかったことで、彼の部屋に侵入者があったと判断して、松宮家全員に護衛をつけてたんだ。つけてたんだけど――」
「……侵入者はなかったわけか」
「困ったな……。この事件、一筋縄じゃ行かなさそうだ」