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第4節 カフェオーナーの供述/ §1

ー/ー



   ―セクション1―

 紀伊国は、病室のカーテンを開けた。

 明るい休日の日差しが差し込んでくる。

部屋の空気は重かったが、その日差しは少しだけ雰囲気を穏やかにする。

 大杜と武朗がコーヒーに口をつけ、一息ついたのを見やってから、紀伊国は皆に資料を手渡し、自身はタブレットを手に取った。

「文面にまとめてありますが、口頭で説明していきましょう。何から説明するか、という感じですが――まずは研矢君の辺りから、貴島二等空尉にもわかるよう、話しましょうか」

「やめろ。名前でいい」

 紀伊国はにっこりと笑った。

「では、武朗君と呼ばせてもらいますね。情報本部防空特殊チームの秘蔵っ子と名高いウェザーブラインドの使い手――その君を名前で呼ばせてもらえるなんて、光栄だなぁ」

「……嫌味か」

 武朗はちっと舌打ちした。

「昨日家に帰ったら、『高犯対の室長から、友達の危機かもしれないから手を貸して欲しいと協力依頼が来たんだが、いったいどういうことなんだ?』とワントーン声が低くなった上長から連絡が来たんだぞ。高犯対に身バレしたせいで、厳重注意だ」

「……ごめん」

 大杜はその様子を思い浮かべて謝る。さぞや怒られたのだろうと想像に(かた)くない。

「だが、身バレしたからには、いっそ大いに貸しを作ってこいと送り出された。まぁ一応協力はしてやる」

「――心強いね」

 紀伊国がうれしそうに言い、改めて資料を指し示した。

「その資料は、リトルバードのオーナーシェフであり、研矢君の叔父でもある鷹田佳幸の供述をまとめたものです。リトルバードに内偵が入っていたことは周知の通り。なぜ内偵が送られていたかというと、彼がある事件の容疑者だったからです」

 武朗は一昨日のリトルバードで研矢と話したときのことを思い出す。確かに研矢はここのオーナーは叔父貴だと話しており、姿も見ていたため、「あいつか」と呟いた。

「一昨日、リトルバードでハイブリッド犬による襲撃事件がありました。ああ、武朗君が帰った後だね。――その際助けに入った事もあり、鷹田は任意同行に応じてくれ、色々と話してくれました。そして六連星に通っている研矢君が、本物ではないと言う情報を得たんです」

 武朗は大杜を見やった。大杜はこの辺りの事情は知っているため、資料の先の方に目を通している。

「鷹田に容疑が掛けられていた事件については、発端や捜査過程などの詳しいことは割愛させてもらうとして――要約すると、南波記念病院の研究室から何か(・・)が盗まれ、過去に医薬品の納入業者として出入りしていた鷹田が容疑者として浮上。調べていくと、鷹田の経営するカフェで強盗未遂事件、アルバイトの失踪など不審な出来事が続いていたことがわかり、彼の素行を調べるために、内偵を送り込んだ――というわけです。まぁ結果として、鷹田は犯人ではなかった。犯人は、失踪しているアルバイト大学生、須藤(すどう)勝巳(かつみ)のほうだった。――鷹田の話を全面的に信じるとして、ですがね」

「そいつが盗んだのは――クローン人体育成データ……か」

 資料に書かれた内容を武朗が読み上げる。

 クローンと言われて今思いつく事は、ただ一つ。それはこの場にいる全員に共通している。

 ――研矢は、クローン体なのだろう、と。

「どんな経緯があるとしても、俺は彼を友達と思ってる」

 大杜はその場の空気を感じ取って、強い口調で断言する。

 最初に研矢が偽物(ニセモノ)であると知ったときは、大杜は激しく動揺していた。しかしすぐに冷静さを取り戻す。なぜなら、本物も偽物も自分には関係ない。友人の研矢には違いないのだと気付いたからだ。

 武朗は軽く咳払いをした。

「クローン技術は、医療分野で一部の臓器や皮膚などにおいて利用できるものだろ。人体育成は研究そのものが禁じられているんじゃないのか」

「そうですね。だから病院側は警察に相談しなかったんです。盗みがあった事実は密告によってわかったんですよ」

「――なるほど」

「クローン育成の研究をしていたのは、南波記念病院の設立に貢献した南波博士です。鷹田が最初疑われたのは、南波博士の存命中に、彼の研究室にやたらと出入りしていたから。しかし今回の証言でわかったことは、実際はただ出入りしていたと言うわけではなく、研究を手伝っていた、ということでした」

「よくそんな研究を手伝う気になったな」

「就職先では営業に回されてしまったものの、元々研究者志向だったようです。たまたま南波博士が、鷹田の学生時代の論文を読んだことがあり、研究を手伝わないかと誘ってきた、と。それが違法であることはわかっていたものの、興味を惹かれ手伝ってしまったようですね」

 彼は三年程手伝ったが、あるとき強く後悔して、手を引いたという。

「鷹田は、実際に人体育成が始まったことで、これはやってはいけないことだと強く意識したそうです。『松宮研矢』のクローンが完成に近づいた頃には、鷹田は耐えられなくなって逃げた」

「だが南波が死んだのは鷹田が抜けたすぐ後なんだろ。クローンは完成に近付いていただけで完成していたわけじゃない。誰かが後を継いだんだ」

 武朗は資料の先をめくり、手を止めた。

 ――研究を完成させたのは、松宮研矢であろうと、鷹田の供述にはあった。松宮研矢は鷹田より前から研究室に出入りし、南波を手伝うと共に、自らの研究も行っていたという。

「中学生――いや、小学生から、か?」

「とても優秀な少年だったそうですよ」

「優秀とかいうレベルか……」

 武朗が呟く。

「そうですね。優秀と言うレベルではないかもしれません――ここで須藤の話に戻るのですがね――須藤がリトルバードのアルバイトとしてやってきたのは、松宮研矢の研究データを探すためだったようです」

 紀伊国は資料を指し示した。

「思考プロトコル(thought protocol(ソートプロトコル))――TTP(ティーティーピー)――思考の制御を行うシステムだそうです」

 須藤は南波の研究室でクローン人体育成データを盗んだ。しかしもうひとつの目的であった松宮研矢の研究データは見つけられなかった。

 研究仲間であり叔父である鷹田ならば持っているのではないかと、探りを入れるため、須藤はアルバイトとして侵入したのだという。

 リトルバードの強盗未遂事件は、鷹田の不在を狙って須藤がたびたび住居エリアを探っていたことに鷹田が気付き、諍いが起きたが、その騒動に向かいの交番の巡査が気付き駆けつけたことで、須藤は逃亡、そのまま行方をくらませた――というのが真相だった。

「鷹田は真相を話すわけにいかず、強盗が入ったと証言をしたようですね」

「――おかしくないか?」

 武朗が口を挟む。

「なぜ、須藤は松宮の家の方を探さなかったんだ? もう探した後だということか?」

「いいえ」

 紀伊国は首を振った。

「須藤は、松宮研矢から、南波博士の研究と松宮研矢自身の研究についての話を聞いたと、鷹田に語ったそうです。ならばなぜそれらのデータを松宮からもらうのではなく、盗んで手に入れようとしたのか――」

「……なるほど」

 武郎はふんと鼻を鳴らして笑った。

「仲間割れか」



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   ―セクション1―
 紀伊国は、病室のカーテンを開けた。
 明るい休日の日差しが差し込んでくる。
部屋の空気は重かったが、その日差しは少しだけ雰囲気を穏やかにする。
 大杜と武朗がコーヒーに口をつけ、一息ついたのを見やってから、紀伊国は皆に資料を手渡し、自身はタブレットを手に取った。
「文面にまとめてありますが、口頭で説明していきましょう。何から説明するか、という感じですが――まずは研矢君の辺りから、貴島二等空尉にもわかるよう、話しましょうか」
「やめろ。名前でいい」
 紀伊国はにっこりと笑った。
「では、武朗君と呼ばせてもらいますね。情報本部防空特殊チームの秘蔵っ子と名高いウェザーブラインドの使い手――その君を名前で呼ばせてもらえるなんて、光栄だなぁ」
「……嫌味か」
 武朗はちっと舌打ちした。
「昨日家に帰ったら、『高犯対の室長から、友達の危機かもしれないから手を貸して欲しいと協力依頼が来たんだが、いったいどういうことなんだ?』とワントーン声が低くなった上長から連絡が来たんだぞ。高犯対に身バレしたせいで、厳重注意だ」
「……ごめん」
 大杜はその様子を思い浮かべて謝る。さぞや怒られたのだろうと想像に|難《かた》くない。
「だが、身バレしたからには、いっそ大いに貸しを作ってこいと送り出された。まぁ一応協力はしてやる」
「――心強いね」
 紀伊国がうれしそうに言い、改めて資料を指し示した。
「その資料は、リトルバードのオーナーシェフであり、研矢君の叔父でもある鷹田佳幸の供述をまとめたものです。リトルバードに内偵が入っていたことは周知の通り。なぜ内偵が送られていたかというと、彼がある事件の容疑者だったからです」
 武朗は一昨日のリトルバードで研矢と話したときのことを思い出す。確かに研矢はここのオーナーは叔父貴だと話しており、姿も見ていたため、「あいつか」と呟いた。
「一昨日、リトルバードでハイブリッド犬による襲撃事件がありました。ああ、武朗君が帰った後だね。――その際助けに入った事もあり、鷹田は任意同行に応じてくれ、色々と話してくれました。そして六連星に通っている研矢君が、本物ではないと言う情報を得たんです」
 武朗は大杜を見やった。大杜はこの辺りの事情は知っているため、資料の先の方に目を通している。
「鷹田に容疑が掛けられていた事件については、発端や捜査過程などの詳しいことは割愛させてもらうとして――要約すると、南波記念病院の研究室から|何か《・・》が盗まれ、過去に医薬品の納入業者として出入りしていた鷹田が容疑者として浮上。調べていくと、鷹田の経営するカフェで強盗未遂事件、アルバイトの失踪など不審な出来事が続いていたことがわかり、彼の素行を調べるために、内偵を送り込んだ――というわけです。まぁ結果として、鷹田は犯人ではなかった。犯人は、失踪しているアルバイト大学生、|須藤《すどう》|勝巳《かつみ》のほうだった。――鷹田の話を全面的に信じるとして、ですがね」
「そいつが盗んだのは――クローン人体育成データ……か」
 資料に書かれた内容を武朗が読み上げる。
 クローンと言われて今思いつく事は、ただ一つ。それはこの場にいる全員に共通している。
 ――研矢は、クローン体なのだろう、と。
「どんな経緯があるとしても、俺は彼を友達と思ってる」
 大杜はその場の空気を感じ取って、強い口調で断言する。
 最初に研矢が|偽物《ニセモノ》であると知ったときは、大杜は激しく動揺していた。しかしすぐに冷静さを取り戻す。なぜなら、本物も偽物も自分には関係ない。友人の研矢には違いないのだと気付いたからだ。
 武朗は軽く咳払いをした。
「クローン技術は、医療分野で一部の臓器や皮膚などにおいて利用できるものだろ。人体育成は研究そのものが禁じられているんじゃないのか」
「そうですね。だから病院側は警察に相談しなかったんです。盗みがあった事実は密告によってわかったんですよ」
「――なるほど」
「クローン育成の研究をしていたのは、南波記念病院の設立に貢献した南波博士です。鷹田が最初疑われたのは、南波博士の存命中に、彼の研究室にやたらと出入りしていたから。しかし今回の証言でわかったことは、実際はただ出入りしていたと言うわけではなく、研究を手伝っていた、ということでした」
「よくそんな研究を手伝う気になったな」
「就職先では営業に回されてしまったものの、元々研究者志向だったようです。たまたま南波博士が、鷹田の学生時代の論文を読んだことがあり、研究を手伝わないかと誘ってきた、と。それが違法であることはわかっていたものの、興味を惹かれ手伝ってしまったようですね」
 彼は三年程手伝ったが、あるとき強く後悔して、手を引いたという。
「鷹田は、実際に人体育成が始まったことで、これはやってはいけないことだと強く意識したそうです。『松宮研矢』のクローンが完成に近づいた頃には、鷹田は耐えられなくなって逃げた」
「だが南波が死んだのは鷹田が抜けたすぐ後なんだろ。クローンは完成に近付いていただけで完成していたわけじゃない。誰かが後を継いだんだ」
 武朗は資料の先をめくり、手を止めた。
 ――研究を完成させたのは、松宮研矢であろうと、鷹田の供述にはあった。松宮研矢は鷹田より前から研究室に出入りし、南波を手伝うと共に、自らの研究も行っていたという。
「中学生――いや、小学生から、か?」
「とても優秀な少年だったそうですよ」
「優秀とかいうレベルか……」
 武朗が呟く。
「そうですね。優秀と言うレベルではないかもしれません――ここで須藤の話に戻るのですがね――須藤がリトルバードのアルバイトとしてやってきたのは、松宮研矢の研究データを探すためだったようです」
 紀伊国は資料を指し示した。
「思考プロトコル(|thought protocol 《ソートプロトコル》)――|TTP《ティーティーピー》――思考の制御を行うシステムだそうです」
 須藤は南波の研究室でクローン人体育成データを盗んだ。しかしもうひとつの目的であった松宮研矢の研究データは見つけられなかった。
 研究仲間であり叔父である鷹田ならば持っているのではないかと、探りを入れるため、須藤はアルバイトとして侵入したのだという。
 リトルバードの強盗未遂事件は、鷹田の不在を狙って須藤がたびたび住居エリアを探っていたことに鷹田が気付き、諍いが起きたが、その騒動に向かいの交番の巡査が気付き駆けつけたことで、須藤は逃亡、そのまま行方をくらませた――というのが真相だった。
「鷹田は真相を話すわけにいかず、強盗が入ったと証言をしたようですね」
「――おかしくないか?」
 武朗が口を挟む。
「なぜ、須藤は松宮の家の方を探さなかったんだ? もう探した後だということか?」
「いいえ」
 紀伊国は首を振った。
「須藤は、松宮研矢から、南波博士の研究と松宮研矢自身の研究についての話を聞いたと、鷹田に語ったそうです。ならばなぜそれらのデータを松宮からもらうのではなく、盗んで手に入れようとしたのか――」
「……なるほど」
 武郎はふんと鼻を鳴らして笑った。
「仲間割れか」