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第二百三十一話

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 和井内と園内を歩き回りながら、事の状況をお互いで共有する。現状の千葉県、その一般人の暴走事件のこと。それによって五人いた作戦人員が千葉県内で散り散りになってしまったこと。そして事の根幹に来栖善吉が十中八九関わっていること。
 一通り情報を整理した和井内は、深く後悔している様子であった。
「――申し訳ありません。彼が現在進行形で暴走している理由を作り出したのは……私の要素もあるのかもしれません」
「……どういうことですか、和井内さん? 話を聞く限り、貴方に非があるとは思えないんですが」
「それが……この外見の老化にも繋がっていることで、関係性としては密接に関わっているんですよ」
 和井内は、善吉によって力を根こそぎ吸収されてしまったのだ。元あった念能力も、因子の力も、何もかも吸われて搾りかす同然と成り果てた現状こそ、今の和井内である。教会の中でも、稀有な手術未経験の因子持ちであるため、力の純度は手術を経験した存在よりも上である。そこに目を付けた善吉は、その力を自分のものにしようと行動したのだ。
 結果、力が増幅かつ補強された善吉は、そう簡単に認知できない場所で虎視眈々と策を巡らせ、襲い掛かる存在を捻じ伏せていく。狡猾さ、そして賢さはかつて会社経営を成功させていたことからかなりのものであるため、イエスマンしかいない第二の五斂子社を作り出そうとしていたのだ。
「――だとしても、それは半ば仕方のないこと。私は到底……貴方を責める気にはなれません。全て……あの男がやったことですから」
 そのエヴァの言葉の中に、これまでにないほどの『怒り』と『憎しみ』を感じ取った礼安。今まで善吉のことを、名前と信之を殺害したこと以外に情報を入れていなかったため、自分が被害を負っていないのにも拘らず、拳を全力で握り締め出血するほどに、感情がシンクロしていたのだ。
「――そんな、自分勝手な人がいるんだ」
「あ……そうでしたね、礼安さんには山梨の一件を、噛み砕いてしか話していませんでしたね」
 詳細を語ろうとするエヴァであったが、一から十まで話していたら礼安の心の許容量が危ない、と判断した結果、雑多な感情を噛み締めた苦笑を見せる以外になかった。
「来栖善吉は……この千葉県を手中に収めようとしています。現に……どうやら怒りや悲しみの感情を意図的に抜き取った一般の方を、意のままに操っていたわけですから」
 色々なことを話しながら、一行はデスティニーアイランド中央に聳え立つサンドリオンの城、そのお膝元に辿り着く。
「――正直、貴女がたの信頼を得るためには、こちらの情報もしっかり出さないといけません。なので……千葉支部が行っていることについて、お二方に知ってもらいたいと思います」
 その態度から、法外なシノギを行うヤクザ組織のような後ろめたさも、これまでの教会支部がやってきたような不幸な人間を食い物にするビジネスを行っている訳でもないことを実感する。
 IDカードを認証し、光学迷彩のかかった壁を透過させる。そこには、昇降機(エレベーター)が隠されていた。
「――この先にあるのは、千葉支部が長いこと積み重ねてきた歴史そのものです。そこには……私なりに誇りがあります」
 三人が昇降機に乗り込むと、行き先を設定する和井内。その鉄の箱の中は、何とも言えない気まずい空気が立ち込めていた。エヴァは、つい数日前このように揺られた先で地獄を見た。礼安はそれを経験していないのだが、感覚のシンクロでその複雑な心境が手に取るように分かってしまう。共感性の高い彼女にとっては毒同然である。
 下層に辿り着くと、その動きを止め、緩慢に扉が開く。そこにあったものは、二人のこれまでの前提を覆すものであった。
「――え? どういう……事ですか……コレ?」
「私も……よく分からないよ」


 二人の眼前に広がっていた光景は、人一人いない巨大な培養槽が複数。手前では複数の研究者がバインダー片手に小難しい会話をして、あらゆる機材の調整を行っていた。
 そこかしこの培養槽以外にも、園内を映しだす監視カメラの映像がそこかしこに存在。どれもこれも人々の笑顔を映し出していた。
 そこに、グロテスクな光景など一切ない。一般人が見たら、実に怪しい光景そのものであるが、少し前に心にナイフを突き立てられ、乱暴に攪拌されたような人間屠殺場を目の当たりにしていたため、どこか安堵していたのだ。
「――ここは、人間の感情にフォーカスを当てて研究している、千葉支部の本丸そのものです。そこかしこにいる研究員の方々は皆、この千葉支部の構成員そのものです」
「……実に初歩的な疑問なんですが……ドライバーは……?」
「無論、そんなもの持たせてはいません。これを教祖が知ったらきっとカンカンでしょうがね」
 見ての通り、誰もかれも礼安たちを見ても会釈するばかりで、これまでのスタンダードともいえるような襲い掛かる様子が微塵もない。これまでの前提が全部裏返る奇妙な感覚が、二人の中にあった。
「――では、この施設の概要を説明します。少々長くなるので、歩きながらで構いませんか」
 二人は呆気にとられながら、ただ頷くのみであった。そんな二人の女子相手に、心からの笑顔を見せながら先導するのだった。
「ありがとうございます。では――そのために説明する直近の情勢等ありますので、かいつまみながらと行きましょう」


 事の始まりは、百喰の前任たる初代支部長から。当初、千葉支部も穏健派、武闘派の内武闘派に位置する存在であった。千葉県の反社会的勢力を統治し、いつか来るであろう英雄たちとの闘争をメインに据えて行動し続けた。
 しかし、他支部の汚れ仕事の悪辣さを目の当たりにして、自分たちが犯罪者とひとくくりにされることが堪らなく嫌になった。その時から反社会的勢力との繋がりはそのままに、支部全体で意識改革を図ることにしたのだ。
 それに当時の支部長は、一般人を食い物にする悪辣なシノギ、と言うものを考えつけるような賢さは無かった。どちらかと言えば、愚直に戦いを行うことに誇りを持っていた。元々名の知れた格闘家として活動していた時もあったからこそ、真なる闘争こそが自分が生きる道であると認識したのだ。
 旧時代的な考えの持ち主であることは、十分に理解していた。それでも、姿を見たこともない教祖の手足になるより、自由気ままかつ好きに生きた方が楽しいものであると自覚したのだ。
 次第に教会支部の王道から逸れていく中で、形だけでも世をおかしく引っ掻き回していく説得材料が欲しくなった中で、目を付けた概念こそ『感情の機微』であった。血沸き肉躍る戦いを心から望む高揚感から思考を繋げていった結果、人間の感情にフォーカスを当てることに決めたのだ。
 しかし、先代はそこまで頭のいい人間ではない。そこで頼った先こそ、反社会的勢力(ヤクザ)であった。
 反社会的勢力の人間は条例等の要因により年々減少していく一方であったが、元々暴力団等の組織に属していた人間も、世の流れに倣って足を洗いたがる存在がいる。しかし、ある条項によって五年は苦しむことが確定事項となっている。
 それが、『元暴五年条項』。五年条項や五年ルールとも称されるその決まりは、反社会的勢力が仮にその組織を離脱したとしても、五年は反社会的勢力とみなされる。その間あらゆる契約ごとが出来なくなるため、非常に苦しい人生を送ることとなる。五年をしっかり堅気として過ごすか、元鞘に納まるか。それを強いられるのだ。
 目を付けたのは、その『五年間』。五年もの間苦しむのなら、千葉支部が裏で五年間面倒を見る。反社会的勢力と繋がりをそのままに、その流れを生み出したのだ。
 暴力団だけではなく、半グレ組織や情報操作を生業としていた裏組織も存在する中で、千葉支部が命題としていた研究を手伝ってもらうことで、五年間を幸せに暮らしてもらう、実にWIN‐WINの関係性を確固たるものにした結果、次第に穏健派と呼ばれるようになったのだ。
 そして二年前のこと、先代支部長から百喰に支部長の座を受け継いだ際も、その元暴五年条項の受け皿になることは了承、和井内も同様である。
 そうまでして何がしたかったのかと言うと、『感情』の研究から飛躍して『人間はなぜ争うのか』という根源的命題(テーマ)に辿り着いた結果、感情を元にした県全体を巻き込んだ大規模な社会実験、その実行を考えたのだ。
 人には、それぞれによって異なるものの欲望や感情がある。その内、怒りや悲しみがあるからこそ、人と言うものはネガティブな気持ちや願いを持つようになる。ありとあらゆる方面で統計を取り、世を歪ませている要因の一つにあることは確認済みである。
 そこから、少々突飛な発想に行きついた。それこそ、『怒りと悲しみを人間から一時的に消失させたら、争いは無くなるのか』と言う社会実験であった。
 人の欲望に干渉すると、万が一その欲望を奪った瞬間に廃人となる危険性がある中、大きく分け四つある人間の感情のうち、二つをとってもそこまで大ごとになりはしない、と考えた結果この実験を秘密裏に行うことが決まったのだ。
 実験に参加するには、エントランスで入場チケットの代わりに押印される、ブラックライトで光る蛍光インクのスタンプによって当人から頂戴、そうして集めた感情を、研究員総出で日夜研究。やがて教会の大本から足を洗おうと画策する中、社会にこれまでの研究データをぶつけ、世界の問題に一石を投じるきっかけになれれば、と先代からの考えが根底に存在するのだ。



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 和井内と園内を歩き回りながら、事の状況をお互いで共有する。現状の千葉県、その一般人の暴走事件のこと。それによって五人いた作戦人員が千葉県内で散り散りになってしまったこと。そして事の根幹に来栖善吉が十中八九関わっていること。
 一通り情報を整理した和井内は、深く後悔している様子であった。
「――申し訳ありません。彼が現在進行形で暴走している理由を作り出したのは……私の要素もあるのかもしれません」
「……どういうことですか、和井内さん? 話を聞く限り、貴方に非があるとは思えないんですが」
「それが……この外見の老化にも繋がっていることで、関係性としては密接に関わっているんですよ」
 和井内は、善吉によって力を根こそぎ吸収されてしまったのだ。元あった念能力も、因子の力も、何もかも吸われて搾りかす同然と成り果てた現状こそ、今の和井内である。教会の中でも、稀有な手術未経験の因子持ちであるため、力の純度は手術を経験した存在よりも上である。そこに目を付けた善吉は、その力を自分のものにしようと行動したのだ。
 結果、力が増幅かつ補強された善吉は、そう簡単に認知できない場所で虎視眈々と策を巡らせ、襲い掛かる存在を捻じ伏せていく。狡猾さ、そして賢さはかつて会社経営を成功させていたことからかなりのものであるため、イエスマンしかいない第二の五斂子社を作り出そうとしていたのだ。
「――だとしても、それは半ば仕方のないこと。私は到底……貴方を責める気にはなれません。全て……あの男がやったことですから」
 そのエヴァの言葉の中に、これまでにないほどの『怒り』と『憎しみ』を感じ取った礼安。今まで善吉のことを、名前と信之を殺害したこと以外に情報を入れていなかったため、自分が被害を負っていないのにも拘らず、拳を全力で握り締め出血するほどに、感情がシンクロしていたのだ。
「――そんな、自分勝手な人がいるんだ」
「あ……そうでしたね、礼安さんには山梨の一件を、噛み砕いてしか話していませんでしたね」
 詳細を語ろうとするエヴァであったが、一から十まで話していたら礼安の心の許容量が危ない、と判断した結果、雑多な感情を噛み締めた苦笑を見せる以外になかった。
「来栖善吉は……この千葉県を手中に収めようとしています。現に……どうやら怒りや悲しみの感情を意図的に抜き取った一般の方を、意のままに操っていたわけですから」
 色々なことを話しながら、一行はデスティニーアイランド中央に聳え立つサンドリオンの城、そのお膝元に辿り着く。
「――正直、貴女がたの信頼を得るためには、こちらの情報もしっかり出さないといけません。なので……千葉支部が行っていることについて、お二方に知ってもらいたいと思います」
 その態度から、法外なシノギを行うヤクザ組織のような後ろめたさも、これまでの教会支部がやってきたような不幸な人間を食い物にするビジネスを行っている訳でもないことを実感する。
 IDカードを認証し、光学迷彩のかかった壁を透過させる。そこには、|昇降機《エレベーター》が隠されていた。
「――この先にあるのは、千葉支部が長いこと積み重ねてきた歴史そのものです。そこには……私なりに誇りがあります」
 三人が昇降機に乗り込むと、行き先を設定する和井内。その鉄の箱の中は、何とも言えない気まずい空気が立ち込めていた。エヴァは、つい数日前このように揺られた先で地獄を見た。礼安はそれを経験していないのだが、感覚のシンクロでその複雑な心境が手に取るように分かってしまう。共感性の高い彼女にとっては毒同然である。
 下層に辿り着くと、その動きを止め、緩慢に扉が開く。そこにあったものは、二人のこれまでの前提を覆すものであった。
「――え? どういう……事ですか……コレ?」
「私も……よく分からないよ」
 二人の眼前に広がっていた光景は、人一人いない巨大な培養槽が複数。手前では複数の研究者がバインダー片手に小難しい会話をして、あらゆる機材の調整を行っていた。
 そこかしこの培養槽以外にも、園内を映しだす監視カメラの映像がそこかしこに存在。どれもこれも人々の笑顔を映し出していた。
 そこに、グロテスクな光景など一切ない。一般人が見たら、実に怪しい光景そのものであるが、少し前に心にナイフを突き立てられ、乱暴に攪拌されたような人間屠殺場を目の当たりにしていたため、どこか安堵していたのだ。
「――ここは、人間の感情にフォーカスを当てて研究している、千葉支部の本丸そのものです。そこかしこにいる研究員の方々は皆、この千葉支部の構成員そのものです」
「……実に初歩的な疑問なんですが……ドライバーは……?」
「無論、そんなもの持たせてはいません。これを教祖が知ったらきっとカンカンでしょうがね」
 見ての通り、誰もかれも礼安たちを見ても会釈するばかりで、これまでのスタンダードともいえるような襲い掛かる様子が微塵もない。これまでの前提が全部裏返る奇妙な感覚が、二人の中にあった。
「――では、この施設の概要を説明します。少々長くなるので、歩きながらで構いませんか」
 二人は呆気にとられながら、ただ頷くのみであった。そんな二人の女子相手に、心からの笑顔を見せながら先導するのだった。
「ありがとうございます。では――そのために説明する直近の情勢等ありますので、かいつまみながらと行きましょう」
 事の始まりは、百喰の前任たる初代支部長から。当初、千葉支部も穏健派、武闘派の内武闘派に位置する存在であった。千葉県の反社会的勢力を統治し、いつか来るであろう英雄たちとの闘争をメインに据えて行動し続けた。
 しかし、他支部の汚れ仕事の悪辣さを目の当たりにして、自分たちが犯罪者とひとくくりにされることが堪らなく嫌になった。その時から反社会的勢力との繋がりはそのままに、支部全体で意識改革を図ることにしたのだ。
 それに当時の支部長は、一般人を食い物にする悪辣なシノギ、と言うものを考えつけるような賢さは無かった。どちらかと言えば、愚直に戦いを行うことに誇りを持っていた。元々名の知れた格闘家として活動していた時もあったからこそ、真なる闘争こそが自分が生きる道であると認識したのだ。
 旧時代的な考えの持ち主であることは、十分に理解していた。それでも、姿を見たこともない教祖の手足になるより、自由気ままかつ好きに生きた方が楽しいものであると自覚したのだ。
 次第に教会支部の王道から逸れていく中で、形だけでも世をおかしく引っ掻き回していく説得材料が欲しくなった中で、目を付けた概念こそ『感情の機微』であった。血沸き肉躍る戦いを心から望む高揚感から思考を繋げていった結果、人間の感情にフォーカスを当てることに決めたのだ。
 しかし、先代はそこまで頭のいい人間ではない。そこで頼った先こそ、|反社会的勢力《ヤクザ》であった。
 反社会的勢力の人間は条例等の要因により年々減少していく一方であったが、元々暴力団等の組織に属していた人間も、世の流れに倣って足を洗いたがる存在がいる。しかし、ある条項によって五年は苦しむことが確定事項となっている。
 それが、『元暴五年条項』。五年条項や五年ルールとも称されるその決まりは、反社会的勢力が仮にその組織を離脱したとしても、五年は反社会的勢力とみなされる。その間あらゆる契約ごとが出来なくなるため、非常に苦しい人生を送ることとなる。五年をしっかり堅気として過ごすか、元鞘に納まるか。それを強いられるのだ。
 目を付けたのは、その『五年間』。五年もの間苦しむのなら、千葉支部が裏で五年間面倒を見る。反社会的勢力と繋がりをそのままに、その流れを生み出したのだ。
 暴力団だけではなく、半グレ組織や情報操作を生業としていた裏組織も存在する中で、千葉支部が命題としていた研究を手伝ってもらうことで、五年間を幸せに暮らしてもらう、実にWIN‐WINの関係性を確固たるものにした結果、次第に穏健派と呼ばれるようになったのだ。
 そして二年前のこと、先代支部長から百喰に支部長の座を受け継いだ際も、その元暴五年条項の受け皿になることは了承、和井内も同様である。
 そうまでして何がしたかったのかと言うと、『感情』の研究から飛躍して『人間はなぜ争うのか』という根源的|命題《テーマ》に辿り着いた結果、感情を元にした県全体を巻き込んだ大規模な社会実験、その実行を考えたのだ。
 人には、それぞれによって異なるものの欲望や感情がある。その内、怒りや悲しみがあるからこそ、人と言うものはネガティブな気持ちや願いを持つようになる。ありとあらゆる方面で統計を取り、世を歪ませている要因の一つにあることは確認済みである。
 そこから、少々突飛な発想に行きついた。それこそ、『怒りと悲しみを人間から一時的に消失させたら、争いは無くなるのか』と言う社会実験であった。
 人の欲望に干渉すると、万が一その欲望を奪った瞬間に廃人となる危険性がある中、大きく分け四つある人間の感情のうち、二つをとってもそこまで大ごとになりはしない、と考えた結果この実験を秘密裏に行うことが決まったのだ。
 実験に参加するには、エントランスで入場チケットの代わりに押印される、ブラックライトで光る蛍光インクのスタンプによって当人から頂戴、そうして集めた感情を、研究員総出で日夜研究。やがて教会の大本から足を洗おうと画策する中、社会にこれまでの研究データをぶつけ、世界の問題に一石を投じるきっかけになれれば、と先代からの考えが根底に存在するのだ。