二時間後、日差しは頂点に達する昼時。今回の作戦における少ない人員が集められた。礼安、正明に関しては互いに顔合わせ云々を済ませているため、ある程度円滑に事が運ぶのだが、それ以外が多少問題であった。
「――俺の分からねえ面子が二人もいるってのは……どういう了見ッスか、学園長」
「まあまあ、二人とも将来有望さ」
作戦人員追加面子としてそこに立っていた一人目は、先の事件で王漣組組長、そしてある女の姿をした、人外じみた力を保有したクローンを、あろうことか人力とド根性のみで下した元王漣組若頭、そして元二代目組長である真人間・
灰崎廉治。
二人目は合同演習会にて礼安たちを最後の最後までサポートし続け、二年次武器科の中でも特段実直な性格をしていた結果、数少ない裏切りの未経験者、
加賀美陽。
そこに現在酷く傷心中のエヴァを加えた五人が、本作戦の人員であった。
しかし、礼安がその場にいようと、ある程度着飾りはしたもののエヴァはローテンションのまま。そんな戦闘人員として難のある状態の彼女を最前線に出したことを、礼安と正明は信一郎に対して目のみで訴える。
だが、信一郎は快活に笑い飛ばしたのだ。
「――なに、エヴァちゃんがそこまで心配、ってこと?」
少々無神経にも思えるが、それは信一郎なりの気遣いであった。そうでもしないといたたまれない気持ちになってしまうからであった。
「……私は、大丈夫です。礼安さん、陽さんのサポートを……ただ全力で行うだけですから」
髪はある程度整え、服装は普段の学生生活同様多少ラフにはだけたツナギ姿のままであったが、表情は悲惨。何度泣き腫らしたか分からないほどに目の腫れは酷く、睡眠を怠っている影響もあり、クマがくっきりと見えている。心にはぽっかりと穴が開いているようで、想い人である礼安が傍にいようとそれは変わらない。これまでにないほど荒れていた。
「――エヴァちゃん……私と陽ちゃんが傍にいるからね」
「そ、そうだよ……! 私も武器科として全力を尽くすから……!」
なぜ陽がここにいるか、というと。これは他でもない綾部からの要請であった。丙良と信玄が英雄学園を裏切った、『教会』側に付いた、という事実は英雄科並びに世の中にとって尋常でないほどの打撃であり、それと同時に「二人のことだから何かしらの考えがある」と二人の帰りを待ち望む生徒は少なくない。綾部や陽もその一人である。
しかし、それでも心に傷を負ったことは違いなく、本来なら綾部がこの場に立っているはずなのだが、後々お礼参りするためにも準備時間が欲しい、と急遽陽が代役としてこの場に立っている。
だが、これは礼安にとっては好都合であった。何せ、陽とはあの合同演習会以来シンパシーが合い意気投合している。院たちがいなかった一週間の間も、何ならそれ以前からも、確かな友情を育んでいたのだ。そのため、あの時以上に連携は取れるようになっている。礼安とエヴァ以外はてんで駄目だろうが。
そして、礼安と正明の双方が疑問視していたのが、今初めて姿を目にした元ヤクザ。一時的に足を洗いこそしたものの、一番『なんでこの場にいるんだか』が不明の人物であった。
「――――分かるぜ、その目。一般人同然の俺が、何でこの場にいるんだ、って目だろ」
「「まず……誰?」だ?」
二人とも、山梨の一件を経験していないため、灰崎の偉業を知らない。そのため、多少気恥ずかしくなりながら、自分であの事件での事のあらましをエヴァ以外のその場の全員に伝える。時間が無いため、三倍速で。
結果、その場の全員が悲しい顔をするか涙ぐむか盛大に涙しているかの三択になった。最後の択の該当者に関しては、何を言わずとも誰だか分かるだろう。
学園長の用意した車を運転するのは、時の人同然の灰崎。学園長所有の、いかにもと言った高級車が、彼が運転してしまったが最後極道組織の車にしか見えなくなる。いわゆる黒塗りの高級車、と言った風貌であったがために、図らずもそうなってしまった。
「じゃあ、子供たちをよろしく頼むね、灰崎君! 君にも連絡用のデバイスと緊急用連絡先のメモ持たせたから、困ったら私を呼んでね! 仕事放っぽり出して駆けつけるから!」
「――アンタ、一応真っ当な堅気かつ定職あって、そんなムーブ出来るんスよね?」
しかし、いかにもと言った軽口とは裏腹に、目は一切笑っていなかった。因子が内包されている英雄の卵たちとは異なり、元極道に近い肩書とはいえ一般人同然。そんな存在を功績があるとはいえ死なせてしまったら、それは英雄学園の沽券にかかわる。
「――アンタなりに、俺のこと考えてくれてんスね」
「モチのロンよ。あ、それと……コレ、手入れしておいたよ!」
手渡されたのは、元々彼が扱っていた自動短銃のカスタマイズを色々済ませたバージョン。灰崎の手にフィットするよう、グリップ部の拡大化やフィット化、持ち運びしやすいよう軽量化などが図られている。
「あ、これは当たり前のことだけど……」
「人前では撃つな、ってことッスよね。分かってるッスよ、そこんとこの感覚は麻痺ってないんで」
灰崎が真っ当な極道でなかったら、まず彼女らの護衛としてセレクトはしていない。さらに、ここでもし当たり前とされる堅気第一、と言う認識の齟齬があったのなら、即刻この場で車から引きずり降ろしていた。
しかし、灰崎は外道ではなかった。教会の生み出した
大海嘯に飲み込まれただけの、ただの被害者。認識は清浄であり、その精神性も真っ当なもの。ただ少し、その時の『間』が悪い影響でヤクザとなっただけに過ぎない男である。
「――オッケー、じゃあ……千葉県に行ってらっしゃい、皆」
静かに手を振る信一郎と、それに応える礼安たち。ただ、エヴァだけは後部座席で俯いたまま。
ここから実に奇妙な数日間を過ごすことになるだなんて、この時の一行は、誰も思いもしなかった。
車が連絡橋を走り、本島へ向かう中、信一郎はたった一人呟いた。どこか、諦めた表情で。
「……今回の作戦、恐らく――――『誰かが死ぬ』。この通りにならないよう……私も手を打ちたいが……多分無理だ」