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第二百二十六話

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 眼前に立つ存在二人。それは礼安も深く関わってきた英雄科二年次のエース的存在、『ダブル・シン』そのものであったのだ。
「何で……私が信之くんを殺す訳ないじゃん!? 私が……信之くんを殺す理由がないよ!!」
 そんな礼安の必死の訴えに対して、嘲笑うことすらせずただ信玄は見下すのみであった。合同演習会にて培った絆はどこへやら、宿命の敵を睨む瞳は実に刺々しいものであった。あり得ないという常識的観点なんぞそこにありはしない、全ての前提(アリバイ)を崩してもなお憎しみが勝利した結果、そこに存在していたのだ。
「――そうやって、誰もかもを絆して、警戒心を向けられないように立ちまわっていたんだろ? 俺も、俺以外も。そうやって味方を増やして、いざという時に『敵すらいない』状態を作り出したんだろ?? それが今だ、信之が死んだことを長いこと隠蔽して、お前はのうのうと暮らして……恥ずかしいと思わねえのか」
 念銃の銃口を向け、礼安を殺害するべく引き金に指を掛ける。その一連の動作に、一切の迷いが無いのだ。あれだけの関係を築き上げたのにも関わらず、今は敵同士。これほどの運命の悪戯が有り得るだろうか。
「……じゃあ、証拠はあんのか? それほど礼安を殺したいからには……それなりの証拠が必要だ。それとアリバイ。少なくとも……あの案件後にわざわざ森信之をどこかへ呼び出して殺害、何もかもバラバラにしてバッグに詰めた後に警視庁前にわざわざ分かりやすく配置しておく、だなんて悪趣味かつ時間をかなり要するような流れ……礼安に出来んのかよ」
 至極当然の問いに対し、信玄はまるでごみ溜めを一瞥するかのような冷徹さで、デバイス内に保存されたある動画を二人に提示する。
 そこに映っていたのは、病院にて患者が着る服を纏った礼安が、暗がりにて信之を容赦なく殺害する様子であった。彼は一通りの抵抗こそすれど、ほんの一瞬で完全に沈黙させ、実に慣れた手つきで解体していく。傍に排水溝もあり、多量に流れ出る血液もそこでカバー。返り血が多量に付着した状態で、監視カメラに対し歪な笑みを浮かべると、そのカメラを自動短銃にて完全破壊。
 時間にして、たった数分。よほどの力が無いと骨は断てないはずだが、そんな問題すら気にならないほどに手慣れていたのだ。通常、食肉……特に言われているのが、臓物を全て出した中抜き状態の鶏肉を解体する際に、関節を見極め包丁を入れると、すんなり骨が落ちる。その応用のように、牛刀ほどの刃物で丁寧に捌いていったのだ。
 このビデオの録画開始時刻が大凡午後七時半頃。その時、丁度信玄は丙良と合同演習会勝利者ボーナスとして、二人きりの決闘を行っていた。礼安に関しては、丁度空白の時間が生まれたタイミングであった。
 あの時入院していたのも、粉砕骨折した四肢の骨を治すためではなく、あくまでカルマの魔力による悪影響が出ないかどうか、の検査入院目的。つい数日前まで入院していたものの、行動の制限が完全な意味でかかっていたかというとそれほどではない。ベッドの上から出られないのも、結局は本人の意思次第。
 病院から東京都に渡る連絡橋も、さほど距離が開いている訳でもない。そして、この映像が撮影された某区画まではそこまで時間を要するわけでもない。時間にして約二十分あれば、往復は可能な距離である。
 病人服も同じものをもう一着用意すれば訳もない話。死体同様処分してしまえば、証拠は燃えカス以外残らないだろう。
「……なるほど。これは嵌められたな」
「――え??」
 全てが、瀧本礼安という一人の純粋無垢な女を、陥れるための罠。その時確実な証拠を提示できれば話は別だろうが、それを現時点で暴走気味の信玄が聞き入れることとは話が別。
「――そしてそれほどの悪意、狡猾さ、用意周到さは……やったのはウチの教祖(カルマ)かあの善吉(クソヤロウ)か。十中八九……善吉だろうな」
 礼安を抱え、瞬時に漆黒の大剣を顕現。それぞれの間をぶった斬り、目くらましと同時に瞬時に移動する。
 土煙をロック・バスターにて一薙ぎすると、そこには当人がいた痕跡すら残すことなく、逃げ果せる背中もなく、礼安と正明の二人が忽然と消えたのだった。
「これは――」「……そろそろだな」
 視界が一瞬歪むと、残された二人は東京都、某区画のとあるビル群、その内一棟の屋上に立っていたのだ。先ほどまで礼安たちと問答を繰り広げていたのにも拘らず、そんな事実など無かったように一切の被害なく飛ばされたのだ。


 礼安を抱え、学園手前に辿り着く正明。事の重大さを、改めて認識していたのだ。
 先ほどは丁度正午であったはずだが、なぜか時間が数十分ずれていたことを謎に思いながら、正明に神妙な面持ちで問うのだった。
「――森ししょーと、丙良ししょー……何で急に私が犯人だなんて……」
「……事は一刻一秒を争う事態かもしれない」
 礼安が殺害した。それは本人の反応を見る限り、紛れもない大嘘である。しかし、仮にこれが世に流れてしまったら、礼安の人生はフェイクニュースで終わってしまう。あれだけの行いをできる人間などたかが知れているが、そんな真実すら埋もれてしまう可能性が生まれたのが、正明にとって許せなかった。
 誰かの嘘で無関係な人間が馬鹿を見るのは、とにかく許せなかったのだ。
 礼安の手を引いて、学園内に入り込む。向かう先はたった一つ、学園長室であった。
 その間に、礼安は思考の整理を行おうとしていたものの、どう頑張ってもこの混沌めいた状況を整理できるはずはない。
「――何で……どうして……」
「……誰かの復讐心を徹底的に弄ぶのが好きな奴による犯行だ。お前さん……礼安は悪くない。それだけは言える。ただ……この事件の争点は森信之に関する記憶があるか無いかでだいぶ変わってくるんだ」
 何かしらの悪戯によって、世界全体から「森信之」に関する記憶、記録が全て抹消されている。しかし、その中でも『教会』関係者と一部英雄学園陣営の面子は記憶を保持していた。そうした方が面白いか、どうか。恐らくそれが能力行使の判断基準だろうが、その際欠けた記憶はその部分が丸々抜け落ちている。
 どう補修するかは当人、あるいは第三者次第であるが、もしそれが手心の無い存在、あるいは悪意で構成された人物であるとしたら。そう考えると、元の記憶にプラスして、何かしらの騒動の火種を持ち込むことは、実に容易であるのだ。それが人の心を知り尽くしている存在なら、余計に手を加えられるというものだ。
 よく、「記憶喪失をした」という人物に対し、あることないことを吹き込むラブコメディーものやギャグ漫画があるだろう。今回は、それがより悪辣になったもの。上手い嘘の吐きかたは、本当のことの中に嘘を混ぜ込む。ただそれだけのことなのだが、記憶の無い人間相手にどれほど嘘を混ぜ込もうと、それを嘘だと判断できない以上その記憶を是として見る。
「……仲間は、基本俺たちだけと考えた方がいいだろう。ちゃんとした記憶が保有できている存在と、あること無いこと吹き込まれた存在、そして本当に何も知らない存在の三択だ」
 事態は、正明の思った範囲よりも深刻であった。本来の期日を盛大に破って、たった数日で事に及ぶ。あまつさえ、英雄学園陣営の人員を満身創痍にした上で。院、透の二人はメンタルケアが終わったとはいえ未だ本調子ではない。丙良、信玄の二人は洗脳によって『教会』側に回り、エヴァは精神が徹底的に疲弊し未だに外出すらしていない様子。
「状況、仕掛けるタイミング、そしてこちらの戦意を喪失させにかかっているその手腕。『教会』の人間として非常に悪辣、そして非常に適している。だが――それが俺にとって特に気に食わない」
 元々英雄学園所属の人間であり、『血沸き肉躍る闘争』を目的とする彼だからこそ、曲がったやり方と搦め手、そして何より単純な戦い以外での戦力を削ぐ卑怯な考えが何より気に食わなかったのだ。
 学園長室の扉を蹴破り、礼安と共に転がり込む。
「――状況は、思いのほか面倒になったね」
「……この状況、正直不味いぜ信一郎。あのクソ野郎、早速兵隊募ってカチコミに来やがった。さらにその兵隊はこっちの戦力を削いだものと来た。火種は……案の定殺された信之に関するものだ」
 正明の小脇に抱えられていた礼安がその場に優しく下ろされるも、礼安の表情は非常に複雑であった。悲しみと困惑。それらが入り混じった、将来歩む道を悩む迷い子そのものであった。
「――信之くんが殺された記憶があるから、本当の記憶があるから……」
「おっと、それ以上は言わない。いつだって自分が悪いと思い込むなよ。昔からのおじさんとの約束だったろ」
「……うん」
 しかし、慰めるだけで終わってしまう。それもそのはず、善吉の次の行き先が分かっていない今、ちゃんとした目的地が宙ぶらりんの状態。それでここまで危機的状況にある中、今すぐにでもその事件の大本を捻じ伏せる必要性があるのだが、結局は「目的地」に関する話に戻ってくるため疑問の堂々巡り。
 そこで、正明が口を開いた。
「――なあ、こう考えられねえか親父。奴が潜伏している場所についてだけどよ……今支部が完全崩壊している場所に隠れて再起を図っているとしたら……どうだ」
「「……なるほど?」」
 二人の大人が口を揃え相槌をする。
 現状、礼安を始めとした最強格の英雄の卵たち、それらの助力によって完全壊滅した支部は、支部長と幹部連中が全滅し、主要幹部と支部長が現在服役中である神奈川支部と、支部長の死によって部下が完全に離散した茨城支部の二つ。そのどちらかに潜伏して、新たな支部を拵えるとしたら、ある程度理に適った状況である。
「――だからよ、信頼できる面子を集めて、どちらにもすぐに駆け付けられるように千葉県に行くのはどうだ」
 千葉支部、それはレイジー統率時の山梨支部と同様穏健派に分けられる。それもこれも、曲がったことが嫌いな正明だからこそ、誰かを害したうえでの偽りの平和というものは当人が許さないのだ。
「そっか、じゃあ……今回の作戦人員になる早で来るよう伝えておくよ。色々騒ぎにならないよう、この学園島に呼ぶよ?」
「誰を呼ぼうとしているかは分からねえッスけど……学園長は行かないんスね」
「どうやら『教会』の連中が私を動かさないように、各所で事件を起こしているらしいからね。その各種処理を行わなきゃあいけないんだ。スケジュールがかつかつだね」
 若干おどけたように肩を竦めていたものの、その手は震えていた。現地に向かえないもどかしさゆえか。
「そう言えば、正明くんは同行するかな?」
「無論スよ、今回の一件はどうもきな臭いんで。あのクソ野郎が良からぬことを企んでいる以上、どうにかせざるを得ないッスよ。ウチの支部……支部長の座もしっかり代理を用意したんで、今俺は立場が何もない状態。実に動きやすい最高の状態ッス」
 礼安と百喰は互いに見つめ、頷く。それぞれ異なる思いを抱きながらも、最終目的は一緒である。
 来栖善吉の野望を打ち砕くこと。偽りの記憶を植え付けられ洗脳された二人の英雄の卵を救い出すこと。
 安寧の時は、すぐに壊れてしまうものではあるが、それが英雄たちの宿命であるのだ。



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「何で……私が信之くんを殺す訳ないじゃん!? 私が……信之くんを殺す理由がないよ!!」
 そんな礼安の必死の訴えに対して、嘲笑うことすらせずただ信玄は見下すのみであった。合同演習会にて培った絆はどこへやら、宿命の敵を睨む瞳は実に刺々しいものであった。あり得ないという常識的観点なんぞそこにありはしない、全ての|前提《アリバイ》を崩してもなお憎しみが勝利した結果、そこに存在していたのだ。
「――そうやって、誰もかもを絆して、警戒心を向けられないように立ちまわっていたんだろ? 俺も、俺以外も。そうやって味方を増やして、いざという時に『敵すらいない』状態を作り出したんだろ?? それが今だ、信之が死んだことを長いこと隠蔽して、お前はのうのうと暮らして……恥ずかしいと思わねえのか」
 念銃の銃口を向け、礼安を殺害するべく引き金に指を掛ける。その一連の動作に、一切の迷いが無いのだ。あれだけの関係を築き上げたのにも関わらず、今は敵同士。これほどの運命の悪戯が有り得るだろうか。
「……じゃあ、証拠はあんのか? それほど礼安を殺したいからには……それなりの証拠が必要だ。それとアリバイ。少なくとも……あの案件後にわざわざ森信之をどこかへ呼び出して殺害、何もかもバラバラにしてバッグに詰めた後に警視庁前にわざわざ分かりやすく配置しておく、だなんて悪趣味かつ時間をかなり要するような流れ……礼安に出来んのかよ」
 至極当然の問いに対し、信玄はまるでごみ溜めを一瞥するかのような冷徹さで、デバイス内に保存されたある動画を二人に提示する。
 そこに映っていたのは、病院にて患者が着る服を纏った礼安が、暗がりにて信之を容赦なく殺害する様子であった。彼は一通りの抵抗こそすれど、ほんの一瞬で完全に沈黙させ、実に慣れた手つきで解体していく。傍に排水溝もあり、多量に流れ出る血液もそこでカバー。返り血が多量に付着した状態で、監視カメラに対し歪な笑みを浮かべると、そのカメラを自動短銃にて完全破壊。
 時間にして、たった数分。よほどの力が無いと骨は断てないはずだが、そんな問題すら気にならないほどに手慣れていたのだ。通常、食肉……特に言われているのが、臓物を全て出した中抜き状態の鶏肉を解体する際に、関節を見極め包丁を入れると、すんなり骨が落ちる。その応用のように、牛刀ほどの刃物で丁寧に捌いていったのだ。
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 病人服も同じものをもう一着用意すれば訳もない話。死体同様処分してしまえば、証拠は燃えカス以外残らないだろう。
「……なるほど。これは嵌められたな」
「――え??」
 全てが、瀧本礼安という一人の純粋無垢な女を、陥れるための罠。その時確実な証拠を提示できれば話は別だろうが、それを現時点で暴走気味の信玄が聞き入れることとは話が別。
「――そしてそれほどの悪意、狡猾さ、用意周到さは……やったのはウチの|教祖《カルマ》かあの|善吉《クソヤロウ》か。十中八九……善吉だろうな」
 礼安を抱え、瞬時に漆黒の大剣を顕現。それぞれの間をぶった斬り、目くらましと同時に瞬時に移動する。
 土煙をロック・バスターにて一薙ぎすると、そこには当人がいた痕跡すら残すことなく、逃げ果せる背中もなく、礼安と正明の二人が忽然と消えたのだった。
「これは――」「……そろそろだな」
 視界が一瞬歪むと、残された二人は東京都、某区画のとあるビル群、その内一棟の屋上に立っていたのだ。先ほどまで礼安たちと問答を繰り広げていたのにも拘らず、そんな事実など無かったように一切の被害なく飛ばされたのだ。
 礼安を抱え、学園手前に辿り着く正明。事の重大さを、改めて認識していたのだ。
 先ほどは丁度正午であったはずだが、なぜか時間が数十分ずれていたことを謎に思いながら、正明に神妙な面持ちで問うのだった。
「――森ししょーと、丙良ししょー……何で急に私が犯人だなんて……」
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 誰かの嘘で無関係な人間が馬鹿を見るのは、とにかく許せなかったのだ。
 礼安の手を引いて、学園内に入り込む。向かう先はたった一つ、学園長室であった。
 その間に、礼安は思考の整理を行おうとしていたものの、どう頑張ってもこの混沌めいた状況を整理できるはずはない。
「――何で……どうして……」
「……誰かの復讐心を徹底的に弄ぶのが好きな奴による犯行だ。お前さん……礼安は悪くない。それだけは言える。ただ……この事件の争点は森信之に関する記憶があるか無いかでだいぶ変わってくるんだ」
 何かしらの悪戯によって、世界全体から「森信之」に関する記憶、記録が全て抹消されている。しかし、その中でも『教会』関係者と一部英雄学園陣営の面子は記憶を保持していた。そうした方が面白いか、どうか。恐らくそれが能力行使の判断基準だろうが、その際欠けた記憶はその部分が丸々抜け落ちている。
 どう補修するかは当人、あるいは第三者次第であるが、もしそれが手心の無い存在、あるいは悪意で構成された人物であるとしたら。そう考えると、元の記憶にプラスして、何かしらの騒動の火種を持ち込むことは、実に容易であるのだ。それが人の心を知り尽くしている存在なら、余計に手を加えられるというものだ。
 よく、「記憶喪失をした」という人物に対し、あることないことを吹き込むラブコメディーものやギャグ漫画があるだろう。今回は、それがより悪辣になったもの。上手い嘘の吐きかたは、本当のことの中に嘘を混ぜ込む。ただそれだけのことなのだが、記憶の無い人間相手にどれほど嘘を混ぜ込もうと、それを嘘だと判断できない以上その記憶を是として見る。
「……仲間は、基本俺たちだけと考えた方がいいだろう。ちゃんとした記憶が保有できている存在と、あること無いこと吹き込まれた存在、そして本当に何も知らない存在の三択だ」
 事態は、正明の思った範囲よりも深刻であった。本来の期日を盛大に破って、たった数日で事に及ぶ。あまつさえ、英雄学園陣営の人員を満身創痍にした上で。院、透の二人はメンタルケアが終わったとはいえ未だ本調子ではない。丙良、信玄の二人は洗脳によって『教会』側に回り、エヴァは精神が徹底的に疲弊し未だに外出すらしていない様子。
「状況、仕掛けるタイミング、そしてこちらの戦意を喪失させにかかっているその手腕。『教会』の人間として非常に悪辣、そして非常に適している。だが――それが俺にとって特に気に食わない」
 元々英雄学園所属の人間であり、『血沸き肉躍る闘争』を目的とする彼だからこそ、曲がったやり方と搦め手、そして何より単純な戦い以外での戦力を削ぐ卑怯な考えが何より気に食わなかったのだ。
 学園長室の扉を蹴破り、礼安と共に転がり込む。
「――状況は、思いのほか面倒になったね」
「……この状況、正直不味いぜ信一郎。あのクソ野郎、早速兵隊募ってカチコミに来やがった。さらにその兵隊はこっちの戦力を削いだものと来た。火種は……案の定殺された信之に関するものだ」
 正明の小脇に抱えられていた礼安がその場に優しく下ろされるも、礼安の表情は非常に複雑であった。悲しみと困惑。それらが入り混じった、将来歩む道を悩む迷い子そのものであった。
「――信之くんが殺された記憶があるから、本当の記憶があるから……」
「おっと、それ以上は言わない。いつだって自分が悪いと思い込むなよ。昔からのおじさんとの約束だったろ」
「……うん」
 しかし、慰めるだけで終わってしまう。それもそのはず、善吉の次の行き先が分かっていない今、ちゃんとした目的地が宙ぶらりんの状態。それでここまで危機的状況にある中、今すぐにでもその事件の大本を捻じ伏せる必要性があるのだが、結局は「目的地」に関する話に戻ってくるため疑問の堂々巡り。
 そこで、正明が口を開いた。
「――なあ、こう考えられねえか親父。奴が潜伏している場所についてだけどよ……今支部が完全崩壊している場所に隠れて再起を図っているとしたら……どうだ」
「「……なるほど?」」
 二人の大人が口を揃え相槌をする。
 現状、礼安を始めとした最強格の英雄の卵たち、それらの助力によって完全壊滅した支部は、支部長と幹部連中が全滅し、主要幹部と支部長が現在服役中である神奈川支部と、支部長の死によって部下が完全に離散した茨城支部の二つ。そのどちらかに潜伏して、新たな支部を拵えるとしたら、ある程度理に適った状況である。
「――だからよ、信頼できる面子を集めて、どちらにもすぐに駆け付けられるように千葉県に行くのはどうだ」
 千葉支部、それはレイジー統率時の山梨支部と同様穏健派に分けられる。それもこれも、曲がったことが嫌いな正明だからこそ、誰かを害したうえでの偽りの平和というものは当人が許さないのだ。
「そっか、じゃあ……今回の作戦人員になる早で来るよう伝えておくよ。色々騒ぎにならないよう、この学園島に呼ぶよ?」
「誰を呼ぼうとしているかは分からねえッスけど……学園長は行かないんスね」
「どうやら『教会』の連中が私を動かさないように、各所で事件を起こしているらしいからね。その各種処理を行わなきゃあいけないんだ。スケジュールがかつかつだね」
 若干おどけたように肩を竦めていたものの、その手は震えていた。現地に向かえないもどかしさゆえか。
「そう言えば、正明くんは同行するかな?」
「無論スよ、今回の一件はどうもきな臭いんで。あのクソ野郎が良からぬことを企んでいる以上、どうにかせざるを得ないッスよ。ウチの支部……支部長の座もしっかり代理を用意したんで、今俺は立場が何もない状態。実に動きやすい最高の状態ッス」
 礼安と百喰は互いに見つめ、頷く。それぞれ異なる思いを抱きながらも、最終目的は一緒である。
 来栖善吉の野望を打ち砕くこと。偽りの記憶を植え付けられ洗脳された二人の英雄の卵を救い出すこと。
 安寧の時は、すぐに壊れてしまうものではあるが、それが英雄たちの宿命であるのだ。