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河川敷

ー/ー



 秋を迎えても、風はすぐ冷たくはならない。夏が長く尾を引いていて、秋物の服が暑く感じるような気温の日が続いていた。


 俺はまた河川敷に来ていた。


 父の体調は結局、それほど悪くはなく、様子見ということだった。


 代わりに、夏の終わりにチイが死んだ。


 古い雑巾のような体を、父がきれいに拭いてやり、市に連絡して火葬にした。


「昔は、犬が死んだら庭に埋めてやったけどなぁ」


 最近は近隣も何かとうるさい。うちにとってはだいじな家族だった犬も、他人からしたらただの死骸でしかない。深い穴を掘る気力も体力も、俺たち親子にはなかった。


 さやさやと流れる川に一人向き合い、手頃な石を拾って対岸めがけて投げる。ふっと力を抜いて石を手放すと、軽やかに水をはねて飛んでいった。


 おおきいじいちゃんが生きていたら、見てくれたら、褒めてくれただろう。


 ――会いたい。


 心からそう思うのに、俺はまだ曽祖父を呼び出せていない。


 予定より少し早く、明日、俺と真戸部さんの新事業、「エモーショナルゾーン」のサイトがオープンする。俺は実際には見たこともない仁霊様を介して、他人の人生の相談に乗る。自分の生活さえままならず、最近は身の回りの物を買取店に売却して、何とか金を作っている状態なのに。


 そのわずかな硬貨を使ってコンビニで買ったビールを、ぷしゅと開けて川原で飲んだ。立ったまま空を見上げると、青い色と雲の白がくるくる混ぜ合わされて、クリームソーダのようだ。アルコールが体内を巡っているらしい。普段飲まない上、空腹で酔いを感じるのが早かった。


 いつだったか親父に連れていってもらったデパートの屋上のレストラン、そこで食べたハワイアンブルーの飲み物。上に載った半円のバニラアイスが少しずつ溶けていき、鮮やかな色のチェリーが沈んでいく。向こう岸にたどり着けなかった小石もこんんなふうに、音もたてず沈んでいくのだ。


 青と白が絶妙に混ざりきらない空が、稼働中の洗濯機のようにぐるぐる回りながら遠ざかる。その中央に、台風の目を思わせる空白ができ、雲が集まって、しだいに人の形を成していった。


「あぁ、おおきいじいちゃんだ」


 俺は遺影の曽祖父の顔をそこに見出した。


 背中と後頭部、それから尻の後ろに、ごつごつしたものの存在を感じる。川原に仰向けに倒れて、空を見上げているらしいことは分かった。


 おおきいじいちゃんは、「幸史、水切り、見せてみぃ」と言う。記憶になかったが、がらがらとした雷鳴のような声だった。父は無口で低い声の人だが、曽祖父はその先祖と思えないほど、威厳と強い圧を感じさせる。太い眉毛は灰色で、眉間に縦の皺がくっきり入っていた。


 俺は震える手で手元の川原をまさぐり、投げやすそうな石を探し当てる。


「アロヨカ、アロヨカ。仁霊様、仁霊様。空まで届かせてください。おおきいじいちゃんに見せてあげてください」


 曽祖父の特技の遺伝子を最も受け継いだ、俺の姿を。


 ひいふっとぞ射切ったるときの那須与一のように、祈りを込めて、俺は小石を空に向け投げる。おおきいじいちゃんとの間にできた雲の川をぽんぽんと跳ね、小石は宇宙へと彗星のように尾を引いて飛んでいった。




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 秋を迎えても、風はすぐ冷たくはならない。夏が長く尾を引いていて、秋物の服が暑く感じるような気温の日が続いていた。
 俺はまた河川敷に来ていた。
 父の体調は結局、それほど悪くはなく、様子見ということだった。
 代わりに、夏の終わりにチイが死んだ。
 古い雑巾のような体を、父がきれいに拭いてやり、市に連絡して火葬にした。
「昔は、犬が死んだら庭に埋めてやったけどなぁ」
 最近は近隣も何かとうるさい。うちにとってはだいじな家族だった犬も、他人からしたらただの死骸でしかない。深い穴を掘る気力も体力も、俺たち親子にはなかった。
 さやさやと流れる川に一人向き合い、手頃な石を拾って対岸めがけて投げる。ふっと力を抜いて石を手放すと、軽やかに水をはねて飛んでいった。
 おおきいじいちゃんが生きていたら、見てくれたら、褒めてくれただろう。
 ――会いたい。
 心からそう思うのに、俺はまだ曽祖父を呼び出せていない。
 予定より少し早く、明日、俺と真戸部さんの新事業、「エモーショナルゾーン」のサイトがオープンする。俺は実際には見たこともない仁霊様を介して、他人の人生の相談に乗る。自分の生活さえままならず、最近は身の回りの物を買取店に売却して、何とか金を作っている状態なのに。
 そのわずかな硬貨を使ってコンビニで買ったビールを、ぷしゅと開けて川原で飲んだ。立ったまま空を見上げると、青い色と雲の白がくるくる混ぜ合わされて、クリームソーダのようだ。アルコールが体内を巡っているらしい。普段飲まない上、空腹で酔いを感じるのが早かった。
 いつだったか親父に連れていってもらったデパートの屋上のレストラン、そこで食べたハワイアンブルーの飲み物。上に載った半円のバニラアイスが少しずつ溶けていき、鮮やかな色のチェリーが沈んでいく。向こう岸にたどり着けなかった小石もこんんなふうに、音もたてず沈んでいくのだ。
 青と白が絶妙に混ざりきらない空が、稼働中の洗濯機のようにぐるぐる回りながら遠ざかる。その中央に、台風の目を思わせる空白ができ、雲が集まって、しだいに人の形を成していった。
「あぁ、おおきいじいちゃんだ」
 俺は遺影の曽祖父の顔をそこに見出した。
 背中と後頭部、それから尻の後ろに、ごつごつしたものの存在を感じる。川原に仰向けに倒れて、空を見上げているらしいことは分かった。
 おおきいじいちゃんは、「幸史、水切り、見せてみぃ」と言う。記憶になかったが、がらがらとした雷鳴のような声だった。父は無口で低い声の人だが、曽祖父はその先祖と思えないほど、威厳と強い圧を感じさせる。太い眉毛は灰色で、眉間に縦の皺がくっきり入っていた。
 俺は震える手で手元の川原をまさぐり、投げやすそうな石を探し当てる。
「アロヨカ、アロヨカ。仁霊様、仁霊様。空まで届かせてください。おおきいじいちゃんに見せてあげてください」
 曽祖父の特技の遺伝子を最も受け継いだ、俺の姿を。
 ひいふっとぞ射切ったるときの那須与一のように、祈りを込めて、俺は小石を空に向け投げる。おおきいじいちゃんとの間にできた雲の川をぽんぽんと跳ね、小石は宇宙へと彗星のように尾を引いて飛んでいった。