始動
ー/ー
「アロヨカ、アロヨカ。仁霊様仁霊様、聞こえますか」
内心ばかばかしいと思いながらも、俺は真戸部さんに言われたとおり、日々仁霊様に呼びかけている。仁霊様はとても気まぐれだそうで、手順どおりやったからといって、必ず来てくださるとは限らないらしい。
「お客さんとのセッション中に来てくださらなかった場合は、どうしたらいいんですか」
気になって尋ねたら、真戸部さんは全く問題ないというような顔をしていた。
「そのときは、いるという体で代わりにお話しします。顔に出しちゃだめですよ」
それじゃあ最初から呼び出さなくてもいいんじゃないか、インチキじゃないかとも思ったが、口には出せなかった。
「こうちゃん」
ある日、食事を部屋に運んできた母が、おそるおそるといった感じで話しかけてきた。たわいない冗談を言い合える親と子、安らげる家庭。俺の家はそんな理想からはほど遠い。
「最近、一人でぶつぶつ言って、何しとるの。へんな臭いもするから、チイが落ち着かんみたいなんよ」
母は俺に物申すとき、必ず誰かの口を借りる。せいにする、ともいえるかもしれない。父が心配しているとか、親戚の誰それが言っていると冠を載せないと、息子に意見できないらしい。
「香を焚いてるんだよ。ペットには影響ないやつだから」
俺は、仕事についてはまだ何も言えなかった。真戸部さんとは業務委託契約書なるものを交わしたが、「乙は甲の経営状況により、いつでも契約解除される可能性があることを了承するものとする」「やむをえない事情で廃業する際、乙は甲に未払いの給与を請求できない」など、乙=俺にとって不都合な内容が多く含まれており、へたに話すと逆に心配させそうだった。そもそも親世代は、オンラインビジネスとか、カウンセリングとか、形のないサービスをあまり信用しない。
再来月から本格的にホームページが公開され、ウェブサイトに広告も出して、お客さんが入る状態になるらしい。が、俺はまだ一度も、仁霊様とやらを呼び出せておらず、おおきいじいちゃんにも会えていないままだった。
「そうそう。お父さんが、こうちゃんに話があるみたいよ。食べ終わったら降りてきて。お父さん、散歩に行ってるから」
母はトレイを置いて、階段をギイギイいわせながら降りていった。この家ももう古い。俺が生まれる少し前に祖父母が建ててくれた家だが、今では柱も壁も傷み、窓を開けても淀んだ空気がとどまっていた。
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「お客さんとのセッション中に来てくださらなかった場合は、どうしたらいいんですか」
気になって尋ねたら、真戸部さんは全く問題ないというような顔をしていた。
「そのときは、いるという体で代わりにお話しします。顔に出しちゃだめですよ」
それじゃあ最初から呼び出さなくてもいいんじゃないか、インチキじゃないかとも思ったが、口には出せなかった。
「こうちゃん」
ある日、食事を部屋に運んできた母が、おそるおそるといった感じで話しかけてきた。たわいない冗談を言い合える親と子、安らげる家庭。俺の家はそんな理想からはほど遠い。
「最近、一人でぶつぶつ言って、何しとるの。へんな臭いもするから、チイが落ち着かんみたいなんよ」
母は俺に物申すとき、必ず誰かの口を借りる。せいにする、ともいえるかもしれない。父が心配しているとか、親戚の誰それが言っていると冠を載せないと、息子に意見できないらしい。
「香を焚いてるんだよ。ペットには影響ないやつだから」
俺は、仕事についてはまだ何も言えなかった。真戸部さんとは業務委託契約書なるものを交わしたが、「乙は甲の経営状況により、いつでも契約解除される可能性があることを了承するものとする」「やむをえない事情で廃業する際、乙は甲に未払いの給与を請求できない」など、乙=俺にとって不都合な内容が多く含まれており、へたに話すと逆に心配させそうだった。そもそも親世代は、オンラインビジネスとか、カウンセリングとか、形のないサービスをあまり信用しない。
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「そうそう。お父さんが、こうちゃんに話があるみたいよ。食べ終わったら降りてきて。お父さん、散歩に行ってるから」
母はトレイを置いて、階段をギイギイいわせながら降りていった。この家ももう古い。俺が生まれる少し前に祖父母が建ててくれた家だが、今では柱も壁も傷み、窓を開けても淀んだ空気がとどまっていた。