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『オルフェウス異空間』というそのバーは、ステンドグラスの窓に囲まれた妖しい雰囲気の店だった。姉だという女性は会釈した後、無言でグラス拭きなどをしている。長い茶髪にパーマをかけており、胸元にレースの付いた黒いワンピース姿で、痩せた胸元や骨ばった手も含めて、おとぎ話の魔女のような印象だ。


「来てくださってありがとうございます、比奈橋さん。僕はぜひ採用でと伝えたんですけど、木地が他の方を採用してしまって。力になれずすみません」


 真戸部さんは本当に申し訳なさそうに言った。


「次の仕事って、もう決まってます?」


 尋ねられて、俺は首を振る。


「じゃあちょうどよかった、っていうのも変なんですけど。僕、新しい事業の立ち上げを計画してるんですよね」


 真戸部さんが話し始めたとき、お姉さんがカフェオレとアイスコーヒーを持ってきてテーブルにそっと置いた。


「まずは乾杯しましょう」


 他に客のいない店内に、チン、とグラスを合わせる音が響く。バーの営業は十八時からで、昼は喫茶店なのだが、十六時から十八時は本来、準備のために閉めているのだ。今は十七時なので、商談のために特別に入れてくれたらしい。


「新しい事業というのは」


「黒魔術ですよ。あ、怪しいと思いましたよね。占いの電話相談とかあるでしょう。あれの黒魔術版です。WEBのチャットや通話アプリを使って、依頼者と魔術師がやりとりします」


 真戸部さんは、漫画の設定のような話を真顔で語る。


「魔術師というのは」


「僕であり、ゆくゆくは比奈橋さんもです。資料も作ってきたのでご覧ください」


 テーブルに広げられた資料には、先ほどの話がイラスト入りで書かれていた。悩みを抱える相談者に対し、黒魔術による解決を提案するという。


「たとえば、既婚男性と不倫している女性がいるとします。奥さんと別れて自分と結婚してほしいというお悩みで、我々のサイトにアクセスしてくる。僕らはそれに対し、黒魔術によるアドバイスをします」


利用者はおもに二、三十代の若い女性を想定しているという。未成年は利用不可。クレジットカードの登録や課金などのプロセスがあるからだ。


「黒魔術なんて……実在するんですか」


やや失礼かと思ったが、俺は尋ねずにはいられなかった。大の男が、中学生女子の間で流行るおまじないみたいなものをビジネスにしようとしているのが、にわかに信じがたかった。


「するんですよ、それが」


真戸部さんはまったく動揺することもなく、まじめにうなずく。


「実はこの店も、立ち退きなどの関係で、ほぼただみたいなもので手に入れたんです。姉と揉めていた人物に対し、仁霊様の力をお借りして、異次元的な交渉を行った結果、相手は夜逃げしていったんです」


ただの偶然か相手側の何らかの都合ではないかと思うのだが、真戸部さんは「仁霊」とやらの力だと繰り返す。


仁霊とは何かというと、神でも悪霊でもない、己の意志によって行動している霊的なものだそうだ。生前に黒魔術を学んだり、悪魔と契約を交わしたりした者が、死後、成仏することも生まれ変わることもできず、現世にとどまっているのだそうで、彼らは、「力のある人間」の願いを聞いてくれるのだそう。


「自分は、そういう霊とかは見えないのですが」


「そのうち、見える、というか感じるようになりますよ。比奈橋さんもまずは、体感してみてください」


 真戸部さんは、俺の前の資料をぺらりとめくってみせた。




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『オルフェウス異空間』というそのバーは、ステンドグラスの窓に囲まれた妖しい雰囲気の店だった。姉だという女性は会釈した後、無言でグラス拭きなどをしている。長い茶髪にパーマをかけており、胸元にレースの付いた黒いワンピース姿で、痩せた胸元や骨ばった手も含めて、おとぎ話の魔女のような印象だ。
「来てくださってありがとうございます、比奈橋さん。僕はぜひ採用でと伝えたんですけど、木地が他の方を採用してしまって。力になれずすみません」
 真戸部さんは本当に申し訳なさそうに言った。
「次の仕事って、もう決まってます?」
 尋ねられて、俺は首を振る。
「じゃあちょうどよかった、っていうのも変なんですけど。僕、新しい事業の立ち上げを計画してるんですよね」
 真戸部さんが話し始めたとき、お姉さんがカフェオレとアイスコーヒーを持ってきてテーブルにそっと置いた。
「まずは乾杯しましょう」
 他に客のいない店内に、チン、とグラスを合わせる音が響く。バーの営業は十八時からで、昼は喫茶店なのだが、十六時から十八時は本来、準備のために閉めているのだ。今は十七時なので、商談のために特別に入れてくれたらしい。
「新しい事業というのは」
「黒魔術ですよ。あ、怪しいと思いましたよね。占いの電話相談とかあるでしょう。あれの黒魔術版です。WEBのチャットや通話アプリを使って、依頼者と魔術師がやりとりします」
 真戸部さんは、漫画の設定のような話を真顔で語る。
「魔術師というのは」
「僕であり、ゆくゆくは比奈橋さんもです。資料も作ってきたのでご覧ください」
 テーブルに広げられた資料には、先ほどの話がイラスト入りで書かれていた。悩みを抱える相談者に対し、黒魔術による解決を提案するという。
「たとえば、既婚男性と不倫している女性がいるとします。奥さんと別れて自分と結婚してほしいというお悩みで、我々のサイトにアクセスしてくる。僕らはそれに対し、黒魔術によるアドバイスをします」
利用者はおもに二、三十代の若い女性を想定しているという。未成年は利用不可。クレジットカードの登録や課金などのプロセスがあるからだ。
「黒魔術なんて……実在するんですか」
やや失礼かと思ったが、俺は尋ねずにはいられなかった。大の男が、中学生女子の間で流行るおまじないみたいなものをビジネスにしようとしているのが、にわかに信じがたかった。
「するんですよ、それが」
真戸部さんはまったく動揺することもなく、まじめにうなずく。
「実はこの店も、立ち退きなどの関係で、ほぼただみたいなもので手に入れたんです。姉と揉めていた人物に対し、仁霊様の力をお借りして、異次元的な交渉を行った結果、相手は夜逃げしていったんです」
ただの偶然か相手側の何らかの都合ではないかと思うのだが、真戸部さんは「仁霊」とやらの力だと繰り返す。
仁霊とは何かというと、神でも悪霊でもない、己の意志によって行動している霊的なものだそうだ。生前に黒魔術を学んだり、悪魔と契約を交わしたりした者が、死後、成仏することも生まれ変わることもできず、現世にとどまっているのだそうで、彼らは、「力のある人間」の願いを聞いてくれるのだそう。
「自分は、そういう霊とかは見えないのですが」
「そのうち、見える、というか感じるようになりますよ。比奈橋さんもまずは、体感してみてください」
 真戸部さんは、俺の前の資料をぺらりとめくってみせた。