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転機

ー/ー




 その翌々日。


 郵便受けに、ジゲン勇亮株式会社からの封書が入っていた。履歴書と職務経歴書と「不採用通知」だった。


 やはり真戸部氏のアレは、俺の嘘を裏付けするための鎌かけだったのだ。あの時点でもう、不採用にすることは決まっていたのかもしれない。


「こうちゃん、こないだどこかに行ってたの、何だったの」


 タイミング悪く母親が声をかけてきたので、「何でもない」と俺はぶっきらぼうに言った。いい年をして老いた母と言い争うようなことはしたくなかったが、いっしょにいるとどうしても、そういう衝突が起こってしまう。俺だって、仕事を探そうとしているし、動こうとも思っているのに、社会のほうが何とかして、謎の空白がある中年を弾き出そうとするのだから。


 家にいても面倒なやりとりが生じそうなので、俺はいったん外に出た。行き先はないが、自転車であてもなく遠くをめざす。


 コンビニはダメだ、親の知り合いの娘が働いている。ファミレスも喫茶店も幼稚園ママ連中に不審な目で見られるし、じいさん一人でやっていた古本屋は潰れた。この田舎には、無職が昼間安心して居座れるような場所がない。


 俺は結局、人目を避けて、昔よく来ていた河川敷に自転車を停めた。歩いていける場所に、水切りにちょうどいい幅の川がある。川辺には拳に収まる大きさの石がごろごろしていて、向こう岸には雑草が生い茂っていた。大きな木が影を作っている辺りに行って、石を探すためにしゃがむ。古いキャップをかぶって出たが、汗がドロドロ流れ落ちてくるくらい暑かった。


「ほうい、と軽く声を出すようにして、無駄な力を入れずに投げるんやと」


 父が語っていた、「おおきいじいちゃん」による水切りのコツだ。俺は直接曽祖父から習ったことはないが、その言葉をイメージして、思いきりよく小石を水の上に放つ。


 ひゅ、ひゅ、ひゅとまるで生きているかのように石は軽やかに飛んで、向こう岸に行きつく前に消えた。惜しい。


 もうひとつ、もうひとつ、とほどよい大きさのを選んで投げる。しばらく夢中でやっていたら、着ていた長袖シャツがぐっしょり汗で濡れた。


 そのまま木陰に倒れこむようにして少し休む。河川敷の階段を上ったところに自販機があったので、ジュースを一本買ってきて一気に飲んだ。学生の頃も今も、俺には川のそばくらいしか居場所がない。


 夕方近くになると、どこかの学校の運動部の生徒の群れが、「ファイト」などと声を出しながら近くを走り抜けていった。犬を散歩させている人もときどき通る。


 俺は、彼らに見せつけるように、再び水切りを始めた。向こう岸には行きつかないものの、きれいに等間隔で水の上で跳ねて、石にも「何かしてみせてやろう」という気持ちがあるかのようだ。


 しかし、通行人はちらりと俺を見るだけで、立ち止まりもしないし拍手もくれない。俺は一人で気が済むまで石を投げ続けて、暗くなってから帰宅した。


「こうちゃん、どこ行ってたの、ご飯は」


「あとでいい。シャワー浴びてくる」


 晩飯はカレーだった。小学生の夏休みみたいだ。俺はシャワーを浴びてからカレーをかきこみ、部屋に引きこもった。


 メールが一通、届いていた。


『先日は、当社の面接にお越しいただきありがとうございました。ご期待に添えず申し訳ありません。僕自身は比奈橋さんと働いてみたかったのですが、一存で決められませんでした。


 しかし、このご縁を無駄にしたくなく、もう一度お会いできたらと思っています。実は僕には、会社とはべつにやっている仕事もあり、比奈橋さんがよろしければ、そちらのほうにご協力いただけたらと。


 このアドレスは僕の私用のものですが、お気持ちがありましたらお返事ください。


                                                        真戸部』


 やはりあの人は、俺との相性のよさを感じて、ああいう態度をとっていたのだ。俺は少し、ほっとしたような気持になった。世の中がみな敵というわけではないのかもしれない。


 俺は、舞い上がった気分に任せて、返信した。


『真戸部様


 このたびは、ご連絡いただいてありがとうございます。御社で働けなかったのは残念ですが、ぜひまたお話しできたらと思います。                          比奈橋』


 自己啓発本などでもあるように、こういうふとしたきっかけや人との縁から、新しい道が拓けていくのだろう。面接に受かって採用されるばかりが仕事への一歩ではあるまい。


 その後のやり取りで、俺と真戸部さんは、彼の姉が経営するバーで再び会うことに決まった。


 




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 その翌々日。
 郵便受けに、ジゲン勇亮株式会社からの封書が入っていた。履歴書と職務経歴書と「不採用通知」だった。
 やはり真戸部氏のアレは、俺の嘘を裏付けするための鎌かけだったのだ。あの時点でもう、不採用にすることは決まっていたのかもしれない。
「こうちゃん、こないだどこかに行ってたの、何だったの」
 タイミング悪く母親が声をかけてきたので、「何でもない」と俺はぶっきらぼうに言った。いい年をして老いた母と言い争うようなことはしたくなかったが、いっしょにいるとどうしても、そういう衝突が起こってしまう。俺だって、仕事を探そうとしているし、動こうとも思っているのに、社会のほうが何とかして、謎の空白がある中年を弾き出そうとするのだから。
 家にいても面倒なやりとりが生じそうなので、俺はいったん外に出た。行き先はないが、自転車であてもなく遠くをめざす。
 コンビニはダメだ、親の知り合いの娘が働いている。ファミレスも喫茶店も幼稚園ママ連中に不審な目で見られるし、じいさん一人でやっていた古本屋は潰れた。この田舎には、無職が昼間安心して居座れるような場所がない。
 俺は結局、人目を避けて、昔よく来ていた河川敷に自転車を停めた。歩いていける場所に、水切りにちょうどいい幅の川がある。川辺には拳に収まる大きさの石がごろごろしていて、向こう岸には雑草が生い茂っていた。大きな木が影を作っている辺りに行って、石を探すためにしゃがむ。古いキャップをかぶって出たが、汗がドロドロ流れ落ちてくるくらい暑かった。
「ほうい、と軽く声を出すようにして、無駄な力を入れずに投げるんやと」
 父が語っていた、「おおきいじいちゃん」による水切りのコツだ。俺は直接曽祖父から習ったことはないが、その言葉をイメージして、思いきりよく小石を水の上に放つ。
 ひゅ、ひゅ、ひゅとまるで生きているかのように石は軽やかに飛んで、向こう岸に行きつく前に消えた。惜しい。
 もうひとつ、もうひとつ、とほどよい大きさのを選んで投げる。しばらく夢中でやっていたら、着ていた長袖シャツがぐっしょり汗で濡れた。
 そのまま木陰に倒れこむようにして少し休む。河川敷の階段を上ったところに自販機があったので、ジュースを一本買ってきて一気に飲んだ。学生の頃も今も、俺には川のそばくらいしか居場所がない。
 夕方近くになると、どこかの学校の運動部の生徒の群れが、「ファイト」などと声を出しながら近くを走り抜けていった。犬を散歩させている人もときどき通る。
 俺は、彼らに見せつけるように、再び水切りを始めた。向こう岸には行きつかないものの、きれいに等間隔で水の上で跳ねて、石にも「何かしてみせてやろう」という気持ちがあるかのようだ。
 しかし、通行人はちらりと俺を見るだけで、立ち止まりもしないし拍手もくれない。俺は一人で気が済むまで石を投げ続けて、暗くなってから帰宅した。
「こうちゃん、どこ行ってたの、ご飯は」
「あとでいい。シャワー浴びてくる」
 晩飯はカレーだった。小学生の夏休みみたいだ。俺はシャワーを浴びてからカレーをかきこみ、部屋に引きこもった。
 メールが一通、届いていた。
『先日は、当社の面接にお越しいただきありがとうございました。ご期待に添えず申し訳ありません。僕自身は比奈橋さんと働いてみたかったのですが、一存で決められませんでした。
 しかし、このご縁を無駄にしたくなく、もう一度お会いできたらと思っています。実は僕には、会社とはべつにやっている仕事もあり、比奈橋さんがよろしければ、そちらのほうにご協力いただけたらと。
 このアドレスは僕の私用のものですが、お気持ちがありましたらお返事ください。
                                                        真戸部』
 やはりあの人は、俺との相性のよさを感じて、ああいう態度をとっていたのだ。俺は少し、ほっとしたような気持になった。世の中がみな敵というわけではないのかもしれない。
 俺は、舞い上がった気分に任せて、返信した。
『真戸部様
 このたびは、ご連絡いただいてありがとうございます。御社で働けなかったのは残念ですが、ぜひまたお話しできたらと思います。                          比奈橋』
 自己啓発本などでもあるように、こういうふとしたきっかけや人との縁から、新しい道が拓けていくのだろう。面接に受かって採用されるばかりが仕事への一歩ではあるまい。
 その後のやり取りで、俺と真戸部さんは、彼の姉が経営するバーで再び会うことに決まった。