勇気
ー/ー
『比奈橋幸史様。先日は簡単な経歴などをお送りいただき、ありがとうございました。ぜひ面接にお越しいただきたいので、希望日を選択してご返信ください。当日は、履歴書と職務経歴書をお持ちいただくようお願いいたします。 採用担当 木地』
三日後に、ダイレクトメールばかりのメールボックスに、例の企業からのメッセージがあった。
俺に会いたいという人が現れたのは、何年ぶりだろうか。スーツは樟脳くさいのがクローゼットの奥にある。黒い鞄もある。久しぶりに外に出るのは億劫だったが、このまま毎日息を殺しているのも気が重い。
俺は、指定された日の前日までに、何とか履歴書と職務経歴書を書き上げた。WEB上のフォーマットを使い、空欄を埋めていったが、埋まらない空白がある。
ここ最近の約二年間、無職で何をしていたかということだ。掲示板などで調べたら、「親の介護」「家庭の事情」などと答える人が多いようだった。
『たとえ本当であっても、前職でパワハラなど何か問題があったことは言わないほうがいい』
『精神の不調などは、障がい者雇用をめざす場合以外は伏せておいたほうがいい』
とされている。
日本社会で、一度レールを外れた中年が再び正社員の職を探すのはまだまだ難しい。俺も、ネットの意見を参考に、空白の部分には「親の介護のため離職」と書いた。
「こうちゃん、どこか行くの、そんな格好して」
面接当日、こっそり家を出ようとしていたのに、庭で洗濯物を干していた母親に見つかった。
「ちょっと」
俺はそれだけ言って、足早に家を後にした。久しぶりに着たスーツが、甲冑のように重く感じられた。
『あなたの長所、得意なことや強みを教えてください』
面接でされる質問は、あらかじめ想定してあった。
とはいえ、俺には取り立てて誇れるようなことなどはない。
ぎりぎりまで考えて、明け方近く、うたたねしていたときに夢を見た。
「おおきいじいちゃん」が、地元の澄んだ川に向かって、水切りをしている。手頃な石を拾って、まるで高校球児のような鮮やかなフォームですぱぁっと投げる。その石は手を離れた瞬間、自由な小鳥のようになって、幾度か水面をはねて向こう岸にたどり着いた。美しい。
実際に見たことはないが、曽祖父は水切りが非常に得意だったらしい。父がよく話していた。
「おおきいじいちゃんは、村でいちばん水切りが得意やった。なんかで賞状ももらっとったで、昔は飾ってあったよ。だいぶ年になってからも、子どもらが教えてほしがって夏休みにうちに来た。わしは野球のほうがよかったから、習ってもすぐやめてしもたけどな」
その水切りが、俺も子どもの頃から得意だった。小学校の頃に先輩に教わって、あまり友達もいなかったから毎日のように川に行って石を投げていた。中学生のとき、テニス部に入ったものの馴染めず、すぐにやめてしまって、それ以降ずっと、水切りばかりやっていた。
履歴書にはさすがに書かなかったが、面接で訊かれたら、場を和ます意味もこめて水切りの話をしよう。
そう決めて、会社の入っているアリカサビルのエントランスに足を踏み入れた。
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『|比奈橋幸史《ひなばしこうじ》様。先日は簡単な経歴などをお送りいただき、ありがとうございました。ぜひ面接にお越しいただきたいので、希望日を選択してご返信ください。当日は、履歴書と職務経歴書をお持ちいただくようお願いいたします。 採用担当 木地』
三日後に、ダイレクトメールばかりのメールボックスに、例の企業からのメッセージがあった。
俺に会いたいという人が現れたのは、何年ぶりだろうか。スーツは樟脳くさいのがクローゼットの奥にある。黒い鞄もある。久しぶりに外に出るのは億劫だったが、このまま毎日息を殺しているのも気が重い。
俺は、指定された日の前日までに、何とか履歴書と職務経歴書を書き上げた。WEB上のフォーマットを使い、空欄を埋めていったが、埋まらない空白がある。
ここ最近の約二年間、無職で何をしていたかということだ。掲示板などで調べたら、「親の介護」「家庭の事情」などと答える人が多いようだった。
『たとえ本当であっても、前職でパワハラなど何か問題があったことは言わないほうがいい』
『精神の不調などは、障がい者雇用をめざす場合以外は伏せておいたほうがいい』
とされている。
日本社会で、一度レールを外れた中年が再び正社員の職を探すのはまだまだ難しい。俺も、ネットの意見を参考に、空白の部分には「親の介護のため離職」と書いた。
「こうちゃん、どこか行くの、そんな格好して」
面接当日、こっそり家を出ようとしていたのに、庭で洗濯物を干していた母親に見つかった。
「ちょっと」
俺はそれだけ言って、足早に家を後にした。久しぶりに着たスーツが、甲冑のように重く感じられた。
『あなたの長所、得意なことや強みを教えてください』
面接でされる質問は、あらかじめ想定してあった。
とはいえ、俺には取り立てて誇れるようなことなどはない。
ぎりぎりまで考えて、明け方近く、うたたねしていたときに夢を見た。
「おおきいじいちゃん」が、地元の澄んだ川に向かって、水切りをしている。手頃な石を拾って、まるで高校球児のような鮮やかなフォームですぱぁっと投げる。その石は手を離れた瞬間、自由な小鳥のようになって、幾度か水面をはねて向こう岸にたどり着いた。美しい。
実際に見たことはないが、曽祖父は水切りが非常に得意だったらしい。父がよく話していた。
「おおきいじいちゃんは、村でいちばん水切りが得意やった。なんかで賞状ももらっとったで、昔は飾ってあったよ。だいぶ年になってからも、子どもらが教えてほしがって夏休みにうちに来た。わしは野球のほうがよかったから、習ってもすぐやめてしもたけどな」
その水切りが、俺も子どもの頃から得意だった。小学校の頃に先輩に教わって、あまり友達もいなかったから毎日のように川に行って石を投げていた。中学生のとき、テニス部に入ったものの馴染めず、すぐにやめてしまって、それ以降ずっと、水切りばかりやっていた。
履歴書にはさすがに書かなかったが、面接で訊かれたら、場を和ます意味もこめて水切りの話をしよう。
そう決めて、会社の入っているアリカサビルのエントランスに足を踏み入れた。