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第3節 デートの顛末/ §4

ー/ー



   ―セクション4―

 体がびくりと跳ね、ひどい痛みが胸に走り、痛みで意識が浮上した。

「タイト、痛みはどうだ?」

「……大分痛い、かな」

 アイビーの問いに大杜は苦笑いを浮かべる。

「まあそうだろうな。なんだかんだ小さな怪我は絶えなかったが、幸い大きな怪我はなかった。今回は今までで一番危なかったな」

「そうだね……」

 大人になっていけば、危険な任務を負うことも出てくる。仕方のないことだ。

 不意に思い出して、大杜は視線だけで病室を見回した。

 母がパニックになっているのではないかと心配したが、その母の姿はなく、代わりに、向かい合わせの長いソファーに、花鈴と武朗がそれぞれ横になっているのが見えた。

「……どういうこと?」

「リリコさんは帰った。子離れを決めたようだぞ」

「え? 子離れって……?」

「君が、自分の意志で外の世界を歩き出しているのを見て、目が覚めたらしい。彼女にとって君は庇護する存在だった。だからただひたすら守りたくて現実から目を逸らせていたんだろう。――半引きこもりのようだった君が、彼女や友人を作ったのが、よほどうれしかったのかもしれない」

「……彼女?」

(アイビーが花鈴をそう紹介したんだろうけど、彼女だなんて言ってしまって、ほんとに良かったのかな……)

 まあそれによって母親が安心して、この生き方を認めてくれたのなら、ありがたいことではあるが。

「スズは現場に居合わせて、君が死ぬのかと思ったらしいぞ。心配だから目が覚めるまでいると言っていた。保護者には連絡済みだ。――タケロウは何があったのか聞きたいから泊まっていくとのことだった」

「タケロウ?」

「ああ、そう呼べと言われた。ちなみに、君のこともタイトと呼んでいたぞ」

「そう――」

 大杜はむずがゆく落ち着かない気持ちになった。名前で呼べる友達が増えていくのがうれしい。だが今は研矢のことがあって気持ちを持て余してしまう。

 大杜が口をつぐんだ理由に気づいたアイビーは、大杜の頭に手を置いた。

 父や兄の手を失ってから、アイビーは大杜が落ち込んでいるときには、よくこうして頭を撫でていた。

 大杜は、穏やかな気持ちになって笑った。

「もう、小学生の子どもじゃない。母さんだって気付いてくれたのに、君はまだそうやって俺を小さな子ども扱いするの?」

「泣きそうな顔だったからな」

「泣かないよ。――今はまだ」

「そうだな」

 アイビーは大杜の決意の表情を見て、手を引いた。

「報告を聞くか? それとももう一度寝るか?」

 時刻は五時半。遮光カーテンで室内は暗いが、外は明るくなっている時刻だ。

「いや大丈夫、教えて。――鷹田オーナーの供述について?」

「それは副室長が今報告書をまとめている。私からは現場――屋上での出来事についてだ」

「そうだった……爆発が見えたけど、ケリアとダスティは無事? 巻き込まれた人とかは?」

「どちらも無事だ。ケリアは向かいのビルにいたが、近くの保安ロボットがしがみついてきて自爆し、その際飛行ユニットを損傷して君を救いに行けなかった。ダスティもまた、カフェの従業員だった業務ロボットが自爆し、近くの市民を爆風から守ることを優先したため、救助に駆けつけるのが遅れたらしい。怪我人は皆無だ」

「自爆……?」

「ああ。しかも周辺のビルの業務ロボットが複数、同じように自爆したようだ。近くに誰もいなかったため、そちらも巻き込まれた者はいない」

「ロボットは自爆できないはずだろ」

 大杜は声のした方に顔を向けた。武朗がソファーから体を起こして、大杜の方を向いていた。

「そうだね。自爆、自分で強制終了(シャットダウン)によるリセットなどはできない。人間の自殺にも等しい行為だから、人工知能にも禁止されてる」

 大杜も起き上がる。

「タイト、まだ横になってたほうがいいんじゃないのな」

「ううん、大丈夫」

 大杜は布団を握りしめる。

「あり得ないことが起きたんだ。――俺と研矢を殺そうとしたのはカラスだったけど、もちろん本物だとは思っていない。ありえない爆発と誰かの殺意――それらの出来事が偶然だとは思えない」

「研矢は消えたらしいな。それもこの事態に関係してると思うか?」

「――わからない。ただ、研矢は死のうとしてたんだ。それが腑に落ちない。どうしてそんなことを……」

「鷹田というやつが、研矢は研矢にあらず、って言ったんだろ。――そいつの供述がヒントになるんじゃないのか?」

「鷹田さんは、リトルバードのオーナーだよ」

「……ああ、あいつか」

 研矢が言っていた叔父と言う人物だとわかり、武朗は頷いた。

「鷹田さんは俺たちが調べていたある事件の容疑者だ。リトルバードで内偵して動向を探っていたんだけど、まさかこんなことになるなんて……」

 大杜が独白のように呟いた時、病室の扉が開いて紀伊国が顔を出した。

「室長、もう起きて大丈夫でなんですか?」

「はい、ご迷惑をお掛けしてすみません」

「そこは心配をお掛けして、と言ってもらいたいですね」

 紀伊国は溜め息じりに言う。

「なんにせよ、命に関わらず本当に良かった」

「……はい」

 恐縮したように答える大杜に、紀伊国は穏やかに笑って見せた。

「体が平気なのであれば、説明と、今後の方針を相談しましょうか。急いだほうがよさそうな事件ですからね」

「おい、花鈴がそこで寝てるが、このままでいいのか?」

 武朗の言葉に、紀伊国はああ、と笑ってソファーに近づいた。

「室長、初彼女、おめでとうございます」

「……余計なお世話ですし、彼女じゃないですし」

「お前、この機会を逃したら、花鈴レベルとは二度と付き合えないとわかっているのか」

 武朗の言葉に、大杜は意外そうな表情を浮かべた。

「え、そんな風に思ってるんだ。応援してくれてたり?」

「別に応援はしていない」

 武朗は面白くなさそうにそっぽを向いた。

「起こすのは可哀想だけれど、仕方ないね。――羽曳野さん、羽曳野さん、おはようございます」

「……え、あれ……朝……?」

「ええ。少し早いですけど、家まで送りますね」

「はい……。え、あ、大杜! 起きてたの⁉︎」

 覚醒した花鈴は慌てて飛び起き、ベッド脇に駆けつけた。

「うん。心配してくれてありがとう」

「ほんとよ! ものすっごく心配したんだから!」

 花鈴は目頭に涙をにじませて大杜の手を握った。

 今の関係が本当の恋人なのかフリが続いているのか、大杜にはいまいちよくわからなかったが、彼女から自分を大切に思ってくれている気持ちが伝わってきて、胸が熱くなる。

「そういえば……大杜って警察官だったの?」

「まぁ、そんなとこかな……」

「特務員って言ったもんね。でも、こんな無茶、いつもしてるの?」

「いつもはしてないよ」

「そう。ならいいけど。周りにあんまり心配かけちゃダメよ」

「そうだね……」

 アイビーと紀伊国があからさまに頷いており、大杜はバツが悪そうに眉を下げた。

「ところで花鈴、騒ぎに居合わせたって聞いたけど、一人であそこにいた?」

「結果的にはそうなるかな。本当は日彩と研矢と屋上で合流する予定だったんだけど」

「予定だった? 三人で一緒に出掛けたわけではなくて?」

「うん。――大杜は、日彩が研矢のこと好きなのは気付いてた? 私、二人をいい感じにできたらいいなと思って、先に二人で行ってもらったの。親しくなるキッカケになればと思って」

「確かにあの二人、昼休みも特に絡むことなかったね」

「でしょ。このままじゃなかなか親しくなれないし、研矢もああ見えて案外もてるじゃない? 私としては心配で、早く日彩とくっついてほしかったのよね」

 普段は研矢のことを散々な風に言っているが、実はモテているのだとか、そういう認識だったのだと知って、大杜は苦笑する。

 しかし研矢が好きなのは大杜の目から見ても明らかに花鈴だ。花鈴は好意に気付いていないということだろうか。

(これはこれでややこしいな……)

 皆で仲良く友情を深められたらいいなというのが大杜の希望であるが、それは男女混合のグループの難しい点ではあるのかもしれない。

「じゃあ、花鈴が最後に研矢を見たのは、学校ってこと?」

「そうよ。昨日合流しないまま私もここに来ちゃったし、二人はどうだったかなと思って、メッセージ送ったんだけど、研矢は既読すらつかないんだよね」

 花鈴が研矢と自分が屋上から落ちた場面を見ていなかったことがわかり、大杜はほっとする。

「日彩はメッセージの返信こそ来たけど、意味わかんないし……」

「秦さんから連絡来てるんだ?」

「うん。昨晩ソファーで横になる直前ぐらいかな。今日学校休みだし、昼ぐらい電話してみようと思ってるの」

 大杜は気になった。自殺しようとした研矢と最後に会っていたのが日彩なのであれば、彼女は何かを見聞きしているかもしれないからだ。

「メッセージ――見るのは失礼かな?」

「日彩からのやつ? 別にかまわないわよ」

 花鈴はスマートフォンを操作すると、画面を大杜に向けた。

 メッセージはとても短かった。しかし大杜は見た瞬間、状況を察した。

「花鈴、その――秦さんはある事件に巻き込まれた可能性がある……」

「え⁉︎」

「あ、いや、その、身の危険はないと思う。でも電話するのは待ってもらえる? あと研矢の方に連絡入れるのも待って」

 大杜が言葉を慎重に選んで言うと、花鈴は神妙な顔をして頷いた。

「わかった。何が起きてるのか心配だけど……大杜を信じる」

「ありがとう。とりあえず、今日は送らせるね」

「……うん」

 花鈴は名残惜しそうに、もう一度大杜の手を握ってから離れた。

 とそのときになって、病室に見知らぬ男性が増えている事に花鈴は気付いた。

「あの――」

「ああ、名乗ってなかったね。紀伊国といいます。大杜の仕事上の関係者で、義理の父です。――これからも大杜と仲良くしてやってね」

「え! お父様⁉︎」

「はは。お父様なんて言われると照れるねぇ」

 花鈴は慌てて身なりを整える。

「は、初めまして。えっと、昨日言ってた了介さんって――」

「どうして名前を知ってるんだい?」

 紀伊国が不思議そうに首を傾げると、花鈴は余計なことを言ってしまったと慌てた。名前を聞いた経緯を思い出したからだ。

 武朗はふっと鼻で笑う。

「え、何、何?」

 紀伊国が大杜に問うが、大杜もきょとんとしている。

「どうせ伝えなくてはいけないことではあったが、もう、その時が来てしまったのか」

 アイビーが仕方なさそうに口を開く。

「うん?」

「リリコさんからの伝言だ。一ヶ月顔を見せるな、と」

「え……どうして⁉︎」

「多分、仕返しだな。長年、警備会社の人事部勤務などという嘘をついていたのだからな。大杜の職務や自立を受け入れる覚悟ができたことで、あなたのこともケジメをつけておきたいのだろう。まあ本気で怒ってるわけでもないだろうし、時間薬だな」

「ええ――……」

 紀伊国は情けない声を出す。

 大杜はそれがポーズでないことを知っている。

「なんか、すみません。母さんの心を守るための嘘だったのに――」

「いや……うん……いや、大丈夫……はは」

 紀伊国が乾いた笑い声を上げた時、扉がノックされて、カスミが入ってきた。

「失礼します。ボス、ご無事でなによりです」

「ありがとう。カスミが花鈴を送ってくれるの?」

「うん。――花鈴さん、二日ぶりだね」

「カスミ‼︎」

 花鈴はうれしそうにカスミに飛びついた。

「こんなにすぐまた会えると思わなかったから、うれしい!」

「僕もうれしいよ。さよならの挨拶をする機会もなくて、心残りだったんだ」

「私もよ!」

 花鈴はわかりやすく大はしゃぎだ。

 紀伊国は顎に手を当てた。

「ライバルはカスミか……」

「そいつら、学校でも楽しそうに過ごしてたな」

 カスミが研矢の護衛で学校に来てた時のことを思い出し、武朗が呟く。

「カスミ、さっさと行け。スズに余計なことはするな」

「なに? 余計なことって」

 カスミは肩をすくめると、じゃあと手を振って病室を後にする。花鈴も大杜に手を振ってから、部屋を出た。

 廊下から楽しそうな花鈴の声がして、それが遠ざかってゆく。

「羽曳野、お前といるより楽しそうだな」

 武朗の呆れたような口調に、大杜は情けない表情を浮かべるだけだった。



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   ―セクション4―
 体がびくりと跳ね、ひどい痛みが胸に走り、痛みで意識が浮上した。
「タイト、痛みはどうだ?」
「……大分痛い、かな」
 アイビーの問いに大杜は苦笑いを浮かべる。
「まあそうだろうな。なんだかんだ小さな怪我は絶えなかったが、幸い大きな怪我はなかった。今回は今までで一番危なかったな」
「そうだね……」
 大人になっていけば、危険な任務を負うことも出てくる。仕方のないことだ。
 不意に思い出して、大杜は視線だけで病室を見回した。
 母がパニックになっているのではないかと心配したが、その母の姿はなく、代わりに、向かい合わせの長いソファーに、花鈴と武朗がそれぞれ横になっているのが見えた。
「……どういうこと?」
「リリコさんは帰った。子離れを決めたようだぞ」
「え? 子離れって……?」
「君が、自分の意志で外の世界を歩き出しているのを見て、目が覚めたらしい。彼女にとって君は庇護する存在だった。だからただひたすら守りたくて現実から目を逸らせていたんだろう。――半引きこもりのようだった君が、彼女や友人を作ったのが、よほどうれしかったのかもしれない」
「……彼女?」
(アイビーが花鈴をそう紹介したんだろうけど、彼女だなんて言ってしまって、ほんとに良かったのかな……)
 まあそれによって母親が安心して、この生き方を認めてくれたのなら、ありがたいことではあるが。
「スズは現場に居合わせて、君が死ぬのかと思ったらしいぞ。心配だから目が覚めるまでいると言っていた。保護者には連絡済みだ。――タケロウは何があったのか聞きたいから泊まっていくとのことだった」
「タケロウ?」
「ああ、そう呼べと言われた。ちなみに、君のこともタイトと呼んでいたぞ」
「そう――」
 大杜はむずがゆく落ち着かない気持ちになった。名前で呼べる友達が増えていくのがうれしい。だが今は研矢のことがあって気持ちを持て余してしまう。
 大杜が口をつぐんだ理由に気づいたアイビーは、大杜の頭に手を置いた。
 父や兄の手を失ってから、アイビーは大杜が落ち込んでいるときには、よくこうして頭を撫でていた。
 大杜は、穏やかな気持ちになって笑った。
「もう、小学生の子どもじゃない。母さんだって気付いてくれたのに、君はまだそうやって俺を小さな子ども扱いするの?」
「泣きそうな顔だったからな」
「泣かないよ。――今はまだ」
「そうだな」
 アイビーは大杜の決意の表情を見て、手を引いた。
「報告を聞くか? それとももう一度寝るか?」
 時刻は五時半。遮光カーテンで室内は暗いが、外は明るくなっている時刻だ。
「いや大丈夫、教えて。――鷹田オーナーの供述について?」
「それは副室長が今報告書をまとめている。私からは現場――屋上での出来事についてだ」
「そうだった……爆発が見えたけど、ケリアとダスティは無事? 巻き込まれた人とかは?」
「どちらも無事だ。ケリアは向かいのビルにいたが、近くの保安ロボットがしがみついてきて自爆し、その際飛行ユニットを損傷して君を救いに行けなかった。ダスティもまた、カフェの従業員だった業務ロボットが自爆し、近くの市民を爆風から守ることを優先したため、救助に駆けつけるのが遅れたらしい。怪我人は皆無だ」
「自爆……?」
「ああ。しかも周辺のビルの業務ロボットが複数、同じように自爆したようだ。近くに誰もいなかったため、そちらも巻き込まれた者はいない」
「ロボットは自爆できないはずだろ」
 大杜は声のした方に顔を向けた。武朗がソファーから体を起こして、大杜の方を向いていた。
「そうだね。自爆、自分で|強制終了《シャットダウン》によるリセットなどはできない。人間の自殺にも等しい行為だから、人工知能にも禁止されてる」
 大杜も起き上がる。
「タイト、まだ横になってたほうがいいんじゃないのな」
「ううん、大丈夫」
 大杜は布団を握りしめる。
「あり得ないことが起きたんだ。――俺と研矢を殺そうとしたのはカラスだったけど、もちろん本物だとは思っていない。ありえない爆発と誰かの殺意――それらの出来事が偶然だとは思えない」
「研矢は消えたらしいな。それもこの事態に関係してると思うか?」
「――わからない。ただ、研矢は死のうとしてたんだ。それが腑に落ちない。どうしてそんなことを……」
「鷹田というやつが、研矢は研矢にあらず、って言ったんだろ。――そいつの供述がヒントになるんじゃないのか?」
「鷹田さんは、リトルバードのオーナーだよ」
「……ああ、あいつか」
 研矢が言っていた叔父と言う人物だとわかり、武朗は頷いた。
「鷹田さんは俺たちが調べていたある事件の容疑者だ。リトルバードで内偵して動向を探っていたんだけど、まさかこんなことになるなんて……」
 大杜が独白のように呟いた時、病室の扉が開いて紀伊国が顔を出した。
「室長、もう起きて大丈夫でなんですか?」
「はい、ご迷惑をお掛けしてすみません」
「そこは心配をお掛けして、と言ってもらいたいですね」
 紀伊国は溜め息じりに言う。
「なんにせよ、命に関わらず本当に良かった」
「……はい」
 恐縮したように答える大杜に、紀伊国は穏やかに笑って見せた。
「体が平気なのであれば、説明と、今後の方針を相談しましょうか。急いだほうがよさそうな事件ですからね」
「おい、花鈴がそこで寝てるが、このままでいいのか?」
 武朗の言葉に、紀伊国はああ、と笑ってソファーに近づいた。
「室長、初彼女、おめでとうございます」
「……余計なお世話ですし、彼女じゃないですし」
「お前、この機会を逃したら、花鈴レベルとは二度と付き合えないとわかっているのか」
 武朗の言葉に、大杜は意外そうな表情を浮かべた。
「え、そんな風に思ってるんだ。応援してくれてたり?」
「別に応援はしていない」
 武朗は面白くなさそうにそっぽを向いた。
「起こすのは可哀想だけれど、仕方ないね。――羽曳野さん、羽曳野さん、おはようございます」
「……え、あれ……朝……?」
「ええ。少し早いですけど、家まで送りますね」
「はい……。え、あ、大杜! 起きてたの⁉︎」
 覚醒した花鈴は慌てて飛び起き、ベッド脇に駆けつけた。
「うん。心配してくれてありがとう」
「ほんとよ! ものすっごく心配したんだから!」
 花鈴は目頭に涙をにじませて大杜の手を握った。
 今の関係が本当の恋人なのかフリが続いているのか、大杜にはいまいちよくわからなかったが、彼女から自分を大切に思ってくれている気持ちが伝わってきて、胸が熱くなる。
「そういえば……大杜って警察官だったの?」
「まぁ、そんなとこかな……」
「特務員って言ったもんね。でも、こんな無茶、いつもしてるの?」
「いつもはしてないよ」
「そう。ならいいけど。周りにあんまり心配かけちゃダメよ」
「そうだね……」
 アイビーと紀伊国があからさまに頷いており、大杜はバツが悪そうに眉を下げた。
「ところで花鈴、騒ぎに居合わせたって聞いたけど、一人であそこにいた?」
「結果的にはそうなるかな。本当は日彩と研矢と屋上で合流する予定だったんだけど」
「予定だった? 三人で一緒に出掛けたわけではなくて?」
「うん。――大杜は、日彩が研矢のこと好きなのは気付いてた? 私、二人をいい感じにできたらいいなと思って、先に二人で行ってもらったの。親しくなるキッカケになればと思って」
「確かにあの二人、昼休みも特に絡むことなかったね」
「でしょ。このままじゃなかなか親しくなれないし、研矢もああ見えて案外もてるじゃない? 私としては心配で、早く日彩とくっついてほしかったのよね」
 普段は研矢のことを散々な風に言っているが、実はモテているのだとか、そういう認識だったのだと知って、大杜は苦笑する。
 しかし研矢が好きなのは大杜の目から見ても明らかに花鈴だ。花鈴は好意に気付いていないということだろうか。
(これはこれでややこしいな……)
 皆で仲良く友情を深められたらいいなというのが大杜の希望であるが、それは男女混合のグループの難しい点ではあるのかもしれない。
「じゃあ、花鈴が最後に研矢を見たのは、学校ってこと?」
「そうよ。昨日合流しないまま私もここに来ちゃったし、二人はどうだったかなと思って、メッセージ送ったんだけど、研矢は既読すらつかないんだよね」
 花鈴が研矢と自分が屋上から落ちた場面を見ていなかったことがわかり、大杜はほっとする。
「日彩はメッセージの返信こそ来たけど、意味わかんないし……」
「秦さんから連絡来てるんだ?」
「うん。昨晩ソファーで横になる直前ぐらいかな。今日学校休みだし、昼ぐらい電話してみようと思ってるの」
 大杜は気になった。自殺しようとした研矢と最後に会っていたのが日彩なのであれば、彼女は何かを見聞きしているかもしれないからだ。
「メッセージ――見るのは失礼かな?」
「日彩からのやつ? 別にかまわないわよ」
 花鈴はスマートフォンを操作すると、画面を大杜に向けた。
 メッセージはとても短かった。しかし大杜は見た瞬間、状況を察した。
「花鈴、その――秦さんはある事件に巻き込まれた可能性がある……」
「え⁉︎」
「あ、いや、その、身の危険はないと思う。でも電話するのは待ってもらえる? あと研矢の方に連絡入れるのも待って」
 大杜が言葉を慎重に選んで言うと、花鈴は神妙な顔をして頷いた。
「わかった。何が起きてるのか心配だけど……大杜を信じる」
「ありがとう。とりあえず、今日は送らせるね」
「……うん」
 花鈴は名残惜しそうに、もう一度大杜の手を握ってから離れた。
 とそのときになって、病室に見知らぬ男性が増えている事に花鈴は気付いた。
「あの――」
「ああ、名乗ってなかったね。紀伊国といいます。大杜の仕事上の関係者で、義理の父です。――これからも大杜と仲良くしてやってね」
「え! お父様⁉︎」
「はは。お父様なんて言われると照れるねぇ」
 花鈴は慌てて身なりを整える。
「は、初めまして。えっと、昨日言ってた了介さんって――」
「どうして名前を知ってるんだい?」
 紀伊国が不思議そうに首を傾げると、花鈴は余計なことを言ってしまったと慌てた。名前を聞いた経緯を思い出したからだ。
 武朗はふっと鼻で笑う。
「え、何、何?」
 紀伊国が大杜に問うが、大杜もきょとんとしている。
「どうせ伝えなくてはいけないことではあったが、もう、その時が来てしまったのか」
 アイビーが仕方なさそうに口を開く。
「うん?」
「リリコさんからの伝言だ。一ヶ月顔を見せるな、と」
「え……どうして⁉︎」
「多分、仕返しだな。長年、警備会社の人事部勤務などという嘘をついていたのだからな。大杜の職務や自立を受け入れる覚悟ができたことで、あなたのこともケジメをつけておきたいのだろう。まあ本気で怒ってるわけでもないだろうし、時間薬だな」
「ええ――……」
 紀伊国は情けない声を出す。
 大杜はそれがポーズでないことを知っている。
「なんか、すみません。母さんの心を守るための嘘だったのに――」
「いや……うん……いや、大丈夫……はは」
 紀伊国が乾いた笑い声を上げた時、扉がノックされて、カスミが入ってきた。
「失礼します。ボス、ご無事でなによりです」
「ありがとう。カスミが花鈴を送ってくれるの?」
「うん。――花鈴さん、二日ぶりだね」
「カスミ‼︎」
 花鈴はうれしそうにカスミに飛びついた。
「こんなにすぐまた会えると思わなかったから、うれしい!」
「僕もうれしいよ。さよならの挨拶をする機会もなくて、心残りだったんだ」
「私もよ!」
 花鈴はわかりやすく大はしゃぎだ。
 紀伊国は顎に手を当てた。
「ライバルはカスミか……」
「そいつら、学校でも楽しそうに過ごしてたな」
 カスミが研矢の護衛で学校に来てた時のことを思い出し、武朗が呟く。
「カスミ、さっさと行け。スズに余計なことはするな」
「なに? 余計なことって」
 カスミは肩をすくめると、じゃあと手を振って病室を後にする。花鈴も大杜に手を振ってから、部屋を出た。
 廊下から楽しそうな花鈴の声がして、それが遠ざかってゆく。
「羽曳野、お前といるより楽しそうだな」
 武朗の呆れたような口調に、大杜は情けない表情を浮かべるだけだった。