山の女
ー/ー
やがてずろぅりずぅろりと体を引きずる音が聞こえてきた。
ストゥルテはゆったりと落ち着いた動作で頭を下げる。音はストゥルテのつむじの前で止まった。
「ああ忌々しい。約定などなければ食ろうてやったものを……。忌々しい、忌々しい……」
威厳があっただろう声はかすれて歩くたびに木の葉が舞い落ちてくる。
背に当たる木の葉の感触にストゥルテは「これは山椿、これはスダジイ」と考えて、頭をあげてしまいそうになるのを堪えた。
「本当に忌々しい。顔を挙げれば、悲鳴一つ堪えれば無礼を咎めてやれたものを」
山の女はそう言うと、地面いっぱいに何かを投げ散らした。
それは種類様々な毒を持ったハチやヘビやムカデであった。大半は小さく縮こまって死んでいたが、いまだ弱弱しく生きているものもあった。
それら生きた毒持ちは、ストゥルテを一斉に見て威嚇をした。
「ああ忌々しい。活きのいいのを出したつもりだったのに……忌々しいフラクロウめ!」
山の女の悲鳴に合わせて、動物たちはストゥルテに飛び掛かる。
ハチは目を、ヘビは足を、ムカデは服の下を狙ってストゥルテに触れた。
しかし、ストゥルテが付けていたミントや毒消しの薬草に阻まれて、毒針も牙も尾もストゥルテには届かなかった。
ストゥルテはじっと動かなかった。
山の女が泣きわめいて虫をけしかけても、ヘビを頭に乗せられても、舌の上にハチを乗せられても、ムカデが肌の表面を這いまわっても、泣き言ひとつ言わずにじっとしていた。
こうなると、根負けするのは山の女のほうだった。
身じろぎ一つ、悲鳴の一つあればストゥルテをどうとでもできるのに、ストゥルテは傷一つない信頼で山の女に身を委ねている。まるで、かつて自信を信仰していた無辜の民たちのように。
「――いいだろう」
言葉一つで、ハチもヘビもムカデも姿を消した。
山の女は幾分か冷静になった――しかし狂ったままの――あり方で、ストゥルテに最後の試練を言い渡した。
「お前の心を凍らせてやる。そのまま家に帰るが良い。帰って、我が巫女への情を思い出せばお前の勝ち。情をなくせば我の勝ちだ」
ストゥルテが声を上げる間もなく、ストゥルテの口から白い煙が出て行った。
地面の窪みも、朱塗りの山門も、色鮮やかな岩壁も遠く消える中、ストゥルテは眠るように意識をなくした。
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「ああ忌々しい。約定などなければ食ろうてやったものを……。忌々しい、忌々しい……」
威厳があっただろう声はかすれて歩くたびに木の葉が舞い落ちてくる。
背に当たる木の葉の感触にストゥルテは「これは山椿、これはスダジイ」と考えて、頭をあげてしまいそうになるのを堪えた。
「本当に忌々しい。顔を挙げれば、悲鳴一つ堪えれば無礼を咎めてやれたものを」
山の女はそう言うと、地面いっぱいに何かを投げ散らした。
それは種類様々な毒を持ったハチやヘビやムカデであった。大半は小さく縮こまって死んでいたが、いまだ弱弱しく生きているものもあった。
それら生きた毒持ちは、ストゥルテを一斉に見て威嚇をした。
「ああ忌々しい。活きのいいのを出したつもりだったのに……忌々しいフラクロウめ!」
山の女の悲鳴に合わせて、動物たちはストゥルテに飛び掛かる。
ハチは目を、ヘビは足を、ムカデは服の下を狙ってストゥルテに触れた。
しかし、ストゥルテが付けていたミントや毒消しの薬草に阻まれて、毒針も牙も尾もストゥルテには届かなかった。
ストゥルテはじっと動かなかった。
山の女が泣きわめいて虫をけしかけても、ヘビを頭に乗せられても、舌の上にハチを乗せられても、ムカデが肌の表面を這いまわっても、泣き言ひとつ言わずにじっとしていた。
こうなると、根負けするのは山の女のほうだった。
身じろぎ一つ、悲鳴の一つあればストゥルテをどうとでもできるのに、ストゥルテは傷一つない信頼で山の女に身を委ねている。まるで、かつて自信を信仰していた無辜の民たちのように。
「――いいだろう」
言葉一つで、ハチもヘビもムカデも姿を消した。
山の女は幾分か冷静になった――しかし狂ったままの――あり方で、ストゥルテに最後の試練を言い渡した。
「お前の心を凍らせてやる。そのまま家に帰るが良い。帰って、我が巫女への情を思い出せばお前の勝ち。情をなくせば我の勝ちだ」
ストゥルテが声を上げる間もなく、ストゥルテの口から白い煙が出て行った。
地面の窪みも、朱塗りの山門も、色鮮やかな岩壁も遠く消える中、ストゥルテは眠るように意識をなくした。