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山巫女の試練

ー/ー



 ある春の日のこと、いつも通り木を整えたストゥルテは、ビリュー谷を超えた向こうがひどく白くなっているのを見た。
 坂の中頃でじっと動かず見つめていると、白い靄はだんだんと動いて、目のような形になった。

 ストゥルテは咄嗟に地面へ伏せた。
 心臓が早鐘を打ち、暑い季節でもないのに汗がどっさりと出た。しばらく動かないでいると、アルツが慌てた様子で飛ぶように走ってきた。
 火傷痕を布で隠したまま、アルツはひどく泣きじゃくった。

「そこまで堕ちてしまわれたのか!」

 ストゥルテはアルツと話し合おうと決めた。

「なぁ、アルツ」
「お前さま、今日は野菜を片してしまおう。何か食べたいものはあるかね」

 顔は蒼白で、料理をする手は氷水に入れたように震えていた。
 ストゥルテは横から優しくアルツの手を握った。そのままではけがをしてしまいそうだと思ったからだ。

「アルツや、聞いてくれ」
「私は切り焼きうどんでも作るかと思うが、お前さま、麺は柔らかいのが好きかえ」
「アルツ。わたしはやはり、山神さまに会いに行こうと思う」

 ドンと、強い音がした。
 アルツが力強く根菜を切った音だった。

 ストゥルテにまた背を向けた体は、あかぎれた爪の先まで震えている。
 アルツの足元の地面に染みができるのが見えて、ストゥルテは申し訳なくなった。

「お前さまでは勝てないよ。私でも無理だ」
「分かっている。だから試練を与えてもらおうと思う」

 ストゥルテは背中に強く語りかけた。
 やんわりと手を振りほどかれて調理の手が再開する。しばらくの無音のあと、アルツははぁと息を吐いた。

「お前さまでは、ペロリと頭から食われてしまう。そういう試練を出すやもしれんよ」
「ではアルツが与えればいい」

 ひく、とアルツの手がけいれんして止まった。
 ストゥルテは畳みかけるように語った。

「山巫女は山神さまに会いたい者へ試練を課すのだろう? その試練を乗り越えれば、乗り越えた俺ならば無慈悲に食らってはしまわれないだろう。落とされたとて、山神さまなのだから」
「そうか。なら一人で山へ登ればいかがです?」

 変える言葉は冷たく、硬い。
 ストゥルテの体の弱さを知っていて、わざとあざ笑う麓の人々と同じ声色をしていた。
 ストゥルテは呑気な男だったので「そうか、ありがとう」と言って、準備をはじめてしまったものだが。


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 ある春の日のこと、いつも通り木を整えたストゥルテは、ビリュー谷を超えた向こうがひどく白くなっているのを見た。
 坂の中頃でじっと動かず見つめていると、白い靄はだんだんと動いて、目のような形になった。
 ストゥルテは咄嗟に地面へ伏せた。
 心臓が早鐘を打ち、暑い季節でもないのに汗がどっさりと出た。しばらく動かないでいると、アルツが慌てた様子で飛ぶように走ってきた。
 火傷痕を布で隠したまま、アルツはひどく泣きじゃくった。
「そこまで堕ちてしまわれたのか!」
 ストゥルテはアルツと話し合おうと決めた。
「なぁ、アルツ」
「お前さま、今日は野菜を片してしまおう。何か食べたいものはあるかね」
 顔は蒼白で、料理をする手は氷水に入れたように震えていた。
 ストゥルテは横から優しくアルツの手を握った。そのままではけがをしてしまいそうだと思ったからだ。
「アルツや、聞いてくれ」
「私は切り焼きうどんでも作るかと思うが、お前さま、麺は柔らかいのが好きかえ」
「アルツ。わたしはやはり、山神さまに会いに行こうと思う」
 ドンと、強い音がした。
 アルツが力強く根菜を切った音だった。
 ストゥルテにまた背を向けた体は、あかぎれた爪の先まで震えている。
 アルツの足元の地面に染みができるのが見えて、ストゥルテは申し訳なくなった。
「お前さまでは勝てないよ。私でも無理だ」
「分かっている。だから試練を与えてもらおうと思う」
 ストゥルテは背中に強く語りかけた。
 やんわりと手を振りほどかれて調理の手が再開する。しばらくの無音のあと、アルツははぁと息を吐いた。
「お前さまでは、ペロリと頭から食われてしまう。そういう試練を出すやもしれんよ」
「ではアルツが与えればいい」
 ひく、とアルツの手がけいれんして止まった。
 ストゥルテは畳みかけるように語った。
「山巫女は山神さまに会いたい者へ試練を課すのだろう? その試練を乗り越えれば、乗り越えた俺ならば無慈悲に食らってはしまわれないだろう。落とされたとて、山神さまなのだから」
「そうか。なら一人で山へ登ればいかがです?」
 変える言葉は冷たく、硬い。
 ストゥルテの体の弱さを知っていて、わざとあざ笑う麓の人々と同じ声色をしていた。
 ストゥルテは呑気な男だったので「そうか、ありがとう」と言って、準備をはじめてしまったものだが。