29.ミナミの結婚生活
ー/ー
「ごめんください」
玄関の方からノックの音と、ホクトの声がした。
「ホクト君かね? 構わん、上がって来てくれたまえ」
白砂サンがちょっと声高に答えると、ホクトがリビングに顔を出した。
「あ、ケイ戻ってたんだ! 東雲さんもおかえりなさい。でも朝から皆さん揃って、どうしたんですか?」
そのままホクトはリビングに入ってきたが、スツールは三つしか無かったので、なんとなくカウンターの端に肘を置くような格好で立っている。
「アマミーの隠し子の顔を見に来たンよ」
「ああ……そうですか。俺もその件でこちらに来たんです。あれから実家に連絡して、母にあの子のことを訊いてみたんです」
「なにか解ったのかね?」
「あの子供はやっぱり南の息子です。伯母は、南が会社の仕事をするようになった時に、自分の眼鏡に適った女性と南を、入籍させてたそうです」
「チョイ待ちアマホク。入籍させてた、ってそれアマミーの結婚話だよなぁ? なんじゃその、やらせた感満載の過去形は?」
「伯母は強引な人なんです。それに南がああいう勝手な奴なので、結婚で落ち着かせようと思ってたみたいです。入籍させてからはずっと南に張り付いて、早く子供を作れってせっついていたそうです。それであの子が生まれると、伯母は孫の教育に熱を上げるようになったので、南は東京から戻らなくなったそうです。伯母の方は、孫の取り合いで嫁と不仲になって、ここ数年は酷く揉めてたとか」
「なぜ君は、ミナミの細君や息子を、今まで知らなかったのかね?」
「従兄弟の近況までいちいち調べてませんから、紹介されてないお嫁さんや息子のことまで知りません。母は三面記事的な話が大好きで、身内のことも芸能ニュースみたいによく知ってるんですが、話しだすとキリが無いので、普段は極力聞かないようにしてるんです」
「それでなぜミナト君は、南さんのマンションで暮らすことになったんだ?」
眉をひそめていた敬一クンが、ホクトに訊いた。
「南の嫁が、男と駆け落ちしちゃったんだってさ」
「ほほう、駆け落ちかー!」
ホクトの母親と同じように三面記事が大好きなシノさんの目が、キラキラしている。
かくいう俺も、あんまりソープドラマみたいな話なので、ついツッコミを入れてしまった。
「不仲な嫁が居なくなったなら、むしろ伯母さん、大喜びで孫を独占して、ますます加熱の "教育ばあば" になったんじゃないの?」
「それが、伯母は体面を気にする人だから、そんなスキャンダルを作った嫁の子供が嫌になったようですね。母が仕入れた情報によると、伯母は周囲に "嫁は素行に問題があるので離婚させ、子供は嫁が引き取った" と言ってるそうです」
「ほえ〜、時代劇だったらミナトは、そのお体裁ババアに絞められちゃってたな!」
うんうんと頷いているシノさんは、先日の白砂サンとコグマの喧嘩を見た時以上に満足そうだ。
「他人の家のことをあれこれ言いたくはないが、南さんの家族は酷過ぎるぞ、誰も子供のことを考えてないじゃないか!」
「ケイは優しいな。だけど仕方ないよ、子供は親を選べないって言うだろ」
「他人事みたいに言うな! おまえは身内だろ! しかもおまえは隣に住んでて、あの子が放ったらかしにされてたのに、全く気付いて無かったなんて!」
「そうだな、ごめん。南の部屋はいつも猫が走り回ってるから、あいつの留守中に音がしても気に留めなかったんだ。伯母さんと商店街ですれ違った時も、まさかあの人が東京に出てくるなんて思ってなかったし、そう言った連絡も無かったから見過ごしてしまった。無神経だったよ、後悔してる」
俺はあやうく、キミらに似てる人居たらソレ絶対親族だから! ……ってツッコミしそうになったが、なんとか口には出さずに黙っていた。
「……いや、俺こそすまない、八つ当たりした。あの子が食事も与えられずに猫の餌を食べていたと聞いて、無性に腹が立ってしまって」
「ええっ、猫の餌なんて食べてたのか? まずいぞ、医者に診せないと……」
「いや、ミナミは猫の食事には気を使っている。専属の調理師を雇い、原材料の添加物などにも気を払い、毎日定時間に取り替えるようにしているから、人間が食べても問題は無い。敢えて問題点をあげるなら、塩味が薄すぎることだろうな」
狼狽えた様子のホクトに、白砂サンが訂正を入れた。
「猫にそれだけ気を使ってるなら、子供の面倒もみろよ! まったくあいつは……」
「猫の餌に問題が無かったなら、それを食べていたあの子がなぜ、白砂サンの出した料理を食べて、嘔吐したんでしょうか?」
「飼われている猫と言っても、猫それぞれの個性もあって、気の荒い仔も、乱暴な仔も居る。ミナトに自分達の食事を取られたくなくて、攻撃に出た個体が居たのだ。あの部屋の中では、ミナトの立場は圧倒的に不利だっただろうし、口に出来た食料は極僅かだったことは想像に難くない」
敬一クンの疑問にも、白砂サンが即座に答える。
なんかもう、まるでスタートレックのアンドロイド……みたいだ。
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「ごめんください」
玄関の|方《ほう》からノックの音と、ホクトの声がした。
「ホクト君かね? 構わん、上がって来てくれたまえ」
白砂サンがちょっと声高に答えると、ホクトがリビングに顔を出した。
「あ、ケイ戻ってたんだ! 東雲さんもおかえりなさい。でも朝から皆さん揃って、どうしたんですか?」
そのままホクトはリビングに|入《ハイ》ってきたが、スツールは三つしか無かったので、なんとなくカウンターの端に肘を置くような格好で立っている。
「アマミーの隠し子の顔を見に来たンよ」
「ああ……そうですか。俺もその件でこちらに来たんです。あれから実家に連絡して、母にあの子のことを訊いてみたんです」
「なにか解ったのかね?」
「あの子供はやっぱり南の息子です。伯母は、南が会社の仕事をするようになった時に、自分の眼鏡に適った女性と南を、入籍させてたそうです」
「チョイ待ちアマホク。入籍させてた、ってそれアマミーの結婚話だよなぁ? なんじゃその、やらせた感満載の過去形は?」
「伯母は強引な人なんです。それに南がああいう勝手な奴なので、結婚で落ち着かせようと思ってたみたいです。入籍させてからはずっと南に張り付いて、早く子供を作れってせっついていたそうです。それであの子が生まれると、伯母は孫の教育に熱を上げるようになったので、南は東京から戻らなくなったそうです。伯母の|方《ほう》は、孫の取り合いで嫁と不仲になって、ここ数年は酷く揉めてたとか」
「なぜ君は、ミナミの細君や息子を、今まで知らなかったのかね?」
「従兄弟の近況までいちいち調べてませんから、紹介されてないお嫁さんや息子のことまで知りません。母は三面記事的な話が大好きで、身内のことも芸能ニュースみたいによく知ってるんですが、話しだすとキリが無いので、普段は極力聞かないようにしてるんです」
「それでなぜミナト君は、南さんのマンションで暮らすことになったんだ?」
眉をひそめていた敬一クンが、ホクトに訊いた。
「南の嫁が、男と駆け落ちしちゃったんだってさ」
「ほほう、駆け落ちかー!」
ホクトの母親と同じように三面記事が大好きなシノさんの目が、キラキラしている。
かくいう俺も、あんまりソープドラマみたいな話なので、ついツッコミを入れてしまった。
「不仲な嫁が居なくなったなら、むしろ伯母さん、大喜びで孫を独占して、ますます加熱の "教育ばあば" になったんじゃないの?」
「それが、伯母は体面を気にする人だから、そんなスキャンダルを作った嫁の子供が嫌になったようですね。母が仕入れた情報によると、伯母は周囲に "嫁は素行に問題があるので離婚させ、子供は嫁が引き取った" と言ってるそうです」
「ほえ〜、時代劇だったらミナトは、そのお体裁ババアに絞められちゃってたな!」
うんうんと頷いているシノさんは、先日の白砂サンとコグマの喧嘩を見た時以上に満足そうだ。
「他人の家のことをあれこれ言いたくはないが、南さんの家族は酷過ぎるぞ、|誰《だれ》も子供のことを考えてないじゃないか!」
「ケイは優しいな。だけど仕方ないよ、子供は親を選べないって言うだろ」
「他人事みたいに言うな! おまえは身内だろ! しかもおまえは隣に住んでて、あの子が|放《ほ》ったらかしにされてたのに、全く気付いて無かったなんて!」
「そうだな、ごめん。南の部屋はいつも猫が走り回ってるから、あいつの留守中に音がしても気に留めなかったんだ。伯母さんと商店街ですれ違った時も、まさかあの人が東京に出てくるなんて思ってなかったし、そう言った連絡も無かったから見過ごしてしまった。無神経だったよ、後悔してる」
俺はあやうく、キミらに似てる人居たらソレ絶対親族だから! ……ってツッコミしそうになったが、なんとか口には出さずに黙っていた。
「……いや、俺こそすまない、八つ当たりした。あの子が食事も与えられずに猫の餌を食べていたと聞いて、無性に腹が立ってしまって」
「ええっ、猫の餌なんて食べてたのか? まずいぞ、医者に診せないと……」
「いや、ミナミは猫の食事には気を使っている。専属の調理師を雇い、原材料の添加物などにも気を払い、毎日定時間に取り替えるようにしているから、人間が食べても問題は無い。敢えて問題点をあげるなら、塩味が|薄《うす》すぎることだろうな」
狼狽えた様子のホクトに、白砂サンが訂正を入れた。
「猫にそれだけ気を使ってるなら、子供の面倒もみろよ! まったくあいつは……」
「猫の餌に問題が無かったなら、それを食べていたあの子がなぜ、白砂サンの出した料理を食べて、嘔吐したんでしょうか?」
「飼われている猫と言っても、猫それぞれの個性もあって、気の荒い仔も、乱暴な仔も居る。ミナトに自分達の食事を取られたくなくて、攻撃に出た個体が居たのだ。あの部屋の中では、ミナトの立場は圧倒的に不利だっただろうし、口に出来た食料は極僅かだったことは想像に難くない」
敬一クンの疑問にも、白砂サンが即座に答える。
なんかもう、まるでスタートレックのアンドロイド……みたいだ。