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11.セレブのワードローブ

ー/ー



「うわぁ、なにこれっ!」

 シノさんが俺を招き入れたのはシノさんの衣装部屋で、しかも地獄のように散らかりまくっていた。
 確かにシノさんは片付けが苦手だけど、それにしたってこの部屋の散らかりようは尋常じゃない。

「……どーしたの、これ? この間まで、こんなに散らかってなかったよね?」
「う〜ん。ケイちゃんが来て一部屋空けて、更衣室に一部屋空けたら、物置部屋が一つになって、そしてそれらの部屋に置いてたモノを全部集めたらこーなった」
「こんなン全部片付けんのムリでしょ! いくら家具に(かね)を掛けたくなくても、最低限のタンスくらい買って来なくちゃ、どーにもならないよ!」
「タンスなら、あっちゃの部屋にちゃんとあるのさ。でもこっちに持ってこようとしたら、重くて一人では動かせねくて、それに運んだ(あと)に分類して整理整頓とかって考えたら、面倒くさくなって、そのままにしてたんよ」
「そうなの?」

 シノさんの言う "タンス" は、カフェの更衣室に提供した部屋に置いてあった。
 今のトコロこの部屋で着替えをしているのはホクトだけだからか、そのタンス……というかワードローブは全くのカラッポで、ホクトの制服はフックのあるポールにキャスターが付いた、簡単な洋服掛けにハンガーで吊るされている。

「デカ過ぎじゃないの、このワードローブ」
「大きさは選べなかったからのう」
「なんで?」
「だって "ピッツァのおっさん" シリーズの残りじゃもん」

 シノさんの言う "ピッツァのおっさん" とは、赤ビルの向かいにある豪邸に住んでいる若山氏のことだ。
 本人曰く「本業は芸術家」なんだそうだが、広い敷地のどえらい豪邸に暮らしている様子から、ホントはトレーダーとかやってんじゃないかと俺は思っている。
 シノさんが一人で店を開けていた頃からの常連で、現れた時の第一声はいつも「今日はピッツァある〜?」だもんだから、シノさんは "ピッツァ" もしくは "ピッツァのおっさん" と呼ぶのだ。
 なんでも若い頃にフィレンツェあたりに絵の修業で留学していたとかなんとか言っていて、必ず「ピッツァ・マル()リータ一枚!」と注文する。
 うっかり「ピザ・マル()リータですね」なんて返そうものなら、「ピッツァ・マル()リータ!」と訂正されるのだ。

 (くだん)のワードローブは、下側に引き出しが二段付いていて、上側は両開きの扉になっており、中にハンガーで洋服を吊るすという、一般的な構造をしていた。
 だけど、通常そういうワードローブは高さが180cmに横幅が120cmぐらいだと思うのだが、俺の目の(まえ)にあるブツは全体に1.5倍ぐらいありそうだ。
 木材もすごくイイモノを使ってそうだし、ちょっとやそっとでは壊れなさそうな頑丈な作りだが、端っことかカドとかにギタギタの装飾がされていて、ちょっと……いや、かなりの "成金趣味" っぽさがにじみ出ている。
 そして、巨大さと比例するように重くて、俺のような非力な者では少々チカラを入れても微動だにしない。

「シノさん、こんなのよく運び込めたね?」
「そん時はピッツァが、ピッツァんトコの使用人ってのと手伝ってくれたから」
「ダイニングテーブルも、ソファも、食器棚も若山サンのなんでしょ? こんな高価な家具って、そんなにぼんぼこ捨てるものなの?」
「飽きっぽいんじゃね? 前は捨てるトコを見かけて "ちょーだい" つったら "うん、いいよ" つってくれたけど。最近は、捨てる前に俺にメッセくれるぜ」
「そりゃ、大きい家具を捨てるのに(かね)掛かるし、お向かいに引き取って貰うだけのほーが簡単だからだと思うけど。……にしても、微妙に趣味悪いよね、あのヒト……」
「そも、音楽の趣味からして俺とは合わん」

 そういえば、ピッツァの若山氏は趣味がクラリネットで、ジャズが好きとか言ってたから、そういう意味ではシノさんの地雷だ。

「とにかくアッチへ運ぶべ」

 どうやら俺の休日は、シノさんの部屋の片付けに潰されることが決まったようだ。

 ヘットヘトになりながら、それでも夕方には一通り物が片付いた。
 最初にシノさんが適当と言うか乱暴と言うか、とにかくワードローブを置くための場所を確保するために、そこにあるものを全部いっぺんにザーッと部屋の片側に押しのけた。
 それから二人で隣の部屋からワードローブを運び出そうとしたのだが、ものすごく重そうに見えた家具は、ものすごく重いどころか、俺とシノさんが二人がかりで組み付いても全く動く気配が無かった。
 なので俺は、こんな激重な家具、元気が有り余っていそうなキャンパストリオに頼んで運んで貰えば良いのに! と提案したのだが、散らかった部屋を敬一クンに見られるのがハズカシイとか、怒られるから嫌だとか言って却下された。

 結局スマホで激重・家具・男性二人ってなキーワードで検索したら、家具を古い毛布に倒し、毛布ごと床の上を引きずって移動させる……というテクニックを見つけた。
 幸いにしてペントハウスはリフォームの時に業者に勧められて、段差のないバリアフリーだったおかげで、家具の移動そのものは "ぐりとぐらがタマゴを運ぶよりもおぼつかない足取り" ではあっても、俺とシノさんの二人でなんとかなった。
 まぁ、倒した時に二人ともどこで手を離すべきかのタイミングが掴めず、揃って指を挟んだりとか、後ろからシノさんが押してくれていると思っていたのに、着信したメールを見ていたので、俺が一人で家具を引っ張っていたとか言う、テッパンのギャグみたいなアクシデントはあったが。
 当然そんなこんなで午前中は潰れてしまい、昼メシを挟んで少し気力が戻ってからの片付けスタートとなったが、テキトーなところでシノさんは「夕メシの仕込みをする」と言って出ていった(あと)は、二度とこちらの部屋に戻ってこなかった。

 とはいえ、それは想定内のことだったから、俺は室内から荷物を全部廊下に出した。
 行李に(ハイ)っていた物まで、なぜか中身が出てグッチャグチャに混ざってカオスになっていたから、とにかく一度 "仕分け" しなきゃどうにもならなかったからだ。
 ワードローブの上段と下段と行李に収納するための分類をし、更にゴミと洗濯物に分けた辺りで、ゴミだけはシノさんを呼びつけて回収してもらい、どうにかこうにか目処をつけた。


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「うわぁ、なにこれっ!」
 シノさんが俺を招き入れたのはシノさんの衣装部屋で、しかも地獄のように散らかりまくっていた。
 確かにシノさんは片付けが苦手だけど、それにしたってこの部屋の散らかりようは尋常じゃない。
「……どーしたの、これ? この間まで、こんなに散らかってなかったよね?」
「う〜ん。ケイちゃんが来て一部屋空けて、更衣室に一部屋空けたら、物置部屋が一つになって、そしてそれらの部屋に置いてたモノを全部集めたらこーなった」
「こんなン全部片付けんのムリでしょ! いくら家具に|金《かね》を掛けたくなくても、最低限のタンスくらい買って来なくちゃ、どーにもならないよ!」
「タンスなら、あっちゃの部屋にちゃんとあるのさ。でもこっちに持ってこようとしたら、重くて一人では動かせねくて、それに運んだ|後《あと》に分類して整理整頓とかって考えたら、面倒くさくなって、そのままにしてたんよ」
「そうなの?」
 シノさんの言う "タンス" は、カフェの更衣室に提供した部屋に置いてあった。
 今のトコロこの部屋で着替えをしているのはホクトだけだからか、そのタンス……というかワードローブは全くのカラッポで、ホクトの制服はフックのあるポールにキャスターが付いた、簡単な洋服掛けにハンガーで吊るされている。
「デカ過ぎじゃないの、このワードローブ」
「大きさは選べなかったからのう」
「なんで?」
「だって "ピッツァのおっさん" シリーズの残りじゃもん」
 シノさんの言う "ピッツァのおっさん" とは、赤ビルの向かいにある豪邸に住んでいる若山氏のことだ。
 本人曰く「本業は芸術家」なんだそうだが、広い敷地のどえらい豪邸に暮らしている様子から、ホントはトレーダーとかやってんじゃないかと俺は思っている。
 シノさんが一人で店を開けていた頃からの常連で、現れた時の第一声はいつも「今日はピッツァある〜?」だもんだから、シノさんは "ピッツァ" もしくは "ピッツァのおっさん" と呼ぶのだ。
 なんでも若い頃にフィレンツェあたりに絵の修業で留学していたとかなんとか言っていて、必ず「ピッツァ・マル|ゲ《・》リータ一枚!」と注文する。
 うっかり「ピザ・マル|ガ《・》リータですね」なんて返そうものなら、「ピッツァ・マル|ゲ《・》リータ!」と訂正されるのだ。
 |件《くだん》のワードローブは、下側に引き出しが二段付いていて、上側は両開きの扉になっており、中にハンガーで洋服を吊るすという、一般的な構造をしていた。
 だけど、通常そういうワードローブは高さが180cmに横幅が120cmぐらいだと思うのだが、俺の目の|前《まえ》にあるブツは全体に1.5倍ぐらいありそうだ。
 木材もすごくイイモノを使ってそうだし、ちょっとやそっとでは壊れなさそうな頑丈な作りだが、端っことかカドとかにギタギタの装飾がされていて、ちょっと……いや、かなりの "成金趣味" っぽさがにじみ出ている。
 そして、巨大さと比例するように重くて、俺のような非力な者では少々チカラを入れても微動だにしない。
「シノさん、こんなのよく運び込めたね?」
「そん時はピッツァが、ピッツァんトコの使用人ってのと手伝ってくれたから」
「ダイニングテーブルも、ソファも、食器棚も若山サンのなんでしょ? こんな高価な家具って、そんなにぼんぼこ捨てるものなの?」
「飽きっぽいんじゃね? 前は捨てるトコを見かけて "ちょーだい" つったら "うん、いいよ" つってくれたけど。最近は、捨てる前に俺にメッセくれるぜ」
「そりゃ、大きい家具を捨てるのに|金《かね》掛かるし、お向かいに引き取って貰うだけのほーが簡単だからだと思うけど。……にしても、微妙に趣味悪いよね、あのヒト……」
「そも、音楽の趣味からして俺とは合わん」
 そういえば、ピッツァの若山氏は趣味がクラリネットで、ジャズが好きとか言ってたから、そういう意味ではシノさんの地雷だ。
「とにかくアッチへ運ぶべ」
 どうやら俺の休日は、シノさんの部屋の片付けに潰されることが決まったようだ。
 ヘットヘトになりながら、それでも夕方には一通り物が片付いた。
 最初にシノさんが適当と言うか乱暴と言うか、とにかくワードローブを置くための場所を確保するために、そこにあるものを全部いっぺんにザーッと部屋の片側に押しのけた。
 それから二人で隣の部屋からワードローブを運び出そうとしたのだが、ものすごく重そうに見えた家具は、ものすごく重いどころか、俺とシノさんが二人がかりで組み付いても全く動く気配が無かった。
 なので俺は、こんな激重な家具、元気が有り余っていそうなキャンパストリオに頼んで運んで貰えば良いのに! と提案したのだが、散らかった部屋を敬一クンに見られるのがハズカシイとか、怒られるから嫌だとか言って却下された。
 結局スマホで激重・家具・男性二人ってなキーワードで検索したら、家具を古い毛布に倒し、毛布ごと床の上を引きずって移動させる……というテクニックを見つけた。
 幸いにしてペントハウスはリフォームの時に業者に勧められて、段差のないバリアフリーだったおかげで、家具の移動そのものは "ぐりとぐらがタマゴを運ぶよりもおぼつかない足取り" ではあっても、俺とシノさんの二人でなんとかなった。
 まぁ、倒した時に二人ともどこで手を離すべきかのタイミングが掴めず、揃って指を挟んだりとか、後ろからシノさんが押してくれていると思っていたのに、着信したメールを見ていたので、俺が一人で家具を引っ張っていたとか言う、テッパンのギャグみたいなアクシデントはあったが。
 当然そんなこんなで午前中は潰れてしまい、昼メシを挟んで少し気力が戻ってからの片付けスタートとなったが、テキトーなところでシノさんは「夕メシの仕込みをする」と言って出ていった|後《あと》は、二度とこちらの部屋に戻ってこなかった。
 とはいえ、それは想定内のことだったから、俺は室内から荷物を全部廊下に出した。
 行李に|入《ハイ》っていた物まで、なぜか中身が出てグッチャグチャに混ざってカオスになっていたから、とにかく一度 "仕分け" しなきゃどうにもならなかったからだ。
 ワードローブの上段と下段と行李に収納するための分類をし、更にゴミと洗濯物に分けた辺りで、ゴミだけはシノさんを呼びつけて回収してもらい、どうにかこうにか目処をつけた。