「はーい、注目! じゃあ、初級の模擬戦『旗取り』のルールを説明します」
宿舎の玄関先で、リゼラが手に持った、三色の旗を掲げた。
布の色は『赤』『青』『緑』。
三十セリチほどの木の棒に、三角形の色布が付いた簡単な物だ。
つけ方は木の棒の先端と中ほどに穴を開けて紐で通す、という簡単な作りで、鉄の台座がついていて、自立するようになっている。
リゼラと一緒に、コリントもいて、二人ともいつも通り隊服を着て、剣、プレートケースを身につけていた。
プラグ達は組ごとに固まって話を聞いていた。
リゼラのすぐ後ろに精霊の――霊体の気配がある。四体いるようだ。
他にも暇な精霊達があちこちから覗いている。見学の精霊達は邪魔にならない程度に離れて、宿舎の中から見ていたり、木の上にいたり、屋根の上にも乗っている。
暇なリズとバウル教授、手伝いらしい隊士……クラリーナ、エメリン、ユノ、珍しくリリがいる。リリは今日もメイド服を着ていた。
隊長格の隊士達、リズ、エドナク、リーオは闇や旋風のプレートを使うか使わないかと相談をしている。アプリアは今朝はいたが、今はいない。
その他、医者のイサーク先生、看護師が二名、支援騎士――救護専門の隊士――が五名いて、治療方法、見学方法について話し会っている。看護師は真っ白に金の縁取りが入った看護服を着ている。
救護隊士は赤紫の隊服の左袖に『救護』の文字が入った腕章を付けて、怪我人が出たらどうするかの相談をしていた。
救護隊士は隊服のマントの着け襟の前面左右と、背面中央に緑色で木が描かれていた。木は五つに枝分かれしていて、中央の木を放射状に囲む葉が描かれている。この模様は各国共通で、病院の旗にも使われている。
今日は事務クラスの生徒もいて、プラグ達の前には『青い紐』が沢山入った布袋がある。他にも赤い紐、緑の紐が入った袋が用意されている。
青以外の袋の口は閉じているが、『赤紐』『青紐』『緑紐』と袋に書いてあるのでわかった。
リゼラが旗の横に立って説明をしはじめた。
「――『旗取り』って言うのは、文字通り旗取りです。この三本の旗を時間内に全て集めた組が勝ちになります。罰則は特にないんだけど、成績に関わってくるから頑張って」
リゼラが地面に長い枝で、皆に見える様に少し大きめに、いくつかの長方形と丸、三角形を描いた。相変わらずざっくりした図形だ。
「まず、この訓練は結構、広範囲でやります。宿舎の敷地内全部って感じね。赤い旗は朝走ってる森の、一本杉の真下。青い旗は宿舎の玄関前、緑の旗は厩舎の横に置かれます」
リゼラが地面に絵を描いて、印を付けていく。
一本杉、今いる玄関、厩舎。
よく知っている場所なので皆、どこか分かった。
玄関を真ん中とすると一本杉は左側の少し奥、厩舎は右側、と言った配置で、この三箇所をつなぐと丁度、三角形になる。
一本杉は宿舎裏の森を少し進んだ場所にあり、朝走る際の、分かれ道の目印になっている。
「毎回、距離や置く場所は違うんだけど、だいたい、三角形になるようにして模擬戦をするわね。精霊剣を使う集団訓練は追い追いだけど。そのうち市庁舎の近くを借り切って市街戦の練習もできるから楽しみにしておいて――と、説明ね」
リゼラが続ける。
「制限時間は、一試合、四十分。二十分ごとに十分の休憩が入るわ。これは参加人数によって変わるけど、今回は事務の子達も一緒に参加する。ただし、一試合目は何だか荒れそうだから、救護係という感じで様子を見るわ。ごめんね」
リゼラが顔を上げて苦笑したが、事務の候補生達はむしろほっとした様子だ。
「で、旗取りなので、旗を取ったら勝ちなんだけど。毎回ルールは違って、今回は一人につき、精霊のプレートを一枚と、あとは『飛翔』と『盾』を使って大丈夫です。『治療』のプレートは救護の事務の子達が使う感じ。あ。でも実際に使うわけじゃ無くて怪我が無いから『使う振り』をする事になるわ。模擬戦の場合、怪我はほとんど無いの。ここまではいいわね?」
リゼラの説明に皆が頷いた。
「組み分けについてだけど、事務の子が多い組もあって、人数に差があるから、適当に均すわ。私とコリントも入って、あ、青には入らないけど――こんな感じ」
リゼラが地面に置いてあった掲示板を起こした。
掲示板は五十セリチ程度の正方形で、コリントと、近くにいたリリが掲示板の底辺を地面に着けた状態で支えた。
掲示板は縦に三本の黒線が引いてあり、赤、青、緑の三色に塗り分けられていて、無数の釘が等間隔に打ち付けてあり、候補生達の名前が書かれた木札がかけられていた。
プラグはあれ、と思ったのだが、木札はゼクナ語で書かれている。
これは縦書きができるからだろう。
ゼクナ語は一音ごとに大文字、小文字のある表音文字で、キルト語と違って縦書きもできる。
基本は横書きで文字同士をつなげて滑らかに書くが、縦書き、横書き、名前を書く場合は文字同士離して書いても問題ない。
プラグにとっては慣れた文字だし、青組の一番上にあったのですぐ自分の名前を見つけたが、自分の名前を探している候補生もいる。
「これは毎年、札を新しくして使ってるの。掲示板に色が塗ってあって分かりやすいでしょ? 私とコリントは、赤と緑に入るから……。こうね。今は並べただけだから、赤が多いわ。えっーと、均すと、各組、十三人くらいかしら。赤は……女子が多いわね? 適当に移動してもらうわ」
――赤組の札は、リゼラを入れて十八人。
三組の人数に偏りがあるのは、事務の候補生達が入っていないのと、偶に空きベッドがあるからだ。
赤組は女子が最も多かったので、リゼラは各組を十三人にする為に木札を動かした。
移動することになったのは、部屋番号の若い順に、リルカ(三号室)、ナージャ(五号室)、ペイト(六号室)の四人だ。ちなみに一号室のサラ、トレラ、ショミラは三人とも事務だった。この三人は、アプリアとバウル教授が来たので今は女子棟の二階に引っ越している。二号室のリアンナも今は二階にいるので、組の移動は無しになった。
――と、言うのは、厳密に決めてあったわけでは無く、その場で適当に決めていた。
「各組に隊長と、あと副隊長を作るんだけど、初回の隊長は全部こちらで決めるわね。えーっと」
と、リゼラが成績表を見る間に、コリントとリリ、ユノが部屋割りを確認しながらそれぞれの掲示板に移動分を分けていく。
部屋ごとの配置はすんなり行われたが「あれ、違う? ダニエルはどこだ?」「その子は事務ですわ。ダニエルはここに」「あれ、じゃあ誰が無いんです? 女子はこれですけど?」とあたふたしている。
コリントが「あー、もう、とりあえず女子を動かして後で確認だ」と言って女子の変更が始まった。事務候補生の札は一旦、全て外された。
五分後――。
札が整って、コリントとリリが胸の前で持って、候補生達に見せた。
プラグは頭の中で、再試験後の順位と照らし合わせながら確認した。
赤組は女子を減らして、リゼラを入れてちょうど十三人。
緑組は元々十一人だったが、コリントに加えて赤組だったナージャが入った。
プラグのいる真ん中――青組は元々十二人だったのだが、リゼラやコリントの分が一人少ないので、さすがに不利だと言う事で、緑組女子のアイリーンと赤組女子のリルカの二人が入って十四人になった。
『赤』……窓際組。
アドニス(二位)、アルス(女/十位)、リアンナ(女/男爵令嬢/二十九位)、ドリュク(二十五位)、ブライ(二十二位)、セバスク(二十位)、ライネル(三十七位)、ゼラト(十三位)、レンツィ(九位)、レジナル(三十八位)、フィニー(四位)、マシル(男爵次男/十八位)、そしてリゼラ(隊士/女)。の十三名だ。
赤組は上位が揃い、バランスが良い組に見える。アドニスはもちろん、アルスとフィニーが入っているのは何気に恐い。アルスは二度目の試験で、勉強で上位に入っていた女子が落ちたので十位に上がっていた。初回は十八位だったので中々凄い上がり方だが、彼女のレイピアやサーベルの腕を考えると妥当に思える。
他にはゼラトも要注意だ……プラグは山で『隆起』の使い方のコツを伝えてしまったのだ。その後、上手くできたと報告をくれた。可愛い物好きのアール=ララフとも会話ができたと喜んでいた。ホタルも含め仲良くやっているという。
九位のレンツィもかなり強いし……リゼラも入っているので手強いだろう。
「じゃあ、赤組隊長はアドニスで、よろしくね。副隊長は、今回はアルスでいい?」
とリゼラが言って、アドニスが嬉しそうに「はい!」と答えた。
――アルスもしっかり頷いた。
『青』……真ん中組。
プラグ(一位)、ジャソン(二十四位)、エイド(十九位)、ビリー(二十六位)、ロルフ(三十五位)、ポーヴィン(三十二位)、ウォレス(十二位)、アラーク(伯爵三男/八位)、エミール(十一位)、ヨアヒム(四十位)、アイリーン(平民女子/二十七位)の十名に、追加で赤組女子の、リルカ(女/子爵令嬢/五位)、キール(今回から勝手に戦闘クラス/番外)、カトリーヌ(伯爵令嬢/三十一位)が入り。これで十四名だ。
気になるのはリゼラ、コリントなど隊士が入っていないと言う事だが、その分一人多くなっている。
最前列にいたエミールが、掲示板を見て「うーん」と唸った。
「これ、十四人でも不利じゃないですか? コリントさんは緑組なんですか? 青組も誰か隊士に入ってもらえないんですか?」
リリもいるし、入ってもらう事もできそうなのだが……。
「ええ。初回は様子見ね。プラグがいるから別にいいんじゃない? 今日はリリさんがいるけど、入ったら逆に不公平よ。でもあんまり不利なら、次回から誰かに入ってもらう予定なの。私達も移動するかも?」
リゼラが答えた。プラグのせいだった。
キールは事務クラスだったはずだが……いつのまにか戦闘クラスに数えられていた。
彼女は一人で「あれ?」と言う顔をしているが隊士は誰も気にしていない。
リゼラが掲示板を眺めて「よし」と言った。
「まあ……今回の隊長は、プラグにしましょう。喧嘩は駄目よ? 次回からは話し合いで決めて。副隊長はアラークにお願いするわ。二人とも仲良くしてね」
リゼラが苦笑気味に言った。もちろん彼女も事情は知っている。
プラグは「はい……」と頷いて、アラークも溜息がちに「はい」と頷いた。
昨日から考えていたが、この組はやはり、可も無く不可も無く、という平均を上手く取った感じの構成に思える。
最下位のヨアヒムがいるが、一位のプラグがいるので平均値になる。……ある意味、極端な構成とも言える。
けれど、アラークもいるし、リルカもいるし、赤組と比べて劣っていると言う事も無い。
特に、リルカの前回五位、現状でも五位は大した物だ。後はエミールとウォレスがいるのも心強い。
ヨアヒムは男子の中で一番背が低い候補生で、女子より力が無くて最下位だが、剣術の基礎はできているし、同じくらいの男子と比べても凄く弱いと言う事はなかった。精霊剣は短剣に変えてできたし飛翔駆けもできていたから一通りの事はこなせるはずだ。
まだ若いから十代後半で背が伸びる可能性もある。人間の成長は読めない物だ。
ちなみに、男子で一番背の高いジャソンも、一番太ったポーヴィンもいる――太った、と言っても小太り程度だが……。そういう意味でも極端だ。
そして最後の『緑』……入り口組。
シオウ(ちゃっかり三位に上がっている)、ダニエル(三十六位)、アンドレアス(二十一位)、リカルド(二十八位)、グレイブ(三十位)、オード(三十九位)、ナイド(二十三位)、イアンチカ(十五位)、ピート(三十四位)、フォンデ(十二位)、コリント(男/隊士)。
そして追加の赤組女子がナージャ(六位)、ペイト(七位)で十三人だ。
「で、緑は誰が隊長なんすか?」
シオウが言った。
「ああ、そうね、それはもうシオウでいいわ。副隊長は、そうねー、今日はナージャにしてみる?」
リゼラが悪戯っぽく笑った。
「あ、はい」
ナージャが頷いた。
リゼラは成績表を確認している。
「うーん、三組で、意外と順位が偏ってるわね。シオウと上手く行きそうだったら、ナージャはこの組にいてもらおうかしら。コリントも常駐とか。まあ、とりあえずやってみましょう」
リゼラが言った。
シオウの緑組は、男子は微妙……と言うか、下位が多い気がする。選べないので仕方ないが、十二位のフォンデ、十五位のイアンチカ、あとはコリント、シオウ自身もいるから何とかなるだろう。フォンデは穏やかで、イアンチカも真面目で大人しい性格だから、実力争いが起きそうに無いので、それはいいのかもしれない。
女子はナージャと、ペイトがいるのでそれはかなり良いと思う。この二人は強力だ。
と言うかやはり、コリントやリゼラは大きいと思う。
三倍訓練や普段の訓練で手合わせした事があるが、さすが先輩、という強さがある。
コリントは首席だったリゼラと比べて自分を卑下にしがちだが、実際は普通に強い。単純に謙虚な性格なのだ。
リゼラが手を叩いた。
「よし――戦闘クラスで呼ばれてない子はいないわね? じゃあ、事務の女子達も、それぞれ、自分の組に移動して。次の説明をするから」
すると、青組には、事務のレイシー、エマ、エレーナ、ペトラ、ガーラ、ピキータ、ローナの七人が来た。
緑には、ショミラ、マリー、バーバラ、ジュリア、リアーナ、キャンベルの六人。
赤には何とサラとシモーナの二人だけだった。
これにはリゼラも苦笑した。
「あらら。すごく偏ってるわね。そっか、戦闘クラスが多いって事は事務が少ないって事よね。じゃあ……青のガーラ、ピキータ、あと緑のジュリア、キャンベルは赤組に移動して。あら、数が合わないわね? うーん、青を一人減らして……」
そこで「あの! これってずっと固定なんですか?」と言う声が事務の女子から上がった。
手を挙げて言ったのは濃い目の青髪に、左右の三つ編み、金色の目に、眼鏡を掛けた少女、キャンベルだった。
――事務クラスは少し前から、丸一日座学の日は楽な服で受けても良いと言われていたが、今日は皆、訓練着を着ている。
「そうね、しばらくはこれでやるわ。偏ってたらその都度、移動もできるんだけどね」
「支援は一組、何人ずつなんですか? 男子も二人いるんですけど……忘れられてるような?」
キャンベルが首を傾げた。女子の影に、事務の男子二人、カールとオリバーがいたが、確かに皆が忘れていた。
「あっ。ごめん。そうだった! そうねぇ、適当に人数を合わせて分かれてくれても良いけど、何かあるの?」
リゼラの言葉に、キャンベルの眼鏡が光った気がした。
「じゃ、もう適当に自分たちで、均等に動きます。行きたい組がある子もいるし……。いいですか?」
率直な言い方に、リゼラが大きく笑った。
「あっはっは。なるほど。そうよね。長い付き合いになるもの。その方がやる気も出るわよね。いいわ、好きな所で! 皆、好きな所に移動して、人数を合わせて」
すると事務の女子達は歓声を上げて、謎の行動力で一斉に動き始め、お互い人数を数え合い、足りない所は男子で埋めて、あっという間に決めてしまった。これには皆が苦笑した。
――気になる男子がいるところ、仲の良い友達がいるところ、という感じだろう。
青組からはレイシーが、エマとエレーナに「ほら、行きなよ!」「シオウ君の所!」と背中を押されて、真っ赤になっていた。彼女は抵抗も虚しく緑組に移動して、結果。
赤組、ショミラ、シモーナ、ペトラ、キャンベル、マリー、バーバラの六人。
青組、エマ、エレーナ、ローナ、サラ、ガーラ、ベアトラの六人。
緑組、レイシー、リアーナ、ジュリア、ピキータ、オリヴァー、カールの六人となった。
リルカが「皆、正直ね……」と苦笑していた。
「こんな感じで良いかしら。事務の皆は見学して感じを掴んで、いけるかもって思ったら戦闘参加もできるわ。後は援護攻撃とかも。でも、支援騎士になるための訓練でもあるから、治療が主になるわ。今回はとりあえず、治療係ね」
『治療』の言葉に、事務の女子達は顔を見合わせた。
候補生達も、そんなに危ない訓練なのだろうか、と思って緊張する。
するとリゼラは笑って、赤い紐を箱から数本取った。他にも青、緑がそれぞれ別の箱に分けてある。
「はい注目! さすがに体を切ったり殴ったりは不味い、ってことで、慣れるまでは、この紐を使います! 一人、五本。まず結んでみせるわね、コリント、お願い!」
コリントが赤い紐を受け取って、リゼラに結んでいく。
まずは頭。
額に鉢巻きをして、後ろで蝶結びにする。
「結び方は蝶結びで、引っ張ったら解けるようにしてね」
次は右上腕と、左上腕――つまり両方の二の腕だ。
「両方の二の腕にこうやって、結んで、後は両ふくらはぎ。膝下のブーツとズボンの境目くらいね。ブーツの上で縛ると下がらないわ」
コリントが左を結び、リゼラは自分で屈んで右を結んだ。
「腕や足は、なるべく外側に結び目を持ってきて。長かったら、少し輪っかの大きさで調整して……こんな感じね!」
リゼラが姿勢を戻して、紐を見せた。紐は意外に長く、頭は二十セリチほど余り、上腕と足は少し輪を大きくして同じ程度余っている。
「この紐が貴方達の、腕や足です。つまりこの紐を引っ張って、解かれたら、その部分は『欠損』――つまり『無くなった』と言う事になるの。例えば、右の紐を取られたら、治療してもらわないと動けないし、右手はもう使えないわ。紐は必ず手で引っ張ること。剣で切っちゃ駄目よ。剣で切れた場合は無効で、つないで結び直すか代わりの紐をもらって結び直すの。あ、基本は引っ張って取る、だけど頭の紐は引っこ抜いても大丈夫よ。治療は事務の子達が欠損箇所に触れて、プレートを取り出す真似をして『ル・フィーラ!』と唱えた後、三十秒数えるの。いちいち唱えるのは実戦で言えるようにするためね」
リゼラが言って、皆、なるほど……? と言う顔をした。
それならとりあえず、安全に戦える。
「ただ、これはねー……、実戦では皆が持ってる『赤』色の治療のプレートで、骨折や切り傷ならすぐ治るわ。でも、切断されると直せないの。後は酷い内部損傷も。打撲とか内出血くらいなら直せるんだけどね。だから二カ所、紐を取られるか、頭の紐を取られたら、その人は失格。病院送りよ。病院は掲示板のある、ここね。諦めて見学して。右手が使えなくなっても左手があるから、それはそのまま、しばらく戦って大丈夫よ。できればすぐに治療がいいけど。交戦中なら後でいいわ。足は駄目だけどね」
つまり。
頭、右腕、左腕、右足、左足――人体の五カ所の内、二カ所の紐を取られたら失格。
頭は一カ所で失格。
右腕、左腕はどちらか片方傷付いたままでも、交戦中ならそのまま戦闘可能。
落ち着いたら治療して貰う。
治療は事務クラスの候補生に声をかけ、三十秒、足や腕を掴んで数えてもらい……もう一度リボンを結んでもらう。これで治療完了だ。
治療が終わったらもう一度、その部位は使える。
「今回は治療の後、もう一回リボンを結んで、その部分を使っていいわ。つまり切断された訳じゃなくて『切り傷を受けたか骨折した』設定にする。これは訓練によるから『今回は許可』って感じね。より実戦に近い場合は、部位復活は無しだったり、治療が無かったり、最後の方はリボン無しだったりするわ。――リボンがあるのは洒落にならない怪我防止と『治療』のプレートを無駄にしないためね。ああ、でも頭は一発退場だから――あ、取った方は『取った!』とか分かりやすく言って、紐をその場に落として行って」
「これは毎年なんだけど、取った紐は個人の点数になって、成績要素になるから。回収とカウントはお手伝いの精霊がしてくれるから、気にしないで戦って。今回はこの四体」
リゼラが手を振ると、『三体』の精霊達がその場に実体化した。
実体化していない一体には心当たりがある。
姿を現した三体は、向かって左から、一体目、黒髪長髪の猫耳を持つ女性精霊。
真ん中の二体目は紺色ががった黒髪に、猫耳の少年精霊。
右側の三体目は茶髪の長髪、猫耳の女性精霊――と皆、猫耳が生えている。
これはいわゆる『猫耳族』の精霊だ。誰が呼び始めたのか……精霊達は、猫耳を持つ精霊をまとめてそう呼んでいる。
他にも、犬耳族、兎耳族、羊耳族、コウモリ羽族、角族、鳥羽族、薄羽族などがあり、身体的特徴で適当に呼ばれている。
一体目は、長い黒髪、黒目に、猫耳、猫のようなしっぽ。コウモリのような小さい羽を持つ精霊――『メオン=リンド(知恵/追跡)』だった。
服装はグレーの詰め襟服に、丈の短いスカート、足元は黒の編み上げブーツだった。
「彼女はメオン=リンド。いつもその辺にいるから知ってるかも。エドナク隊長の精霊で、追跡の精霊なの。動きが素早いから回収係の常連よ。今日は『赤組』の担当をするわ」
「にゃー、皆さんよろしくにゃ。メオンだにゃー! しゅしゅっと回収するにゃん!」
メオンが猫のような仕草で手を動かした。
「あと、この男の子は、ラウミーネ=ヴィス、雷矢(らいや)の精霊、彼も素早いわ」
二体目は、これまた猫のような耳を持つ、少年の精霊――。
身長は少し低く、百五十五セリチ程度。
目は紺色。青みがかった短い黒髪に、同色の猫耳。彼の猫耳はメオンと違って顔の横についている。
そして彼にも、メオンと同じくコウモリのような小さな羽と、猫のような長い尻尾がある。
服装は人間に近い……白いシャツの上に青い半袖の上着を纏い、上着のボタンを開けている。紺色の長ズボンに、茶色の編み上げブーツ。ゆったりとして無骨な印象がある。
ウエストベルトにはポシェットをぶら下げて、背中には矢筒と弓矢を背負っていて、弓を射るために革の手袋をしている。矢筒のベルトは緑色で、太く、留め具があって、弓もひっかけられるようだ。
ラウミーネは礼儀正しく頭を下げた。真面目な、少し固い雰囲気の精霊だ。
「ラウミーネ=ヴィスです。雷の矢を操ります。早く行動することもできます。持ち主はユノ・ラハバ・カトン隊士です。名前が長いので『ラウ』と呼んで下さい」
(うわ……! 初めて見る! しかも男性精霊!)
プラグは感動した。
ナダ=エルタを除けば、ここに来てから初めて知らない精霊に出会った。
格好が今風なので彼は新精霊かもしれない。身長はリゼラと同じ程度だが、これは元々これくらいの身長のようで、役目の影響では無さそうだ。
(友達になれるかな?)
プラグはつい考えてしまった。
男性精霊は、善一族以外ではかなり珍しいのだ。
「ラウは青組につくわ」
「やった!」
プラグは思わず声を上げてしまって、皆に注目されてしまった。
ラウも目を丸くしている。
「あ、いや、うん、……よろしく……」
プラグは自分の口を塞ぎながら言った。
「あ、どうも……よろしく、です……」
ラウが頭を下げた。
リゼラが笑った。
「ふふふ、仲良くね。後は……えーっと、じゃあ、先に緑組の精霊を紹介するわね! この子は、エルミーネ=ヴィス。雷刃(らいば)の精霊よ。この二人は髪色は似てないけど、顔立ちと服装の感じが似ていて、姉と弟みたいな感じがするわね。生まれた場所も近いみたい。二人とも新精霊よ。エルの持ち主はこちらのリリ・カトン隊士。リリ隊士は普段は良く薔薇の館にいるわ。リリさんは服装がメイド服だけど、趣味なだけで普通に隊士よ」
リゼラはついでにリリの説明もした。
「ルネ様の忠実なるしもべ、リリ・カトンです」
リリはメイド服の裾を少し持ち上げ、優雅に頭を下げた。
エルミーネ=ヴィスは、茶髪、長髪の女性精霊で、ラウと同じく、顔の横側に猫のような、茶色の獣耳がある。目は青色。服装は茶色の襟付きの、長袖の上着に、……ピンク色のシャツ。シャツは短く臍が出ている。右脇腹に雷型の入れ墨があった。スカートはグレー。スカートはかなり短く、太股の線が分かる程ぴったりしている。スカートの下にはぴったりとした黒い半ズボンを穿いていて、一応の露出対策がされている。両太股に革のベルト巻き、右のベルトにポシェットを下げ、左のベルトに短剣を下げている。足元はラウのものに良く似た、ざっくりとした茶色のショートブーツ。太股が半分くらい見えていて、男子達は釘付けだ。彼女もコウモリのような黒い羽を持ち、茶色い猫しっぽがある。
エルミーネは微笑んだ。彼女もラウもだが、新精霊はずいぶん人間に近い顔立ちだ。
二人とも、顔に入れ墨が無く、猫耳、羽、しっぽ以外は殆ど人間と言って差し支えない。
「エルミーネ=ヴィスです。長いので『エル』って呼ばれてます。ぜひ『エル』って呼んでくださーい! 緑の皆さん、よろしくお願いしまーす」
エルは元気に自己紹介をした。
緑組の候補生達が「はーい」と笑顔で返事をする。
「えっと、そしてもう一体いるんだけど、出て来てくれます……?」
リゼラの言葉で出て来たのは、やはり……ラ=ヴィアだった。
緊張しています、と言う面持ちで地面に降り立つ。
候補生達の「あ、知ってる」と言う声が聞こえる。
「見た事ある人もいるわね。このひとは『ラ=ヴィア』さん。えーっとなんの精霊かは聞いてないんだけど、最近、隊長が手に入れて、まだ持ち主がいないから見習いって事で記録係を手伝うわ。とりあえず今日は青組についてくれるから、青組の人はよろしくね、じゃあ……自己紹介をお願いします」
「ミ。ラ=ヴィアは……世界一強いから、世界一頑張ります。よろしくお願いしますみー」
ラ=ヴィアが、まるでカタコトのような自己紹介をして、ぎこちなく頭を下げた。
……びっくりするくらい殊勝な態度だ。
皆が「よろしくねー」と返した。プラグも便乗して「よろしくー」と返した。
「へぇ……あの精霊、ラ=ヴィアっていうんだな。変わった名前」
と呟いたのはエミールだった。隣いたエマが頷いた。
「でも、何の精霊かしら? 赤い入れ墨とか、服装とか、あまり見たこと無い感じ……」
他の精霊が詳しく説明されたので、意外と気にされている。リゼラが察してラ=ヴィアに尋ねた。
「属性は……? 言っても良いのかしら?」
するとラ=ヴィアが自分で頷いた。
「みー。ラ=ヴィアは、水みたいな精霊なのでス。水とか、鋭い刃物とか出せますミ。後は内緒ですミ。聞かないで下さいミ……」
ラ=ヴィアの困り顔に、リゼラが微笑んだ。
「そう言うわけだから、細かい事は聞かないで、仲良くしてね」
候補生達は元気よく「はーい!」と返事をした。
ふと思ったのだが、以前より一体感が高まっているというか、候補生同士の仲が良くなった気がする。空気は悪くなく、それぞれ雑談している。
そんな中で、プラグはアルスと喧嘩している……全く、申し訳無い。
プラグはアルスの方を見たが、ちょうど目が合ってしまい、すぐに無視された。
「じゃあ各組、作戦会議。初回だし、三十分! じっくり話して。それぞれ充分に離れて隣の会話を聞かないように。私も会議に参加するわ。あ、実は会議から成績付けのために補助員がこっそり見てるけど、隠れてるから気にしないで。精霊達は霊体でいる時もあって、補助員も危なかったら守ってくれるわ。でも本当に危ないときだけだから普段は盾を上手く使って。あ、ルールで分からない事があったら各組の精霊に聞いてね。慣れてるから」
リゼラに言われて、それぞれの組に分かれて相談を始めた。