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第二十三幕

ー/ー



「良かった…… どうせ、いつもみたいに逃げ出したんだと思いましたよ。今回はすぐに見つかってくれて一安心です。また、ミリヤが先に姫様を見つけていたらと考えるとゾッとします。さあ、今度こそ側から離れたりしないでくださいよ」


 男は暖かい笑みを浮かべた。バカ……


「アレ? 姫様それは……」


「まったく、その通りです。オルディボ…… 様」


 突如、ミリヤが男の話を遮るかのように会話に割って入る。階段を降り、姫の存在を無視するかの如く男に詰め寄る。何かを察したのか男は途端と口を詰まらせる。


「ミ、ミリヤ。流石、仕事が早いな……」


「ご自分の立場をお忘れですか? 貴方はリアナ皇女の専属の護衛ですよ。それに、側を離れてはならないのはリアナ皇女の方ではなく貴方自身ですオルディボ…… 様。今は、宮殿内に皇帝陛下がおられます。いつものようにはいきませんからね」


 今日のミリヤは少し機嫌が悪い。でも……


「申し訳ない…… 少し気を抜き過ぎていたかもしれない…… 気をつける」


 護衛の男はいつになく真面目な口調で話す。見慣れた二人の会話も今日ばかりは何故だか重々しく感じる。姫は、そんな二人を前にゆっくりと後退りするかのように、一段づつ足を置いた。もう、引き返せない……


「姫様。お疲れのところ申し訳ないのですが、一度玄関の方へお戻り下さい。流石に国の皇女が教皇聖下相手に一度も顔を出さないのは無粋でしょう。まあ、そんなに難しいことじゃないです。いつも、みたいに作り笑いでもしてもらえば……」


 男は唖然と上段を見上げる。一瞬、何が起きたのか。大きな溜息と共に男は次段に足をかける。


「まったく、姫ッ…………」


 男は姫を追うべく走り出そうとした。しかし、隣のメイドはそれを阻止するかの如く男の肩を抑える。メイドは呆然とする男に一言。


「退いて……」


 
「ハア…… ハア……」


 どうしよう。やっちゃった…… 絶対に怒られる。姫は宮殿内の廊下を一心不乱に駆ける。でも、コレを何処かに隠す方が優先だし。このくらい……


 とりあえず、追いつかれる前に西階段から降りて、コレを適当な部屋にでも隠すしかない。何を隠したのか聞かれたら…… 言い訳なんて後から考えれば良い。最悪、誰かが間違って拾うかもしれないけど…… 


 姫は必死に頭を働かせる。常に薄着のドレスを身につけていたのが功を奏したのか思いの外脚が弾む。


 すぐに姫の寝室が目に入る。もう少し進めば階段はすぐそこにある。オルディボが言っていたことが本当なら会談が終わっていたとして、教皇を見送るために全員玄関に移動しているはず。万一にも、見つかることはない。後は、ミーシャと周りにいた使用人達をどうするかだけど、それは…… トンッ  トンッ


 姫の耳元に背後から迫る、一つの足音が入る。流石にオルディボから逃げ切るのは無理よね…… 本を隠したら適当に話を逸らして…… トンットンットンットンッ


「エッ…………」


 一瞬。一瞬だけ背後を振り返る姫。聞こえてきた足音から察するに、まだ十メートルは差をつけている。逃げ切るのは無理でも階段を降りるくらいなら。そう、思ってた。


「ハァ???」


 女は、気配すら感じさせないままに僅か一メートルにも満たない距離を平然と並走する。


「お待ち下さい。リアナ様ッ!」


 ミリヤは疲れた顔一つ見せない。待って、待って、待って、待って! 嘘でしょ? ミリヤ? いや、さっきまで、あんな離れてたのに。そもそも、なんでそんなメイド服着てるのに普通に走ってるわけ?! 
 ミリヤは、腕を伸ばした。仕方ない……


「リアナ様ッ! リアナ様ッ! 一度、扉を開けますよ」


「入らないでッ! 絶対に入らないで。勝手に入ったら許さないわよ! ハァ…… ハァ……」


 姫は寝室の内から怒鳴るように言い放った。寝室の扉の前で佇むミリヤ。ギリギリで寝室に逃げ込んだ姫に嫌気が指したのか、ミリヤは壁にもたれ、あからさまに溜息を吐いた。


「ミリヤ、姫様は?」


 後に追いついた男は問う。


「知りませんッ! どうせ、いつもの癇癪でしょう。こうなったら、今日はもう出てきませんよ。勝手に中に入るわけにもいかないですし。私は下で暇を持て余してるアロッサを探しに行きます。後は貴方に任せます。リアナ様をよろしくお願いします。陛下には私から伝えておきますよ、リアナ様が癇癪を起こしたと……」


 そう言い残すと、ミリヤは足速に、その場を後にした。


「ええ…………。勘弁してくれよ本当に……」


 男は分かりやすく頭を抱える。


「ハァ…… ハァ…… ハァ……」


 寝室にあるベッドの上から天井をただ一点に見つめる。早朝にも見た、同じ天井。同じ部屋。姫は拳を握りしめる。振り出しに戻った…………


「いや…… もう、考えてなんていられない。とにかく、この本を捨てるしかない」


 姫は扉を凝視しながら懐に隠した本を取り出す。ゆっくりと音を殺すように静かに窓辺へ近寄る。


 二人も、馬鹿じゃない。あの場では何も言わなかったけど、私が何かを隠していたことくらいは気が付いているはず。気を遣って何も言わなかった? 本当に心配してくれていた? いや、違う。私には分かる。二人だけじゃない。この宮殿内にいる人は皆んな同じことだけを考えている。


 皆んな…… 自分一人の手柄にしたいだけ。だから、他の目がある所では、絶対に本性を見せない。姫は、ニヤリと笑みを浮かべる。


 ミリヤ、ビアンカ、レナードそしてオルディボ。お父様に恩を着せられる一生に一度のチャンスかもしれないんでしょ? ……大丈夫、分かってるから。


 姫は窓の取手に手を掛ける。


「やっぱり…… もう外には誰もいないわね。使用人達も、そろそろ昼の仕事に備えてるはず。護衛や兵士達も教皇の帰りに備えて玄関に集まってる頃。今なら、捨てられる……」


 姫は窓の取手を僅かに引く。


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「良かった…… どうせ、いつもみたいに逃げ出したんだと思いましたよ。今回はすぐに見つかってくれて一安心です。また、ミリヤが先に姫様を見つけていたらと考えるとゾッとします。さあ、今度こそ側から離れたりしないでくださいよ」
 男は暖かい笑みを浮かべた。バカ……
「アレ? 姫様それは……」
「まったく、その通りです。オルディボ…… 様」
 突如、ミリヤが男の話を遮るかのように会話に割って入る。階段を降り、姫の存在を無視するかの如く男に詰め寄る。何かを察したのか男は途端と口を詰まらせる。
「ミ、ミリヤ。流石、仕事が早いな……」
「ご自分の立場をお忘れですか? 貴方はリアナ皇女の専属の護衛ですよ。それに、側を離れてはならないのはリアナ皇女の方ではなく貴方自身ですオルディボ…… 様。今は、宮殿内に皇帝陛下がおられます。いつものようにはいきませんからね」
 今日のミリヤは少し機嫌が悪い。でも……
「申し訳ない…… 少し気を抜き過ぎていたかもしれない…… 気をつける」
 護衛の男はいつになく真面目な口調で話す。見慣れた二人の会話も今日ばかりは何故だか重々しく感じる。姫は、そんな二人を前にゆっくりと後退りするかのように、一段づつ足を置いた。もう、引き返せない……
「姫様。お疲れのところ申し訳ないのですが、一度玄関の方へお戻り下さい。流石に国の皇女が教皇聖下相手に一度も顔を出さないのは無粋でしょう。まあ、そんなに難しいことじゃないです。いつも、みたいに作り笑いでもしてもらえば……」
 男は唖然と上段を見上げる。一瞬、何が起きたのか。大きな溜息と共に男は次段に足をかける。
「まったく、姫ッ…………」
 男は姫を追うべく走り出そうとした。しかし、隣のメイドはそれを阻止するかの如く男の肩を抑える。メイドは呆然とする男に一言。
「退いて……」
「ハア…… ハア……」
 どうしよう。やっちゃった…… 絶対に怒られる。姫は宮殿内の廊下を一心不乱に駆ける。でも、コレを何処かに隠す方が優先だし。このくらい……
 とりあえず、追いつかれる前に西階段から降りて、コレを適当な部屋にでも隠すしかない。何を隠したのか聞かれたら…… 言い訳なんて後から考えれば良い。最悪、誰かが間違って拾うかもしれないけど…… 
 姫は必死に頭を働かせる。常に薄着のドレスを身につけていたのが功を奏したのか思いの外脚が弾む。
 すぐに姫の寝室が目に入る。もう少し進めば階段はすぐそこにある。オルディボが言っていたことが本当なら会談が終わっていたとして、教皇を見送るために全員玄関に移動しているはず。万一にも、見つかることはない。後は、ミーシャと周りにいた使用人達をどうするかだけど、それは…… トンッ  トンッ
 姫の耳元に背後から迫る、一つの足音が入る。流石にオルディボから逃げ切るのは無理よね…… 本を隠したら適当に話を逸らして…… トンットンットンットンッ
「エッ…………」
 一瞬。一瞬だけ背後を振り返る姫。聞こえてきた足音から察するに、まだ十メートルは差をつけている。逃げ切るのは無理でも階段を降りるくらいなら。そう、思ってた。
「ハァ???」
 女は、気配すら感じさせないままに僅か一メートルにも満たない距離を平然と並走する。
「お待ち下さい。リアナ様ッ!」
 ミリヤは疲れた顔一つ見せない。待って、待って、待って、待って! 嘘でしょ? ミリヤ? いや、さっきまで、あんな離れてたのに。そもそも、なんでそんなメイド服着てるのに普通に走ってるわけ?! 
 ミリヤは、腕を伸ばした。仕方ない……
「リアナ様ッ! リアナ様ッ! 一度、扉を開けますよ」
「入らないでッ! 絶対に入らないで。勝手に入ったら許さないわよ! ハァ…… ハァ……」
 姫は寝室の内から怒鳴るように言い放った。寝室の扉の前で佇むミリヤ。ギリギリで寝室に逃げ込んだ姫に嫌気が指したのか、ミリヤは壁にもたれ、あからさまに溜息を吐いた。
「ミリヤ、姫様は?」
 後に追いついた男は問う。
「知りませんッ! どうせ、いつもの癇癪でしょう。こうなったら、今日はもう出てきませんよ。勝手に中に入るわけにもいかないですし。私は下で暇を持て余してるアロッサを探しに行きます。後は貴方に任せます。リアナ様をよろしくお願いします。陛下には私から伝えておきますよ、リアナ様が癇癪を起こしたと……」
 そう言い残すと、ミリヤは足速に、その場を後にした。
「ええ…………。勘弁してくれよ本当に……」
 男は分かりやすく頭を抱える。
「ハァ…… ハァ…… ハァ……」
 寝室にあるベッドの上から天井をただ一点に見つめる。早朝にも見た、同じ天井。同じ部屋。姫は拳を握りしめる。振り出しに戻った…………
「いや…… もう、考えてなんていられない。とにかく、この本を捨てるしかない」
 姫は扉を凝視しながら懐に隠した本を取り出す。ゆっくりと音を殺すように静かに窓辺へ近寄る。
 二人も、馬鹿じゃない。あの場では何も言わなかったけど、私が何かを隠していたことくらいは気が付いているはず。気を遣って何も言わなかった? 本当に心配してくれていた? いや、違う。私には分かる。二人だけじゃない。この宮殿内にいる人は皆んな同じことだけを考えている。
 皆んな…… 自分一人の手柄にしたいだけ。だから、他の目がある所では、絶対に本性を見せない。姫は、ニヤリと笑みを浮かべる。
 ミリヤ、ビアンカ、レナードそしてオルディボ。お父様に恩を着せられる一生に一度のチャンスかもしれないんでしょ? ……大丈夫、分かってるから。
 姫は窓の取手に手を掛ける。
「やっぱり…… もう外には誰もいないわね。使用人達も、そろそろ昼の仕事に備えてるはず。護衛や兵士達も教皇の帰りに備えて玄関に集まってる頃。今なら、捨てられる……」
 姫は窓の取手を僅かに引く。