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第2章~第15話 蛙化現象⑫~

ー/ー



 加絵留先輩の話を聞いてから数日が経った日の放課後のこと―――。
 文芸部に少しだけ顔を出した私が第二理科室を訪ねると、ネコ先輩だけでなく、他にも二人の来訪者がいた。

 そのうちの元気の良い女子生徒が、私の姿を確認するなり、声をかけてきた。

「あっ、今日の主役がやっと来た! 音無ちゃん、こっちこっち! 金野(こんの)ちゃんが、お礼を言いたいんだって!」
 
 突然のご指名と、自分が主役あつかいされることに違和感を覚えながら、二年生の女子生徒の輪の中に加わる。

「こんにちは、桑来(くわき)さん、金野さん。今日は、なにか良いことがあったんですか?」

「良いこともナニも、金野ちゃん、加絵留との仲が復活したんだって! それで、協力してくれた音無ちゃんにお礼が言いたいんだって! ねぇ、金野ちゃん?」

 本来なら、金野さんが自分で語るべきことをすべて語ってしまった桑来さんの言動に苦笑しつつ、それでも、私の困惑は、まだ収まらない。

「あの……たしかに、加絵留先輩から、お話は聞かせてもらいましたけど……それ以外のことは、ナニもしてないっていうか……」

 戸惑いながら返答すると、それまで、穏やかに微笑みながら桑来さんと私の会話を聞いていた金野さんが口を開く。

「ううん……皇子くんが言ってたよ、音無さんに話を聞いてもらってからスッキリして、自分が本当はどうしたいのか、ハッキリとわかったって。それは、私も同じだから……音無さんが、いっしょにジャーナリングの作業をしてくれたからだと思ってるよ。ありがとう、音無さん」

「いえいえ……お礼を言われるほどのことでは……それは、ネコ先輩のアドバイスで始めたことですし、お礼は、ネコ先輩に言ってください」

 私がそう返答すると、ネコ先輩は、「ふうん……ずいぶんと謙虚じゃないか?」と言ってクスリと笑う。その反応を不思議に感じていると、金野さんが、さらに言葉を続けた。

「あとね、それだけじゃないの。皇子くんとどんな関係を築きたいのかわからずに悩んでいた私に、朱令陣(しゅれじん)さんが、参考になるウェブ小説があるから読んでみるべきだって、オススメしてくれた作品があるんだ」

「へぇ、そうだったんですか? でも、意外ですね。ネコ先輩が、そんなにウェブ小説に思い入れを持ってるなんて、初めて知りました」

 そう答えながらも、私はネコ先輩が「それは、彼女の口から聞きたまえ」と言っていた、現在の金野さんの心情にピッタリと合致する作品の内容が気になってしょうがなかったので、続けて金野さんにたずねる。

「ちなみに、どんなタイトルなんですか、そのウェブ小説は?」

 私の問いかけに、金野さんは、アレッ? 知らないのといった感じで、意外そうな表情で答える。

「えっと、『星屑のティアドロップ』って言うんだけど……」

「へっ? ほ、ほ、星屑のティアドロップ? そ、それって……?」

「うん、作者名は、乙梨稔珠美(おとなしねずみ)って書いていたけど……これって、音無さんが書いた小説なんだよね?」
 
「あっ、あっ、あっ…………!」

「この作品の中でね、主人公のアカリちゃんが恋する男の子のヒカリくんが言う『怖がらなくていい。お前が俺の手を握ってくれるまで、絶対に離さないから』ってセリフに、私すごく感動しちゃって……そのことを皇子くんに言ってみたら、『オレも、マリがオレの手を握ってくれるまで何年も待つよ』って言ってくれたんだ!ホントに、『星屑のティアドロップ』のセリフみたいに――――――」

 あまりに突然のことに動揺しながらも金野さんのようすを確認すると、男子におびえる気弱な女子の表情から、すっかり恋人にメロメロなお惚気状態になっている女子の姿がそこにはあった。

 たしかに、私は『星屑のティアドロップ』の中で、ヒロインの月野アカリが想いを寄せる、イケメンだけど、ちょっと頭の弱い男子高校生・星野ヒカリに、「ヒカリがオレの手を握ってくれるまで()()()でも待つよ」というセリフを語らせたけど、それを他の生徒が居る前で熱く語られるなんて、作家に対する羞恥プレイ以外のナニモノでもない。

 なお、ヒカリのセリフの「()()()でも待つよ」の光年という単位は、時間の長さではなく距離をあらわす単位だけど、主人公が憧れるイケメン男子を、こうした点に気づかない少しおバカなキャラ設定にしてしまったためか、『星屑のティアドロップ』の閲覧数はあまり伸びなかった、ということを告白しておく。

 ……シテ…………早ク殺シテ……。
 
 ゾンビ化直前の異形の姿になってしまった登場人物が口にしがちな言葉を発しそうになるくらい、死にたくなるような想いにかられながらも、なんとか、その衝動を抑えて傍若無人な上級生に抗議する。

「ネコ先輩! なんてことをしてくれたんですか!?」

 作者の許可も取らずに、作品を無断で周知した相手に抗弁するも、ネコ先輩は柳に風といった感じで、

「どうだい? これで、観察学習の実証性が確認できただろう? 蛙化現象についても、ジャーナリングの手法が有効だと証明されたし、今回も、これにて一件落着だ」

と、今回の件を強引にクローズしようとしている。
 
「いや、そんなことは認められませんから!」

 ただ、私が、さらに追及の手を緩めまい、と問い詰めようとしたところ、ガラガラとドアが開く音がして、

「お邪魔しま〜す」

と言って、プラスチック製のタッパーを持った男子生徒が第二理科室に入ってきた。

「なんだか、良いことがあったみたいだね? お祝いに、家庭科料理研究会で作ってきたクッキーはどうかな?」

 まるで、私の追及をかわすようなタイミングであらわれた日辻先輩が、タッパーをテーブルの上に置くと、

「ラッキー! いただきま〜す」

と、桑来さんが手を伸ばす。

「うん、おいしい! ねぇねぇ、日辻。このクッキー、ウチのスーパーで出せないかな?」

 手作りクッキーの味が気に入ったのか、桑来さんは、日辻先輩に、少々無茶振りとも言える提案をする。

「ありがたいけど、そんなに大量生産できるものでも無いからね〜」

 苦笑しながら返答する先輩の言葉を受けながらも怯まない桑来さんは、さらに男子生徒にアプローチを続けた。

「さっき、蛙化現象のランキングの話をしてたときに、朱令陣(しゅれじん)が言ってたじゃん? 『その蛙化あるあるは実際の蛙化現象とは関係ないけど、クズ男を見極めるのに役立つから、一概に馬鹿にしなくて良い』って! 日辻は、そんなクズなタイプじゃないだろうし、信用できると思うからさ! このあと、私の家でクッキーのレシピを教えてくんない?」

 そして、腕を絡ませながら日辻先輩を勧誘する桑来さんの姿を見て、黙っていられない幼なじみが、この現場に参戦する。

「離れたまえ! ヨウイチは、忙しいのだ。キミの実家のスーパーに構っている暇など無い!」

「え〜、いま日辻は、フリーなんでしょ? 朱令陣(しゅれじん)が口出ししてくる権利なんてなくな〜い?」

「だまらっしゃい! あなたの言葉は、愛や誠意や幼なじみを持たない人間の言う言葉だ!」

 まるで、三国時代の天才軍師のような言葉を吐くネコ先輩の姿を見ながら、勝手に作品を拡散された作家としての個人的私怨から、彼女には、このまま痛い目を見てもらおう……と、私は、しばらく傍観者の壁女になることを決意する。

 ただ、金野さんが、「相手とどんな関係になりたいか?」という課題を解決しつつある一方で、このときの私は、自分自身の「自分を成長させるために必要なこと」という課題を先送りしているという自覚に乏しかった。


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次のエピソードへ進む 幕間2〜朱令陣禰子の気持ち〜


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 そのうちの元気の良い女子生徒が、私の姿を確認するなり、声をかけてきた。
「あっ、今日の主役がやっと来た! 音無ちゃん、こっちこっち! |金野《こんの》ちゃんが、お礼を言いたいんだって!」
 突然のご指名と、自分が主役あつかいされることに違和感を覚えながら、二年生の女子生徒の輪の中に加わる。
「こんにちは、|桑来《くわき》さん、金野さん。今日は、なにか良いことがあったんですか?」
「良いこともナニも、金野ちゃん、加絵留との仲が復活したんだって! それで、協力してくれた音無ちゃんにお礼が言いたいんだって! ねぇ、金野ちゃん?」
 本来なら、金野さんが自分で語るべきことをすべて語ってしまった桑来さんの言動に苦笑しつつ、それでも、私の困惑は、まだ収まらない。
「あの……たしかに、加絵留先輩から、お話は聞かせてもらいましたけど……それ以外のことは、ナニもしてないっていうか……」
 戸惑いながら返答すると、それまで、穏やかに微笑みながら桑来さんと私の会話を聞いていた金野さんが口を開く。
「ううん……皇子くんが言ってたよ、音無さんに話を聞いてもらってからスッキリして、自分が本当はどうしたいのか、ハッキリとわかったって。それは、私も同じだから……音無さんが、いっしょにジャーナリングの作業をしてくれたからだと思ってるよ。ありがとう、音無さん」
「いえいえ……お礼を言われるほどのことでは……それは、ネコ先輩のアドバイスで始めたことですし、お礼は、ネコ先輩に言ってください」
 私がそう返答すると、ネコ先輩は、「ふうん……ずいぶんと謙虚じゃないか?」と言ってクスリと笑う。その反応を不思議に感じていると、金野さんが、さらに言葉を続けた。
「あとね、それだけじゃないの。皇子くんとどんな関係を築きたいのかわからずに悩んでいた私に、|朱令陣《しゅれじん》さんが、参考になるウェブ小説があるから読んでみるべきだって、オススメしてくれた作品があるんだ」
「へぇ、そうだったんですか? でも、意外ですね。ネコ先輩が、そんなにウェブ小説に思い入れを持ってるなんて、初めて知りました」
 そう答えながらも、私はネコ先輩が「それは、彼女の口から聞きたまえ」と言っていた、現在の金野さんの心情にピッタリと合致する作品の内容が気になってしょうがなかったので、続けて金野さんにたずねる。
「ちなみに、どんなタイトルなんですか、そのウェブ小説は?」
 私の問いかけに、金野さんは、アレッ? 知らないのといった感じで、意外そうな表情で答える。
「えっと、『星屑のティアドロップ』って言うんだけど……」
「へっ? ほ、ほ、星屑のティアドロップ? そ、それって……?」
「うん、作者名は、|乙梨稔珠美《おとなしねずみ》って書いていたけど……これって、音無さんが書いた小説なんだよね?」
「あっ、あっ、あっ…………!」
「この作品の中でね、主人公のアカリちゃんが恋する男の子のヒカリくんが言う『怖がらなくていい。お前が俺の手を握ってくれるまで、絶対に離さないから』ってセリフに、私すごく感動しちゃって……そのことを皇子くんに言ってみたら、『オレも、マリがオレの手を握ってくれるまで何年も待つよ』って言ってくれたんだ!ホントに、『星屑のティアドロップ』のセリフみたいに――――――」
 あまりに突然のことに動揺しながらも金野さんのようすを確認すると、男子におびえる気弱な女子の表情から、すっかり恋人にメロメロなお惚気状態になっている女子の姿がそこにはあった。
 たしかに、私は『星屑のティアドロップ』の中で、ヒロインの月野アカリが想いを寄せる、イケメンだけど、ちょっと頭の弱い男子高校生・星野ヒカリに、「ヒカリがオレの手を握ってくれるまで|何《・》|光《・》|年《・》でも待つよ」というセリフを語らせたけど、それを他の生徒が居る前で熱く語られるなんて、作家に対する羞恥プレイ以外のナニモノでもない。
 なお、ヒカリのセリフの「|何《・》|光《・》|年《・》でも待つよ」の光年という単位は、時間の長さではなく距離をあらわす単位だけど、主人公が憧れるイケメン男子を、こうした点に気づかない少しおバカなキャラ設定にしてしまったためか、『星屑のティアドロップ』の閲覧数はあまり伸びなかった、ということを告白しておく。
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「ネコ先輩! なんてことをしてくれたんですか!?」
 作者の許可も取らずに、作品を無断で周知した相手に抗弁するも、ネコ先輩は柳に風といった感じで、
「どうだい? これで、観察学習の実証性が確認できただろう? 蛙化現象についても、ジャーナリングの手法が有効だと証明されたし、今回も、これにて一件落着だ」
と、今回の件を強引にクローズしようとしている。
「いや、そんなことは認められませんから!」
 ただ、私が、さらに追及の手を緩めまい、と問い詰めようとしたところ、ガラガラとドアが開く音がして、
「お邪魔しま〜す」
と言って、プラスチック製のタッパーを持った男子生徒が第二理科室に入ってきた。
「なんだか、良いことがあったみたいだね? お祝いに、家庭科料理研究会で作ってきたクッキーはどうかな?」
 まるで、私の追及をかわすようなタイミングであらわれた日辻先輩が、タッパーをテーブルの上に置くと、
「ラッキー! いただきま〜す」
と、桑来さんが手を伸ばす。
「うん、おいしい! ねぇねぇ、日辻。このクッキー、ウチのスーパーで出せないかな?」
 手作りクッキーの味が気に入ったのか、桑来さんは、日辻先輩に、少々無茶振りとも言える提案をする。
「ありがたいけど、そんなに大量生産できるものでも無いからね〜」
 苦笑しながら返答する先輩の言葉を受けながらも怯まない桑来さんは、さらに男子生徒にアプローチを続けた。
「さっき、蛙化現象のランキングの話をしてたときに、|朱令陣《しゅれじん》が言ってたじゃん? 『その蛙化あるあるは実際の蛙化現象とは関係ないけど、クズ男を見極めるのに役立つから、一概に馬鹿にしなくて良い』って! 日辻は、そんなクズなタイプじゃないだろうし、信用できると思うからさ! このあと、私の家でクッキーのレシピを教えてくんない?」
 そして、腕を絡ませながら日辻先輩を勧誘する桑来さんの姿を見て、黙っていられない幼なじみが、この現場に参戦する。
「離れたまえ! ヨウイチは、忙しいのだ。キミの実家のスーパーに構っている暇など無い!」
「え〜、いま日辻は、フリーなんでしょ? |朱令陣《しゅれじん》が口出ししてくる権利なんてなくな〜い?」
「だまらっしゃい! あなたの言葉は、愛や誠意や幼なじみを持たない人間の言う言葉だ!」
 まるで、三国時代の天才軍師のような言葉を吐くネコ先輩の姿を見ながら、勝手に作品を拡散された作家としての個人的私怨から、彼女には、このまま痛い目を見てもらおう……と、私は、しばらく傍観者の壁女になることを決意する。
 ただ、金野さんが、「相手とどんな関係になりたいか?」という課題を解決しつつある一方で、このときの私は、自分自身の「自分を成長させるために必要なこと」という課題を先送りしているという自覚に乏しかった。