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第2章~第14話 蛙化現象⑪~

ー/ー



 加絵留先輩から話を聞かせてもらった私は、いろいろな想いを抱えながら、家路に就く。

 予想したとおり、金野さんだけでなく、加絵留先輩も相手のことが嫌いになって距離を取ろうとしたわけではない、ということは十分に伝わってきた。

 だけど―――。

 そのことを金野さんにどう伝えれば良いんだろう?

 加絵留先輩が語ってくれたこととは、彼自身の内面に関わることなので、加絵留先輩の想いを私から金野さんに伝える、というのは、どうも筋違いなような気がする。

 とは言え、このまま何もしないでいると、金野さんと加絵留先輩が、二人で話し合う機会を持とうという気持ちになるまで待たなければいけないだろうし、その間に、お互いの気持ちが離れていってしまう可能性だってある。

 繰り返しになるけど、そうした状況は、金野さん自身の蛙化現象をさらに悪化させることが考えられるし、加絵留先輩にとっても、女子に避けられたという苦い経験が、「いい思い出」にはなることはないだろう。

 いったい、どうすれば良いんだろう――――――?

 自宅に向かいながら考えこんだ私は、悩んだ挙げ句、ネコ先輩に相談することにした。
 
 この行き詰まった状況を生物学や心理学の知識で切り抜けることはできるだろうか?

 不安に感じながら、メッセージアプリの通話機能で連絡を取ると、2~3回のコールでネコ先輩は、すぐに応答してくれた。

「やあ、ネズコくんか? そろそろ、キミから連絡があるんじゃないかと思っていたよ。どうだい、加絵留くんから、有益な話は聞けたかな?」

「それは、まあ……加絵留先輩、いろいろと思っていることを話してくれたんだですが……って、それより、どうして、私がネコ先輩に相談するってわかったんですか?」

「いや、なに……実は、キミが加絵留くんに話を聞きに行こうと第二理科室を立ち去ったあと、金野さんがここを訪ねてきてね。具体的に相談を持ちかけられたわけじゃないんだが、なにやら思い悩んでいるようだったし、アドバイスをしてあげたんだよ」

「それは、どんなアドバイスなんですか?」

「あぁ、以前キミに、バンデューラの『観察学習』という実験のことを話したのを覚えているかい?」

「えぇ、たしか、マスコット人形を使った幼児の行動観察のことですよね。お手本役の大人がマスコット人形を攻撃的に扱って、その様子を幼児に見せると、幼児は攻撃的な行動をとるようになるっていう……」

「そうそう、そのボボ人形を使った実験だ。この実験、実は実際の行動で示すだけでなく、ビデオ映像でお手本を見せても同じ効果が得られる、ということがわかっているんだ」

「なるほど、そうなんですか。でも、それが、今回のことと何の関係が?」

「これは、すなわち、人間の実際の行動だけでなく、フィクションなども十分に『観察学習』の効果に寄与すると考えられる、ということだ。つまり、金野さんには、相手とどんな関係を築きたいのかしっかりと考えたうえで、()()()()()()()()()()()から、これから行う自身の行動の指針を見つけ出すべきだ、と助言したのさ」

「はあ、優れたフィクション作品ですか……たしかに、金野さんの気持ちにピッタリのマンガや映画があれば、参考になるかもしれませんけど……いまの金野さんの想いに、シンデレラフィットする作品が都合よくありますかね?」

 私が、当然の疑問を投げかけると、クックック……と、声を出して笑ったネコ先輩は、「その点については心配ご無用さ」と言ってから付け加える。

「現在の金野さんの心情にピッタリと合致する作品をワタシから推奨しておいたからね。ん? どんな作品か、だって? それは、彼女の口から聞きたまえ。ともかく、ワタシの方でも金野さんが、加絵留くんのことを想い続けていることは理解できた。キミが彼氏の方から話を聞き出せたのなら、彼女たちが復縁する方法について、アドバイスを求めてくるのは容易に想像できた、という寸法さ。ごく基本的な推理だろう?」

 まるで、なんでもお見通しな名探偵のような口調で語る先輩に対して、「はあ、そうですね」と気のない返事を返したものの、通話の相手は、そのことをさして気にしたようすもなく返答する。

「まあ、これで、あとは彼女たち次第ということになったわけだ。『観察学習』の内容が、どこまで効果的か見守ろうじゃないか? キミも気に病みすぎることなく、フィクションのチカラを信じたまえ。それじゃあね」

 そう言って、ネコ先輩は一方的に通話を切ってしまった。

 フィクションのチカラを信じたまえ、などといわれたところで、ネコ先輩が金野さんに薦めた作品が、具体的にどんなタイトルなのかわからなければ、安心のしようもないし、私には、この世に無数に存在する物語作品の中で、いまの金野さんの心情にピッタリと寄り添うような作品をすぐに思いつくことができなかった。

 たとえば、私がWEB小説サイトに投稿していた、「内気な天文学部の女子高校生の切ない想い」を描く『星屑のティアドロップ』 なら、少しは、金野さんの性格や気持ちにフィットするかもしれないけど……。

 いくらなんでも、真剣に悩んでいる女子生徒を相手に、自分の感情だけをぶつけたような作品なんて、間違っても勧められたものじゃない……と、ため息をつきながら、私は自宅の帰り道を急いだ。


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 予想したとおり、金野さんだけでなく、加絵留先輩も相手のことが嫌いになって距離を取ろうとしたわけではない、ということは十分に伝わってきた。
 だけど―――。
 そのことを金野さんにどう伝えれば良いんだろう?
 加絵留先輩が語ってくれたこととは、彼自身の内面に関わることなので、加絵留先輩の想いを私から金野さんに伝える、というのは、どうも筋違いなような気がする。
 とは言え、このまま何もしないでいると、金野さんと加絵留先輩が、二人で話し合う機会を持とうという気持ちになるまで待たなければいけないだろうし、その間に、お互いの気持ちが離れていってしまう可能性だってある。
 繰り返しになるけど、そうした状況は、金野さん自身の蛙化現象をさらに悪化させることが考えられるし、加絵留先輩にとっても、女子に避けられたという苦い経験が、「いい思い出」にはなることはないだろう。
 いったい、どうすれば良いんだろう――――――?
 自宅に向かいながら考えこんだ私は、悩んだ挙げ句、ネコ先輩に相談することにした。
 この行き詰まった状況を生物学や心理学の知識で切り抜けることはできるだろうか?
 不安に感じながら、メッセージアプリの通話機能で連絡を取ると、2~3回のコールでネコ先輩は、すぐに応答してくれた。
「やあ、ネズコくんか? そろそろ、キミから連絡があるんじゃないかと思っていたよ。どうだい、加絵留くんから、有益な話は聞けたかな?」
「それは、まあ……加絵留先輩、いろいろと思っていることを話してくれたんだですが……って、それより、どうして、私がネコ先輩に相談するってわかったんですか?」
「いや、なに……実は、キミが加絵留くんに話を聞きに行こうと第二理科室を立ち去ったあと、金野さんがここを訪ねてきてね。具体的に相談を持ちかけられたわけじゃないんだが、なにやら思い悩んでいるようだったし、アドバイスをしてあげたんだよ」
「それは、どんなアドバイスなんですか?」
「あぁ、以前キミに、バンデューラの『観察学習』という実験のことを話したのを覚えているかい?」
「えぇ、たしか、マスコット人形を使った幼児の行動観察のことですよね。お手本役の大人がマスコット人形を攻撃的に扱って、その様子を幼児に見せると、幼児は攻撃的な行動をとるようになるっていう……」
「そうそう、そのボボ人形を使った実験だ。この実験、実は実際の行動で示すだけでなく、ビデオ映像でお手本を見せても同じ効果が得られる、ということがわかっているんだ」
「なるほど、そうなんですか。でも、それが、今回のことと何の関係が?」
「これは、すなわち、人間の実際の行動だけでなく、フィクションなども十分に『観察学習』の効果に寄与すると考えられる、ということだ。つまり、金野さんには、相手とどんな関係を築きたいのかしっかりと考えたうえで、|優《・》|れ《・》|た《・》|フ《・》|ィ《・》|ク《・》|シ《・》|ョ《・》|ン《・》|作《・》|品《・》から、これから行う自身の行動の指針を見つけ出すべきだ、と助言したのさ」
「はあ、優れたフィクション作品ですか……たしかに、金野さんの気持ちにピッタリのマンガや映画があれば、参考になるかもしれませんけど……いまの金野さんの想いに、シンデレラフィットする作品が都合よくありますかね?」
 私が、当然の疑問を投げかけると、クックック……と、声を出して笑ったネコ先輩は、「その点については心配ご無用さ」と言ってから付け加える。
「現在の金野さんの心情にピッタリと合致する作品をワタシから推奨しておいたからね。ん? どんな作品か、だって? それは、彼女の口から聞きたまえ。ともかく、ワタシの方でも金野さんが、加絵留くんのことを想い続けていることは理解できた。キミが彼氏の方から話を聞き出せたのなら、彼女たちが復縁する方法について、アドバイスを求めてくるのは容易に想像できた、という寸法さ。ごく基本的な推理だろう?」
 まるで、なんでもお見通しな名探偵のような口調で語る先輩に対して、「はあ、そうですね」と気のない返事を返したものの、通話の相手は、そのことをさして気にしたようすもなく返答する。
「まあ、これで、あとは彼女たち次第ということになったわけだ。『観察学習』の内容が、どこまで効果的か見守ろうじゃないか? キミも気に病みすぎることなく、フィクションのチカラを信じたまえ。それじゃあね」
 そう言って、ネコ先輩は一方的に通話を切ってしまった。
 フィクションのチカラを信じたまえ、などといわれたところで、ネコ先輩が金野さんに薦めた作品が、具体的にどんなタイトルなのかわからなければ、安心のしようもないし、私には、この世に無数に存在する物語作品の中で、いまの金野さんの心情にピッタリと寄り添うような作品をすぐに思いつくことができなかった。
 たとえば、私がWEB小説サイトに投稿していた、「内気な天文学部の女子高校生の切ない想い」を描く『星屑のティアドロップ』 なら、少しは、金野さんの性格や気持ちにフィットするかもしれないけど……。
 いくらなんでも、真剣に悩んでいる女子生徒を相手に、自分の感情だけをぶつけたような作品なんて、間違っても勧められたものじゃない……と、ため息をつきながら、私は自宅の帰り道を急いだ。