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@ 23話 次のキーワード

ー/ー





 天恵の『どういうこと?』は二つの意味がある。一つは勿論『真一がなぜホテルに居るのか?』ということと、もう一つは『真一の着信音が何故ピタゴラスイッチ』なのか? ということである。


 天恵は思い出す『わざわざ着信音を買うまでもないから』『なんだっていいよ、俺自身が嫌な曲じゃあなければ』真一の言葉を。


 


 真一のせいでいまいちビュッフェの料理たちに入り込めない天恵。それは明や灯も同じであったようで、唯一輝希だけが、華をちぎるように料理たちを端から少しずつ摘まんでいく。正しく純粋にビュッフェを楽しむ作法と言える。


 


「どうした天恵? 口に合わないのか?」


「え? あ、美味しいわよ……また並んでローストビーフ取りに行こうかな! ね、お義母さんのも何か持ってこようか?」


 我に返って取り繕う天恵の姿を見て、灯はやはり手紙のクロスワードパズルは天恵の仕業で、パターン通りなら次のキーワードがこのホテルで渡されるはず、などと勘ぐってしまう。天恵から急に話を振られて灯も動揺を誘われてしまう。


 


「え? いいわよ、後で見ながら選んでくるから」


「じゃ、お父さんは? なにか持って来る?」


「お父さんもゆっくり取りに行くから大丈夫」


「もう! お父さんがいっぱい食べてくれなきゃ、元取れないんだからね! しっかりしてよ、お父さん!」


「はいはい」


「明さん、学生の頃は松代飯店の大盛とかにも飛びつかなかったのに変わったよね」


「社会に出て自分でお金を稼ぐようになったら、貧乏根性が染みついちゃったんだよね」


「それなのに今日は大人しいのね? こういうバイキングスタイルだと端から端まで食べてたのに」


「この齢でそんなことしてたら恥ずかしいだろ?」


「学生の頃は人の目や評価なんてあまり気にしなかったのにね」


 


 2人が『あの頃』を思い出すことはこのパズルの狙いである。天恵は心の中で『よし!』と叫ぶと席を立つ。


 


「人は変わるもんさ」


「そうね……」


 灯のトーンが急降下した。天恵の後ろ越しでそんな話声を聞いたのなら、天恵の気持ちも突き落とされる。変わってしまった気持ちが離婚にたどり着いてしまったのであろうか? 時間をかけてゆっくり焼きあがったローストビーフのように、月下家の時間は家族の深みや思い出の香ばしさ、程よい苦みも混ざり合って完成されたわけではなかったというわけなのだろうか。


 しかしこの皿に取り分けられたそれは、薄く丁寧に切ってこそ嚙み切りやすく肉の旨味を味わうことができる、その反面乾燥しやすい。ペラペラの薄いお肉を見て天恵は、家族の関係がカサカサになってしまう前に、今年中にこのパズルを遣り遂げる決心をした。


 


 天恵の逸る気持ちを他所に、レストランに入る前に送った真一へのメッセージの返信がようやく天恵に届いた。


 


【作戦を変更します。今日、次のキーワードは渡さないので、天恵は食事を楽しんだら良いよ。詳しくは後程】とある。


 


 真一に頼んだのは自分である。だから真一に今の天恵の気持ちをぶつけるのはナンセンスだ。しかしそう簡単に割り切れない気持ちが残ったままなのは若さのせいだけではないのは確かといえる。


 


◆◇◆◇


 


 真一は絵葉書を見せる。それはホテル帝郷の絵葉書だった。精一杯真一は冷静を装っている。なぜなら今日、天恵と待ち合わせた場所は先日、蓮実と天恵が座っていたベンチだからだ。


 


「これにキーワードを書いておいた。これを天恵の両親に郵送する」


 


【来年はご成婚10周年! おめでとうございます。レストラン『repas(食事)』⦅フランス語⦆のご利用ありがとうございました】


 そう表題に書かれた絵葉書を天恵は見せられた。


 


「ホテル側に頼んだとしても客に不審物を渡すわけないだろうし、お父さんたちもホテルの従業員以外から何かを渡されたら警戒するだろう?」


「だからホテルの絵葉書?」


「そう、さすがに泊らないとホテルのレターセットは手に入らない」


「それにしても真一、字が汚いわね。余ってる絵葉書は無いの? あたしが書き直すわ」


「そっか? 俺は気にならないけどな」


「ホテルの従業員が心を込めて書いたようには伝わらないわね」


 真一から絵葉書を受け取った天恵は、悪戯っぽく微笑んだ。


 


「お父さんたちこの横3の答えが分からなくてモヤモヤしてるみたいだったわ」


「これもピタゴラスイッチさ。2人がホテルでヒントが渡されると思っている可能性がある、だからあえて『あれ?』って思わせる」


「ちょっと気になるのかしらね?」


「それにしても真一」


「なに?」


「今更だけど、この【横3】のワードはどうしてこれにしたの?」


「あぁこれは大街音穏さんのおかげだね」


「どういうこと?」


「ミッドライフ・クライシスってやつだ」


「何それ?」


「第二思春期さ」




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 天恵の『どういうこと?』は二つの意味がある。一つは勿論『真一がなぜホテルに居るのか?』ということと、もう一つは『真一の着信音が何故ピタゴラスイッチ』なのか? ということである。
 天恵は思い出す『わざわざ着信音を買うまでもないから』『なんだっていいよ、俺自身が嫌な曲じゃあなければ』真一の言葉を。
 真一のせいでいまいちビュッフェの料理たちに入り込めない天恵。それは明や灯も同じであったようで、唯一輝希だけが、華をちぎるように料理たちを端から少しずつ摘まんでいく。正しく純粋にビュッフェを楽しむ作法と言える。
「どうした天恵? 口に合わないのか?」
「え? あ、美味しいわよ……また並んでローストビーフ取りに行こうかな! ね、お義母さんのも何か持ってこようか?」
 我に返って取り繕う天恵の姿を見て、灯はやはり手紙のクロスワードパズルは天恵の仕業で、パターン通りなら次のキーワードがこのホテルで渡されるはず、などと勘ぐってしまう。天恵から急に話を振られて灯も動揺を誘われてしまう。
「え? いいわよ、後で見ながら選んでくるから」
「じゃ、お父さんは? なにか持って来る?」
「お父さんもゆっくり取りに行くから大丈夫」
「もう! お父さんがいっぱい食べてくれなきゃ、元取れないんだからね! しっかりしてよ、お父さん!」
「はいはい」
「明さん、学生の頃は松代飯店の大盛とかにも飛びつかなかったのに変わったよね」
「社会に出て自分でお金を稼ぐようになったら、貧乏根性が染みついちゃったんだよね」
「それなのに今日は大人しいのね? こういうバイキングスタイルだと端から端まで食べてたのに」
「この齢でそんなことしてたら恥ずかしいだろ?」
「学生の頃は人の目や評価なんてあまり気にしなかったのにね」
 2人が『あの頃』を思い出すことはこのパズルの狙いである。天恵は心の中で『よし!』と叫ぶと席を立つ。
「人は変わるもんさ」
「そうね……」
 灯のトーンが急降下した。天恵の後ろ越しでそんな話声を聞いたのなら、天恵の気持ちも突き落とされる。変わってしまった気持ちが離婚にたどり着いてしまったのであろうか? 時間をかけてゆっくり焼きあがったローストビーフのように、月下家の時間は家族の深みや思い出の香ばしさ、程よい苦みも混ざり合って完成されたわけではなかったというわけなのだろうか。
 しかしこの皿に取り分けられたそれは、薄く丁寧に切ってこそ嚙み切りやすく肉の旨味を味わうことができる、その反面乾燥しやすい。ペラペラの薄いお肉を見て天恵は、家族の関係がカサカサになってしまう前に、今年中にこのパズルを遣り遂げる決心をした。
 天恵の逸る気持ちを他所に、レストランに入る前に送った真一へのメッセージの返信がようやく天恵に届いた。
【作戦を変更します。今日、次のキーワードは渡さないので、天恵は食事を楽しんだら良いよ。詳しくは後程】とある。
 真一に頼んだのは自分である。だから真一に今の天恵の気持ちをぶつけるのはナンセンスだ。しかしそう簡単に割り切れない気持ちが残ったままなのは若さのせいだけではないのは確かといえる。
◆◇◆◇
 真一は絵葉書を見せる。それはホテル帝郷の絵葉書だった。精一杯真一は冷静を装っている。なぜなら今日、天恵と待ち合わせた場所は先日、蓮実と天恵が座っていたベンチだからだ。
「これにキーワードを書いておいた。これを天恵の両親に郵送する」
【来年はご成婚10周年! おめでとうございます。レストラン『|repas《食事》』⦅フランス語⦆のご利用ありがとうございました】
 そう表題に書かれた絵葉書を天恵は見せられた。
「ホテル側に頼んだとしても客に不審物を渡すわけないだろうし、お父さんたちもホテルの従業員以外から何かを渡されたら警戒するだろう?」
「だからホテルの絵葉書?」
「そう、さすがに泊らないとホテルのレターセットは手に入らない」
「それにしても真一、字が汚いわね。余ってる絵葉書は無いの? あたしが書き直すわ」
「そっか? 俺は気にならないけどな」
「ホテルの従業員が心を込めて書いたようには伝わらないわね」
 真一から絵葉書を受け取った天恵は、悪戯っぽく微笑んだ。
「お父さんたちこの横3の答えが分からなくてモヤモヤしてるみたいだったわ」
「これもピタゴラスイッチさ。2人がホテルでヒントが渡されると思っている可能性がある、だからあえて『あれ?』って思わせる」
「ちょっと気になるのかしらね?」
「それにしても真一」
「なに?」
「今更だけど、この【横3】のワードはどうしてこれにしたの?」
「あぁこれは大街音穏さんのおかげだね」
「どういうこと?」
「ミッドライフ・クライシスってやつだ」
「何それ?」
「第二思春期さ」